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三十八話「災厄の魔物ディザストロ」

 ディザストロが吼える。

 大地が揺らいだ感覚がした。


 ゲームでは何度もその姿を見た。

 このIDへのチャレンジ回数は恐らく三桁を超えているだろう。

 まぁなんせ見飽きた程に見てきた。


 何度も勝利した。

 それまでに当然苦労もした。

 初勝利までに何度も敗北した。

 次第に勝率は高くなった。

 回数を重ねると余裕すら出てきた場面もあった。


 ここに来た時もそんな事を思い出していた。


 確かにキツイとは思った。

 だが、絶対無理とは思わなかった。

 心のどこかでいけると思ったんだ。


 それがどうだ。

 ゲームでは微塵も思わなかったのに怖いと感じてしまった。

 一瞬足が竦んだ。


 考えると当然だった。

 これは現実だ……。


「あがっ……ぎっ……!」

「ぐっ……うぅ……」


 呻き声を上げて倒れたのはシンディとエドナだ。

 シンディは少し耐えようとしたのだろう。

 一瞬歯を食いしばったのが見えた。

 だが、エドナ同様すぐに意識を失った。


 咆哮についている気絶効果が直撃したのだ。

 『戦うに値しない者』はここでリタイアとなる。


 やはり事前に言っておいてよかった。

 誰かが倒れたら即座に運ぶ。

 その役目だったコンラッドとカーティスが即座に行動した。


「全員後ろから攻撃しろぉぉぉ!」


 自身が感じた恐怖を振り払うかのように叫ぶ。

 そして、同時に足を動かした。


 今の指示は気絶した者がいた場合のものだ。


 ディザストロは気絶した者に必ず追撃を行う。

 シンディ達の所に辿りつくと、ゆっくりと右足を振り上げた。

 この場合、攻撃が終わるまで他の行動は取らない。


 僅かな時間だが無防備になる。

 最初のチャンスだ。


「っしゃあ! 二人の事は任せろ! 向こうに連れて行く!」

「少しの間任せたぞ」


 攻撃よりも早く二人を救出したコンラッド達は安全な場所へと向かう。

 ゴーレムの件があるから離れていても油断は出来ないが。


「行くぞっ!」

「おうっ!」

「伝説と戦うとか……あー怖っ」

「ワガママ言うなよ……」


 ハリード達が既に後ろを取っており、攻撃を開始した。

 気弱な発言が聞こえたが、動きに迷いは無い。

 流石は上位パーティーと言ったところか。


 それぞれの武器で一閃。

 終わるとバックステップ。


 攻撃が終わった直後、尻尾の届かない位置に素早く退避していた。

 よし、言った事を覚えてくれている。

 あの位置なら大丈夫だろう。


 それを横目で見ながら俺も後ろ足に攻撃を加える。


 硬い……。

 だが刃が通ったのが感覚で分かった。

 ダメージは与えられるようだ。

 ゴーレム戦から少しずつ刃こぼれもしているが構わない。

 この一戦さえ持てば。


 他の魔物同様に傷口から黒いもやが流れだす。

 そしてバックステップで距離を取る。


「――っ!」


 後ろに下がった瞬間、目の前を何かが通った。

 同時に音と風圧が顔を撫でる。


 今のは尻尾……?

 早い。


 いや、ゲームでも予備動作から発動までほとんど時間が無かったはずだ。

 実際に経験するとこんな感じだったのか。

 予備動作が見えなかったぞ。


 頬に一筋の汗が流れる。

 あんなのに当たったら一発KOされてしまう。


 限界突破(リミットブレイク)を使うか?

 いや、今から使っても倒すまで持たないだろう。


 ディザストロがゆっくりとこちらを振り向く。

 右足が僅かに動く。


 丁度その時。


「待たせたなっ!」


 コンラッドが戻りざまに一撃を入れる。

 それに続いてカーティスも同じ場所に攻撃をした。


「グルルルガァァァァァアア!!」


 不意に攻撃を受けたのが不満だったのか、素早くそちらに振り向く。

 同時に腕を振りかざして周囲を薙ぐ。

 ガリガリと石の床が削れ辺りに飛び散る。


「おぉっと! 当たらないぜ!」

「事前情報が無ければ危なかったがな」


 しかし二人共既に下がっている。


「あぁ、そういえばキルレアって奴もついでに捕まえておいたぞ!」

「戦闘能力はなさそうだったが縄で縛っておいた。動けはしないだろう」


 キルレアの事を忘れてた。

 既に捕らえ済みとは。

 いい仕事してますねぇ。


「抵抗されなかったのか?」

「あぁ、『どうせお前達は神の裁きで死に絶える』とか言ってたぞ」


 なるほど。

 しかしディザストロの攻撃は範囲広いぞ?

