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103話

「高熱、原因不明、意識の混濁。ふむ、俺のクランから医者を出しましょう。対応できるかもしれません」



 コリーは走って『銀の狐亭』に帰った。

 祖父の状況をどうにかできそうな人が、アレク以外に思いつかなかったのだ。


 ……祖父に面会は、しなかった。

 無口な頑固者。

 存在自体が鋼のような人。

 その人の弱った姿を見る勇気が、なかった。


 だから、銀の狐亭の食堂で、アレクに相談して。

 たぶん望外とも言える対応をしてもらえることになったのだろうとは、思う。


 でも。

 コリーは、食堂のカウンターごしにアレクへ詰め寄った。



「対応とかじゃなくって……その、セーブをさせてもらうわけにはいかないッスか? セーブして死んでロードしたら、元気になるじゃないッスか……だから」

「セーブの前三時間以内に原因がある、部位欠損、毒、麻痺などは、ロードでどうにでもなりました。しかし、いつもらったかわからない、人を死の淵に追いやる病魔はどうにもなりませんでした。あなたのお話だと、その病気の原因は少なくともひと月以上前ですから、ロードして治るとは考えにくいですね」

「……でも」

「まあ、病気になったのがセーブ後だったら、何ヶ月経とうとロードすれば元気になるんですけどねえ。……もっとも、そんなに何ヶ月もセーブポイントを出しっぱなしにすること自体がまれですけれど。つまり、どうしようもないと、そういうことですね」



 経験済み、ということらしい。

 ……アレクも、かつて『どうにもならなかった』ことがあったのだろう。

 今の発言だけで、そのぐらいは想像できるけれど。



「それでも、どうにかならないッスか……?」

「そうですねえ。不謹慎な話をしてもよろしいですか?」

「……必要な話なら、いいッスけど」

「もし、セーブをした状態で、あなたのおじいさんが、亡くなられたとします。原因は、病気ですね」

「……本当に不謹慎ッスね」

「はい。その場合、死んだら自動でロードされますから、擬似的な延命措置は可能でしょう」

「……だったら」

「俺は、同じ延命措置を、過去に行ったことがあります」

「……」

「結果的に、殺してくれと頼まれました」

「…………なんで、ッスか」

「ずっと死の淵なんですよ。呼吸もままならないほど衰弱し、ただ心臓を動かしているだけでもつらいような、常に全力疾走直後みたいに苦しい状態でずっと、生き返ったり死んだりを繰り返す羽目になります」

「……」

「病気で死の淵にある人は、ロードしたって、ずっと苦しい状態が続きます。……最大HPと最大MPが下がるんですよね、病気。健康時の最大HPまで回復したりは、しませんでした」

「……そう、ッスか」

「それとも、あなたのおじいさんは、苦しみ続けても延命したいというほど、命に執着している方なのですか?」

「それは……違うと思うッス。むしろ、死ぬなら黙って受け入れると思うッス」

「ならば、セーブによる延命はおすすめしません。それに、焦ることはないと思いますよ」

「どういう意味ッスか?」

「心が強ければ治りますよ、その病気」

「……また、安心できるようなできないようなことを……」

「実際に診たわけではないので確定したことは言えません。けれど、その病気はきっと、俺のクランで長いこと研究してもらっていたものの可能性が高そうに思えます」

「なんでそんな、特定の病気の研究をしてるんスか?」

「俺の実父の死因が、どうにもその病気と同じものっぽいので」

「そうなんスか」

「はい。まあ、実父の死因の究明というか、実母が『計算外』と言い切ったことの研究という側面が大きいんですが。あいつがなにを予測できてなにを予測できないかを調査しているという感じと言いますか……」

「なんだかよくわからないッスけど……」

「……ともかく、こちらの事情ですね。わかっていただきたいのは、俺の実父と同じ病気だと判明すれば、セーブなしでもしばらくは大丈夫、ということです」

「……」

「根本的な原因がわからないと、麻痺治癒なのか毒治癒なのかなどの対処が難しいので、病気を治すところまでは、調査の結果を待たないといけませんが」

「……そうッスか」

「まあ、栄養面やその他サポートは、おまかせを。あとは本人の心の問題ですね」

「……アタシのじいちゃんは、心は強いッスよ。すごく硬い鋼みたいな人ッス」

「硬いだけの鋼は砕けやすいとも言いますけどね」

「アレクさんは励ましたいのか落ちこませたいのかどっちッスか」



 コリーは力なく笑う。

 それから、我慢できずに、ほとんど独り言みたいに、口を開く。



「……じいちゃんの病気の原因の一端は、アタシにあると思うんスよ」

「へえ?」

「黙って、工房を飛び出したから。……いちおう、アタシ、孫娘ッスからね。さすがにそれでなんのショックもなかったとは、思えないっていうか……そこまで人をやめてるじいちゃんではないと思いたいッス」

