十二話 そして怠惰は従僕を得る? ―①
一章最終話かな
白砂を踏み散らして、白気でその身を覆うアシが高速で僕へと接近する。
「≪ウォーターバレット≫」
現れた水が弾丸を形作り放たれる。
けど、真っ直ぐに向かうそれらを、アシはその手を握りしめて真正面から殴り散らした。
頑丈なその身に物を言わせた、無茶苦茶なやり方だ。
無数に弾丸を放ちながら、呑気に考えてるともうすぐそこまで迫って来ていた。
……そろそろやるか。
「あっ」
そう思った瞬間に、アシの姿が消えた。
「まず一発」
拳を振りかぶる姿を、僕は見ないで感じ取る。
――海水の大瀑布が辺り一帯を呑みこんだ。
「~~~!?」
津波にのみ込まれたアシは成す術もなく流されていく。
僕だけを避けていく波を見ながら、届かない言葉を一つ。
「甘いよ」
ちょいちょいと意味もなく指先を動かす。
海水はアシを中心におくように渦を巻いて宙に昇ってその体を押し上げて行く。
そしてそのまま球状にして閉じ込めてやった。
「―――!」
口からガボガボと泡を出して直ぐにアシが“跳ぶ”。
「ガハッ! ゴホッゴホッ」
丁度真下に現れたアシは水を飲んだのか、激しくせき込んでいた。
集中ができなくなってきたか、白気も色が薄い。
苦しそうなとこ悪いけど。
「おちろー」
「な゛っ」
上げるより落とす方が簡単だ。
それでいて威力も申し分ない。
「くそ」
落し潰す直前に、姿が消える。
どうもまた凝りなく僕の近くに来たらしいけど。
そこは海の近くでもあるよ?
「ちっ、≪テレ――っ!」
今度は消える前にしっかり呑み込んだ。
でも、押し流される前に別の場所に移った。
かなり遠いとこまで逃げたね。
「来ないのー?」
顔だけを向けて、頑張って声を上げる。
今までに使った大量の海水を弄びながら、呆然と立ち尽くすアシに指を向ける。
「……どっちでもいいけどそこは安地じゃないよ?」
言葉はただの呟きでしかなかったけど、何をするかは察したようだ。
アシは再びテレポートでその場を離れ――その直後にその場を海水が舐めた。
「…………ふざけてやがる」
砂浜ではなく、一つ向こうの舗装された道路の上で片膝をついて、アシは悪態をついた。
「よくて【水】はC台に乗ったぐらいだろうなって思ってたんだが……どーなってんだソレ」
暇つぶしに海水アートを作っていると指を差される。
おいおい、“ソレ”って言って僕を指差すなよ?
「どうも何も【水】魔法だよ。確かに君の言うとおり、ランクもC台だ。ただ――」
水流が螺旋を描いて天に昇る。
誰かに見られるだろうなーなんて思いながら、適当にそいつに頭を作ってアシに向けた。
「MINとDEXが一つ上の台に乗ったから、それらをフル活用してるよ」
作り出したのは水蛇だ。
水蛇がチロチロと舌を出して、アシを睨む。
ついでにもう二つ分ぐらい海水を拝借して、同じように蛇を象った。
「そんなのはどうでもいいでしょ? さっさと来なよ」
戦慄するアシに、僕はにこやかに笑いかけた。
「それなりに頑張れば、なんとかなるかもしれないよ?」
「……冗談きついぜ」
彼もまた引き攣った笑みを浮かべて、そして駆け出した。
☆
――舐めていた。
そう言わざるを得ない。
俺はアイツを高く見積もったつもりだったが、それでも尚足りなかったらしい。
ベルフェルミナという少年は、俺の想像以上の遥かな高みにいるらしい。
もはや、馬鹿げているとしか思えない。
「さっさと来なよ――それなりに頑張れば、なんとかなるかもしれないよ?」
バカを言え。
どう勝てというんだソレに。
笑うベルに、俺は心中で唾を吐く。
睨む水蛇は、恐らく遠くからも見て取れるほどの巨躯だ。
しかもそれが一匹ってだけじゃなく、三匹。
それでいて水で出来てるから復活するだろうことが目に見えてるし。
もうね。
アホかと。
バカかと。
初っ端の津波から普通に死ぬかと思ったレベルだ。
これらを相手にしたら、いくつ命があっても足りねえ。
まあ、流石に殺されはしないだろうけどさ……。
「冗談きついぜ」
俺は無理矢理笑って、もう一度駆け出す。
迫る水蛇を全力で躱しながら、どうにか肉薄しようと試みる。
けど、三匹ってのは中々キツイ。
掻い潜ろうにも隙が見当たらない。
――さっきバカみたいにテレポートを乱発したのは痛い。
無詠唱や出力のゴリ押しの所為で、もう片手の数ぐらいしか使えないだろう。
頑張ればどうにか一回ぐらい多めに使えるかもしれないが。
「くそったれ!」
その拳で蛇を弾く。
どうなってるのか形を一切崩さないで体勢を崩したそれに驚く間もなく、直ぐに一匹が突っ込んでくる。
「しょうがないからサービスに分裂しよっか」
それはサービスと言えるのだろうか。
一匹が三匹に分かれ、計九匹の蛇へと変わったのを見届けつつ、回避ポイントを見直して全力で横に跳ぶ。
「オマケに一匹大きいのを追加だ」
「それは余計なお世話ってんだよ!」
怒りと共に蛇を殴りつけるが、意味なんてまるでない。
ただ自分の体力と魔力が減り続けるだけだ。
……まだまだ拙いとは言え、サヴァさんから魔力制御を習ってなかったらそろそろ保有量が五分の一を切って大慌てになっていたことに違いない。
もっと真面目に取り組もう。
「立ち疲れたから、早く来てよアキラ君」
――まただ。
またアイツは笑っている。
なんの邪気も無く、年相応のあどけない笑みで俺を見ている。
「じゃないと食べちゃうよ?」
「お、こ、と、わ、りっ! だっ!」
両手両足を駆使して蛇を迎え撃つ。
最後の一匹を利用して、もう一度距離をとって道路まで戻った。
「またそこ? 流石に道路に突っ込んだら後処理めんどうだから、嫌なんだけど」
どうする?
何ができる?
≪テレポート≫の不意打ちは魔力感知で十中八九バレて押し流される。
かと言って生身で近づくには些か無理がある。
けど、俺には空間魔法と頑丈な体しか取り得がないし、それ以外は使えない。
何か使える手はないか?
今までで使えるようになったものは、なかったか?
「でも進展がないのも飽きるからあ、五秒後に突っ込むねえ。はい、“さーんー”」
バカ野郎三秒後じゃねえか。
っつか、遠くにいるせいだろうけど、その間延びした喋り方うぜえ。
……間延びした喋り方?
「にー」
そう言えば、あるじゃないか。
つい最近、俺は教わったじゃないか。
扱えるかも分からない、凶悪過ぎるあの魔法を、あのグダグダした神様から。
……使えるか?
「いーち」
いや、やるしかない。
今日まで一切使ってこなかったが。
というか知って三日と経ってない気もするが。
もう使ってみるしかない。
――まあ、もしもなんかあったら止めてくれんだろ。
「っしゃ!」
「ぜろー」
腹を括って全てを投げた俺に、六匹の蛇が一斉に襲い掛かった。
しかとそれらを見据えながら、俺は虚空を掴むようにして、その名を叫んだ。
「――≪セポスセロウ≫」
在りもしないその虚空を掴んで、俺はその虚空を在るように振るった。