 どう考えても巻き込まれてキルレアも死ぬだろうに。

 あ、そんな事知らないのか。


「ヴヴヴヴゥゥゥゥ!」


 ディザストロの動きが今までに無かったものとなる。

 声も唸っているような、何か力を溜めているような、そんな感じだ。


 これはなんだ――あっ!


「下がれぇぇぇぇ!」


 叫んだ。

 これはまずい。

 気付くのが遅れた。


 既に奴の上には鱗と呼んでいた部分が浮かび、旋回している。


 そして次の瞬間。


 ザンと音が鳴る。

 いとも容易く地面に突き刺さるそれが周囲に降り注ぐ。


「ぐっ……」


 攻撃直前に回避に移ったとはいえやはり遅れた。

 悪あがきでファイアボールを四つ当ててみたがアッサリと打ち消された。


 左腕、腹、左足にダメージがある。

 そこそこ傷も深いのか、ドクドクと流血している。

 この状態では戦えない。


 目だけを動かし周りを見ると、ほぼ全員が避け切れなかったようだ。

 怪我をした者は素早く回復薬を飲み干しキズを癒す。


「なんちゅう攻撃だ……」


 少し離れた位置からハリードの声が聞こえた。

 視界に入っていたから分かるが、こいつだけは無傷でいる。

 槍で攻撃の軌道を変化させていた。

 どんな技術があれば出来るんだよ。


 立ち位置に気をつけつつ、個人個人がなるべく安全な場所から攻撃をする。

 少しずつダメージを蓄積させていく。


「おいっ! 爪の色が変わったぞ! 赤だ!」


 爪の色が変わる。

 この攻撃も厄介だ。

 いつもの爪を振りかざす攻撃に属性攻撃が追加される。


 事前に誰か一人はなるべく爪の色が確認出来る位置にいようと決めていた。


 赤は火。

 熱閃(ねっせん)と呼ばれる攻撃となる。


「フレイムピラァァァァ!」


 ガガガガッと地面の削れる音がした次の瞬間。

 熱気が遅いかかる。


 だが、目の前にフレイムピラーを発動し熱を遮る。

 詰め込めるだけ魔力を注いだが所詮は初級。

 完全に無効化する事は出来なかった。

 むっちゃくちゃ熱い。


「でも直撃するよりはマシか……」

「おぉ。助かった」

「わりーな」


 俺の真後ろから隠れていた男達が出てくる。

 一人は双剣を使って連撃を得意とするランディ。

 もう一人は俺と同じ片手剣を扱うフレデリック。


 何故二人が、と思ったがすぐに解決した。

 特殊な立ち回りをしていた為か普段の陣形を捨てたようだ。

 ハリードとケルグは反対側に居る。


「思ったよりも爪の攻撃が厄介だな」

「あぁ。今のは攻撃範囲も広い」


 上手く壁を使って戦おう、なんて二人で話し合っている。

 壁っていうのは俺の事だろうか?



