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105話

『青き巨人の洞窟』は、地下深くへと続いていく、かなりの斜度の下り坂ダンジョンだ。

 天井、床、壁面は青い鉱物でできており、ほのかに光っているので明るい。


 この鉱物が非常にすべりやすい。

 ダンジョンそのものの『かなりの斜度の下り坂』という構造もあいまって、一度滑るとなかなか止まることはできなくなっている。


 しかも、このダンジョンの天井、壁、床は『衝撃を与えると魔法で切り裂いてくる』という代物だ。

 少しでもすべれば体中がズタズタになるだろう。

 実際、その方法で死亡したとおぼしき死体、というか骨片も奧に確認されていたらしい。


 慎重に慎重を重ね、時間をかけて進むべきだろうと、コリーは思った。

 そんな時、アレクが提案した、このダンジョンを進むための方法とは。



「いや、すべって降りるに決まってるじゃないですか」

「そうくると思ったッスよ!」

「急ぎですからね。では行きましょうか」



 かくして、すべって降りることになった。

 装備と体に魔力を集中する。


 ドワーフは魔法が苦手だ。

 その代わりというわけでもないのだろうが、自己強化は得意だった。

 籠手や服はもちろん、リュックなどの背負った荷物ぐらいなら、わけなく強化できる。


 効率的な魔力運用は、たしかに修業で身につけている。

 魔力総量だって、上がっている。

 だから可能な限り少ない魔力で、最大限に肉体と装備を強化することができた。


 ……それはいいのだが。

『衝撃を与えると切ってくるダンジョン内壁』以外にも、問題があった。

 ダンジョン内をすべりつつ、たまにデコボコのせいで飛び跳ねつつ、コリーは叫ぶ。



「あの! アレクさん!」

「どうされました?」

「すっごい速度出てるんスけど!」

「ジェットコースターみたいでいいですよね。いや、ウォータースライダーかな?」

「わけのわからないことを……! これどうやって止まるんスか!?」

「正面をご覧ください」

「風圧で目を開けてられないんスけど!」

「では解説します。正面方向、もうしばらく進むと、壁です」

「は!?」

「壁です。正しくは、奧にダンジョンマスターのいそうな扉です」

「ぶつかるじゃないッスか!?」

「対ショック姿勢をとりましょう」

「教わってないんスけど!」

「あら」

「『あら』!?」

「まあ教えていないものは仕方ないですよね」

「開き直らないでもらっていいッスか!?」

「ほら、見えてきましたよ」



 アレクがのんびりと指し示す。

 コリーは風圧に負けそうになりながらも、どうにか片目だけ開いた。


 視線の先には、ドアノッカーのついた扉がある。

 全体は、ダンジョンと同じく青い鉱石でできている。

 ただ、ドアノッカーだけが、人工的にとりつけられたかのような、黄金の輝きだ。


 ……ダンジョンマスターの部屋というものを見た経験は、それなりにある。

 しかし『部屋』といっても扉のない空間だったりする場合がほとんどだ。


