一話 あんよがめんどくさい―①
お昼の休憩や一服のついでにどうぞ
僕、ベルフェルミナが一歳になって、更に一ヶ月経った頃合い。
季節は春の真っ只中だ。僕が住んでる場所は、四季みたいなものがわりとはっきり感じ取れるみたい。
「ベル、頑張ってー」
「まー!」
「その調子よー」
生まれて一年以上経っている僕は今、お母さんと二人きりであんよの練習をしてる。
因みにお父さんは仕事で、五歳のリアねえは友達と外に遊びに行っちゃって家にはいない。
お母さんに手を取られながら、いちに、いちにと歩くだけのお仕事。
途中で手が離されるけれど、その時はバランス崩したふりをしておっぱいに突っ込めば万事解決。
楽しい。柔らかい。素晴らしい。
「ベルはあんよが上手ねー」
「あいー」
お母さんは僕をべた褒めしてくれる。
けど、実際はそうでもないんだということを僕は知っている。
リアねえの方がハイハイもあんよももっと早かったとお父さんとお母さんが話してるの聞いたし。
僕はかなり遅い方だと思う。
動くのがちょっと億劫だったから、あまり自発的にハイハイとかしなかったし。
だから、ちょっと心配されてたりね。
……動くの怠くて腹ばいの兆候すら見せなかったのは、正直申し訳ないと思ったよ。
そんなわけだから、両親やリアねえの前では頑張って動くことにしてる。
だって心配はかけたくないもん。今から『めんどうくさい』なんて親不孝なことはまだ目の前でできないし。
でも、ね。
やっぱり動くのはめんどうくさい。
将来本当に僕は自分の足で歩きたくない。
できるなら一生抱っこして運んでほしいぐらいに動くの怠い。
流石に今世でそんなこと、叶うはずもないかなあ……と諦め気味ではあるけど。
――あ。
「ルミナス様、ベルお坊ちゃま」
ふと、そっと添えられたように扉の前に佇んだ初老の男性の姿が目に映った。
いつの間にかそこにいた彼は、微動だにしないまま恭しさを醸し出しながら一言。
「そろそろお昼寝のお時間でございます」
「あら、もう?」
静かに、けれどよく通る低く渋い声がして、お母さんはようやく彼の存在に気付いたみたいだ。
いつの間にかいた彼に、しかしお母さんはそれがいつも通りであると分かり切った様子で彼に話しかけている。
彼の名前は、サーヴァ。
この家の唯一の使用人……執事だね。
そんな人がいるお家です、はい。
「サーヴァさんはいっつも、いつ来たか分からないわよねー」
お母さんが僕を膝に乗っけてそう笑いかける。
僕はそれに、『あいー』と手を上げて返す。
お母さんの言うとおり、サーヴァさんは神出鬼没だ。
必要な時に出てきて、必要のない時には姿を消している。
それでいて任された仕事は一人で全てこなしている。――執事の鑑だね!
「サーヴァさんは凄いねー」
「あいー」
「いえいえ。私はまだまだ。ただ年を重ねてやれることが多いだけにございます」
お母さんの言葉と僕の同意に、サーヴァさんはゆっくりと首を振る。
そして、静かに笑みを携えて。
「それよりもお二方、お昼寝の時間です。寝る前の絵本もご用意しておりますが、如何なさいましょう?」
彼はやんわりと話を戻してしまう。
そしてどこからともなく一冊の絵本を取り出して見せた。
「あら。今日のはいつものとは少し違うわね」
「ええ。ベルお坊ちゃまは最近、英雄譚のようなものは飽き気味のように見えましたから」
「まあ。そうなのベル?」
お母さんがこちらを見る。……すごいよく見てる人だね、サーヴァさんは。
昼寝の前にはお母さんが絵本を読み聞かせてくれるのは恒例になっているのだけど、最近は確かに似たり寄ったりの内容にちょっと飽きていた。
途中で寝たふりでもしようかなって、度々思っちゃうもん。
「あいー」
と僕がやや申し訳なさそうに返事をすると、「そうだったのね。ごめんなさい」と頬にキスを落とされる。
よくやられる。嬉しいから良いけど。
「じゃあ、今日のご本は何かは、サヴァさんに聞いてみましょうね? サーヴァさん、なーに?」
「サー、なー?」
お母さんに言われた通りに僕がそうやってたどたどしく尋ねれば、サーヴァさんはこちらにすっと歩み寄り、片膝をついてこちらに見せてくれる。
……これは。
「本日ご用意させていただきましたのは、『古の三人の魔法使い』にございます。きっと、楽しく読めるかと思いますよ」
魔法使い、か。中々ありきたりなモノではあるね。でも、前までの一騎当千的英雄譚よりは、読みやすいかもしれない。サーヴァさんからそれを受け取って、お母さんに渡す。
と、ここでお母さんは気になることを言った。
「これ、私も読んだのよねえ。これを見て、魔法使いに憧れたわ。私には適正がちっともなかったけど」
なんだろう。この、魔法と言うものが人の間で確かに実在しているかのような口ぶりは? と、少しだけ首を傾げる。
「……おや。ルミナス様はクロード様以上に強化の魔法や治癒に長けているではありませんか」
「そういうのじゃないわよ。私が憧れたのは、こう、ドカーン! ってなるような、火や雷の大魔法のことよ」
やーねー、と笑うお母さん。
サーヴァさんは「それは失礼いたしました」と柔らかく腰を折る。
「ルミナス様は、そういった魔法には適正がなかったのですかな?」
「そうよー。私、何度も友人に教えてもらっても、マッチ程度にしか火が着かなかったのよ」
母がコロコロと笑うのを背中のおっぱいの感触で感じながら、僕は思考する。
これは、どうやらこの世界には魔法と言うものはひどくありふれて知られていて、尚且つ使えることがなんら不思議ではないと考えていいだろう。
ビックリだなあ。流石、異世界だ。と言うべきかな?
「まあ、火着け器がないと火を起こせないクロードよりはマシよね……って、サヴァさんは知ってるじゃない」
「おや、いけない。私もそろそろ耄碌してきましたかな」
「サヴァさんがそんなこと、あるわけないじゃない!」
と、母が笑うと、サーヴァさんは笑みを浮かべた後、僕の方をチラリと見やった。
「会話が長くなってしまいましたね。失礼。坊ちゃまが退屈してしまいます」
「あら大変。ごめんなさい、ベル」
「あー?」
とりあえず首だけ傾げとく。
言うまでもないけど、今の会話はとても有意義だった。
むしろ会話を振ったサーヴァさんには感謝したいね。
……ていうか、サーヴァさん今のワザとっぽくない?
「では、私はこれで」
そんなサーヴァさんはそう一言だけ残すと、スッといなくなってしまう。
いやいやいや。どうなってるんだよあれは。
「本当、目の前で消えちゃうわね……」
ぼそりと、お母さんは僕の思いと似た独り言を溢した後、僕の前に本を持ってきた。
「さて。遅くなってけど、読みましょうか」
「あいー!」
僕は両手を上げて賛同する。
ついでにパイタッチ。ナイスおっぱい。
お母さんがゆっくりと本を開く。
「『古の三人の魔法使い』。はじまりはじまり~」
そしてお母さんの言葉とともに、僕は視線をその本に向けた。
赤ちゃんの時期っておっぱいにつっこんでも何も言われないから素敵です。代われ。
少ないと思った方。その通りです。二千文字超程度しかこの先あまりないです(今回はちょっと多めですが)。
謳い文句は『休憩時間の片手間の片手間に読めますよ』です。
次の話は本日18:00を予定してます。