九話 〃 ―④
帰って早々。
アシは我が家の素晴らしい歓待を受けました。
罰として下働きをしにきたのに、そうとは思えない好待遇だ。
まあ、うちの家族は優しいからね!
ただ、サヴァさんだけはいつも通りだ。
いや、推し量るような目付きだったから、いつも通りとは言い難いか。
ワイのワイのと盛り上がる中、不意にお母さんがアシに尋ねた。
「アキラ君は二年ぐらい前にここに来たのよね? 確か……“ファレスト”の街の方から」
「え、えぇ。まあもっと北側から、こっちまで歩いてきたんですけどね」
「というと、もしかしてアキラ君は“ソザ”の生き残りだったりするのか?」
「あー……俺じゃなくて、妹分がそうです。俺はもう少し先にいて……」
お父さんとお母さんの言及に対して話しづらそうにするアシに、一同口を噤んだ。
それも一瞬のことで、パッと明るい顔を作ると『ここまでよく来れたなあ』と、皆で彼を労った。
どう受け止めたものかと悩んだ彼は、とりあえず苦笑することで逃れた。
因みに僕とルナは、ファレストとかソザとかちんぷんかんぷんで置いてかれてた。
「“アキ”は、どうしてファレストじゃなくてここまできたの?」
「あー……っ! んん! あ、あっちには、孤児院みたいなのはなかったからな」
こいつ。
今、リアねえの脚みて反応しやがった。
潰してやろうかな。
「……」
「――ッ!」
「どうしたの?」
「な、なんでもない」
ああ、なんでもないさ。
だから気にしなくていいよリアねえ。
「おにい、かおこわい」
「あ、ごめん」
うっかり顔に出ちゃってたか。
反省反省。
ルナを抱えて落ち着こう。
「そういえば、“アキラ”って、変わった名前だよね!」
「……まあ、な」
再びアシの顔が憂いを帯びる。
うちの家族ちょっと地雷踏み抜き過ぎでしょ。
まあ、リアねえは踏み抜いたその地雷には全く気づかず、変わらぬ調子だけど。
「読みにくいから、アキって呼んでるけど大丈夫?」
「……まあ、アシよりはマシだな」
「……アキラ・シフトでアシ? ちょっと変だね、それ」
「なー! 変だよなー! ほんとな―!」
あ、うざい。
こっちに目配せてくるなよ。
ぶっ潰すよ?
そう念を込めて睨んだら視線を外された。
「それにしても、アキはよくここまで来れたよねー」
「ああ……ってちょ!?」
お姉さん力の高いリアねえだ。
その深き慈悲の心によって、アシの頭を優しく撫で始めた。
しどろもどろになってこっちを窺うアイツを磨り潰してあげたい。
「クローリア、おねえさん。撫でるのは……」
「私のほうがお姉さんだから、頑張った子はなでてあげなきゃ!」
くそー!
リアねえのお姉さん力高すぎた―っ!
ああ、そんなリアねえに、アイツが脚大好きの変態だって教えてあげたい。
両刃の剣になり得ないけど、教えてやりたーい!
「……おにい」
「? なあに、ルナ」
「おねえ、とられちゃう」
しゅーんとしたルナを、僕はギュッと抱きしめてあげた。
「おにいは、とられたりしない?」
キューンとした僕は、首が取れると錯覚するほど横に振った。
「だいじょぶ。とられない。……リアねえも、とりかえす」
「じゃあ、ルナもおにいといっしょにいく」
ルナがいれば百人力だ。
よし、いこう!