 あそこまで人工的だと、やはり奧にはダヴィッドの工房がある疑いが強くなってくる。

 アレクの言っていた『モンスター』も、今まで現れていないし――


 そう思っていると。

 扉の直前。

 壁の中から、なにか、太く長いものが、ぬうっ、と伸びてきた。


 太さは人間の成人男性の胴回りほど。

 長さも、人間の成人男性の身長ほどだ。


 色はダンジョンの内壁と同じく、きらめく青。

 形状は。

 よく見れば、鎧の腕部のように、見えた。



「ああ、ご紹介しますね。あれがこのダンジョンに出るモンスターです」

「いやいやいや! すべっていくアタシらをものすごい待ち構えてるッスよ!?」

「止まりますか。対ショック姿勢を」

「だから習ってな――」



 言葉をさえぎるように、アレクがコリーを抱きあげ、ジャンプする。

 すべる勢いは飛ぶ勢いで殺された。


 コリーを両腕で支えたまま、アレクが着地する。

 音すらない、衝撃もない着地だった。


 アレクが笑う。

 そして、腕の中のコリーを見下ろした。



「その姿勢です」

「は、はい!?」

「体を丸めて、へそのあたりを見たその姿勢が、対ショック姿勢です。あとは両腕で後頭部を守れば完璧ですね」

「そ、そうッスか……」

「下ろします。足元、気をつけてくださいね」



 ゆっくりと地面に下ろされる。

 すさまじい速度ですべったせいか、それともいきなり止まったせいか、コリーは脈拍がやけに早くなっているのを感じた。


 なんとなく地面を見てしまう。

 ……かなり動揺しているのが自分でもわかった。


 それでも魔力による身体、装備の強化を切らさないでいられるのは、修業のお陰か。

 そのコリーに。

 アレクが、声をかけた。



「コリーさん、正面をご覧ください」

「ちょ、ちょっと待ってほしいッス」

「俺は待ちますが、先方は待ってくださらないかと」

「先方?」

「このダンジョンのモンスターである、『青き巨人』ですよ」



 コリーは慌てて顔を上げる。

 すると、そこには、先ほどまで腕しかなかったはずの巨人が、全身を現していた。


 でかい。

 高さはアレクの倍ほど。

 横幅は、アレクの三倍はあるだろうか。


 そう広くもない『青き巨人の洞窟』内壁いっぱいに、みっちりと詰まって見える。

 動く余白はいちおうある。

 それも、左右はぎりぎり人が一人通れる程度だろうか。

 上下にはまったく隙がない。

 足が短いデザインなので、股のあいだを通ることも、できなさそうだ。


 その『青き巨人』が。

 ずしんずしんと足音を響かせながら、コリーたちに近付いてくる。



「アレクさん! なんか、こっち来るッスよ!?」

「そうですねえ。どうやら、後ろの扉を守っているようですよ。扉に近付く者はすべて敵とみなして排除するつもりかもしれませんね」

「和やかに言ってる場合じゃないんスけど!?」

「しかし考えてみてください。ダンジョン内のモンスターが、ダンジョンに侵入した冒険者を襲ってくるというのは、当たり前のことです。慌てるほどのことは、なにもありませんよ」

