表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
108/249

108話

 扉を開くと。

 アレクのすぐ眼前に、青き巨人がいた。


 コリーはアレクに剣を放り投げた。

 珍しくぼんやりしていた彼は、ハッとした様子になって、剣を受け取る。


 直後。

 アレクの眼前に迫っていた、青き巨人の腕が振り下ろされる。


 彼は渡された剣の刃で、青き巨人の腕を受け止めた。

 止まった、だけだ。

 斬れたりは、しない。


 アレクは首をかしげる。

 それから、手にした剣を見て、不可解そうな声を出す。



「これが聖剣、ですか?」



 彼の疑問はもっともだろう。

 だって――なにも、変わっていない。


 ナイフの長さの、無骨な刃。

 折れた両手剣といった様子のそれは、コリーにあずける前と、今とで、なにも変化がない。


 けれどコリーは言う。

 堂々と。



「それでいいんス!」

「どういう意味で?」

「かつての勇者アレクサンダーは、どんな素材の剣でも振るだけで折ったらしいんスよ。だから最終的に、ダヴィッドは刃を打たないことにしたんス!」

「はあ」

「機能だけ復活させたッスから、剣に魔力をこめてみてほしいッス!」



 言われるがまま、アレクは剣に魔力をこめる。

 すると、刃が伸びた。


 ……いや、そのように錯覚しただけだ。

 伸びたのは、非実体の刃。

 つまり、今に伝わる『聖剣』の正体とは。



「魔法剣、魔力を刃にする装置、ですか」

「そうッス。それが、伝説に記されていた聖剣ッス」

「しかし……」



 アレクは、伸びた刃で青き巨人の腕をはじく。

 ……それからの動作を、コリーは目で捉えることができなかった。


 いくつかの音が、圧縮されて耳にとどく。

 すさまじい金属音。

 同時に、青き巨人が吹き飛んで、壁に叩きつけられた。


 それだけ。

 青き巨人の、丈夫そうな体には、傷一つない。


 アレクが、『聖剣』を見る。

 刃の長さはロングソードなみになっている。

 それにしては幅が広い。地面に突き立てれば盾にもなるだろう。


 ほのかに燐光を放つ刃は、たしかに『聖剣』と呼べる貫禄がある。

 しかし、アレクは美しい刃とは別な部分を見ているようだった。



「この剣の威力は、持ち主の魔力依存みたいですね。誰が持っても強い剣、というわけではなさそうです。まあ、たしかに魔法剣は見たことがありませんでしたし、勇者は強かったでしょうから、実体の刃よりはこういうものの方がいいのでしょうが……」

「それが、今の世の中に『聖剣』として伝わっているもので間違いはないッス」

「なるほど。……とりあえず、おめでとうございます、ですかね?」

「いえ、まだッス」

「……と、おっしゃいますと?」

「それが伝承にある聖剣で……こっちが、アタシの作った、生まれたての聖剣ッス!」



 するり、と。

 鉱石でできているはずの地面に、まるで抵抗なんてないかのように突き立てられた刃。


 息を呑む。


 ほのかに青い光を放つ刃は、たしかに実体があるのに、幻想的な空気をまとっていた。

 それは刀身が半透明だからという理由も大きいだろう。

 たとえば清流をそのまま剣のかたちにしたならば、このような見た目になるかもしれない。


 大きさは、やや小ぶりだ。

 刃の幅は狭く、平たい。

 長さはアレクの腕とだいたい同じ程度だ。


 にもかかわらずその剣のまとう存在感はあまりに強大だった。

 見ているだけで吸い込まれそうになる。

 美しさだけで人を制することが、この剣ならば可能かもしれない。

 そう思わせるほどの不可思議な魅力が、その剣にはあった。


 アレクはその剣を手にとる。

 大した力をこめてもいないのに、ふわりと浮かぶように地面から抜けた。

 すさまじい軽さ。

 なにより、『地面に刺さっていた』ことを感じさせない、優れた切れ味。


 剣に顔を近づけ、じっくりと見る。

 透けた青い刀身からは、向こう側が見える。


 視線を下げる。

 柄と刃が一体化したデザイン。

 丈夫さに優れるだけでなく、見た目の美しさにも寄与している。


 柄は片手で持つことを想定された長さ。

 ただ軽いだけではなく、重量バランスもいい。

『振って叩く』ではなく『突いて刺す』ことが主な用途だろう。


 アレクは生まれたての聖剣をひとしきりながめる。

 そうして、今まで忘れていた呼吸を思い出した。



「……素晴らしい」

「どうもッス!」

「透けた刃というのは、初めて見ました」

「それはこのダンジョンの鉱石を磨いてたら、透けていったんスよ。完全に透明じゃないのは色々な鋼を混ぜてるからッス。……たくさんの鋼を混ぜて、粘りと硬度を両立させるのは、刀剣鍛冶として伝統の技術ッスからね」

「……古い職人が得意とする技術、ですね」

「そうッス。でも、柄と刃を一体化させたのは、新しい技術ッス。古い職人は銘を刻んだり、他にも『柄は柄の職人が作るべきだ』とかの理由から、あんまり一体型はやらないんスよ。でもアタシは、一体型の方がいいと思ってるッス」