「なるほど」

「……アタシの両親は早くに亡くなってて、物心ついた時から、じいちゃんがずっと親代わりで……格好いい刀剣鍛冶なんスよ。無口で古くて頑固ッスけど腕は一流なんス」

「古い職人という感じですね」

「そうッス。……でもね、古いんスよ、本当に。『刃を打ってる最中に他のことを考えるな』とか『邪念があると刀身に曇りが出る』とか、精神論ッスか? ほんと、もう……」

「言っていることは、少し、わかりますよ。俺もコリーさんよりは古いですから」

「……アタシが打った最高の剣を、じいちゃんは、鋳つぶしたんスよ」

「……」

「技術の限界に挑戦して、なにが悪いんスか。アタシは、アタシにできることをしたかった。たしかに『自分の才能を認めさせよう』って気持ちは、純粋じゃないかもしれない。でも、なにも、鋳つぶしてまで否定することは、ないじゃないッスか」

「……そうかもしれませんね」

「だから、アタシは、聖剣を修理したいんス。アタシは邪念まみれかもしれないッスけど、それでも鍛冶神ダヴィッドに及ぶって……じいちゃんが『邪念』って呼ぶ気持ちだって、突き抜けたらきっと素晴らしいものになるって、聖剣で証明したいんスよ」

「……」

「まあ、あと、聖剣だったら鋳つぶされないだろうっていうのもあるんスけどね。物理的に不可能っていうか……」

「たしかに、伝承通りならば普通の方法では壊れないはずですからね」

「でも、じいちゃんが死んだら、アタシは、なんのために聖剣を修理するのかわからなくなるッス。けっきょく、アタシは、一生じいちゃんに認められないまま……」

「なるほど、わかりました」

「……なにがッスか?」

「あなたの真の目的と、今なすべきことが、わかったのです」



 アレクはエプロンを脱ぎ、カウンターに置いた。

 それから、カウンターから出てコリーのそばに来る。



「行きますか」

「……どこッスか? じいちゃんのとこに行っても、アタシにできることはなにも……」

「そうですね。なので、『いと貴き鋼』を回収に行きましょう」

「……え?」

「あなたのおじいさんに、聖剣を見せて差し上げましょう。そうしたらきっと、元気になって飛び起きますよ」

「物事はそんな単純じゃないッスよ」

「そうですね。けれど、お若いのにそんなに悲観することはないと思いますよ」

「いやいや……そりゃあ、アタシの打った聖剣の出来の素晴らしさで、じいちゃんの病気が治れば言うことないッスけど……」

「あなたの視点から見て、そういう奇跡があったっていい」

「……」

「そこにつながるように、俺や他の人が、見えないところから奇跡を演出しますから」

「いやいや……それ言葉にしたら意味ないッスよ」

「でも言葉にしなければ信じられないでしょう? まあそれに、余計なことを口走るのが、俺の悪い癖です。あなたの聖剣が奇跡を起こす直前までは、俺と俺のクランが演出しますから。あなたは最高の聖剣をおじいさんに見せてあげてください」

「……」

「逆に言えば、俺たちができるのは、奇跡の直前までです。最後の一手はあなたにしか打てません」

「…………なんで、そこまでしてくれるんスか」

「うーん……そこまでと言われるほど、大したことはできませんが……強いて言うなら、よりよい世界のため、ですかね?」

「まーた意味不明なことを……」

「『誰かが死ななきゃ誰かが幸せにならない世の中』は嫌ですね」

「まあ、そうッスね」

「『誰かが死んで誰かが不幸になる世の中』は、もっと嫌ですね」

「……そうッスけど」

「だから俺は、『誰も死なずにみんなが幸せになる世の中』を目指しています。理由としてはそんなところでしょうか?」



 意味はわからない。

 でも、一つだけわかった。



「……なんか、前にモリーンさんから聞いた時は『まさか』と思ったんスけど」

「はい?」

「アレクさん、根本的には『いい人』なんスね」

「さて、どうでしょうね。角度によるのではないでしょうか」



 アレクは笑う。

 コリーも、笑った。

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