三話 〃 ―④
施設をあらかた見回った後。
僕たちは屋外修練場の一角で、お昼ご飯を食べていた。
「ベル。どうだった?」
大きめのサンドイッチを一口で半分頬張った父が、その手を止めて僕に聞いた。
「……たいへんそうだった」
僕がわりと正直に答えると、お父さんは苦笑しながら。
「そうだな。かなり大変だ」
と深く頷いてから、寂しそうに独りごちた。
「ベルはリアと違って、騎士にはあまり興味なさそうだなあ」
お父さんは僕から視線を外し、備え付けに置いてあった訓練用の木刀を振り回しているリアねえを見た。
リアねえは食べるより先に体を動かしたかったらしい。
お母さんとルナは、その近くの木陰でそれを見守っている。
僕もそれを、元気だなあと思いつつ眺めていた。
「……ベルは、剣と魔法だったらどっちがいい?」
「まほー」
再びのお父さんの問いには、即座に答えた。
「ひーでたり、けがなおしたり、そらとんだり。すごいから」
「あー。やっぱりそうか。サーヴァから聞いてるぞ。絵本は、魔法のヤツが好きだって」
一瞬、サヴァさんに告げ口されたのかとドキッとしたけど、なんだ、絵本の話だったか。
心中で胸を撫で下ろして、僕は黙って首を縦に振った。
「なら、ベルは魔法使いになりたいか?」
「なりたい」
というか、なってると思う。
まだ未熟かもしれないけど、重力くらいなら余裕で操れるし。
「そう思う気持ちがあるなら、ベルにだってなれるさ」
「ほんと?」
「ああ、本当だ」
癖のある金毛が、お父さんの手でもっとぐしゃぐしゃにされる。
お父さんの撫で方は一番強いので、体がぐらつく。
「そうだベル。あのな――」
「たいちょー?」
思い出したようなお父さんの声は、僕が聞いたことのない、間延びした女声によって遮られた。
辺り一帯に響いたゆる~い声は、リアねえやお母さんの耳にも届いたらしく、僕たちは一斉にそちらの方に目を向けた。
「あ、隊長だ。やっぱり~」
「……ロザリア」
はふにゃふにゃと喋りながら、お父さんにロザリアと呼ばれた長身の女性が、紫のポニーテールを揺らしながらこちらにやって来る。
彼女はお父さんと同じ装いをしているので、十中八九彼女も騎士なんだろう。
けどそんなことは今はどうでもいい。
山だ。
タイト気味のシャツを押し上げる、二つの山がそこにあった。
マーベラス。
「なんでここにいる?」
「……あ゛っ。やー、ね? 特に何もないですよー? たまたま、通りかかっただけで」
「ここは他の場所と違って孤立しているから、通りかかる要素はないはずだが」
「ヴェッ……」
半歩引いてどっから出したか分からない声を上げる彼女に、父は大層呆れていた。
「ロザリア、またサボりか」
「あらあらロザリアちゃんったら」
「ロザリーまた怒られてるー」
クスクスと笑うお母さんたち。
しかし僕はそれらの会話のほとんどは右から左だ。
僕の感覚はもうほとんど視覚のみが働いている状態だ。
父に怒られる彼女のオーバーなリアクションと同時に、ぼいんぼいん揺れるあの双子山。
お母さんよりはやや小さいけど、その分ハリや弾力に恵まれていそうだ。
ワンタッチいいかな?
――なんて期待の眼差しを送っていたら、彼女と視線がかち合った。
「あ、あー! 長男君がいるー! わあ、かーわいい~~~!」
わざとらしい棒読みで声を張り上げて、ずかずかと近づいてきた彼女は僕を思いきり抱き締めた。
最後の言葉だけは本気っぽかったけど、まあいい。
そんなもの些事だ。
大事なのはおっぱいだ。
「くるしーよ」
なんて言いながらパイタップ。
……っ!? ノーブラ、だと……!?
このシャツのすぐ下に、弾力満点の裸のおっぱい様がいるのか!