「そうッスけど!」

「さて、これからの予定をお話ししますと……」

「のんびりおしゃべりしてる場合じゃないんスけど!」

「ああ、攻撃が来ますね。話は回避しながらでも?」

「倒してからになさらないッスか!?」

「あ、無理なんで」

「無理!?」



『青き巨人』が太く長い腕を横薙ぎに振るう。

 見た目に比して、動きはまったく鈍重ではなかった。

 場所の狭さのせいもあるだろうが、コリーは本当にぎりぎりで回避できた。


 威力は、見た目の通りだ。

 コリーとアレクに当たらなかった『青き巨人』の攻撃は、ダンジョンの内壁を打つ。

 その結果、すさまじい震動が起こる。

 ぱらぱらと天井から鉱石の欠片が落ちてきた。


 そして。

 コリーは感じる。

 装備と肉体の強化に当てている魔力が、すさまじい勢いで消費される感覚。

『青き巨人』の攻撃に伴う震動などが、ダンジョン内部の『衝撃を与えると切断してくる鉱石』を発動させているのだ。


 ……ひどい勝負だ。

 立地があまりにモンスター側にとって有利すぎる。


 狭い場所。

 攻撃の回避は難しく、回避してもダンジョン内壁を叩かれれば、ダンジョン自体に攻撃をされる。


 避けるのは駄目。

 しかし、『青き巨人』の体がダンジョンと同じ材質だとすれば、あの攻撃を受けたところで装備や体は切断されてしまうだろう。


 今は、まだ魔力がある。

 しかし魔力が尽きれば、回避しても、受け止めても、死ぬ。

 そして、どこからでも絶え間なく攻撃が来るこのダンジョンで、魔力の消費は早い。


 状況は絶望的。

 ……にもかかわらず。

 アレクは、相変わらず笑っていた。



「説明をしても?」

「……もう、なんか、もう……はい、どうぞ!」

「では、説明をさせていただきます。以前来た時に、あのモンスターと一戦交えたのですが、どうにもあいつはHPが減らない仕様のようです」

「つまり?」

「倒せません」

「……倒せないっていうのは……」

「俺でも倒せないという意味ですね。加えて言うならば、俺より強い人がいたとして、その人にも倒せません。神のルール、世界の法則、どう置き換えてもらってもかまわないのですが、とにかくあいつはHPが減らないのです」

「そんなモンスターいるんスか?」

「正面をご覧ください。あそこにいるのが、『そんなモンスター』です」

「そういう意味じゃなくて! アレクさん、わざとやってないッスか!?」

「はい?」

「……いえ、もう、なんでも、なんでもないッス……っていうか! なんで『絶対に倒せないモンスター』を目の前にしてそんなにのんびりしてるんスか!?」

「今日のコリーさんは特に元気がいいですね。さすが、目的を目の前にして気合いが入っていらっしゃる」

「今度会話を横道に逸らしたらその唇を溶接するッスよ!」

「溶接かあ。あれもねえ、けっこう痛いんですよね」

「本題! 本題に入って!」



 コリーは会話しながらも『青き巨人』の攻撃を回避している。

 そのたびにダンジョン全体からも攻撃され、すごい勢いで魔力が消費されていく。


 一方でアレクは、あんまり動いているように見えない。

 ほとんど棒立ちのまま、軽く体を曲げて回避をしているようだった。


 この人にも倒せないモンスターがいるというのは信じがたいものがある。

 しかし、アレクは笑って、言葉を付け加えた。



「では、絶対に倒せないモンスターの守る扉を抜けて、奧にあるであろう『いと貴き鋼』を回収、あわよくば『ダヴィッドの工房』を利用するにはどうしたらいいでしょうか?」

「質問形式じゃなくて答えを言っていただけないッスか!?」

「しかし、自分で考えることが重要ですよ。人から教えてもらった答えより、自分で編み出したどりついた答えの方がよく身につくと、俺の師匠の一人も言っていました」

「答え! 答えを! 早く! アタシの命があるうちに!」

「では答えを。――こうするのです」



 瞬間。

 なんだかよくわからない、いくつもの音が同時に聞こえた。


 それは名状しがたい不協和音だった。

 叩くような、斬るような、突くような、ねじるような。

 燃やすような、凍らせるような、固めるような、しびれさせるような。


 コリーは思わず、長い垂れた耳をふさぐ。

 そのお陰で、続いて響いた轟音にも対応できた。


 それは、『青き巨人』が吹き飛ばされる音。

 あの難攻不落としか見えない、実際にアレクをして『絶対に倒せない』と言われたモンスターが、椅子でも蹴り飛ばすように吹き飛ばされ、背後にある扉にぶつかる音だった。


 コリーはアレクを見る。

 それから、たずねた。



「なっ……なにしたんスか……?」

「切断して打撃をして刺突をして関節を極めて投げ飛ばして、炎と水と風と土と光と闇と無属性の魔法をたたきこみました」

「……あの一瞬で?」

「そうですね。一応、周辺環境に気を配りながら動いたので、コリーさんに攻撃の余波はいっていないと思うのですが。しかし、やっぱりどんな方法で攻撃してもダメージが入りませんねえ。例の『九割殺し』なんかもやったんですが」



