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118話

「かえれる……かえれる……かえって……しゅぎょう……またしゅぎょう……?」



 ホーがなにごとかをぶつぶつとつぶやいている。

 オッタは、彼女の手を握って、今までいた修行場をながめていた。


 時刻は朝だ。

 山間に差し込む朝の光が、あたりを白く照らしている。


『殺意の洞窟』は王都北部の山脈地帯にあるダンジョンだった。

 険しい山々に擬態するように口を空けた鍾乳洞。

 内部はほのかに青白く発光しており、一歩でも踏み入ればひんやりした空気を感じ取れる。


 ここでの修行は、アレクによれば、四日続いたらしい。

 青白い光の矢は、見て避けることはかなわない。

 また、覚えて避けることも、不可能だった。

 常に矢の軌道が変わるのだ。


 だから『直観力』と『感じた通りに体を動かす力』を身につける必要があって。

 その習得に、四日もかかってしまったのだ。


 オッタは、きつい修行には慣れていた。

 が、それでも不眠不休で四日間ぶっ通し、一瞬でも気を抜けば死ぬという状況にさらされ続けるのはさすがにつらい。


 へとへとで。

 それでも、オッタは、修行を振り返って、笑った。



「オッタががんばれたのは、ホーのおかげだ」



 彼女の頭を優しくなでる。

 ホーは反応しない。

 どこか遠くを見ながら、指をしゃぶっていた。


 代わりに。

 セーブポイントを消したアレクが、問いかけてきた。



「ホーのおかげ、ですか?」

「そうだ。ホーが子供っぽいから、情けない姿は見せられないと思った。奴隷時代、年下の子の前では情けない姿を見せないようにがんばっていた」

「なるほど。まあ、ホーは見た目よりは歳をとっていますが……修行中はなんだか幼くなるんですよねえ」

「極限状態で嘘はつけない。たぶん、ふだん、ホーは無理して乱暴にしてる」

「悪そうなものに憧れる年頃なのでしょう」

「……だから、極限状態でも、いつもオッタたちを気遣っていたエンは、本当に優しい」

「……そうですね」

「早く会いたい。会って、昔みたいに、一緒に遊びたい」

「………………」

「アレク、どうした?」

「うっかりと口をすべらせそうになるのが、俺の悪い癖ですね」

「?」

「いえ。……ともあれ、あなたはエンさんに勝たねばならない。勝負はもう、明日の夜です」

「そうなのか。オッタは計算が苦手だ。えっと、エンに会った日の夕方、崖から落ちるやつをやって……その次の日の朝、この修行場に来た。それで……」

「四日四晩、洞窟にこもっていましたね。なので、エンさんと約束した期日は、明日の夜になります」

「……間に合うのか?」

「今のところ計算通りです。むしろ、あなたがまったく疲弊した様子がないので、おどろいているぐらいですよ」

「オッタは疲れてる。でも、ホーの前だから、がんばれた。誰かと一緒だと、がんばれる。特に子供の前だと、『やらなきゃ』っていう気分になる」

「なるほど」

「小さい子の世話は、オッタの仕事だった。オッタは弱いけど、子供の世話は得意だったから」

「エンさんは? あなたは彼女を慕っている様子でしたから、てっきりエンさんが奴隷たちの世話役みたいなものだと思っていたのですが」

「……エンは、途中まで、たしかにそうだった。でも……」

「……聞かれたら困ることだったでしょうか」

「少し。でも、アレクならいい。……エンの下に、もう一人、オッタと同い年の奴隷がいた。でも、その人は凶暴なモンスターと戦わせられて死んだ」

「……なるほど」

