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三話「魔法と少女」

 初めて依頼を達成してから一週間が経った。

 今日もいい朝だ。

 この一週間全て晴れ。

 まだ着替えがないからありがたい事だ。


 あ、水浴びはしてるぞ。

 ばっちくない。


 そういえばトリックスターオンラインの事はあまり思い出せていない。

 システム的な事は多少思い出せているんだが、ストーリーや風景を思い出そうとすると湖の話の思い出が邪魔するんだ。


 なので諦めてせっせと依頼を受ける毎日を過ごしている。


 そうそう。ギルドカードのゲージはMAXまで貯まった。

 昨日受けた薬草採取の依頼が終わったら貯まっていたから今日の午後昇格試験を受ける予定だ。

 

 薬草はほぼ毎日依頼が出るらしくほぼ毎日受注していた。


 後は町の清掃だったり足腰の悪くなったお婆さんの代わりに買い物とか。

 いかにも初心者の依頼って感じがして面白かった。


 依頼主のメルギーヌさんは道具屋の店主で、商品の調合に時間がかかるようで素材を集めるのはいつも依頼でお願いしてるとの事。


 道具屋にも顔を出してみたが、ゲームと同じアイテムが売ってあった。


 まずはHPを回復するアイテムだった体力回復薬。

 薬のランクは無名、高級、至高の三つに分けられる。

 無名でも簡単な怪我なら一瞬で治る摩訶不思議な液体だと聞いた。


 飲んでもよし。

 患部にかけてもよし。

 だそうだ。


 残念ながらまだ怪我らしい怪我は負っていない為その効果を目にはしていない。

 当然わざと怪我をして~とかの実験もしていない。

 お金使って痛い思いするとかないない。


 あとは魔力を回復する魔力回復薬。

 これも無名、高級、至高に分けられる。

 初日に魔法魔法言ってた割にその日の暮らしをするのに精一杯ですっかり魔法の事を忘れてしまっていた。


 他にも解毒薬等の状態異常を治す道具もあるが、薬はどれも時間を置いて再服用しないと効果が出ないという。

 ただし回復薬系はランクが違えば別物扱いされるそうだ。


 となるとこれはアレだ。

 ゲームによって呼び方は変わるだろうがいわゆるCT(クールタイム)というやつだろう。


 そう考えて納得しておいた。


 ちなみにメルギーヌさんは人族の中年男性だ。

 道具について色々話をしている内に仲良くなり、今では店の前を通る時は手を上げて「こんちゃー」「はい、こんにちは」と挨拶をするくらいの仲になっている。


 そのメルギーヌさんにふと沸いた疑問を投げかけた事がある。

 もし、毒になる→解毒薬飲む→1秒後再び毒攻撃を受ける。

 この流れが発生した場合解毒薬飲んだばかりだから毒無効化されるんじゃね? と思ったんだ。


 それを聞いた所メルギーヌさんはこう言った。


 「毒になります」


 俺は言った。


 「え? 何で? 解毒薬体内に残りまくりじゃん」


 メルギーヌさんは言った。


 「毒になります」


 今思うとしつこかった。

 ここで止めておけばよかった。

 だが当時の愚かな俺は言った。


「だから何でよ。毒無効化されてもよくない?」


 この発言した直後に気づいた。メルギーヌさんが無表情だという事に。

 そして彼は言った。


 「毒になります」


 俺はそこでようやく悟った。

 そう、きっと解毒薬の量とかアレとか色々関係しているのだろうと。

 そして元の世界でもこの世界でも、俺が知らなくてもいい事もある……と。



 今日は昼からは試験だが午前の予定は道具屋でもギルドでもなく教会へ行く事。

 初めての教会だ。

 冒険者ギルド以外にもいくつか大きな建物があったのは知っていたが、どうもその一つが教会らしい。


 教会の神父はエルフらしく無料で魔法適正をみてもらえるそうだ。


 ゲームだとエルフの魔法教官にお金払って覚えるシステムだった……はずだ。

 冒険者登録も無料だったし財布に優しい世界なのはありがたい。



------



 教会のイメージは縦長の建物で三角形の屋根。

 ステンドグラスに派手でよく分からない装飾。

 たくさんの椅子があってその横には何本もの柱が伸びている。

 中央奥には神父さんが立つシンプルだけど良質の机。


 そんな感じだったけど全然違う。

 大きいだけで建物ぼろいわ。

 ステンドグラスなんてないし。


 だがぼろい割に汚れてはいない。

 むしろよく掃除されているといえる。

 敷地内の土の地面は隅々まで丁寧に草引きをした後もあるくらいだ。


 中に足を運ぶと子供達が壁や椅子等の建物内を掃除していた。

 歳は十にも満たないような子から十代中頃の子といったところか。


 なるほど。

 小奇麗な理由はこの子達か。


 朝の訪問者は珍しいのか掃除をしつつもチラチラと見られている。


 「神父さんはいるかい? 相談したい事があるんだ」


 子供達に向かってそう言うと、年長らしき子供達の中では背が高い男の子がこっちにやってきた。


 「おはようございます。神父様は建物の奥にいらっしゃるので呼んできますね。椅子に座って待っていて下さい」

 「そうか。掃除中悪いね。よろしく頼むよ」


 男の子は手に持っていた箒を壁に立て掛けると横の扉から奥へと進んで行った。


 他の子供達が掃除しているのを椅子に座りながら眺めていると男の子が出て行った扉から足音が聞こえてきた。


「お待たせしてすみません」


 穏やかな声と共に出てきたのは肩より少し長いくらいだろうか、濃いブロンドの髪をしている男性エルフだった。

 エルフは耳が尖がっている為すぐに分かる。


「私がこの教会の神父兼孤児院の院長でもあるアロイス・アーベンバッハです。アロイスと呼んで下さい」


 ん?孤児院?

