一話 〃 ―③
明日と言ったな。
あれは嘘だ。
翌日の、再びお昼過ぎのこと。
この時までに僕は考え抜いて、ある結論を出した。
――なんでもいいから、手本を見なければ。
それこそ、系統が違ってもいい。
魔法がどう成り立っているのかさえ分かれば、後はどうとでもなるしどうとでもする。
怠惰のためには努力を惜しまないよ僕。
……それに、だらーんとしてるのは好きだけど、ただただ暇し続けるのはそれはそれで嫌いだ。
最近、寝付けなくなった時がどうも暇でしょうがないんだ。
だから、暇つぶしに……ね。
さて、そんなわけなので、僕は今からある作戦を実行する。それは――。
「ベル。今日もあんよしてみましょっか」
「あいー!」
――『あ、転んじゃった! 怪我しちゃったからお母さん魔法で治して!』作戦だ。
どう? すごくない? ワザと転んで怪我するの。
前世では友達の女の子によくやったから得意だよ。
そしてよく怒られたね。しまいにはもっと酷い怪我させられちゃった。
今世ではやり過ぎないように気をつけてやろう。
「いくわよー? いち、に。いち、に」
母の掛け声を合図に、僕は手を取られて歩き出す。
いちにの合図で足を出すだけ。
ここまではいつも通り。
作戦は、手を離されてからだ。
「いち、に。手を離すわよー。さん、はいっ! いち、に!」
よし、ここだ!
僕は数歩進んだ後、ぐらりと横に崩れる。
肘を突く形で手を出し、擦り傷を作る気満々だ。
そうすればお母さんの魔法が見れる、受けれる!
そして――ぽよんと。
いつもの嬉しい感触が。
……あれ?
「あらあら。危なかったわねえ」
横には、いつの間にかお母さんが座り込んでいる。
僕はそのお母さんのおっぱいにまた埋もれたようだ。
……お母さん。カバーが早すぎ。どうやって動いたの? どういう反射神経なの?
その後、何回か試みたけど未然に防がれちゃって、とうとうお昼寝の時間になった。
因みに今日の絵本は元通り英雄譚だったから、申し訳なく思いながら寝たふりしちゃった。
どうしよう。お母さんが素晴らしくて怪我ができない。
喜ぶべきことだけど、これは参ったよ。
何か解決策はないかなあ。
魔法を見るには、今のところ怪我をして治してもらうくらいしか方法がない。
というか、これ以外だとあんまりよく分からないと思うんだよね。
だから怪我をしたいんだけど……お母さんが見てる内はどうしても怪我が出来ないからなあ。
困ったなあ……お母さんの目がなければ……。
…………。
……うん?
「いあ!」
アホだなあ僕! 誰の目にもつかない今がチャンスじゃないか。
さあどうする、と周りを見る。
そこにあるのは、転落防止のための柵、柵、柵。
考えられるのはえっと……だ、打撲?
柵を思いっきり殴って、打撲でいく?
でも、打撲は嫌だなあ。擦り傷か切り傷がいい。
擦り傷、切り傷……おっ。
丁度届く高さに良い角がある。
ここに手を掛けて……体重掛けてグイッと!?
「いったい!」
思わず声に出たよ。本当痛かった。やり過ぎた感あるよこれ。
僕は掌を見る――ザックリ切れてた。
ここまで切れるの?
ちょっとこのベッド安全性に問題あるよ?
角は残しちゃダメだよ、もう。
「い~~~~!」
僕はとりあえず唸った。そして角を睨んだ。
お前は許さないぞ。自分からやったことだけど、許さない。
お前なんかサーヴァさん……もといサヴァさんに頼んで丸くしてもらうからな!
ここで呼んだらあの人直ぐに来ちゃうんだからな!?
「サー!」
「――――呼びましたかな? ベルお坊ちゃま」
わあ。え? 本当に来た。
自分でやっておいてなんだけど、超ビックリだよ。
とりあえず僕はサヴァさんに掌を見せつけながら、別の手でベッドの柵の角を指差す。
「成程。柵の角に手を掛けて、切ってしまったのですね。これは油断しておりましたなあ」
分かるんだ今ので。すごいなあ。なんで?
「角は後程削り取って丸めましょう。今は手当てが先ですね」
サヴァさんが僕の手を取る。
これは予想外だ。
サヴァさんも治せるのか。何でもできるなあ。
……っといけない。
僕は集中する。
サーヴァさんと、僕の手。
どちらにも意識を張り巡らせておく。
さあ来いサヴァさん!
「――≪ヒーリア≫」
サーヴァさんの口から何かが紡がれる。
直後に、確かに何かの“力”の感覚を、僕は正しく知覚した。
サーヴァさんの中にある何かの“力”が、彼の言葉を引き金に形を変えて、彼の手を伝って僕の掌に注がれていく。
その変化した力が作用し、僕の掌の切り傷はみるみるうちに塞がっていくのだ。
そしてそれを元にして僕は同時に、自分の中にもそれと似た力の巡りと、その源泉のようなものがあるのを感じ取ることに成功した。
「このぐらいでしょう」
時間にして数秒だっただろうね。
たったそれだけで、僕の怪我は消えてなくなった。
中々すごいね。魔法っていうのは。
「さて。ここは少々危険な個所があると分かりましたので、いったんルミナス様――お母さんの所へ移動しましょう」
……え。なんで。
「そのまま、一緒にお昼寝をしていてください。その間に私が、あの角を丸めておきますので」
……まあ。それなら、しょうがないかな。僕がやったことで発覚したことだし、甘んじて受け入れるしかないよね。
この感覚を覚えた今のうちに、いろいろやっておきたかったんだけどなあ。
僕はサーヴァさんに抱えられて部屋を後にする。
その間、僕はじっと掌を眺めながら、内で巡る力の存在を確かめたのだった。
角は丸めたとしても、ぶつけたら痛いですからね。
気をつけてくださいね。私は脇腹を抉られましたから。
続きの更新は翌日朝八時です。