「……ロザリア、ベルを離せ。そしてこっちを向け」
「はぁい。ごめんね、ベル君」
いえいえ、ありがとうございます。至福でした。
声に出したらそんな心の声が漏れそうになるので、無言のまま『気にしてない』と首を振る。
そんな僕の何が彼女の琴線に触れたのか、目をキラキラさせながら僕のことを見続けている。
もう一回、来るなら来い。僕ももう一回だ。
「――ロザリアッ! お前の部隊の次の予定はなんだ!」
「は、はひ! 第五小隊は、オーシアン海浜で持久走であります!」
痺れを切らしたお父さんの雷に、一瞬身を竦ませたロザリアちゃんは敬礼をしながらそれに応答した。
そしてそんな応酬(というより説教)を幾らか続けて。
「はぁ……ちょっと、話をしてくる」
お父さんは頭を抱えながら、一度訓練場を後にしたのだった。
お母さんたちの話によれば。
ロザリアちゃんは魔法を得意とする第五小隊の隊員さんで、よく訓練をサボる常習犯らしい。
「ここって明るいけど人目につかないから、重宝してたのになぁ~」
切実に残念そうにしながら彼女が言ったのを耳にした直後に、お父さんは帰ってきた。
何か、見たこともない透明な珠を手にしながら。
ロザリアちゃんと、ついでに僕も呼ばれたので二人で一緒にお父さんの元に向かう。
「カナリアには話を付けてきた。今日の訓練はもういい」
「ほんとですか!?」
「ただし明日から一週間、俺とカナリアでみっちり特別指導が入る。喜べ」
「……今から走るのは?」
「殊勝なことだな。構わないぞ。ただ、特別指導はなくなったりしないからな」
花が咲いたと思ったら、次の瞬間には枯れ落ちていた。
ロザリアちゃん放心状態。
ご愁傷様です……。
「まあそのことは後にして、だ。ベル、これ持ってみろ」
「え? うん」
呆然自失のロザリアちゃんを無視して、お父さんが例の透明の珠を僕に差し出してきた。
なので、僕はそれを迷いなく受け取った。
受け取ってしまった。
『!!!???』
透明の珠が蒼に色づき、柔らかい白の輝きを放つ。
――そして、世界が苦悶のような軋みを上げて、僕はその場から宙に浮いた。
……ナンダコレ?
「ベル!」
僕を呼ぶ声で、我に返る。
お父さんは僕に手を伸ばすけど、寸でのところで届かない。
片膝をついて苦しそうにする姿を見て、僕の頭はようやく回った。
この珠、魔力を無理やり吸い取って発現させるんだ!
珠から手を離すと、ソレはスグに色と輝きを失くした。
浮遊感は途切れ、僕は落下する。
あぶない。
「ベル、大丈夫か! ――っ!?」
超重力の枷から放たれたお父さんが、落ちる僕を受け止めてくれた。
ありがたいけど、こっちの台詞だって感じだ。
「……。皆は……ロザリア以外は無事か」
何故か訝しげな顔で僕を降ろしたお父さんが、周囲の状況を確認した。
どうやら超重力の影響を受けたのは、僕にかなり近かった二人だけだったようだ。
そのロザリアちゃんも、外傷は見当たらない。
気絶しているだけみたいだ。
ホッと一息できたのは、束の間のことで。
「あ、あう~~!」
突然、ルナがぐずり始めた。
何かあったのかと僕たちが狼狽える中、リアねえだけが「あっ」と声を上げた。
「ベル、またあの感じがしてる! とっても強く感じる!」
バッと、両親が僕を見やる。
サッと、血の気が引いていく。
――魔力制御が、上手くできなくなってる。
「ベル、その魔力は……」
漏れ出る魔力に、両親が気づかないはずもなく。
最悪な形で、僕の魔法は露呈してしまったのだった。
余談程度の補足をしますが、一応この世界にはブラらしきものやショーツらしきものはあります。
4話①は明日更新しまーす。




