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116話

 オッタの『奴隷か?』という問いかけに、少女はうなずく。

 そして、眠そうな声で、言った。



「そう、奴隷です。パパの」

「奴隷か。オッタもだ。あ、ううんと、オッタは、前まで奴隷で、でも、今は違くて……でも、仲間みたいなものだ」

「そうなんですか」



 反応が薄い。

 オッタは、『相手を困らせる話』をしてしまったかなと不安になった。



「……ええと、オッタは失礼なことを言ったか?」

「いえ」

「そ、そうか。でも、奴隷を見るとオッタは嬉しくなる。仲間を見つけたような気分だ」

「あの」

「なんだ?」

「あんまり元奴隷とか言わない方がいいと思います。世の中には偏見を持っている人も少なくないので。だから今、奴隷はものものしい首輪とかじゃなく、目立たない紋様での魔法的拘束になったぐらいですし」

「……オマエ、難しいことをよく知っている」

「勉強してますから」

「まだちっちゃいのに、オッタより賢いな。オマエ、名前は?」

「ブランです」

「アレクの奴隷か?」

「はい」

「でもアレクはパパなのか?」

「はい」

「……奴隷なのに、主人をパパと呼ぶのか?」

「お客さん、細かいところが気になる人ですか?」

「そうかもしれない。オッタはなんにも知らないから、わからないことがあると、色々聞いてみたくなる」

「なるほど」

「それで……」

「奴隷ですけど、パパは私が成人したら、私を解放するつもりみたいです」

「ブランは、解放がイヤなのか?」

「なぜでしょう?」

「なんかイヤそうに聞こえた」

「お客さん、直観が鋭い人ですか?」

「自信はある。オッタの取り柄はそれだけだ」

「なるほど」

「それで……」

「こういう時、パパならこう言うでしょう」

「?」

「『考えてみてください』」

「オッタの苦手なやつだな」

「パパは、私が奴隷じゃなくなると同時に、正式に養子縁組するみたいです。つまり、十五歳の誕生日、私は正式に、パパとママの娘になります」

「……いいことに聞こえる」

「しかし世間的に『いい』と言われることと、各人の幸福とは、違うものです」

「……なんだかアレクと話してる気分だ」

「それは私がパパと似ているということでしょうか?」

「そうだな。オッタはオマエとアレクに似たものを感じる」

「なるほど。いいことです」

「アレクと似るのはいいことなのか?」

「私にとってはいいことです」

「よかったな」

「はい。……話を続けますけど、正式に養子にされるのを、私は望んでいません」

「なんでだ? 今もアレクはパパのはず」

「養子になったらパパと結婚できないじゃないですか」



 ブランは表情を変えずに言い切った。

 口調も無感情というか、淡々としている。


 なにかおかしな発言のように、オッタには感じられた。

 でも、こうまで堂々と宣言するということは、おかしくないのかもしれない。


 オッタは考える。

 それから。



「……普通、パパとは結婚しないものだと、オッタは思う……オッタはパパがいなかったからわからないけど」

「普通とか、普通じゃないとか、そういうのは些細な問題です。大事なのは気持ちでしょう」

「オッタには意味不明だが、なんだか深いことを言われた気がする」

「私は、私の気持ちのためにパパと結婚します」

「……でも、アレクには妻がいるはず」

「倒します」

「……オマエのママじゃないのか」

「些細な問題です」

「わかったぞ。オマエ、けっこう危ないヤツだな?」

「ノワと同じことを言わないでください」

「……ノワ?」

「妹です。……向こうは、自分が姉だって言いますけど」

「なるほど。そういうのわかる。オッタもそういうのあった。姉の方がいっぱいご飯を食べていいんだ。だからオッタは姉になりたかった」

「まあ、そういう物欲的な話というか、誇りの問題ですけど」

「オマエの話は難しい」

「……とにかく、あんななにも考えていない馬鹿の妹に見られるのは心外という話です」

「オッタ、オマエと話してて思った。オッタはたぶん、ノワの方が仲良しになれそうだ」

「とにかく、このことは、ママには言わないでください。今、ママを倒す計画を練っているところです。ばれたら倒せません。ママは強いから」

「そうなのか。アレクとどっちが強い?」

「パパの方が強いけど、パパはママに勝てないって言ってます」

「……よくわからない。勝てる方が強い方じゃないのか。弱いのに勝てるのか」

「相性の問題だと思います。私も、ママとは相性悪いですから。ちょっと悪いことをすると一週間ぐらい精神世界に閉じこめられます。怖いです」