「それから、エンは、あんまり子供の世話をしなくなった。代わりに、誰よりも修行して、誰よりも興行に出た。……たぶん、解放のための資金稼ぎだったんだと思う」

「鬼気迫る感じだったのですね」

「たぶんそう。……そのころのエンは、優しかったけど、怖かった。すごく必死で……まるで死んでもいいみたいだった」

「……」

「そうやって稼いだお金で、オッタは解放された」

「エンさんご自身が助かるためのお金ではなかったのですね」

「たぶんそう。……最初から、エンは、自分のためにがんばってなかった気がする。全部、オッタや、オッタより小さい子たちのためにやってたと、思う」

「……それで今、あの状態ですか。『まったく、世の中はままならないねえ』という感じですね」



 アレクが苦笑する。

 なんだか、妙な言い回しだと、オッタには思えた。


 うまく言えないけれど。

 誰かの言葉を借りたような。


 オッタが首をかしげていると。

 アレクは、思い出したように口を開いた。



「そういえば、エンさんをどうするおつもりで?」

「……どうする?」

「すでに確定している事実だけ申し上げますと、彼女は殺人犯です」

「……」

「事情には同情するべきところが多々あるかと思いますが、憲兵に突き出し、法の裁きを受けさせることは、避けられない。まあ、かばいたい気持ちはあるでしょうが……憲兵は優秀ですよ。すでにバルトロメオさん殺害の犯人が、エンさんだとあたりをつけ、居所を絞り込んでいます」

「ええと……」

「すぐにでも捕まるかもしれない、ということです」

「……そうなのか」

「はい。まあ、捜査は少々『手こずっていただいて』いますが、こちらも法を犯すつもりはないので、いずれエンさんは捕まるでしょう。そういったこともあり、彼女は一週間という期限を切ったのでしょうけれど」

「……困る。だって、捕まったら……」

「奴隷から解放できませんね。『自分を買い戻す資金』『成人していること』、それから『犯罪歴がないこと』が奴隷解放の条件ですから。そして『犯罪歴』は『逮捕歴』だ。別に奴隷の印が自動で罪を感知するわけではないですからね」

「…………なんとか、ならないのか」

「つまり、あなたの目的は『エンさんを奴隷から解放すること』だと?」

「……そこまで、考えてなかった。でも、オッタがエンに受けた恩を返すには、エンを解放するのが一番だと思う」

「しかしそれは無理になってしまった」

「………………困る」

「状況を整理しましょうか」

「頼む」

「あなたは、『エンさんの真意を知りたい』。エンさんは、『なにもしゃべるつもりはない』。だからあなたはエンさんから話を聞くため、彼女との勝負に勝つ必要がある」

「……」

「ひょっとして、真相を知った結果、エンさんが『実は犯罪などやっていない』と判明することを望んでおいでなのですか?」

「そうなったら、いいことだと、思う」

「俺の立場からはなんとも言えませんが、バルトロメオさん殺害にかんしてだけ言えば事実でしょうねえ」

「……そんな気はしてた。でも、他の奴隷を殺したのは、きっと、嘘。エンはそんなことするはずない」

「……まあ、考えてみてください。真相を聞いたあと、あなたがエンさんをどうしたいのか。今はとりあえず、やるべきことをやりましょうか」

「?」

「修行ですよ。明日の夜の本番のためにね」

「そうだった」



 オッタはうなずく。

 アレクは陰りのない微笑を浮かべて、言葉を続けた。



「先ほどまでの修行では『見切り』を習得していただきました。もともと優れた直観力をさらに鍛え、未来予知にも近い精度で攻撃を予測する。さらに、予測通りに自分の体を動かす完璧なボディイメージの習得をした、というわけですね」

