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128話

「……なんだか不穏な空気ですけれど、まずはヨミ様の体調について報告させていただきますわね」



 ロレッタの隣に座ったモリーンは言う。

 若干疲れたような様子が、妙な色香を漂わせている。



「ヨミ様は、とりあえず落ち着きましたわ。外傷による病気ではありませんでしたので、魔法を使うまでもなかったのですけれど……うなされていましてね。今、落ち着いたので、みなさんに状況の報告をしようかと、戻って来たのですわ」



 モリーンは言う。

 ロレッタが、うなずいた。



「まあ、魔法で解決できるならば、ノワちゃんがやっているだろう。モリーンさんとノワちゃんがそろってどうにもならないということは、魔法ではどうにもならないのだろう」

「そうかもしれませんわね」

「うっかり間違うと爆発したりする場合もあるが……」

「……その節は非常に申し訳ないことをしてしまいまして……」

「いや、気にすることはない」



 ロレッタは鷹揚に首を振った。

 ホーが半眼になって、モリーンにたずねた。



「……したのか、爆発」

「ええ、ちょっと、ロレッタさんに回復魔法をかけようとしたら、左腕がこう、急速に膨張いたしまして……」

「怖っ!」

「事前のセーブができていたので、ご覧の通り、結果的には無事でしたけれど……わたくし、うまくいくと油断をするというか、ぼーっとしてしまうらしく……」

「なんでだ」

「非常にお伝えするのが困難なのですけれど、どうにも、成功している自分というものが、まだうまく信じられず……わたくし、基本的にどんくさいもので。この宿に来るまでは失敗ばかりでしたし……成功しそうになると『あれ、これは現実? それとも夢?』という迷いが」

「この宿の中で一番心に暗いものがあるのは、あんただよな……」

「さすがにアレク様ほどでは」

「あの人は暗いものっていうか…………なんだろ。まあ、あたしらより長生きしてるんだからそりゃあ色々あるんだろうけど、明るく楽しく狂ってる感じなんだよな」

「……その表現は的確な感じがするのですけれど、『明るく楽しい』というのは『暗い』よりも怖いものを感じますわね」

「……なんか触れちゃいけないものに触れようとしてる気がするから、この話題はやめよう」

「そ、そうですわね」

「で、話をまったく変えるんだが……モリーン、あんた、料理をやった経験はあるよな? 何度かこの店の厨房で手伝ってる姿を見たし」

「はあ、ありますけれど……どういう意図の質問ですの?」



 モリーンが首をかしげる。

 ホーは、ロレッタに視線を向けた。

 その視線を受け、ロレッタがうなずき、語る。



「ヨミさんもブランちゃんも手が放せない状況だろう? そこで、我らで料理をできないかと考えていたところなのだ」

「はあ、なるほど。たしかにいい考えかもしれませんわね。……ブランちゃんはまだ閉じこめられたまま……ですものね」

「そうだな。どのみち我らではノワちゃんのかけた『拘束』は解けないし……それに、倉庫の位置的に、一度ヨミさんの寝室を経由する必要がある。出してやることもままならない。あとやったのがノワちゃんなので、姉妹ケンカ……のようなものに介入していいものかどうか」

「……頃合いを見て、一度、ノワちゃんに解放を打診してみましょう。あと、厨房をお借りしていいかどうか、うかがわないと」

「うむ……しかし、あれほど強硬なノワちゃんは初めて見たからな……どうなるか」

「まあ、お母様が倒れていらっしゃいますから、色々と冷静ではないのでしょう……もうしばらくしたら、看病の交代をするついでに、ブランちゃん解放をお願いしてみましょう」

「モリーンさんは頼りになるな」

「いえ、そんな」

「最初は心の弱そうな方だと思っていたが……」

「ロレッタさんはひと言余計だと言われませんこと?」

「馬鹿正直だという評価はいただいたことがある」

「その評価を直接ご本人に伝えた方も、ロレッタさんと同じぐらい正直ですわね……」

「アレクさんだが」

「ああ……ええと、ところで、お料理の話ですけれど……わたくしの他に料理ができそうな方は? わたくし、一通りできはするのですけれど、なんというか、一人だと色々自信がないと申し上げますか」

