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129話

「……つまり?」

「ヨミさんが大変で、なにをしたらいいかわからない状況だということだ」



 ロレッタは状況の説明をそのようにしめくくる。

 オッタは、ロレッタの隣に座っていた。


 もっとも、ただ座っているだけではない。

 しなだれかかるように、ロレッタの肩にあごを乗せている。


 オッタは見た目や声のトーンだけならば、『落ち着いた大人の女性』という感じだ。

 だから、ロレッタとしては、こう思うのも失礼な気がしているのだが――

 ――懐かれている。

 ロレッタから観測した、オッタの自分に対する態度は、そのようにしか表現できなかった。


 オッタが、ロレッタに抱きつくようにしながら、しばし沈黙する。

 それからロレッタの顔を見て、口を開いた。



「ヨミの病気は大丈夫なのか?」

「……だから、それはまだわからない」

「病気はやだな。医者とか薬を呼んだ方がいいか?」

「ヨミさんを冒すほどの病気に普通の薬が効くかどうかもわからない……」

「わかった。オッタはなんかあったらすぐ走れるように準備しとく」

「ああ……まあ、私が行こうかと思っていたのだが、あなたの方が速そうだな。お任せする」

「オッタがんばる。でも……」

「心配事か?」

「ご飯出ないんだな……」

「それも確認中だ」

「……面倒くさい。勝手にやったらだめなのか? オッタならそうする」

「オッタさんは料理できるのか?」

「できたら今、やってる。オッタが今まで食べてきたご飯は、硬いパンとか、お湯で野菜をゆがいただけのスープとか、カビを削らないと食べられない干し肉とかだから……奴隷じゃなくなったあとは、だいたい宿屋でご飯出てくる。だから、オッタは料理したことない」

「そういえば、なかなかすさまじい経歴の持ち主だったな、あなたは……」

「ロレッタは料理できそうなのに、できないのか?」

「……できそうに見えるのか」

「ロレッタに不可能はなさそう」

「まさか。アレクさんじゃあるまいし……」

「ロレッタはエンに似てる。きっとやってみたらなんでもできる」

「……エンというのは、たしか、あなたのお姉さんだったか?」

「そんな感じ。今、捕まってる。ロレッタはエンとなんか似てる気がする。だからオッタは、ロレッタのこと好きだ」

「顔も知らない人だからな……どのように反応すればいいのか」

「反応に困ったら笑えばいいって、アレク言ってたぞ」



 オッタの発言。

 それに、コリーが反応した。



「……言ってたッスねえ、そんなこと」

「アレクの言うことはだいたい正しかった」

「いや、アレクさんの発言は正しいけど間違ってると思うんスよね……理論上正しいけど、人として間違っているっていうか……」

「……よくわからない。正しいのに、間違っているのか?」

「えーっと……言ってることはそりゃそうなんスけど、おおよそ人には実行できないっていうか……」

「コリーの言うことは、いつもだいたいオッタには難しい」

「オッタさんの感性もアタシには難しいッスけどね……」

「……オッタは頭悪そうなこと言ったか?」

「んー……なんかこう、会話をしてても、膜一枚挟んでる感じっていうか……同じ話題で話してるのに違う話題で話してる気がするっていうか……」

「……」

「オッタさんと話してると、アレクさんと話してる気分ッスね」

「そうか。オッタはアレクに似てるのか。強くなったからか」

「『アレクさんと似てる』っていうのは『このままだとまずい』っていう意味でよく使われる表現なんスけど」

「オッタはまずいか?」

「えーっと……オッタさんはアタシらが来た時にはすでに結構アレクってたというか……どうスかね、ホーさん」



 コリーが苦笑する。

 どうにも彼女は、オッタとの会話を苦手としている節があった。


 察したのか、ホーも苦笑する。

 そして、昔を思い出すような間をおいてから。



「オッタは最初からこんなんだったなあ……一時期、アレクさんの修業に耐えられないのが少数派で、自分がおかしいのかってマジで悩んだりもしたけど……ソフィとコリーが来てくれて常識を取り戻せたよ。いや、キツかった……修業に付き合わされるのがなにより……」