「よくわからない。でも、一週間閉じこめられるのはひどい」

「ちょっと即死トラップ仕掛けただけなのに」

「オマエ、危ない。オマエのママは正しい」

「でも、ご飯も抜きですよ」

「ご飯抜きはつらいな……」

「私がママを倒そうとしていることがばれたら、ご飯抜きにされます」

「わかった。オッタは黙っている。絶対に言わない」

「結構。……ママの『心に働きかける魔法』、私も覚えたいんですけどねー……」

「覚えられないのか?」

「魔法の適性がないんです」

「自分にできることでがんばればいいと、オッタは思う」

「でも、パパの精神を魔法で閉じこめることができたら、ずっとパパは私のものですし……」

「オッタにはよくわからないけど、オマエは危ない。見ろ。オッタの尻尾は、オマエがなにか言うたびにふくらむ。これは、オマエが危ないやつだと感じているということだ」

「危なくないです。人よりちょっと想いが深いだけです。人を好きになるだけで危ないと思われるだなんて、心外です」

「オッタもエンのことは好きだけど、オマエの言う好きとはなんか違う気がする」

「エンさんというのは?」

「オッタの姉みたいなものだ」

「それは、違うに決まってますよ。だって、あなたの好きは、家族に対する好きですからね」

「……オッタは頭が混乱してきた。アレクはオマエのパパじゃないのか?」

「今はね」



 ブランがかすかに笑う。

 眠たげな顔をしていた彼女の笑顔は、可憐で美しい。


 なのに、オッタは背筋に冷たい予感が走った。

 なにか危ない。

 この子は、危ない。



「……オッタはとりあえず、ご飯を食べたい」

「あ、はい。今は食堂にママとノワがいますから、注文してくだされば食事ができますよー」

「そうか。アレクの修行はきつい。お腹が減る」

「今日が修行初日ですよね?」

「そうだ」

「崖から飛び降りたり、豆を食べたり?」

「そうだ」

「お腹が空くんですか?」

「修行が終わったらお腹が空く。当たり前」

「……食べられるんですね。みなさん、精神的にお腹いっぱいになって、食事もままならないということが珍しくないようですけど」

「……精神的にお腹いっぱい? 精神にお腹があるのか?」

「比喩表現といいますか……修行、大丈夫だったんですか? パパの修行はちょっと、あんまり評判よくないっていうか」

「そうなのか?」

「はい。効果は出るけど二度とやりたくないという方が多いですね」

「そうなのか。でも、オッタは思う。修行が二度とやりたくないものなのは当たり前。さぼると本番で死ぬ。だから死ぬほどやる。それが修行」

「……なるほど。お客さんは若干変わってますね」

「そうかもしれない。オッタは頭がよくないから」

「そういう意味ではなくって……パパの修行が終わってまともな精神状態の人を初めて見たので感動しました」

「……? アレクの修行が終わると、なんでまともな精神状態じゃなくなる?」

「つらくて、でしょうか? 私はもう慣れてますけど」

「そうか? アレクの修行はいいぞ。なにをやるか、はっきり言ってくれる。それから、今やってることがどんな効果が出るのかも教えてくれる。優しい。なにより、死なない。普通は『やれ』しか言われない。しかも場合によっては死ぬ」

「オッタさんも大変な環境で生きてこられたんですね」

「よくわからない。でも、アレクの修行に比べれば理不尽だった気がする」

「でも、パパの修行を褒める人には好感がもてます。私、あなたと仲良くなれそうな気がします」

「そうか。オッタはちょっと遠慮したい」

「遠慮なさらずに」

「……言葉は難しい。オッタはどう言っていいか、他の言い方を知らない」

「二人で力を合わせて、ママを倒しましょう」

「なんでそういう話になったのか、オッタでは理解ができない」

「あなたに隠し事はしにくそうだから、いっそ秘密を共有しようかと。とにかく、ママを倒すことは内緒ですよ。内緒ですからね。もし誰かに話したら、怒りますからね」

「わかった。それは約束する」

「あと、もしパパに惚れたら殺しますからね」

「オマエが本気で言ってることは、オッタの尻尾がふくらんだからわかる。オマエはやっぱり危ない」

「危なくないです」

「……とにかく、ご飯だ」

「はい。食堂はお客様から見て左手側になってます」



 ブランがかすかに微笑む。

 可憐で、儚く、美しい少女。

 顔立ちも体もまだ幼いのに、雰囲気にどこか大人びたところがある。


 でも、なるべく遠くから見ているだけにしよう。

 そう決意して、オッタは食堂へと足を踏み入れた。

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