二話 〃 ―④
なんだ……町の雰囲気が……おかしい……!?
二ヶ月ほどの時間を経て、重力魔法の感覚はほぼ完璧に掴んだ。
どうも重力操作は僕と相性がいいみたいで、寧ろ魔法の匙加減で苦労させられた。
前世の僕の重力嫌いが功を奏したのかな?
よく分かんないけど、自分でも不思議だなあこれは。
「≪グラビティ・ゼロ≫」
イメージと同時に、魔法名を唱えて本に魔力を注ぐ。
――初めてこうして魔法が形になったのもまた、相性の良さを裏付ける一つだと思う。
未だに浮遊魔法には名前が定着してくれないんだよね。
重力魔法を基盤に改良したらできるかな?
それはさておき。
魔法のかかった、無重力の本を手に取る。
触った感触だけが手に残り、羽毛ほどの軽さも感じない。
本当に、重さがない。
「これはこれで違和感だよね」
持ち上げて手を離す。
本が落ちることはない。
それどころか、持ち上げた力が余ってたのかちょっと上に上がりつつある。
質量自体はなくなってないから、動いてるのを止めるのはキツイ。
「≪グラビティ・アシックス≫」
六分の一の重力がかかり、ゆっくりと本が降りてくる。
体で受け止めるようにキャッチすれば、先ほどとは違って重さを感じる。
今ならこれでお手玉じみたことが可能なんじゃないかな。
三冊の本の重力を十分の一にまでして、試してみた。
「よっと……うわっ」
……以外に難しかった。
十分の一でゆっくりとはいえ、今の僕には難易度高いぞ。
重力魔法の練習から変わって、お手玉の練習になったところで。
「おや」
なんて渋い声が後ろから聞こえてきた。
「……」
血の気が引いた。
「近頃、部屋にいないご様子でしたので探していたのですが、ここにいたのですか」
変わらぬ調子でのたまうサヴァさんを凝視しながら、僕は無言のままそっと本を置いて魔法を解いた。
え? なんで?
サヴァさんの魔力、完全に消えてたよねさっきまで?
そんな僕の疑問なんて余所に、サヴァさんはスッとこちらに歩み寄ってきて、僕が置いた本を手に取る。
「はて。この本はベル坊ちゃまよりも遥かに重い筈なのですが……今、お手玉をされていましたよね?」
僕に確認を取りながら、サヴァさんは本をじっくりと見回す。
そ、そこには種も仕掛けもないですよ?
「ふむ……魔法ですかな? 恐らく、超常系統の類でしょう」
「な、なんで!?」
「おや、本当にそうなのですか?」
――謀られた!?
自分でも分かるぐらい顔を歪めた僕に、サヴァさんは薄く笑いながらスッと僕に本を差し出す。
……どういうことだろう。
これは、やって見せろってこと?
