七話 〃 ―④
「――――」
カナリアちゃんが口を開く。
けれどそこから音は漏れずに、ただ開閉しているだけに見える。
いや、違う。
音は出ているんだ。
ただ、僕には聞こえないだけで。
浜辺で遊ぶ人々の中、見知った二人が動き出すのを見て僕は確信する。
カナリアちゃんは【音】の魔法であの二人にだけ声を届けた。
僕はカナリアちゃんの口の動きを思い出して、断片的に推測する。
分かる単語は、恐らくこうだ。
『モリ・テキ・ヒナン・トウバツ』
つまり――ここから南にあるあの森の方から、騎士が討つべき外敵が来る。
だから、お父さんとロザリーちゃんにだけ声を届かせたんだろう。
外敵というのが、僕には何か分からないけど、大丈夫なのだろうか。
「……さんにんで、へーき?」
思わず僕はそう問いかけていた。
カナリアちゃんは僅かに目を見開くけど、彼女はフッと笑うと僕を脇に置いて立ち上がった。
「隊長だけでも、余裕」
そう言いながら、カナリアちゃんは魔法名を口にした。
「≪アクアカーテン≫」
水のカーテンが白浜を二分する。
突然現れたそれに人々が狼狽える中、二人がそこを通り抜けていく。
狼狽する人たちを落ち着けながら、お父さんとロザリーちゃんは森側にいる人たちをこちら側に誘導し始める。
こちら側の人たちには、カナリアちゃんが【音】魔法による拡声で出来るだけみんなを森から離した。
「≪アクアウォール≫」
誘導が完了したと同時に、カナリアちゃんによって二人だけ残してカーテンは壁へと厚さを変えた。
向こう側が――二人の姿が見え辛くなる。
「――――」
カナリアちゃんがまた二人に何かを伝えたと同時に。
ソレは、飛び出てきた。
一言でいうなら、それは角の生えた黒の猿だ。
鋭く尖った鉤爪に、敵意、悪意や害意などの凶暴性を剥き出しにした、恐ろしい猿が五匹。
有体に言ってしまえば、アレはバケモノだろう。
人では容易に倒すことは叶わないはずだ。
……騎士とは言え、水着姿の男女が丸腰で勝てるのかな?
何人かが悲鳴を上げる中、カナリアちゃんは一つ大きく頷いた。
「……うん。問題なし」
「――≪ライフ・リィンフォース≫!」
水壁の向こうから魔法名がここまで響く。
お父さんの体から、白色の光が炎のように立ち昇る。
そして、お父さんの姿がブレる。
「……良い子は閲覧禁止」
そう呟いたカナリアちゃんが、水の壁に青色を付けた直後。
パァン! と五つ。
何かが弾ける音が鳴った。
魔物の姿が見えた後に奥の景色が見えなくなって、周囲がやや騒がしくなる。
「『魔物の退治は完了しました。森林方向からこれ以上の敵は来ないと思われますが、騎士団の応援が来るまでしばらくの間は行動を慎んでください』」
カナリアちゃんがそう告げたところで、人々は落ち着きを取り戻す。
本当に終わったのか、向こうが気になる所だ。
「へーきなの?」
「平気……けど、向こうには近寄れない……でも、応援が来たら遊んでも、大丈夫」
本当に?
なんかバケモノ――じゃなかった。
魔物に襲われたわりには、随分アッサリとしてるね。
意外と大事じゃないのかな?
