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12話

 ロレッタは目を覚ます。

 気付けば、『銀の狐亭』にある、自分の部屋だった。


 あたりは暗い。

 小窓から光が差しこんだりは、していないようだ。

 たぶん夜なのだろう。


 ここに至るまでのことは、なんとなくでしか覚えていない。

 モンスターを、殴って、殴って、殴りまくって……

 そして、アレクに背負われたことは、わかっている。


 しかし、それだけだ。

 詳細な記憶は頭から抜け落ちていた。

 たしか風呂に入れと言われた気がするのだが、そこから記憶がない。



「……風呂には」



 起きたばかりの自分の体を見下ろす。

 鎧も剣もない、軽装。

 ダンジョンに挑んだ時に着ていた服はぼろぼろになっていたはずだが、今身につけているのは綺麗な白いシャツと、スカートだった。

 着替えはしたらしい。

 体も――臭くはない。



「……入ったようだな」



 入った当時の記憶がないのが、少し怖い。

 しかし、悪いようにはされていないだろうという信頼があった。


 なぜだろう。

 モンスター五百匹組み手を終えてからというもの、アレクに対して揺るぎない信頼が自分の中に芽生えていた。

 ボロボロなところに来てもらったことで、よほど心を打たれたのかもしれない。

 ……そもそもの原因が彼なのだから、冷静になってしまえば、心を打たれることはないはずなのだけれど。



 なぜだろう。

 妙に、彼の顔を見るのが、照れくさいように思えた。



 などと考え、なんとなく髪をなでつけていると――

 コンコン、と控えめに部屋がノックされた。

 ロレッタはビクリとして、応じる。



「は、入っているぞ!」

「知ってます。アレクです。少し入っても?」



 ロレッタは自分の体を見下ろした。

 そして、「待ってくれ」と言ってから、慌てて起き上がる。


 大きな鏡のついた化粧台で、身だしなみを整える。

 そして、部屋の端にたてかけてあった、鎧と剣を身につけた。



「い、いいぞ」



 咳払いをして声の調子を整える。

 ドアは、ゆっくりと丁寧に開いた。



「おはようございますロレッタさん。お加減は――よさそうですね。すでにやる気いっぱいだ」



 アレクは、ロレッタがもう武装しているのを見て、そうつぶやいた。

 ロレッタがうなずく。



「も、もちろんだ。ところで、どんなご用かな?」

「はい。意識のない間に経過した時間などを、ご説明しておこうかと」

「そうか、手間をかけさせる」

「いえいえ。では……ロレッタさんは、三日三晩と半日の戦いの末、ダンジョンから出て、入浴して、それから一日と半分ほど眠っておられました」

「…………そんなにか」

「帰って来たのが、昨日の昼です。そして、今は、翌日の夜ですね」

「ふむ……まさか自分がそこまで寝こむとは想定外だ。一週間と定めた、あなたが私に『花園』を制覇させるまでの期限に、支障が出るのではないか?」

「いえ。想定外という意味ではそうなのですが、どちらかと言うと、歓迎すべき想定外ですね」

「つまり?」

「俺の計算だと、あなたはもう半日、目覚めないはずでした」



 最初から二日寝こむ計算でスケジュールを立てていたらしい。

 そこまで考えてるなんてすごい、と褒めればいいのか。

 それとも、そんなことを考えていたなんてひどい、と責めればいいのか。

 ともあれ、ロレッタはうなずく。



「となると、実質五日で『花園』を制覇するまでに私を鍛える算段だったということか」

「左様で。いくつかダンジョンを制覇していますので、感覚で、だいたい『どのぐらいのダンジョンにはどのぐらいのダンジョンマスターがいる』というのが、わかってきます。その俺の感覚ですと、『花園』のダンジョンマスターは、だいたいレベルに直して百二十程度かと」

「……冒険者協会が定めたダンジョンのレベルより二十も高いようだが」

「二十程度なら誤差ですよ」

「その誤差を埋めるのに、普通の冒険者は数年を必要とするのだが」

「普通の方々は死ねませんからね。あなたは死ねるでしょう?」

「そうだな」

「ステータスで判断しますと、これまでの修行であなたの三十ほどだったレベルは八十ほどまで上がっています。まあ、冒険者協会の試験では、別な数値が出るかもしれませんが」

「自殺して、豆を嫌いになって、その翌日に三日三晩と半日戦い、帰って、一日半寝こんだということだから……経った日にちは六日ほどだが、実質四日半で五十も上がるのか……しかし、あなたが定めた『一週間』という期日通りだとすれば、残りは一日しかないが」