 余波っていうか、動いたようにさえ見えなかった。

 アレクのした動作は、『青き巨人』を一瞥したぐらいだ。


 しかし、たしかに『青き巨人』は吹き飛んだ。

 それにアレクの手には、いつのまにか聖剣が握られている。


 コリーは感心していいんだかあきれていいんだか、わからない。

 ため息まじりに、つぶやいた。



「……つくづく化け物ッスね」

「そうですねえ。まったく、倒せないとかアリかよと思います」

「いえ、『青き巨人』じゃなくてアレクさんのことを言ったんスけど」

「俺は、人です。俺ぐらいの強さならば、人はいずれたどりつきます」

「まあそういう冗談を聞いてる場合じゃないんスけど……え、でも倒せないんスよね? 倒してないッスか?」

「『倒す』が『転ばせる』という意味ならば、あのように、倒せます。しかし『倒す』が『HPをゼロにして消滅させる』という意味ならば不可能です。ほら、起き上がりますよ」

「じゃあどうするんスか?」

「ですから、俺が、『青き巨人』を転ばせたりして、隙を作ります」

「はあ」

「その隙に、あなたは扉に入ってください。それから、奥で鉱石の採掘および聖剣修理をしてきてください。そのあいだ、俺がモンスターを足止めします」

「……あの、鍛冶ってそんな、数秒とかでできるもんじゃないんスけど」

「一週間か二週間ほどでしょうか? 足止めしておきますよ。あなたの目的は別に、ダンジョン制覇でもモンスター退治でもありませんからね。どうぞ、鍛冶に集中してください」

「一週間か二週間、『倒せないモンスターを』足止めッスか? 休息とかは……?」

「どうでしょう。鍛冶というのは、眠る余裕があるものですか?」

「は? その……工房がどんなのかにもよるんスけど、一人だと基本は眠れないッスね。それがなんスか?」

「では俺も眠りません。なるべく同じ苦労を分かち合うのが、俺の修業の方針です」

「これも修業なんスかね……?」

「修業という言い方に違和感があるのでしたら、冒険、としましょうか。今、俺とあなたは同じダンジョンに挑むパーティーです。苦労をともにしなくてどうしますか」

「アレクさん……」

「俺の師匠は、俺に食事を禁止しておいて、自分は優雅にランチをとるタイプだったので、俺は『ああはなるまい』と強く思ったものです」

「苦労されてるッスね……」

「意外とね。さて、話もまとまったことですし、次に転ばせたら、モンスターの上を通って奧へどうぞ」

「上?」

「上です」



 彼は笑ったままだった。

 コリー的には、笑っていられるような状況ではないように思えてならない。


 倒せないモンスターを、不眠不休で足止めする。

 それも、一週間から二週間。


 短くまとめると充分に絶望的だ。

 でも、なぜだろう。


 アレクが笑っていると。

 まったく、不可能なことには、思えなかった。



「……わかったッス。最高の聖剣に仕上げてみせるッスよ」

「ああ、奧にダンジョンマスターがいる危険性も充分に考慮してくださいね。あなたがセーブ地点に戻ったら、俺も戻ります。気配でわかりますのでご心配なく」

「はいッス」

「あと、こちらを」



 差し出されるのは、彼が手にした聖剣だ。

 ……そうだ、受け取らずに鍛冶はできない。


 あくまでも修理が今回の目的だ。

 すっかり『打つ』つもりでいた。

 でも、『聖剣』という格式なしに、祖父を認めさせるのは、難しいように思える。

 だから今回はあくまでも、修理だ。



「……たしかに、受け取ったッス」

「では、よろしくお願いしますね。まあ焦らず、自分にとっていいペースで」

「わかったッス」

「俺のことはご心配なく」

「……一瞬心配しそうになったんスけど、アレクさんッスからね」

「まあ、いちおう、鍛えてますので」

「アンタが『いちおう』だったら、世のほとんどはどういうレベルなんスか」

「さて。では、行きますか」



 アレクが『青き巨人』を一瞥する。

 と、『青き巨人』の下半身が、いきなり地面に沈みこんだ。

 なにかとてつもなく重いものに、上からのしかかられたような……



「今ですよ」



 アレクの声に、ハッとする。

 少し怖かったが、コリーは下半身を沈めている『青き巨人』の頭上を通った。


 足をつかもうと、腕が、伸びてくる。

 どうにか回避して――


 コリーは。

 青い扉の奥へ、入って行った。

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