「そうだ。ホーはいいやつだ。オッタはホーのこと好きだ。ロレッタの次の次ぐらい」

「……ちなみに、あたしの上でロレッタの下にあたるやつは誰なんだ?」

「トゥーラ」

「……トゥーラと会ったことあったっけ? あいつが来た時、オッタは、だいたい寝てなかったか?」

「仕事で何度か会ってる。トゥーラは近衛兵だから、ルクレチアのとこ行くといる」

「……ルクレチアってお前……女王陛下を呼び捨てって、色々大丈夫なのかよ」

「ルクレチアはいいやつ。さわり心地がいい」

「…………なんかよくわからねーけど、一歩間違ったら首をはねられそうなことしてるのはわかった」

「さわり心地は、ソフィもよかった。またソフィに会いたい」

「ああ、ソフィな。……手紙はちょいちょいとどくけど、今忙しいみてーだな。政治的なことになると手を貸しようもねーし。エルフの森は遠いしな」

「ホーはソフィと仲良かった」

「…………お前が来た時さ、あたしが『次に来るやつが常識的だったら絶対そいつと仲良くなる』って言ったの、記憶にあるか?」

「ない」

「……言ったんだよ。その時は別に『なんとしても仲良くなってやる』みたいな決意はなかったんだが……期せずして予言になったな」

「ホーは予言者か」

「いや、違うけどさ。……まあ、まあ……とにかく、ええと、なんの話だったか」

「朝ご飯の話だ」

「……モリーンを待とうぜ。交代するなら、ノワが来るだろうし……なんにせよ、そろそろ来るだろ」



 ホーがそのように言ったタイミングで、扉の開閉音がした。

 全員の視線が、音の方向に集まる。

 すると、モリーンが受付カウンターの奧から出てきたところだった。


 モリーンは食堂に入ってくる。

 そして、オッタを見つけ、微笑みを浮かべた。



「あら、オッタさん、おはようございます」

「モリーン、ご飯はどうだ」

「……話は通っていますのね? ええと、それが……ヨミ様はまだ眠っていらして、お話を聞ける状態ではありませんでしたわ」

「…………大丈夫なのか?」

「一応、大丈夫そうですわ。というか、ですね……」

「?」

「どうにもヨミ様は、ご自分が病気になって動けなくなったケースを想定して、いくつかあらかじめ指示を出していたようなのですわ」

「ヨミは予言者か」

「予言というか……書き置きみたいなものですわね。アレク様のいらっしゃらない状況で、動けなくなった時に備えていた、と申し上げましょうか」

「すごい」

「……どうにも、ヨミ様にとって、こういう症状は初めてではないらしいのですわ。持病、という表現を書き置きの中でしていらっしゃいました」

「なるほど」

「……それにしても周到なお方ですわね。いざという時を想定しておくのは、さすがという感じですわ」

「ヨミは怖いやつだからな」

「……オッタさんはどうにも、独特な感性で人を評価なさいますわね」

「オッタは思ったことをそのまま言うだけだ。ヨミは怖い。ブランはヤバイ。ノワは仲間。アレクはすごい。ロレッタは好き。ホーはいいやつ。ソフィは柔らかい。コリーは難しいこと言うやつ。トゥーラは飼いたい。モリーンは不幸」

「……色々と言いたいことはあるのですけれど、なんでわたくしの評価が『不幸』なのでしょうか……?」

「?」

「首をかしげたいのはこちらなのですけれど」

「でも、モリーン、不幸っぽい」

「いえ、ですからなぜ……」

「……オッタは感じたまま言ってるだけだ。別に褒めてもけなしてもない。でもモリーンを困らせる気はなかった。反省する」

「いえ、反省はいいのですけれど、理由が気になるのですが」

「理由はない。感じただけ」

「なぜ、わたくしはこんなにも不幸に思われるのでしょう……コリーさんといい、あなたといい……わたくしは今、こんなにも幸福ですのに」

「それで、オッタは朝ご飯を食べられるのか?」

「あ、はい、そうでしたわね。ええと……これは本来、ノワちゃんとブランちゃんに向けた指示なので、少し改変しておりますけれど……」



 前置きして。

 モリーンはヨミの指示を簡潔に伝える。



「まず、お客様に対して。他に泊まる場所がある場合、移動するのが第一だそうです。ただ、移動できない事情のお客様も想定されるので、その時は、無理に宿を移さなくてもいいと」

「ご飯は?」

「厨房は勝手に使用してもいいみたいですわ。まあ、ブランちゃんがいる場合は、彼女に料理を作らせるという指示のようですけれど……ノワちゃんが解放を強硬に反対しておりますのでどうしたらいいか」

「ノワの判断は正しい。状況が落ち着いてから出すべき。人の目があれば大人しいけど、今はだめだ」

「……そういうわけで、厨房は勝手に使っていいそうです。あと、ちょっと腑に落ちない指示なのですけれど、お医者様に連絡はしない方がいいと、そのように」

「しない方がいい?」

「そうですわね。『しない方がいい』と。『するな』でもなく『しろ』でもなく、『できればしないでほしい』というようなニュアンスと申しますか……」

「……よくわからない。つまり?」

「わたくしも、よくわかりませんわ。ただ、ノワちゃんには思い当たる節があったようでして……お医者様は呼ばないと、そのように、ご家族であるノワちゃんは決定されました」