 その後は何とかダメージを回避して戦う事が出来た。

 ディザストロの体にも傷が増えている。

 きっとHPがごりごり減っている事だろう。


 手数が多いのはやはりハリード達だ。

 一撃の攻撃力も恐らく……いや、確実に俺やコンラッド達より上だろう。

 歴戦の戦士という言葉が似合う男達だ。


 一度見た攻撃はしっかり対処が出来ている。

 まぁそれはコンラッド達も似たようなものだが。

 こちらも回避に重点を置いている為か、致命的なダメージは受けていない。

 多少攻撃できずとも構わない。


 戦いが終わった時、誰も死んでなければいいのだ。


「今度は黒だ!」


 色の伝達。

 爪の属性攻撃だ。


 黒……土属性の串刺しと呼ばれる攻撃だ。

 爪の色も正確には限りなく黒に近い緑なのだが。


 これは熱閃よりも厄介な攻撃だ。

 腕を薙ぎ払う動作ではなく叩きつける動作になる。


 そして――。


「ぐぁぁぁあああ!」

「ごほっ……!」



 鈍い光を放つ黒い大きなトゲが地面からいくつも出現した。

 それと同時にランディとフレデリックの叫び声が耳に届く。


 土属性ではあるが、出てくる物は土ではなく鉄。

 攻撃範囲自体はそれ程広くはない。

 しかし一瞬で複数の刃を防ぐ術はなく、二人が深手を負った。


「こっち向けやぁぁぁあああ!」

「ガアアアァァァァア!!」


 同時に飛び掛ったのはハリードとケルグだ。

 手にしている武器から剣閃が飛び交い残像を残す。

 二人だけでも連携技と呼ぶにふさわしい動きだ。

 一瞬で数箇所から黒いもやが発生した。


 ハリードの発言通り二人の方を振り向いたディザストロ。

 そこにコンラッドとカーティスが更に追撃を行う。


 バツ印をつけるように二つの剣が胸部をなぞる。


「グルゥゥウウウ……」


 攻撃を畳み掛けられて思わずという感じでディザストロがたたらを踏む。


 稼いだ時間を使ってランディとフレデリックが回復薬を飲む。


 あの二人はこれで二つ目だ。

 後使えるのは恐らく効果の一番低い無名の回復薬だろう。

 無名だとせいぜい擦り傷くらいにしか使い道がない。

 次に深手を負ったら撤退してもらおう。



------



「いつに、なったら、倒せるんだよっ!」


 槍を持った男が大声で叫びながら連続突きをする。


「さぁな……とにかく攻めるのみだ!」


 柄の長い斧を持った男はその長さを最大限に使い、頭上よりも高い地点から一気に振り降ろす。


「くらえぇぇぇええ!」


 大剣を持つ男は回転し、遠心力をつけ、それを敵の足へと叩きつける。


 あれから何分? それとも何十分?

 戦い続けた。

 傷を負った者は回復薬で癒し、再び攻撃する。


 全回復薬にCTが発生した者は一度待機組のところまで戻った。

 現在戻っている奴等は全員ヒールでは追いつかない傷を負っている。

 CTがあけたら回復薬を飲むだろう。

 そうするとまたCTが発生する。


 戻ってこれるのは二十分……いや、三十分後だと思っておこう。


 気付けば四人になっていた。

 残っているのは俺の他にハリード、ケルグ、コンラッド。

 これ以上減るのは避けたい。


「おぉぉぉぉぉおおお!」


 側面から連続で斬りつける。

 剣がいいのか腕が上がったのかは分からない。

 だが、全ての攻撃が通る。


「――うぉっ!」


 微妙に角度をつけこちらに尻尾を振ってくるが、何とか回避。

 今のは予備動作が見えた。

 体が慣れてきたのか?


 なんにせよ有難い変化だ。

 僅かながらにある予備動作を目で追えるのは大きい。


「ユウイチッ! 爪が黄色……いや、金色だ!」


 コンラッドが俺に向かって声を掛けるが、理解出来なかった。

 黄色や金色なんてゲームでは無い。

 何が来るか分からないが、防御か回避のどちらかをしなければ。


 そんな事を考えているとディザストロの口が大きく開いた。


「グギャオォォォアァァァアアアア!!!」


 ディザストロが吼え、足元の魔法陣がそれに反応するかのように光った。


「な、なんだコレ!」

「体力が……」

「少しだが、抜き取られたような感覚だ」


 俺も同じ事を考えた。

 ここまでは体力が減らなかった。

 この世界のこの場所にそんな性質はないか、ディザストロがその能力を持ってないのかと思っていた。


 でもそうじゃない。

 ゲームとタイミングが違っただけだ。


「ここから体力が減っていくぞ!」


 皆に向かって声を上げる。

 そしてある事に気付いた。


 瞳の色が黄金から黒に変化している。

 これはHPが残り十パーセントになった時の合図だ。


 中々倒れないと思っていたがちゃんととダメージは蓄積してきている。

 後少しだ。

 いける。


「もう少しで倒せるぞっ!」


 今しかない。


限界突破(リミットブレイク)!」


 心臓の鼓動を感じると同時に力が溢れてくる。

 戦闘意欲がより一層大きくなるも、既に慣れたのかコントロール出来る範囲だ。


 出力全開。

 どうせ体力が減っていくんだ。

 ケチッても長くは戦えないだろう。


 ダンッ!


 一瞬で後ろに回り両足を斬る。

 尻尾で対抗してきたが、予備動作がバッチリ見える。

 これなら。


「お……掴めた」


 自分でやっておいて少し驚いた。

 左手で尻尾を掴み根元から切り落とす。

 そしてバックステップ。


 ん、追撃が来ない……?


 おかしいと思っていると、ディザストロが体を一瞬震わせた。


「ガアアアァァァァァ!」


 絶叫。

 声を荒げながら腕を振り回し、あちこちに熱閃や串刺しが発生している。

 同時に二つの攻撃をしてくるようになっている。

 それに攻撃速度が今までより早い。


「ぐぅぅぅぅっ!」

「ぐあぁぁっ!」


 避け切れなかったのか二つの声が聞こえた。


 俺も完全には回避できなかった。

 が、右腕と胴体に掠っただけ。

 戦いに支障はない。


 振り向くとハリードが怪我をした二人を下がらせているのが見えた。

 戦闘可能なのはこれで残り二人。


 一つのミスが命取りになるだろう。

 集中しろ。

 今までよりも強く。



 ここからは正念場だ。

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