……まあ、もういっか。しょうがない。
「≪グラビティ・ゼロ≫」
「ほほう」
僕が魔法を掛けると、いつもと違った戸惑いの声がサヴァさんから漏れた。
彼は差し出していた本を見回しながら、あれこれと触りだす。
「重力がない……ということですかな?」
「……半分とか、三分の一とか。二倍とか十倍とかもできるとおもう」
「なるほど」
凄いですねと、心の底からの感嘆。
なんでか知らないけど、僕は嬉しさの混ざった、なんとも言えない気持ちになった。
「まだ、言わないで」
そしてそんな言葉が口を衝いて出てきた。
「それは何故ですかな?」
「……」
言葉に詰まる。
どうしてかなんて、自分でも……まあよく分かんないし。
「失礼。些か無礼が過ぎました」
彼はその本をちゃんと元の位置に戻した後、深く頭を下げた。
「かしこまりました。私の口から、ベル様の魔法を漏らすことはいたしません」
「……ありがとう」
そう聞いて、僕は酷く安堵した。
身に掛かる重力なんかよりも、遥かに重い何かがスッと僕から落ちていくのを感じた。
「ですが、時折様子は見させていただきます。何か間違いがあって大事になってしまってはいけませんので」
「いいよ、そのぐらいなら」
「もしお困りになりましたら、遠慮なく私をお頼りください。微力ながら、力添えいたします」
「たよりにしてる」
安堵はより強い安心に変わった。
サヴァさんが協力してくれるのは、心強いだろう。
思いがけない出来事となってしまったけど……結果オーライってヤツだと思う。
「でも、本でお手玉はやめてくださいね」
「ごめんなさい」
そこはしっかり怒られました。てへ。
☆
サヴァさんにバレた、その翌日の夕食の後のことだ。
お母さんが産気付いた。
「サーヴァ!」
「かしこまりました」
お父さんがサヴァさんを呼んで、何を言われるまでもなくそれに応えた彼は産婆さん達を呼んだ。
流石に三回目の出産となるので、お父さんたちはそこまで慌てた様子はなかった。
お母さんは産婆さん達に別の部屋へ連れられ、僕たちは居間で待っていた。
落ち着かないのは僕と、リアねえがちょっとだけだった。
お父さんは『男の子かな? 女の子かな?』と楽しみにしてるぐらいに余裕で。
なんかこう、そわそわする自分がアホらしく思えてしまった。
――――数時間後。
居間にまで、元気な産声が響いてきた。
「行こうか」
お父さんの言葉と共に、リアねえとともに我先にと走り出した――んだけど足がもつれて転んだ。
普段走りもしなければ歩くこともたびたびしないから、冷静に考えるとこうなるのは目に見えていたと思う。
その瞬間は完全にスローモーションだったのを覚えてる。リアねえがすごい勢いで振り返ったのと、お父さんが大笑いしてたのが印象に残ってる。
部屋の前に着くと、産婆さんが既に待っていてくれた。
許可はでたので三人で部屋に入った。
そこにいたお母さんはそこまで疲れ様子もなく、やり遂げた笑顔のまんま指を差した。
その先には、産婆さんに抱えられた小さな小さな人間がいた。
「女の子ですよ」
大声を上げて泣く僕の妹はあまりにも小さい存在だった。
しっかり抱えないと飛んでいってしまいそうで、でも強く抱きしめたら潰れてしまいそうで。
「抱いてみますか?」
一も二もなく頷いたのは、勿論お父さんとリアねえ。
リアねえは産婆さんとお父さんに教えてもらいながら、しっかりと妹を抱いていた。
僕はまだ二歳だから、お父さんに抱えられてリアねえが抱く妹の手に触れるくらいしかできなかった。
できなかったけど……それで良かったのかもしれない。
触れた小さな妹の手は、恐ろしくなるほど嫋やかで、とてもじゃないけどこの手で抱くなんて考えられなかった。
「“ルナロード・シルバニー・アーケディア”……この子の名前だ」
お父さんが言えば、お母さんは頷いた。
産婆さんの手に戻った妹――ルナを優しく撫でながら、その頬に優しくキスを落とした。
もう夜も遅いので、僕は一足先にお父さんに部屋に連れられる。
「――ベル。ルナはお前の妹だ。頼れるお兄ちゃんになろうな?」
その最中、そんな風に僕は言われた。
ルナ……僕と同じ血を分けた、妹。
これから、あの子に頼られるようになる。
そう考えても、“めんどう”だとか、“怠い”だとか。
そんな言葉は僕の頭の中にはなくって。
「うん」
僕は確かに、強く頷いた。
今日から、僕はお兄ちゃんだ。
無重力でも質量自体は残ってるし殴ったら痛いと思う。
聖夜……? ああ、アレね。知ってる。モミの木にカップルの屍を磔にして彩る日でしょ。昔から得意ですよ私。
20141231_サヴァさんの呼び方で一部訂正。




