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110話

「聖剣見せたら本当にじいちゃんが元気になったッス!」



 コリーは生家である工房から、『銀の狐亭』に走ってきていた。

 祖父の容態をアレクに説明するためだ。


 まだまだ時間は深夜から明朝のあいだという感じだ。

 しかし、アレクはいつものように、食堂のカウンター内部にいた。


 豆を、炒っている。

 修業の第一段階で使うもので、今宿にいるメンバーは、みんなご無沙汰だろう。

 ……また新しい犠牲者の気配でも感じたのかもしれない。

 新しく来る人の冥福を祈りつつ、コリーはカウンター越しにアレクへつめよった。



「あ、それで、聖剣をお返ししようと、来たんスよ!」

「そうですか。とりあえず、おめでとうございます」

「ありがとうッス!」

「興奮していらっしゃるのはわかるのですが、しかし、今は眠っているお客様もいらっしゃいますので、少し声をおさえていただけるとありがたいのですが」

「…………あ、申し訳ないッス」



 垂れた耳をますます垂れさせる。

 アレクは笑って、調理の手を止めた。



「……あらためまして。おじいさんの件、おめでとうございます」

「ありがとうッス!」

「お静かに」

「……申し訳ないッス。……あ、でも、ほんとに、嘘みたいに元気になったッスよ」

「それはよかった」

「病気を治療したっていうか、毒を解毒したって感じに見えるんスけど……アレクさんが持ってきてくれた薬って、本当にただの治療薬なんスか?」

「考えてみてください」

「答えを言ってほしいんスけど……」

「『おじいさんが毒を盛られました』と『おじいさんが病気になりました』だと、どちらの方が深刻そうに聞こえますか?」

「……そりゃあ、毒の方がいくぶんか深刻そうッスけど……」

「そういうことですよ」

「……つまり、毒だったんスか?」

「さて。ところで和解はされたので?」

「それがッスね!」

「声」

「……それがッスね。じいちゃん、アタシが昔打った剣を、実は鋳つぶしてなかったみたいなんスよ」

「へえ?」

「……なんか、大事にしまってたらしいッス」

「なるほど。たとえば価値があるものと同じように、金庫などに、でしょうかね」

「そうッスね。いやあ、そのせいで泥棒に入られて、アタシの剣を盗まれそうになったところで、意識が薄れたみたいで……」

「なるほど」

「ずっとうわごとで『孫の剣』『孫の剣』って言ってたみたいッスよ。いやあ、素直じゃないジジイッスねえ。そんなにアタシの剣気に入ってたなら素直に言えばいいのに!」

「声は、おさえめで」

「……すいませんッス。……じいちゃんはね、アタシが才能におぼれてつぶれるのが、怖かったらしいんスよ」

「……」

「若い時にすごい賞をもらった職人には、けっこうそういうの、あるらしいッスね。……だからって『鋳つぶした』なんて嘘つくことなかったのに。どんだけ不器用なんだっつーのあのジジイ」

「どうでしょう、あなたは、ご自分のことを、どう思うでしょうか? 才能におぼれてつぶれるタイプだと思いますか? それとも、おじいさんのなさったことはまったくの無駄だと思いますか?」

「じいちゃんの心配は、正しかったと思うッス。アタシ、自分の才能に自信を持ってた方ッスからね。認められて、やったって思って……」

「……」

「剣を鋳つぶされて……本当は鋳つぶされてなかったけど、そう思って出て行ったのが『才能におぼれるタイプ』の証明みたいなもんッスよね」

「と、おっしゃいますと?」

「自分を認めないあのジジイはおかしい。だから、なんとしても納得させてやる――アタシの才能なら、工房を飛び出してもそれができるはずだ、って。そういうことッスもんね」

「……なるほど」

「実際は偶然ダヴィッドの工房が見つかったからよかったものの、どこで剣を打つ気だったんだよって感じッスもん……いやほんと、夢中になると色々気にするべきところを失念するのがアタシの悪い癖ッス」

「優れた職人は、みなさん、そういう『夢中になる才能』をお持ちかと思いますけれどね」

「……優れた職人なんて……まだまだッスよ。アタシも」

「聖剣を打ったのに?」

「他の職人に、腕で負けてるつもりはないッス。……でも、この世には、まだまだ発見するべき技術も、知るべき技術も、山ほどあるッスから。……聖剣を打ったことで自分の中の基準が上がったっていうか……とにかく、まだまだッス。死ぬまで勉強ッス」