「ノワが言ったのか。……でも、オッタは心配だ。病気は怖い。前にかかったことある病気でも二回目は死ぬこともある」

「それはそうなのですけれど……現実問題、ヨミ様がかかるような病を、そのあたりの町医者がどうこうできるとは、やはり思えませんので……普通、手に余ると申し上げますか」

「むむむ……」

「それよりも、今、わたくしたちにできることは、朝食の用意ですわ。ノワちゃんも起き抜けから今までずっと看病していますから、そろそろお腹が空くころあいでしょうし、ヨミ様だって意識が回復されたならば、なにか口に入れた方がいいでしょうから」

「……そうだな。でも、オッタは料理できないぞ」

「それは、僭越ながらわたくしが……コリーさんもやってくださいますから、大丈夫だと思いますし」

「わかった。……じゃあオッタは、ルクレチアのところ行ってくる」

「女王陛下のところへ?」

「そうだ。ルクレチアは女王だから、すごい医者を知ってる。それに、ヨミと仲良しだから、手を貸してくれると思う」

「……まあ、そうかもしれませんけれど……いきなり陛下を頼るというのも、なんだか畏れ多いと申し上げましょうか……というか女王陛下を名前で呼び捨て……」

「たぶん、ルクレチアに頼るのが一番確実だとオッタは思う。……ヨミは医者を呼んでほしくないのかもしれないけど、強がりかもしれない。だから迷惑かと思っても、医者を呼びたい」

「……なるほど」

「ヨミが困るかもしれないけど……ヨミが困るなら、そのぶん、オッタはヨミに困らされてもいい。だから、オッタがルクレチアに医者のこと聞いてくる。オッタが勝手にやる。みんなに迷惑はかけない」

「いえ。……たしかに、ヨミ様の書き置きとノワちゃんの決定があるとはいえ、気を回しすぎて悪いことは、この場合、ないと思いますし……オッタさんのお気持ちも、わかりますわ」

「……じゃあ、オッタはさっそく、ルクレチアのとこ行ってくる。どうせ料理はできないし」



 言うと同時に、オッタは立ち上がった。

 動作に迷いはなく、素早い。

 見送りの言葉を言う暇もなく宿を出ていき、オッタの気配が遠ざかっていく。


 あっけにとられ、全員が沈黙する。

 最初に我を取り戻したのは、ロレッタだった。



「ああいう姿勢と行動力は見習わねばならないな」

「……ええ、まったくですわ」



 モリーンも、苦笑しつつ賛同する。

 ロレッタが大きく息をついた。



「では、我々も行動を開始しようか」

「わたくしはお料理へ」

「うむ。私は……」

「……」

「………………」

「……」

「……………………料理、はできない」

「はい」

「…………医者への連絡は、オッタさんが行ったな」

「はい」

「……………………」

「……」

「…………私は、とても役立たずなのではないか!?」

「い、いえ、その……ロレッタさんの剣技はとても頼りになりますわ」

「剣技で病気が治せるか! ……ああいや、すまない。モリーンさんに大声を出すのは筋違いだ……しかし……よもや自分がこれほどまでに役立たずとは思ってもいなかった……うちひしがれているぞ……」

「その……げ、元気を出してくださいまし」

「……とりあえず、ノワちゃんと看病役を代わってこようか」

「代わってくださるかしら……わたくしも、休むように言ったのですけれど、『自分がやる』とゆずらず……」

「……わかった。とりあえず、ヨミさんの寝顔を見るだけでも、やってこよう」

「もはやどういう役割なのかわかりませんわね……」

「視線に気付いて目覚めてくださるかもしれない」

「そっと寝かせてあげてほしいと、わたくしは思うのでございますが……」

「そうか……そうだな…………医術の勉強でもした方がいいのだろうか」

「しかしロレッタさんは決定的に不器用ですので……」

「うぐっ……」

「あ、ああ、失礼を……! つい思ったことが口から!」

「追い打ちか……なかなか、やるではないか……」

「えっあっその、えっと、そんなつもりは……」

「私は……邪魔にならないように……このあたりで壁と同化している……」

「そんな卑屈にならないでくださいまし……」

「……」



 ロレッタは壁になった。

 もう口を開くことはないだろう。


 モリーンとコリーは、笑っていいのかどうかわからないような表情で、厨房へ向かう。

 ちなみに。

 ロレッタより先にホーが壁と同化していたことに気付いた者は、誰もいなかった。

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