「コリーさんができるらしい」



 ロレッタの言葉を聞き、モリーンがコリーを見る。

 コリーは苦笑した。



「できるっていっても、一般家庭のレベルッスよ」

「いえ、それはわたくしもそうなのですけれど……むしろ、そこにも達していないというか」

「……憲兵第二大隊長のおうちで、お料理なさってたんスよね?」

「そうですわね」

「この宿屋お嬢様しかいねーんスか」

「いえ、わたくしは、下働きも下働きで……お料理だって、褒められたことは一度だってありませんわ」

「一度も褒められたことないんスか」

「はい。……あ、ヨミ様にはお褒めにあずかりましたけれど、あの方はお優しいので……」

「ちなみに、料理の経験はどんぐらいッスか?」

「物心ついた時から、ずっとですわね」

「……アタシはなんとなくしか事情を知らないんで恐縮ッスけど、モリーンさんが『育った家で褒められてない』っていうのは、別に『料理下手』っていうことじゃないと思うんスけど。あと、ヨミさん、ああ見えてお世辞とか言わない方だと思うッスよ……」

「…………はあ、つまり、それも、昔のアンロージー様がわたくしに行っていた『意地悪』の一つだとおっしゃられるので?」

「そうッスね。だって、本当に料理に褒めるところがない子を、ずっと厨房に立たせるわけないじゃないッスか。……まあ、『料理の経験』って聞かれて『皿洗いの経験』を申告したんならわかんないッスけど」

「いえ、きちんと、お料理をしていましたわ」

「じゃあそれ、褒められてなかっただけで上手だったんだと思うッスよ……本気でまずい料理を何年も食べるとか、さすがに頭おかしいッスもん」

「なるほど……コリーさんはお優しいのですわね」

「いや……お話された事実から感情抜きで状況を分析したら、普通にそう思えるッスよ。っていうかモリーンさんがひねくれすぎなんスよ……もう幸せになっていいんスよ」

「わたくしは、わたくしなんかとこうしてお話をしてくださるあなたがたがいるだけで、充分に幸せですわ」

「すげえ薄幸感漂う発言ッスね……」

「薄幸だなんて、そんな。今が幸福すぎて、現実か夢か、感覚があいまいなだけですわ。……あれ、これは現実ですの? それとも夢? 本当のわたくしはどこかのダンジョンで死んでいて、今は死後の世界……?」

「いや、この宿にいる限り、死後の世界には逝けないッスから」

「しかし……たまに思うんですのよ。普通に考えて、『セーブ&ロード』なんていうもの、あるはずないのですわ。ということは、わたくしはとっくに死んでいて、あなたがたも、とうに亡くなっていらして、ここは死後に魂がおとずれるという、すべてが平等な、幸福も、不幸もない世界で……」

「目から光が消えてるッスよ。本気で怖いからやめてほしいッス」

「あ、ああ、申し訳ございませんわ! わたくしはともかく、あなたがたが本当は亡くなっていらっしゃるだなんて、そんな、たとえ真実だとしても失礼でしたわね……」

「『たとえ真実だとしても』とか言わないでほしいんスけど……アタシもたまに不安になるんスから」

「まあ、コリーさんもですの? ……いいものですわね。言葉にしにくい悩みを分かち合ってくれるお友達って……家には年下の子ばかりで……年上の方々はみな、相談したりする前にいなくなってしまわれていましたから」

「幸薄そうな笑顔を浮かべないでほしいんスけど……モリーンさんと話してると、アタシが幸せにしなきゃいけない気分になってくるッス。アタシが男だったら結婚申し込んでるッス」

「いえ、ですから、わたくしは今、充分に――」

「ところで! ……ブランちゃんは解放しなくていいんスか? もうアタシが行ってきてもいいッスか? これ以上薄幸トークはいたたまれないんで……」

「あ、そうでしたわね。ちょっと聞いてきますわ」



 モリーンが恥ずかしそうに笑った。

 立ち上がり、歩いていく。


 ロレッタは去って行くモリーンの後ろ姿を見送る。

 その途中。

 二階、客室のあるフロアから降りてくる人影を発見した。


 もう二階で寝ている客は一人しかいない。

 足音もなく降りてくるのは、青い毛並みの猫獣人だ。


 しなやかな肢体。

 揺れる尻尾。


 表情は寝起きということもあるのだろうが、ぼんやりしている。

 体にはりつくような衣装で、引き締まったボディラインを惜しげもなくさらすその少女は。



「……なんか騒がしかったな。オッタは起きてしまった」



 感情のうかがいにくい声で、そんなこと言いながら。

 モリーンと入れ違うようにオッタが食堂へ来た。

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