「……なるほど。とても感銘を受ける考え方ですね」

「いやあ、アレクさんはもう限界いっぱいだと思うッスけど……」

「まだたどりつけない目標が、ありますから。まあ、あなたは俺の目標と接触しているっぽいですけれどね」

「どういう意味ッスか?」

「あなたは冒険のどこかで俺の母に会っています。そして、その人から聖剣のことを聞いた可能性が高いかと。……けっきょく、明確にはできませんでしたが」



 アレクは笑う。

 普段とどこか違う笑顔だと、コリーには思えた。


 さびしそうな。

 遠くを見るような。

 そんな、鋼よりなお強い、人を逸脱してあまりある、彼らしくない、弱い笑顔。


 でも、そう感じられたのは一瞬だ。

 アレクはいつもの、強い笑顔に戻る。



「冒険者は、もうしないので?」

「そうッスね。まあ、じいちゃんと和解もしたことだし、これからは本業に戻るッス。さっそく今日から工房で下働きッス……なぜ今さら下働き……あのジジイ……」

「では、この宿もチェックアウトになりますね」

「……たまに風呂に入ったり飯食ったりしに来るッスよ。みんなにも会いに来るッス」

「ええ、いつでも、歓迎しますよ。ああ、それと」



 アレクがカウンターの下をさぐる。

 そして、なにかをコリーに差し出した。



「これを、どうぞ」

「お、噂の『狐面』ッスね?」

「噂になっているのですか?」

「ロレッタさんがもらってて、ホーさんがまだのやつッスよね。ホーさんが『なんであたしにはくれねーんだ』って愚痴てったッスよ」

「まあ、別にあげてもいいんですけど、ホーはまだ目標を達成していませんので。今あげてしまうと身内ひいきみたいに思われるかなあって」

「……アレクさんも、そんな人らしいことを気にするんスね」

「いや、俺の杞憂や懸念は極めて健全に人らしいですよ」

「その冗談もしばらくは聞けなくなるッスね」

「冗談……?」

「……あっ、そうそう。忘れないうちに、聖剣をお返しするッス」



 コリーが背中のあたりに背負っていた剣を、カウンターに置いた。

 彼女が作った青く透き通った刀身を持つ聖剣だ。

 鞘に収まり、柄には滑り止めの布が巻かれている。



「鞘作成と柄加工もアタシがしたッス。……あ、旧聖剣はお返ししたッスよね?」

「そちらは返却されましたね。刃が伸びるので、高いところの枝を切る時など、非常に重宝していますよ」

「…………あの、そんな使い方をされたくはないんスけど」

「しかし俺の仕事は、レプリカの方の剣でことたりますからねえ」

「……ま、いいッスけど。どんな風に使われるかは、持ち手次第ッスからね。打ち手はただ、いいと思った主人に、子供も同然の刀剣をとどけるだけッスよ。子供も同然ッスからね。そこんとこよく覚えててほしいッス」

「はい。しかし、新聖剣の方は、俺が受け取ってもいいものなのですか?」

「どういう意味ッスか?」

「あなたがいちから作ったものだ。旧聖剣は俺の持ち物を修理したから、俺に返ってくるのはわかるのですが、新聖剣を受け取ってしまっていいものかどうか」

「アタシが、アレクさんが持ち手としてふさわしいと判断したんス。だから、アレクさんが持つのが正しいッス」

「……そうですか。では、相応の代金をお支払いしないとですね」

「いやあ、別にいいッスけど。すげえ手伝ってもらったッスし、じいちゃんの病気だって診察してもらったッスからね……」

「そうはいきません。仕事には対価が必要です。あとで工房にとどけさせますので」

「……とどけさせるって、どんだけ払うつもりッスか」

「設備投資費ぐらいにはなりますよ。また利用させていただくとも思いますしね」

「……なるほど。先行投資ってやつッスね? アレクさんもなかなか商売をわかっていらっしゃるんスね」

「まあ、縁はできただけでは意味がありませんからね。たとえお姫様を助けても、こまめに会話をしたり、人材を派遣したりしないと、それは縁になりません。いわゆる好感度システムというやつですね」

「途中までうなずいてたんスけど、最後で意味不明ッス」

「人の輪はそうして広がり、この世は少しずつ、よくなるのですよ」

「……なんか壮大ッスね」

「俺が生涯かけて達成するべき目標です」

「…………っと、そろそろ帰らないと。じいちゃんに怒られるかな。……じゃあアレクさん、悪いッスけど、アタシはこれで。宿泊代金は昨日お支払いしたので足りるッスよね?」

「はい。お気をつけて」

「けっしてまた会話がわけわからない方向に転がりそうで疲れそうだから、逃げるわけじゃないッスよ。本当に仕事があるんスよ」

「別に疑ってはいませんが」

「というわけで、また!」



 コリーが慌ただしく去って行く。

 それを見つめて、アレクは息をついた。


 卒業生が、また一人。

 ……きっと、どれだけレベルやステータスを上げても。


 この胸を打つような、寂しさと嬉しさが入り交じった気持ちには、耐性がつかないだろう。

 そう思いながら、アレクは仕事に戻った。

 また新しく来る、今は名前も知らない誰かのために。

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