表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
124/249

124話

「おかえりアレク。今日は大仕事だったねえ」



 ベッドに入ったヨミに出迎えられながら、アレクは部屋に入った。

『銀の狐亭』従業員寝室。

 大きなベッドが一つあるだけの、殺風景な部屋だ。


 ノワとブランは、いなかった。

 最近は、夜の食器洗いや清掃を望んでやるようになっている。

 いいことだと思う反面、巣立ちの近さを感じて、寂しい気持ちもある。


 ともあれ。

 アレクは出迎えに応じる。



「ただいま、ヨミ。……でも、また一つ前進できた。生まれで人生が決まる人を、また減らせたよ。あとは――」



 アレクは、分厚い本を手にしていた。

『カグヤの書』。

 ……オッタと出会った日に獲得したものだ。


 すでに長い時間が経っている。

 多忙なアレクだったが、まだ読み切っていないというわけではなかった。


 読み返している。

 何度も、他の資料と比べながら。

 そうして、ある答えにたどりついていた。



「……こっちも、前進だ」

「カグヤの書? ……前進したってことは、わかったんだ」

「ああ。カグヤ。五百年前、勇者アレクサンダーとともにモンスターだらけの地上に平穏をもたらした、いわゆる『勇者パーティー』の一人。獣人族の移動王国の、初代女王。予言者」

「……」

「そして、今で言う――『輝き』」

「……やっぱり、あの人の正体は、予言者カグヤだったんだねえ」

「似た存在が二人いたから迷ったけど、どうにもカグヤの方で間違いないっぽいな。……しかしまあ、なんだ……自分の母親の名前が、古代の文献をあさらないと出てこないっていうのは、なんとも面倒くさい話だなあ」

「あはははは」

「ただ、あの人が五百年前から生きている理由については、まだわからない」

「予言者の能力が不死身だったとかじゃないの? 勇者パーティーに数えられてる人は、みんな変な能力持ってたんでしょ? 鍛冶神ダヴィッドの『ゴーレム作製』みたいな……」

「そうなんだけど、文献だと、カグヤの特殊能力は『予言』になる。不老不死はむしろ、勇者アレクサンダーの領分だ」

「……調べても謎が減らないねえ」

「まったくだよ。……こんなものより、あの人が今つけてる日記がほしい」

「どうして?」

「あの人は、自分の子供と、その子供の父親のことを記した日記を持っていた。それを見れば、お前があの人の実の娘かどうかわかるはずだ」

「……あー……そういえば、あったねえ、そんなの。袖から出したやつ」

「今も肌身離さず持ってる可能性は高いだろうな。……先代『はいいろ』が浮気性でさえなきゃ、こんな苦労はなかったんだが」

「パパはねえ。色々と『来る者拒まず』だったから」

「……お前、昔は先代のこと、わりと嫌いだったのに、最近ものすごい擁護するよな」

「嫌いなところもあったけどねえ。好きなところもあったから。それに、思い出は美化されるものだからねえ」

「……このあいだ見せてもらった回想録、あんまり美化されてなかったような気がする」

「美化してたよ?」

「……そうなのか。だいたい俺が見たそのままだったから、美化されてないのかと思った」

「それはね、アレクの中でも、パパが美化されてるってこと」

「なるほど。それはあるかもなあ……よくよく思い返せば、記憶にあるよりずっと下品なおっさんだったような気もする」

「……五百年前の記憶は、どんな風に見えるんだろうね」

「…………」

「美化されるのかな。それとも、風化しちゃうのかな」

「……さてな。全部あの人を捕まえればわかることだ。そして、その時は近い」



 アレクが拳を握りしめる。

 ヨミが首をかしげた。



「……前進、したの?」

「ああ。ようやく、影がつかめた。世界が真っ黒になっていく中で、一カ所だけ染まらないところが見えた」

「どんな顔して会おうね?」

「……目下、一番の問題はそれなんだよなあ。あの人にどういうスタンスで接すればいいか迷う。責めればいいのか、怒ればいいのか、それとも……」

「たぶん、いざ会ったら、どうしたらいいか、なんとなくわかると思うよ」

「そんなもんか?」

「うん。求めるものがわかるっていうか、自分がどうしたらいいかわかるっていうか……」

「経験則か?」

「『狐』の時にね」

「……なるほど」

「パパのあとを追わせてあげるべきだと、ぼくは思ったんだよ。……だからきっと、わかるよ。アレクにも。その時になったらね」

「自信はないな。……俺にも直観があればいいんだけど」

「オッタさん? あの人の直観は『スキル』じゃないの? 戦闘系スキルならなんだって覚えられるんでしょ?」

「スキルではないなあ。……少なくともスキル欄には『直観』っていうものはない。才能っていうか……プロフィールかな、強いて言うなら」

「ふうん?」

「……ま、とにかく。お前を信じるよ。その時になったら、自然とどうしたらいいかわかるんだろう。お前の言うことはだいたい正しいからな」

「うん。だから修行ももう少しゆるく」

「……ゆるいけど」

「アレク、ちょっとこっち」

「なんだよ」

「いいから、こっち」



 手招きされる。

 アレクは、首をかしげながらヨミに従った。


 彼女の眠るベッドの横に、座る。

 すると、ヨミが、ぺちぺちとアレクの頭を叩いた。



「……なんだ?」

「固い頭を柔らかくしているのです」

「俺の頭はステーキ用の肉じゃないんですが」

「えい、えい、えい、えい」

「やめなさい」

「えへへ」



 ヨミが身を乗り出して、アレクの頭に抱きつく。

 アレクは、困惑した顔になった。



「今日のお前は子供みたいだなあ……」

「ブランとノワがいないからね」

「……そういえば、寝室で二人がいないのは、久しぶりか」

「うん。……ねえ、たまに、二人でどこか行こうか」

「そうだな。今はまだ無理だけど」

「遠出じゃなくてもさ。……街に買い物に行ったり」

「なるほど。それなら手軽にできそうだ」

「思い出がいつか美化されるなら、思いっきり輝くような、思い出を作ろう」

「……ああ」

「記憶がいつか風化するなら、『覚えてないけど、楽しかったなあ』って言えるような毎日を過ごそうね」

「……そうだな」

「うん」



 ヨミがアレクの頭をぎゅっと抱く。

 アレクは、抵抗せずに、されるがまま、黙っていた。


 目を閉じる。

 耳にとどくものは、ほとんどない。


 時間さえ止まったかのような静寂の中――

 ただ、耳にとどくヨミの鼓動だけが、時間の経過を教えてくれた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