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10話

「え? なにを怖がってるんですか? ダンジョンに挑むだけですが……」




 ロレッタがアレクを問い詰めたところ、返ってきたのは、拍子抜けするような答えだった。

 ダンジョンに挑む。

 なるほど、冒険者であれば、日常的とさえ言える行いだった。



 たいていの冒険者は、ダンジョン探索によって生計を立てている。

 ダンジョン攻略は『調査』『探索』『制覇』という段階がある。

 このうち『調査』では、マッピングや、そこにいるモンスターの強さを測り、ダンジョンレベルを決めるということが行なわれるのだが……

 この作業は、安全最優先で行なわれる。


 もちろん、未知のダンジョンに入るわけだから、危険がないわけはない。

 だが、モンスターの強さがわかった段階で、あとは戦うことがない。

 マッピングも、見てわかる程度しかしない。

『調査』段階でわかるのは、ダンジョンのおおまかな部分だけなのだ。


 冒険者の主な収入源となるダンジョンの『探索』は、『調査』の補強や穴埋めだ。

 調査段階で見つからなかった部屋などを発見することもある。

 運が悪いと、そのダンジョンに一匹だけしかいないような、異常に強いモンスターに襲われるなんていう事故もありうる。


 もっとも危険。

 だからこそ、冒険者に任せられることが多い。

 その代わり見つけた宝を持ち帰ることも、倒したモンスターの落とし物を拾うことも許される。

 ひょっとしたら、一攫千金もありうるかもしれない、肉体労働。

 それが『探索』という、冒険者の主な仕事だった。



 というわけで、アレクとロレッタは、街の東側にあるダンジョンに来た。

 徒歩三十分圏内の場所にある、比較的近場のダンジョンだ。


 だだっぴろい砂地の上に、ぽっかりと洞窟が口を開けている。

 ここは『入門者の洞窟』と呼ばれる、駆け出し冒険者が最初に入るため、あえて『制覇』を禁止されている冒険者の登竜門だった。


 今は昼なので、周囲は様々な人でにぎわっている。

 誰も彼もだいたいガラが悪そうなのは、冒険者ならではというところだ。



 アレクとロレッタは、賑わう『入門者の洞窟』入口からやや離れた場所に立っていた。

 様子を見ているが――ダンジョン前だというのに、あたりには牧歌的な雰囲気さえあった。

 なにせ、このダンジョンは簡単なのだ。

 ロレッタだって、何度か入ったことがある。

 正直に言えばまったく手応えのない、モンスターも弱いし迷うような道もない場所だったが。

 ロレッタは問いかける。



「アレクさん、まさかここに挑めと言うのか?」

「はい。そうですよ」

「うむ……申し訳ないのだが、ここはすでに、踏破している。ダンジョンマスターと戦うのは禁じられているし、この程度のレベルのダンジョンであれば、修行にはなりようがないと思うのだが」

「そうですか?」

「うむ。私はこれでも、昔から剣術をやっていたものでな。冒険者になるにあたり、どれほどの化け物と戦わされるのかと怖くもあったが、このダンジョンに挑んで、やっていけそうだという自信を得たぐらいだ」

「ああ、そうなんですね。ならよかった。案外早く修行は終わりそうだ」

「いやいや、だからな、このダンジョンでは修行にならないと申し上げているのだが」

「そうですかねえ?」

「……私はあなたより強いとは言わないが、このダンジョンのモンスターよりは、強いぞ」

「じゃあ、安心ですね。脱いでください」



 アレクは柔らかい笑みのまま言った。

 ロレッタは首をかしげる。



「んん? なんだ? 今、なにかおかしなことを言ったか?」

「おかしなことは言っていませんが……鎧を、脱いでください。剣も、おあずかりします」

「ああ、なんだ、そういうことか……てっきり服を脱げと言われたかと――いやいや。それもおかしいだろう? 私はこれから、このダンジョンに挑まされるものと、そう思っていたのだが」

「そうですよ」

「ダンジョンに挑むのに、装備を外せと、そうおっしゃるのか?」

「そうですよ」



 にこにこ。

 だんだんアレク時空に取り込まれそうになっている気がして、ロレッタは精神を引き締めた。



「……まあ、装備を外したところで、ここのダンジョンのモンスターであれば、倒せないとまではいかないだろうが……あなたの修行はいつも突飛だものな。わかった。装備をあずけよう。それで私は、剣も鎧もなしで、あのダンジョンでなにをすればいい?」

「モンスターを全滅させてきてください」

「……ダンジョンマスターに挑めということか?」

「いえ、それは禁止されてます。あのダンジョンは、初心者たちがモンスターという存在と触れるのに重要な場所ですからね。ご存じの通り、ダンジョンマスターを倒されると、モンスターが生まれなくなってしまいます。初心者育成の場をつぶすのは、俺の主義に反しますから、そんなことは言いませんよ」