「よくわからない。そういえば、必殺技は覚えたのか?」

「『見切り』が必殺技です」

「……見切ってどうやって相手を倒す?」

「まあ、必殺技という表現はわかりやすくしただけで、本来はスキルなので、必ずしも攻撃技能ではないのですが」

「……?」

「わかりました。では、このように考えましょう」

「考えるのか」

「相手の必殺技をかわすための必殺技を、本日は覚えたのです」

「むむむ……なるほど」

「……それで、本日から勝負の時までの修行では、あなたのイメージしているであろう方の、本当の『必殺技』を覚えていただきます」

「本当の?」

「言葉のあやです。忘れてください」

「わかった」

「今回やっていただくことは、本当に簡単ですよ。『攻撃を避けて一撃を入れる』。たったこれだけです」

「誰の攻撃を避ける? モンスターか?」

「それは、俺――」



 アレクの言葉が途中で止まる。

 彼は「失礼」と言って、腰の後ろからなにかを取り出した。


 それは細長い魔石だ。

 手のひら大の黒い石で、ほのかに発光、振動しているのがわかった。


 アレクはその魔石を耳に当てる。

 そして。



「もしもし? ……わかりました。すぐに向かいます」



 まるで誰かと会話しているような発言。

 魔石はアレクの言葉を受け止めると、役目を終えたらしく、その色を透明に変化させた。


 寿命だ。

 内部にこめられた魔法が抜けると、魔石は透明になる。


 しかし、数秒で寿命を迎える魔石など、オッタは見たことがなかった。

 どのような強力な魔法がこめられていたのだろう。


 アレクは魔石を握りつぶす。

 それから、オッタへの話を再開した。



「……申し訳ありません。これからの修行、俺がお付き合いするのは無理そうですね」

「そうなのか。じゃあ、オッタはどうしたらいい?」

「娘をつけましょう。あなたの修行は、ブランが行います。ああ、セーブポイントは宿に出しておくのでご心配なく」

「ブランか。オッタはあいつ、ちょっと苦手だ」

「まあ、悪い子ではないので」

「悪い子だと思う……」

「修行内容をあらためてご説明しますと、ブランがあなたに『食らうと死ぬ』攻撃をします。あなたはそれを避けて、ブランに有効打を与えてください。できないと、次の攻撃であなたは死ぬことになります」

「オマエの娘を本気で殴っていいのか」

「セーブしてからね。それに、並大抵の攻撃ではブランには通りません。あの子の肉弾戦能力はかなりのものだ。ノワの魔法も結構なものだし。……血統の力でしょうかねえ」

「血統? 奴隷なのにか?」

「そこは色々ありましてね。ほら、カグヤの予言書、覚えてますか?」

「覚えてる。予言書でもなんでもなかったやつだ」

「そうですね。そのカグヤか、カグヤの姉妹であった者の直系の子孫の可能性が高いんですよ、ノワとブランは」

「そうなのか」

「はい。まあ、話の信憑性としては、『人間の王家が勇者アレクサンダーの子孫だ』ぐらいのものではありますけれど」

「……?」

「王家はアレクサンダーの子孫だということになっていますね」

「それはオッタも知ってる。昔、おとぎ話で聞いた」

「でも、色々調べているとどうにも怪しい点がある。つまり公式発表と事実が違うかもしれないとそういうことです」

「王家は嘘つきなのか?」

「うーん、どうご説明すればいいのか」

「アレク、困るか?」

「そうですねえ。……ああ、こうしましょう」

「?」

「そこにホーがいますね」

「いる」

「ホーは普段、自分を大人だと言いますが、俺から見るとまだ子供だし、あなたから見ても、子供みたいに見えるでしょう?」

「うん」

「でも、ホーは別に、嘘をついているわけではない。本人は、自分のことを大人だと信じていますからね」

「……わかる」

「そういうことです」

「……子供だけど、大人ぶってるっていうことか?」

「はい。『アレクサンダーの子孫ではないかもしれないけれど、子孫ぶっている』。あるいは『子孫だと本人は信じているけれど、人から見るとどうだかわからない』と、そういうことです」

「なるほど。なんとなくわかったぞ」

「わかっていただけましたか。では、帰り道はホーと二人でも大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。オッタは道を覚えるの、得意」

「では、俺はここでお別れです。修行の件はブランに伝えておきます。それと、セーブポイントも出しておきますので、休憩を挟んでから修行を開始してください。では」



 そう言うと、アレクはすぐに歩き去って行く。

 歩いているようにしか見えなかったけれど、まばたきのあいだに、その姿はもう消えていた。


 かなり急いでいたのだろう。

 引き留めてしまったかな、とオッタは反省した。


 オッタは、手をつないだホーを見る。

 彼女は先ほどから大人しい。

 指をしゃぶりながら、「おはな、おはな」とつぶやいているだけだ。


 ……ともあれ、いつまでもここにいても仕方ない。

 オッタはホーに言った。



「ホー、帰ろう」

「……かえる」



 ホーがうなずく。

 それを確認して、オッタは『銀の狐亭』への道を歩き始めた。

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