三話 〃 ―②
魔力を物に注いだり、なんてことはよくやっていたから、魔力を制御するくらいならなんとかなるんじゃないかと最初は思っていた。
でも、意外とそうでもなかった。
「どうでしょう。分かってきましたかな?」
「う~ん……」
サヴァさんに手を取られながら、僕は首を捻りながら唸った。
やり始めて一週間。どうにも上手く行かない。
サヴァさん曰く、魔力が漏れるというのは、その量が多くなることで内を巡る速度が上がり、留め切れなくなった魔力が勝手に外部に出てしまうことであるらしい。
しかしただ出てくるだけなら、魔力は空気中で拡散していくだけで何も感じ取れないままだ。
だけど、そこに“高い質(≒高濃度)”と言う条件が加わると、魔力が空気中で散り辛くなって感知できるようになってしまうらしい。
赤子のうちは色々と敏感なので、ルナは僕の魔力に驚いて泣いてしまったわけだ。
むしろルナが泣いてくれなければ、気づかぬまま練習してお父さんたちに気付かれたかもしれない。
ルナには申し訳ないけど、感謝だ。
「一度、私からの干渉なしでやってみましょう」
「わかった」
サヴァさんから手を離し、僕は内部の魔力を押し留めようと苦心する。
サヴァさんから習ったのは、その急速な流れを緩やかにする――最終的には塞き止める――ための方法だ。
これはどうも独学ではキツイ技術らしい。
なのでサヴァさんからその操作方法を、僕の魔力に干渉する行為でもって実演してもらって体感しているわけだけど……。
「う~ん」
どうもサヴァさんみたく上手く行かない。
ちょっとだけ緩やかになっている感覚はあるけれど、彼のように上手く止められない。
どうにかならないかな。
「焦ってはいけませんよ、ベル様」
と、サヴァさんがやや厳しめの口調で僕を諌めた。
「この技術は、今までの魔法とは些か勝手が違います。コツコツとやり続けていくしか道はありません」
耳が痛いとはこのことだろう。
でも、なんで考えてることが分かったのだろうか。
「まずは、ゆっくりとさせるだけでいいのです。早いうちから止めようと思うことは、あまり効果的ではありません」
僕の心の疑問には答えてくれないまま、彼は気持ち程度にしかならない助言だけを残した。
……そんなもんなのかな。
コツコツやるっていうのが、僕の性には合わない気がするんだけど。
「寝転がってる片手間に、少しずつ遅くさせていれば、いつの間にか止まっている……この技術は意外とそんなものです」
「そっか」
そう考えてみれば、めんどうくささが薄れていいね。
でもさだから、なんでサヴァさんは考えてることがわかるのって話だよ。
「では、私はこれで。なるべく、続けて練習をしていてください」
そしてまた僕の心の疑問に答えぬまま、サヴァさんは彼の妙技でふっと消えてしまった。
……関係のない微妙なモヤモヤが残ったままだけど、僕は言われた通りに練習を続けることにした。
書斎でゴロゴロしながらやってたらいつの間にか本当に寝てたのは、サヴァさんには内緒にしておこう。
☆
朗らかな春が終わりを迎え、暑い夏が近づいてくる。
季節が移り変わろうとする中、僕は再びお母さんからルナの子守を頼まれた。
あれから凡そ一ヶ月。
僕は、ルナを泣かせないで子守りできるのか。
――と意気込んだ次の瞬間にルナは泣いた。
そんな始まりだったので僕も泣きそうになってしまう。
でも、なんとなく泣き方が前の様子とは違って見えた。
視界が霞みかける中、ルナは僕を見ながら手を伸ばしているように思えたのだ。
ゆっくりと、近づいていく。
ルナは変わらずに泣いているけど、泣き声がひどくなるようなことはなかった。
そっと、彼女の頭に触れる。
そして、僕は遥かに小さい彼女の頭を、ゆっくりと撫でた。
「ルナ。おにいちゃんだよ」
こわれものを扱うように、そっと。
そしてできる限りの優しさを手に込めて。
……これがずっと、やってみたかった。
僕より大きい子を撫でることはあったけど、小さい子はあんまりなかったのだ。
ちょっとまだ怖いけど、あやすと言ったら、僕にできるのはこれぐらいだった。
「あ~~! あー! ああう……?」
そのお陰かは分からないけど、ルナは泣き止んでくれた。
それは同時に、僕の魔力制御が大分上達したことを示している。
ちょっと、いや、かなり嬉しい。
「おにーちゃんだよ~」
まだまだ量のない、父似た薄い白金の産毛を梳きながら、僕は左手でルナの手をそっと掴んだ。
僕の手も小さいけど、それで包みこめてしまえるぐらい、ルナの手も小さい。
二、三年前までは、僕がこうだったと思うと、なんだか感慨深いなあ。
生まれて四カ月が過ぎたルナには、どんなことをすればいいのか。
僕の“経験”を頼りに想い起すと、なんだか手足を掴まれて上下させされてた気がする。
最近見たリアねえやお母さんのあやし方も、そんな感じだったと思う。
いいのだろうか、そんなことを僕がして。
手足がいきなり引きちぎれたりとか、しないよね?
「る、ルナ~。が、がんばれ~」
何をだ、と言われたら答えに詰まる。
……手足が取れないように、かな?
僕はルナの手を取ってゆっくりと動かした。
「あーうー?」
不思議そうな顔をしこそすれ、痛いわけではないらしい。
なのでしばらく続けていると。
「あいー」
僕の左手の指が、彼女に浅く掴まれた。
突然のことで僕は手が止まる。
その隙に、ルナは僕の指を口に含んでしまう。
「いひ~」
それが面白いらしく、ルナはニッコリ笑っている。
それとは裏腹に僕はビビりまくりだ。
指を吸われるくすぐったさにも笑えない。
「あれ、ベルがルナのお世話してるー?」
しどろもどろになっていると、リアねえが救世主の如く参上した。
これ幸いとばかりに、僕は震えた声で助けを求める。
「り、リアねえ……たすけて」
「わー。ベル、指すわれてる。かわいー」
「た、たすけてってばぁ」
まさかのスルーでした。
ルナと同じニコニコ顔のままスルーだ。
思わず、自分でも情けないと思う様な声が出てしまった。
「心配しなくてもすぐはなしてくれるよ」
そう言うが早いか、パッと僕の左手は離された。
「ね?」
「う、うん。……ありがと」
しばらくは俺とリアねえで、ルナをあやしていた。
十分かそこらぐらいだったと思う。
その途中で、リアねえに突然こんなことを言われた。
「ベル、なんかちがうね」
「え?」
「なんていうか……もどった? 最近のベル、重くて、冷たくて、ふわふわして、ちょっとあったかいような……変な感じがしてたの」
どきり。僕の心臓が跳ねた。
それがおそらく、僕の魔力なのだろう。
リアねえもまた、いつからかそれを感じ取っていたらしい。
「そーなの?」
「うん。でも、今はぜんぜんしない。――そっか」
ちらりと、ルナを一瞥して。
「だから、ルナもベルが嫌じゃなくなったんだ」
と安心したような顔をした。
「……そっか」
僕もまた、胸を撫で下ろした。
先ほど感じた喜びと一緒に、安堵もまた沸いて出てきた。
「よかった」
一ヶ月、地道に頑張って。
まだお墨付きはもらえてないけど、心から思った。
ルナ。お兄ちゃんもう少し頑張るからね!
そして懐いてくれたらすっごい嬉しい。