それとも、このぐらいは普通なのかなあ。
……多分、後者だろうねえ。
この世界、命のやり取りが意外とすぐそばにあるなあ。
そしてその後、軽装ではなくしっかりとした装備をした騎士の一部隊が応援に駆け付けた。
水壁の向こうは立ち入り禁止だったけど、海にはそれまでと変わらない賑わいが戻った。
僕はと言えば。
カナリアちゃんがあっちに行ってしまったから、一度休憩は止めて遊ぶことにした。
ま、長く続かなかったけど。
「ベルくん、お疲れかな?」
「大丈夫?」
「へーき……もすこしこのままいれば……」
お疲れ気味のシスターさん二人を誘いこむことに成功。
シスターさん二人に囲まれながら、一人に膝枕をしてもらう。
結局のところ、以降も休憩が半分を占めていた。
下から眺めるおっぱい……いいわぁ。
「あんっ。突いちゃダメよベルくん」
「ごめん、つい」
「ベルくんったら、まったくもう」
――そんなことばっかりしてたから、後でお母さんに軽く怒られました。
☆
遊び尽くした後、僕は着替えを終えて一人、パラソルの下で海を眺めていた。
お母さんたちは、もう着替えて一足先に帰った。
お母さんの巨乳に一度も触れられなかったのが……悔やまれるっ。
まあそれは置いておいて。
僕がここに残っているのは、名目上、お父さんを待っていることになっている。
他のにも理由が、諸々だ。
白浜が、空が、燃えるような茜へと染まっていく。
直にこの茜は深い藍の夜空に代わって、本物の星々が輝き出すんだろう。
天上高く月が座して、海にもまた星が泳ぐのかもしれない。
ここまで来たら、夜の景色も見てみたくなった。
でも、それは叶いそうにない。
「いやー、すまない。待たせたな、ベル」
未だに水着姿のお父さんとロザリーちゃん。
そして地味に膨れっ面のカナリアちゃんがようやく戻ってきた。
「おつかれ。おそかったね」
「ありがとー。そうだ聞いてよベルくん。隊長、砂浜を血塗れにしたんだよー!」
「……あれは、酷かった」
「ははははは……面目ない」
僕に抱きついてきて愚痴ってきたロザリーちゃんのおっぱいを堪能しながら、僕はなるほどと心の中で声を上げる。
いつまでたっても水の壁があったのは、お見せできない状況の掃除が大変だったんだ。
ここの砂浜は白いし、血が付いたら目立っちゃうだろうに。
「カナリア隊長と私で、【水】魔法で頑張って綺麗にしたんだよ~。私とカナリア隊長を褒めて~」
「がんばった、がんばった」
「……かなり頑張った。ロザリア、ご苦労様」
「うぉ~。ベルくんに撫でられてカナリア隊長に労われた~! 頑張ってよかった~!」
苦笑する僕とカナリアちゃん。
なんというか、子供をあやしてる気分だ。
しっかり実った果実を堪能してても、だ。
「……ふたりともありがとう」
そして、お礼が口を衝いて出た。
こんな綺麗な海を、砂浜とは言え血で汚されたらたまったもんじゃない。
頑張ってくれた二人には、感謝だ。
「あ~癒される~。……って、そういえばベルくん寵愛者だったね~」
「……海神様の代わりととって、受け取るべき?」
「わかんない」
ポロッと出ただけだしね。
「べ、ベル。お父さんには何かないか?」
「おつかれ。お父さんはさっさと帰り支度して」
「おかしいな。ベルの言葉がなんだかとても流暢に聞こえたぞ……」
気のせいでしょ。
僕五歳だもの、ね?
「ロザリーちゃん、カナリアちゃん。きょうはおゆーはん、ごしょーたい。きてくれる?」
「え? 本当~!? カナリア隊長、行きましょうよ~!」
「……そう、ね。お言葉に、甘える」
よっしゃやったぜ。
これで一緒にいれなかった分の埋め合わせはバッチリだ。
僕が時間を伝えると、彼女たちは身嗜みを整えるために一旦帰宅した。
その間には、お父さんの準備も終わっていた。
「よし、かえろー!」
「……なあベル。どれか一個だけ魔法で持ってくれたりしないか?」
「やだよ。こどもにたよらないでよ」
「ベルが今までにないぐらい辛辣だ……」
僕は浮きながら拒絶した。
海汚したって知ったからね。
ちょっとそれは許せない。
お父さんがとぼとぼ歩くのを眺めた後、僕は足を付けて振り返る。
水平線の向こうへ、夕陽が静かに落ちていくのが見える。
僕は小さな声で彼女に告げる。
「君の姿が、一番心に残った」
色んな女の子をこの目に焼き付けたけど。
あのマリンブルーの絶景に勝るものない。
あっても恐らく、君以外にはありえない。
……まあ、女の子の直の柔肌の感触が素晴らしかったことは今は置いておこう。
「また来る。だから、また魅せて」
僕はふわりと浮き上がって、今一度家路につく。
変な邪魔は入ったけど、概ね満足の一日だった。
監督不行き届きのルンヴィがミルイニにめっちゃ怒られるっていう余談があったりなかったりします。