「どういうことだ? 私はだんだん意味がわからなくなってきたぞ。モンスターを全滅させるにはダンジョンマスターを倒し、モンスターの生成を止めないといけないはずだと、私は記憶しているのだが」

「そうですね」

「しかしダンジョンマスターを倒さずモンスターを全滅させろと言う」

「そうですね」

「つまり、どういうことだ?」

「秒間五匹です」

「は?」

「このダンジョンでモンスターが生成されるのは、秒間五匹。五百匹が最大数で、それ以上は増えませんが、減れば補充されます」

「うむ……そのようだな。さすが初心者入門用ダンジョンだ。綿密な調査がなされていると感心するが、どこもおかしくはない」

「つまり、秒間六匹以上倒せば、ダンジョンマスターが存在していても、モンスターを全滅させることは可能ですよね?」

「……理論的にはそうだな」

「そういうことですよ」

「意味はわかるが意味がわからん」

「素手で、一秒につき六匹以上のペースで、モンスターを五百匹、倒してきてください」



 わかるってば。

 ロレッタはこめかみに指を添えた。


 通常、戦いというのはそう簡単に決着しない。

 いくら格下が相手とはいえ、モンスターの耐久力は人を超えている。

 前にこのダンジョンで戦った時の記憶によれば、一匹の相手は一秒で済んでも、一秒で六匹まとめては、難しいというか、不可能だったように思えた。


 しかも、当時は剣を使っていた。

 当たり前だ。

 拳闘士でもあるまいし、素手でダンジョンに入ったりはしない。

 その拳闘士だって、籠手などの装備は身につける。



「アレクさん、私はだんだん、頭が痛くなってきたぞ」

「そうですか。死んでおきます?」

「『ちょっと休みます?』みたいな感じで言わないでくれないか。そうではなく……その、なんだ、不可能だと思う。それとも魔法を使えと暗に言われているのか? それならばわかるが」

「ロレッタさんは魔法使えないでしょ? 簡単な回復と攻撃補助、それに魔力を用いての攻撃ぐらいならいいですが。魔法を使えるなら『沈黙サイレンス』かけときますけど……」

「つまり、飾り気なく、シンプルに、己の拳のみで、モンスターを一秒につき六匹以上、五百匹すべてがいなくなるまで倒し続けろと、そうおっしゃるのか?」

「先ほどからずっとそう言っているんですが」

「無理ではないか?」

「あ、できるまでダンジョンから出ないでくださいね」

「……話を聞いてくれ。無理ではないかと、私は言っているのだが」

「話は聞いていますよ。わかってます。ですから、できるように鍛えるんです。ロレッタさんが、俺の言った目的を達成するまで、ダンジョンでずっと戦い続けてください。今までの感じだと、平均三日は、飲まず食わず眠らずで潜り続けることになるかと。いわゆる雑魚狩りによるレベル上げですね」

「モンスターに倒されることはなくとも、疲労で死ぬと思う」

「あ、セーブポイント出しますね」



 アレクが片手をかざす。

 すると、光を放つ球体が現れた。




 その瞬間。

 周囲が、ざわめく。




 人の視線がこちらに向くのが、ロレッタにはわかった。

 ざわめきが広がっていくのを感じた。

 耳をすませる。

 どうやら周囲の人々は、こんなことをささやきあっているようだった。


「……また『狐亭の魔王』が修行やるみたいだぞ……」

「危ねえ危ねえ、今日はダンジョンもぐりやめとこうぜ……」

「今度の犠牲者はあの赤毛の子か……かわいそうに。まだ若いっていうのに」

「おい! 視線合わせるな! 目ぇつけられたらどうする!?」

「クソッ、なんであいつ捕まらねえんだ! それとも、国はあいつの拷問を認めてるっていうのかよ!?」


 その声はきっと、アレクにも聞こえているだろう。

 でも。

 彼は。

 にこにこと、柔らかく笑ったままで。



「けっこうやってるから、この修行もすっかり有名になっちゃたみたいですね」

「……なぜあなたは逮捕されていないのだ?」

「えっ? なんで俺が逮捕されるんですか?」

「いや……絶対にあなたは逮捕されるべきだと思う。色々な人の心に傷を残してるではないか」

「やだなあ、ロレッタさん。おかしなことを」

「おかしいか?」

「心の傷は、立証できないでしょ?」

「………………」

「体に傷は残してませんよ。セーブしてますからね」

「……………………そうか」



 ロレッタは笑い返した。

 もう笑うしかなかった。



「じゃあ、行きましょうか。セーブをお忘れなく。弱いモンスター相手でも、装備がないと死ぬこともありえますから。俺はここで、あなたの帰りをお待ちしていますよ」

「…………はい、がんばります」



 ロレッタは死んだ目で応じる。

 アレクは笑っていた。

 あくまで柔らかく。

 あくまでも、穏やかに。

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