「あとの時間で、残ったあと五十レベルを上げます」

「一日でか?」

「半日で、です。その後は少し休憩しましょう。あなたのお目覚めが、半日早かったですからね」

「……もはやあなたの手腕を疑うわけではない。たしかに、丈夫さや持久力が異様に伸びていることを、ダンジョン五百匹組手で実感できたし、殴っていくうちに、自身の腕力が着実についていることもわかってきた。しかし、さすがにあなたでさえ四日かけて上げたレベルを、あとは半日で上げるというのは、無理なのではないか?」

「いえ、次の修行は今までで一番ハードなので、大丈夫です」

「助けて」



 まったく意識しないまま、本心が口から飛び出した。

 自分でも『これほど女の子らしい声を出せたのか』と思うほど、か細い声だった。

 アレクは柔らかな笑みを浮かべている。



「大丈夫、死にませんよ」

「アレクさん、あなたは知らないだろうが、私は修行の中で何度も『いっそ殺せ』と思ったものだぞ。死ねないことが逆に辛いということもあるのだ」

「ははは。若い命を簡単に捨てるものではありませんよ?」

「あなたに言われると、極度に心に響かない言葉だな……」

「まあまあ。少し安心していただくために言葉を添えますと、きちんと食事はとれますし、きちんと睡眠をとっていただいてかまいません。無茶は、しなくて結構ですよ」

「あなたの基準で言われたところで、なにも安心はできないのだが……いっそ、早いところ修行内容を明かしてはもらえないだろうか。不安でたまらない」

「はい、では言いますね」



 妙にもったいぶるな、とロレッタは感じた。

 普段のアレクは、もっと、素っ気なく重大なことをポロッと言う人だ。

 どんな修行が来るのか不安で仕方がない。


 ロレッタは今度こそ聞き返さないように、耳に神経を集中する。

 アレクは、言った。




「俺に一撃入れてください」




 いつもと変わらぬ笑顔のまま。

 ロレッタは、『銀の狐亭』に来た日のことを思い出す。


 渾身の初撃を、あっけなくつままれた。

 神速の奥の手を、簡単に受けられた。

 傷一つすら、つけられなかった。


 その相手に――一撃を、入れる?

 ロレッタは戸惑う。

 アレクが、言葉を続けた。



「場所は、特にどこでもかまいません。試合みたいな形式もとりません。明日は一日宿屋にいますから、料理中、食事中、風呂のあいだ、睡眠中、いつでも、どこでも、どんな手段でも、俺に攻撃を一発当てて、ダメージを与えてください。それであなたの『花園』を目標とした修行は完了ということになります。……あ、反撃もしますので、ご注意を」

「……申し訳ないが、一撃を与えた程度で、私は強くなれるのか?」

「そうですね。この世界もシステム的には、自分より強い相手に一回有効打を通す方が、自分より弱い相手を狩りまくるよりも強くなれるみたいなんですよ」

「……あなたの言っていることは、相変わらずわけがわからんな。……ちなみにだが、冒険者ギルドの規定により定められた、あなたのレベルなどを教えていただけないか?」

「それは言えません」

「秘密にしないと効果がないということか?」

「あー、いや、その、そうじゃなくって」



 アレクは頭を掻く。

 どうやら、今のは困る質問だったようだ。

 ロレッタは言い添えた。



「答えにくいなら、無理に聞きだそうとは思わないが」

「いえ、その……これも、言ったところで信じてもらえないたぐいの話なんですけど」

「今さら、強さにかんするあなたの自称を疑うことはしないさ。女王陛下と知り合いとか、そういうコネクションのこと以外は、だいたい信じる腹づもりでいる」

「でしたら……あのですね、俺、レベルがないんです」

「……どういう意味だ?」

「検定試験って、やらなくても強いダンジョンに挑めるじゃないですか」

「まあそうだが」

「だから、最初に冒険者登録の時、まだ弱い時分に軽くやっただけで、それ以降はやってなくて」

「……ふむ?」

「だから、俺のレベルは、強いて言うなら、一です」

「……」

「ステータスで、俺自身が自分にレベルをつけるなら、計測不能です」

「なぜだ? あなたは私のレベルを簡単に判断してのけただろう?」

「いえ、全カンストなもので」

「は?」

「攻撃力も丈夫さも、人族が到達しうる限界値です。前例もないので、レベルには直せません。つまり、なんと言いますか――」



 アレクが頭を掻く。

 そして、やや恥ずかしそうに。



「世界最強のレベル一、とでも言うんですかね、俺の強さは」



 ……きっと事実なのだろう、絶望的なことを、言った。

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