「……」

「他にも色々やってるッスよ。……古いものも、新しいものも、全部こめたッス。いいものは、いいものッスから。それが、今のアタシにできる限界ッス」



 コリーは笑う。

 顔は炭で汚れていた。

 体は汗まみれで、息は荒い。


 それでも誇らしげに。

 コリーは、言った。



「その剣が『聖剣』かどうかは、『青き巨人』を倒せるかどうかで決まるッス。ダヴィッドの作ったそのゴーレムは聖剣なら倒せるって、そういうメッセージが遺されてたッス」

「……へえ、これが、ダヴィッド作のゴーレムなのか。意外と普通にゴーレムしてるな」

「はい?」

「いえ。……ところで、どうされます? あなたが打った剣ですから、あなたが試し斬りをなさるのがいいかと、俺は思いますが」

「いや。アレクさんに頼むッス」

「なぜ?」

「……アタシは、刀剣鍛冶ッスよ。剣を打つところまでが、仕事ッス」

「……」

「それに、アレクさん以上の使い手はいないッス。いい使い手に使ってもらうことが、剣にとっての喜びだと思うッス」

「……そうですか。では、ありがたく。……いや、実はね、俺も、この剣を使ってみたいとそう思ってしまったんですよ。新しい装備を使う時は、わくわくしますよね。それがこれほどの剣ならば、なおさらだ」



 青き巨人が立ち上がる。

 アレクは、青く透き通った剣を片手に、そちらへ向き直る。


 一瞬の静止。

 ……その後の動作を、コリーの目で捉えることができたのは、アレクのサービスだろう。


 あまりに静かな踏み込み。

 すべるような動作で、青き巨人までの距離を詰めていく。


 接近、間合いに捉え、剣を突き出す。

 その動作はすべてがよどみなく、流れるように続いた。


 剣の放つほのかな光が、青い軌跡を残す。

 切っ先が巨人の胴部に吸い込まれる様が、コリーにはやけにゆっくりに感じた。


 切っ先が触れる。

 巨人の胴部がわずかにへこむ。


 あとはもう、あらかじめ決められていたかのように。

 剣は。

 青き巨人の――聖剣でしか斬れないと言われたゴーレムの胴体に、突き刺さった。



「……やった……!」



 呆然とつぶやきながら、コリーは膝をついた。

 疲労と達成感で気絶しそうだ。

 危うく魔力による自己強化を切らせかけて、慌てて意識を取り戻す。


 視線の先では、青き巨人が、関節部から光を放っているところだった。

 ……どうやら『聖剣』が完成したことを認め、あのゴーレムの役目も終わったらしい。


 ……古い時代から、ただ一つの役割のために、今まで動き続けた。

 ダヴィッドが作ったという作品。


 ……どういうことをすれば自立稼働するモンスターを作れるのかはやっぱりわからない。

 でも、コリーは、そこに、ダヴィッドの魂を見た気がした。


 一つの目的のため、一心に動き続ける。

 それは優れた職人の姿と重なる部分があると、そう思ったのだ。


 青き巨人が、首を動かして、コリーを見る。

 表情などない存在。

 でも、最後になぜか、ほほえみかけられたような気がして――


 青き巨人は。

 バラバラと崩れ落ちた。


 アレクが剣を振る。

 そして、ゆったりとコリーを振り返った。



「では、帰りますか」

「……あの、もうちょっと余韻とか、ないんスか」

「しかし、あなたの目的はまだ達成されていませんよね。聖剣をおじいさんに見せて、元気にして差し上げなければならない」

「……そうッスね。あんまりの達成感に、忘れかけてたッス」

「ですが、さすがにこれから寝ずに急いで帰るというのも、きついでしょう。休みながら帰って……そうですね、明後日ぐらいにおじいさんと面会ということでいかがですか?」

「……大丈夫ッスかね、じいちゃんの体調は」

「おじいさんの様子を診ているクランメンバーからの連絡だと、まだ余裕はありそうです」

「あの、そういった連絡はいつ受け取っていらっしゃるんスか? 実はアタシが奧で剣を打ってるあいだに、王都に戻ったりしたんスか?」

「スマホで」

「……は?」

「まあ、スマホは冗談にしても、通信機器のようなものですね。さすがに簡単な会話を数秒できる程度ですけれど、そういう魔導具を作成しています。回数制限があったり、大量生産できなかったりと、問題は山積みですが……」

「離れた相手と連絡できるんスか?」

「そうです。でも、距離制限もねえ。きつくって。やっぱり基地局を作るべきかもしれませんね。今だと電池が三秒で切れるうえに充電できないトランシーバーみたいなものですし。おまけに作るまでとにかく時間とマンパワーがかかるという。そして作るための人材育成も間に合っていない」

「疲れてる時にアレクさんと会話するのは、なかなか苦行ッスね……」

「俺も、もう少し説明して差し上げたいところなのですが、さすがに限界です」

「帰るッスか」

「そうですね。帰りましょうか。休み休み、王都までね。入口までは、ロードしましょう」

「……結果的には、王都でセーブしとけばよかったッスね」

「そうですね。まさかコリーさんが死なないとは、意外でした。俺の修業は安全マージンをとりすぎているのかもしれませんね」

「安全……?」

「なんでしょう?」

「いえ、なんでもないッス……眠いッス……空腹ッス……帰るッス……」



 これ以上の会話はやめた方が心身のためだろうとコリーは判断する。

 ……とにかく、疲れた。

 ロードをする前に、コリーは背後を振り返る。


 そこには、ダヴィッドの用意した工房がある。

 ……聖剣を作った、場所がある。


 素晴らしい設備だった。

 でもきっと、もう来ることはないだろう。


 ……生まれ育った工房があるから。

 これからの刀剣鍛冶としての人生は、きっと、そこで過ごすのだと。


 そう決意して、コリーは帰路に就く。

 王都への帰路へ。

 そして、長らく空けていた、生家へ帰るための、道へ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