「アシ、リアねえをかえせー」
「かっ、かえせー」
「は、はあ!? 返せも何も……てかお前、今更そんな下っ足らずな喋り方――」
「だめっ!」
リアねえの叱責にビビるアシ。
人差し指をピンと立てたリアねえが、一言。
「ベルはベル! お前、じゃないよ」
「……ハイ」
「あと、私はリアお姉ちゃん! ルナはルナ! ハイ!」
「……り、リア、お、お姉ちゃん。べ、ベル。ルナ……」
「よろしい!」
満足気に頷いたリアねえは、それから僕たち三人をまとめて抱きしめた。
「そして、私はみんなのお姉ちゃんだよ」
「さすが、リアねえ」
「おねえ~」
そして僕とルナがひしっと抱きしめ返す。
こえぞ我が家。
これぞリアねえ。
「……なんだこれ」
ただ一人、アシだけがこの状況から取り残されていたとさ。
☆
「お前の家族パワフル過ぎ」
散々もみくちゃにされたアシが、床に敷かれた布団で寝転がりながら言った。
彼にあてがわれた部屋は、僕の部屋だった。
客間を使うかどうかで悩んで、アシがこっちを選んだからだ。
なんら支障もないから、僕も許可した。
「お父さんたちはアウトドア気質で元気だからね。……僕が特別インドアなだけだよ」
「ルナって子はどうよ? あまりそうは見えなかったけど」
「んー。人見知り入ってるけど、腕っぷしはかなり強くなりそうだよ?」
「……お前だけ魔法使いでもやしなのか」
そういうことだ。
僕だけがアーケディア家の中では大分浮いた存在だ。
みんなの愛情が強すぎて疎外感とかは全くないけど。
ちょっと考えてみれば、僕の異常さは浮き彫りになるのだ。
「わりと苦労してんのか?」
「まさか。あんなに素晴らしいお母さんとお姉ちゃんと妹がいて、そんなことありはしないよ」
「おい父ちゃん忘れてんぞ」
それは置いておいて、と。
「下働き二週間。意気込みは?」
「は? 別に、迷惑かけないようにだな」
「僕の手となり足となると。殊勝でいいね」
「なんでだよ!」
「夜なのに大声出すなよ」
「あ、わりい」
アシのことを見下ろす僕もまた、自分のベッドに転がっている。
今日はいつもより寝付けない。
まあアシがいるからだろうけどさ。
「まあ気楽にやりなよ。僕は君を足にするけど、みんなは優しいからさ。なんならふわふわちゃんだって呼んでいいよ?」
「ふわふわって……それはフラワのことか?」
「うん」
「……そうだなあ」
話半分で言ったつもりだったけど、アシは思う所があったみたいだ。
……ふーん?
「ルナも友達いないからさ、連れてきてほしいなあ」
「人見知りって言ったな。そうだなあ、フラワも人見知りだからなあ。……どっちかっつったら、お前がルナちゃん連れてったら?」
「怖がって背中から出てこれないよ」
「俺だけでも、引っ付いてたもんな今日」
そこが可愛いんだけど、ね。
「でも毎度あれだとおっぱいに突っ込めなくてさー」
「おい」
「じょーだんじょーだん」
そんなのいない時にすればいいしね。
ただちょっと、ルナが友達いないままになるのがいけない気がして。
「話を戻すけど、多分許可が下りれば来れると思うぜ」
「あ、そう?」
「やるんだったらその時は、お前も頭下げろよ」
うん、やるだろうけど、僕は頭を下げないかな。
「下げるのは君だけでいいよ。僕は首を傾げるだけでいいから」
「は? ……! お前……!」
そう、ちょいっと首を傾げて『お願い』って言えばなんとかなる。
これが前世からの僕の武器だ。
「お前、そうやってシスターたちを籠絡してるのかっ」
「ふふん、羨ましいでしょ?」
「俺だってシスターに膝枕されてえのに……!」
「断言しよう。君には無理だ」
「くそぉー!」
「うるさい」
「……おう」
アシ、一体どんな称号を隠しているんだろう。
脚魔人じゃないから……脚の大魔王とか?
「……ま、フラワのことは考えておく」
「そうして」
静寂。
どちらも喋ることなく、こつこつと秒針だけが回っていく。
そろそろ目を閉じて眠ろうかと考えてたら。
「なあ」
「なに?」
「前世、何してた?」
そんなことを聞かれてしまった。
無論、答える気なんてなかった。
「さあ?」
「さあって……覚えてんじゃないのか?」
「話す気ないんだよ察して」
「あっそう」
「ただ、まぁ――」
いい機会だから、前世を軽く思い返してみる。
うん……うん。
一言で表すなら、こうか。
「悪い面倒が多かった人生だったよ」
「そーかい」
彼の生返事を最後に会話は途切れ、夜が明け朝を迎えるまで会話はなかったのだった。
アシの称号どうしてやろうか悩んでます。




