十一話 〃 ―④
夜の帳の降りた海を前にしてみると、当然のことながら、昼間のような輝かしさはどこにもない。
ただひたすら静謐に、月と星々が大きな闇に浮いて、大きな闇に映っている。
「月が眩しいねえ」
海を背にして月を眺める。
惜しむらくは、あの月が満ちていないことか。
満月を少し通り過ぎて、やや欠けてしまっている。
「そうだなあ。次は新月の時にでも来てみようか。星が一層綺麗そうだ」
「おい」
……足にするつもりでアシに言ったんだけど。
どうもそれは無視されたようだ。
「いきなりここに来ようだなんて、何のつもりだよ?」
「別に? 見たかっただけだよ」
「……はあ?」
本当は他にも色々とあるけどね。
リアねえたちが明日のこと話し合ってるとか。
聞いてみたいこととか。
やってみたいこととか。
色々、色々とだ。
「まあいいわ。丁度聞きてえことあったし」
ムスッとした顔で、先にアシが尋ねてきた。
「またになるけどよ、お前の前世、なんだったんだ?」
「……ふーん」
どうやら彼も彼で僕の色々が気になるみたいだ。
ルナに僕のことを聞いて……おそらく、お父さんたちにも聞いてるだろう。
果たしてそれは彼の想像通りだったか、予想の外だったか。
どちらにせよ、あまりよくは分からなかっただろうね。
だって僕、大したことしてないしね。
「そんな知りたい?」
「どっちっかっつーと、そうだな」
「ひょっとして、惚れた?」
「キメェ」
アシは相当なしかめっ面で言ってくれた。
冗談なんだから、そこまで露骨にしなくてもいいじゃん。
まあ僕が同じ冗談やられたら、砂の中に埋めてやるけどね。
それはともかくとして、だ。
僕のことを知りたいなら――都合がいいかな。
「いいよ」
「そらそうか……え?」
「まあ条件付きだけど」
「あ、だよなあ」
一瞬驚いて、けど続いた言葉にため息を吐いたアシに僕はたった今思いついた条件を話した。
「君が僕に、勝てたらね」
「…………ハ?」
目が点になるアシを無視して、僕は続けた。
「安心してよ。僕は【重力】を使わない。君は【空間】を使っても使わなくても、どっちでもいい」
「ちょ」
「ただモチロン、僕だけがBETするなんていうのは割に合わないから、一つお願いごと聞いてもらうよ。質問に絶対答えるとか、色々と何か――一つだけなんでも絶対にね」
微笑を携えて、僕は彼に問いかける。
「どう? やってみない?」
「……」
彼の目に宿るのは、猜疑心。
そりゃそうか。
僕のことを聞いて回って、実際に見て、僕がどんなヤツかはなんとなく分かってたはずだ。
こんな“めんどう”を態々持ちかけられたら、疑いもする。
……正直ちょっとめんどうだっていうのは否定しない。
そこまでして聞きたいわけでもないしさ。
ただ、昼間にリアねえにあんなこと言われたからさ。
今度駄々捏ねられたら、断れそうにないし。
だから、頑丈そうなアシを使って練習しようかなって。
そしてもう一つの保険にはとても丁度いい。
「別にいいけど……その条件、大分お前が不利なんじゃねーか?」
ようやく口を開いたと思ったらそれか。
でも、やる気はありそうだね。
「そう思うなら、アシも空間魔法ナシにする? してくれた方が僕としてはとっても楽で嬉しいけど」
「……いいや、悪いが」
――射抜くような視線が刺さる。
「全力で勝ちに行かせてもらうぜ」
「大人気ないなあ」
「おい」
「冗談冗談」
クスクスと笑いを漏らす。
そうかそうか。
そこまでして聞きたいのか。
なんだろ、彼は僕のファンか何か?
それとも――。
「それで、開始の合図はどうするよ?」
……考えるのは止しておこう。
「まあ待ってよ。距離をとろう」
ゆっくりと波打ち際まで浮いて行き、そこでぼくは砂に足をつけた。
夜の砂はひんやりとしている。
あっ、波つめたっ。
「このぐらいでいいかな?」
「いいんじゃねーの」
「合図は……そのぐらい僕でいいよね」
「別にいいぜ。譲ってやんよ」
よしよし。
これで先手は取り放題だ。
ぐへへへ三秒で沈めてあげよう。
「じゃ、『いちについてヨーイ、ドン』ね」
「……“位置について”までは余計じゃね?」
「そう? じゃあそれで」
それっきりで僕は口を閉じた。
腰を落として構えるアシと、ただ立ち尽くすだけの僕。
なんだか彼は様になってるというか、堂に入ってるなあ。
僕なんかは些か手持無沙汰だけど、構えたってしかたないから適当にだらんとしとく。
本当は寝っころがりたいけど……汚れるのは勘弁だしなあ。
僕はゆる~く全体の景色を眺める。
薄ら笑いを携えながら。
アシは警戒気味に僕を見据えている。
その表情に余裕は見えない。
そうやってしばらく静寂したまま向かい合っていると。
やや荒れ気味になりつつある細波が幾度か耳朶を打つ。
心配されてるのかなあ……嬉しいけど。
なんてことを思いつつ。
僕は嬉しさのあまりポロリと言葉を溢した。
「よーいドン」
「――≪ライフ・リィンフォース≫!」
潮騒に紛れて消えそうな声を聞き取ったアシが叫ぶ。
白色の闘気を纏いながら迫る彼を見て『あっ』と思う。
……仕掛けとかしとくのすっかり忘れてたや、てへへ。




