三話 〃 ―③
「おめでとうございますベル様。魔力の制御、十分なレベルで扱えております」
その言葉をサヴァさんから頂いたのは、それからさらに一か月の時間を要した。
「お疲れ様でした。これなら、全く問題はないでしょう」
「ありがと」
ずっと僕に付き合ってくれたサヴァさんに短くお礼をする。
彼は「恐縮でございます」と深々と頭を下げた。
「ベル様の魔力は、恐らくまだまだ増えると思われます。くれぐれも、日々の鍛練は怠らないように」
「……わかった」
「では、私はこれで」
そしてそれとなく僕に釘を刺した後に、もう一度だけ頭を下げてから彼は書斎を後にした。
もうちょっとなんかあるかなって思ってたんだけど、随分あっさりだなー。
……べつにきにしてないけど。
「……あれ?」
薄情なサヴァさんに不貞腐れてると、ふと本棚に見当たらない本が置いてあるのに気付いた。
よく見ればそれは真新しく、周りの本とは違って魔法を使う必要もなく手に取れた。
「しなんしょ?」
『子ども用まほうしなんしょ』と書かれた、僕でもなんとか読める魔法書だった。
そこに挟まってる紙には『おいわいです。まずはこれでいろいろとおぼえるといいでしょう』と、几帳面な文字が添えてあった。
さ、サヴァさん……!
感激! 感激だよ!
大切に使わせてもらいます!
けど、これで僕が本を読むのをサボる理由がなくなったことに、僕は感極まって気付かなかった。
そしてそれに気づいたのは、分からない文字がなくなってきた頃だったから、尚更だった。
サボらないわけじゃあないけどね。
☆
ある日。僕があんまりにも外に出ないからなのかどうかは分からないけど、夕食の席でお父さんからこんなことを提案された。
「ベル。一度はお父さんが仕事してるところにまで来てみないか?」
「え?」
お父さんの仕事先。
リアねえは僕が生まれた頃には勝手にホイホイと行っていた。
けど、僕は一度も尋ねたことがなかった。
機会がなかった訳じゃない。
何度か誘われたこともあった。
でも、その時は魔法の方が大事だった。
それに、歩いていくの面倒だったのもあるから断ってた。
「お父さんがどういう仕事をしてるか、一度くらいは見て欲しいなあって思ってな」
お父さんは柔らかい調子で言う。けど、ここまで面と向かって言われたのは実は初めてだった。
何かがあるんじゃないだろうかと疑いたくなる。
その時。
「はいはーい! わたしも行きたい! 剣教わりたい!」
バッ! と突然リアねえが手を上げた。
リアねえはその上げた手で、僕の手をそのまま取って。
「ベル、行こう? お父さん、カッコいいんだよ!」
と、花のような笑顔で僕を促した。
「あら。じゃあ、私とルナちゃんも行こうかしら。あっちまでお散歩ねー」
そして僕が何かを言う前に、お母さんも乗り出してきた。
なんだこれ。
いったい何が、どうしてこうなってるんだ。
誰かの謀か何か?
「ベルもほら、そろそろ動きたいと思うだろう? あそこはとっても広いし、アスレチック……みたいなものもあるから、色々と楽しいと思うぞ」
いいえ、お父さん。
僕は、動きたくないんです。
なんて言えるはずもなく。
僕は「んー」と唸りながら、チラリとサヴァさんの方を見た。
サヴァさん僕の視線に気付くと、薄い笑みで会話に入ってきた。
「でしたら、明日の昼食はあちらで皆様で召し上がってはどうでしょうか。それでしたら持ち運べるように、包んでお渡しいたしますが」
た、退路を断たれた!
まさかのサヴァさんの裏切りに、心の中で悲鳴を上げる。
みんなは『それがいい』と賛同して盛り上がっている。
着々と僕の外出包囲網が出来上がっている。
えぇ……やばいよぉ……外出たくないよぉ……。
なんとかして断れないかなぁ。
そんな風に思いながら、必死に打開策を考えていると、それが顔に出ていたらしい。
リアねえが掴んだ僕の手をくいくいと引っ張りながら、僕の顔を寂しそうに覗き込んだ。
「ねえ、ベル……あそぼ?」
「あそぼう」
抗うことなく、僕は力強く頷いた。
弟は姉には弱いのです。
「にー。あいー!」
嬉しそうなルナに、憂鬱もなくなった。
兄は妹には弱いのです。
お父さんとお母さんが、クスクスと笑っていた。
☆
翌日。夏らしい燦々と照りつける日差しを浴びながら、僕たちはお父さんの仕事先へとやってきた。
「――イランド騎士団オーシアン部隊駐屯地へようこそ、ってね」
出迎えてくれた父はいつものオールバックに、動きやすいラフな格好だった。
底の厚いブーツとカーゴパンツに、黒の半袖シャツ。
その右肩には、森と波をモチーフにした部隊特有のシンボル。
しっかりとした体つきも相俟って、なんというか、とてもカッコいいと感じる。
騎士と呼ばれる人達がこの世界にはいる。
彼らは国に忠誠を誓い、国と民を外敵から守るために武力を行使する……まあ、軍人みたいな人たちだ。
彼らは町の中や近隣の哨戒をしながら、いつ来るかも分からない脅威に対し備えるため、日夜訓練に励んでいる。
用いるのは剣とか槍とか。後は魔法とかだね。
別の物を使う人もいるみたいだけど、主に多いのはそれらで、基本その扱いに長けている。
そんな彼らは国に所属するだけあって、紛うことなく戦闘に関してのプロフェッショナルである。
そしてその能力を維持し、それ以上に伸ばしていく必要がある。
だから彼らは、お父さんに施設内を案内してもらっている僕らには目もくれず、休むことなく訓練場を動き回っているのだ。
「今の時間は、軽い基礎鍛錬だな。これが終わったら、彼らは哨戒任務――パトロールに入るだろう」
お父さんが何でもないように、平然と言う。
こんなに広い訓練場を走り回って、その後にパトロールするの?
うわあ、キツそう……。
「他の部隊は、砂浜でランニングとか、森での哨戒訓練とかだったかな。今日はどこも、そこまで厳しいメニューではないな」
……絶対キツイ。騎士っていうのは、過酷な職業だ。
「カッコいーねー! 私もあーなりたいなー」
憧憬の眼差しを向けながら、リアねえが無邪気に言う。
カッコいいのは確かだけど、後半の言葉にだけはどうあっても同意はできない。
絶対、騎士にはなりたくないなあ。
そんな思いを胸に秘め、いつもいつも働いている彼らに、心の中で敬礼しておいた。
僕の代わりに頑張ってくれて、ありがとう。
そして、これからもどうかお願いします。
ちょっと半端な形です。
おゆるしください。