 ここは教会と孤児院両方の役割を持った建物なのか。

 なるほど子供が多いのも納得がいった。


「どうも初めまして。来宮優一です。ユウイチと呼んで下さい」


 初対面では丁寧に。

 しかしこの人イケメンですわ。


「ふむ……ユウイチさんですね。相談事があると聞いています。

 私に出来る事ならお手伝いさせて頂きますよ」

「あぁ、実は魔力適正があるか見て欲しいんです」

「魔力適正ですか。構いませんが今まで見てもらった事がないので?」


 う、どうしよう。

 言い訳何も考えてないぞ。


 この世界だと子供の頃にでも皆見てもらうのか?

 その辺り全く知らずにここに来てしまった。

 正直に他所の世界から来たっていうか?


 いやいや、待て待て。

 伝家の宝刀があるじゃないか。


「え、えぇと実は一週間前にこの町の近くで倒れてまして。

 頭を打ったのかどうも以前の事はあまり覚えてないんですよ」

「……そうですか。それは大変でしたね」


 アロイスさんはほんの僅かではあったが片方の眉をピクリと動かし答える。


 ぐ、微妙な間があったな。

 ちょっと怪しまれてるなこりゃ。

 

 しかしもう押し通るしかない。


「えぇ。ですのでもう一度見てもらおうかと」

「分かりました。今日は天気もいいですし外でやりましょう」


 神父さん改めアロイスさんと共に教会の裏口から外に出る。

 庭にしては広い面積を持つその場所に立つ。


「それでは早速始めましょうか」


 そう言うとアロイスさんは手のひらをこちらに向ける。


「お願いします。えーっと、俺は何をしたらいいですか?」

「私の手にユウイチさんの手を合わせて貰えれば後は私がやりますよ」


 相変わらず穏やかな声で教えてくれるアロイスさん。

 こちらも手を出して相手の手に合わせる。


「ふむ。魔力の質が非常にいいですね」


 おぉ、いい評価だ。

 どきどきしながらも冷静さを装って声を出す。


「魔法は使えそうですか?」

「えぇ。この魔力の質ならばきっといい魔法使いになれるでしょう」

「おぉぉ! そうですかそうですか!」


 くっくっく……。

 ふはははは……。

 はぁーっはっはっはっは!!


 やったねゆうちゃん! 魔法が使えるよ!


「しかし変ですね……。活性化が行われていないとは」

「え? 活性化って何?」


 あ、地が出てしまった。


「活性化というのはエルフ以外の種族が魔法を使えるようにする為の儀式のようなものです」

「今のままじゃ魔法が使えない……?」

「そういう事になりますね。簡単に説明しますと――」


 アロイスさんの説明によると、

 一、エルフ以外の種族も才能のある者は魔法は使える

 二、但しエルフがその才能ある者に活性化を施さなければ使えない

 三、よってどの種族も子供の内に一度エルフに魔力適正の検査をして貰う

 四、才能があればそのまま活性化を行うのが通常の流れ

 五、どの国の生まれであっても検査を行うのは当たり前


 と、いう事らしい。


 だとすれば才能はあるが活性化を行っていない俺はアロイスさんの目にはどういう風に映るのだろうか。

 無表情じゃないんだけどアロイスさんってイマイチ表情が読めないんだよなぁ。


 フォローを入れるにも記憶が無い前提だからここでおかしな発言は避けたい。

 さっさと活性化してもらって立ち去るか。


「ん?」


 と、ここで俺達が出てきた扉から誰かが見ている事に気がついた。


 小さな女の子だった。 

 髪は薄いブロンドで、少しウェーブのかかった髪が肩の辺りまで伸びている。

 大きく綺麗な翠の瞳がじーっとこちらを見ている。


 じーーっとこちらを見ている。

 じーーーっとこちらを見続けている。


 あ、目が合った。


 ひゅんっ!


 そんな風切り音が聞こえそうな程の勢いで扉の奥に隠れられてしまった。


「な、なんなんだ?」

「今のはコゼットですか。あの子は本が好きな子でしてね」

「本? へぇ。でもそれと俺に何の関係が?」

「えぇ、あの子が特に好きな本がありまして。

 その本の登場人物が黒髪をした人族の男性ですので、きっとユウイチさんの黒髪とその本の登場人物を重ねたのでしょう」

「黒髪って。そんなどこにで……っ!」


 おっとっと。

 記憶喪失なんだから黒髪なんてどこにでも居るだろうなんて言っちゃダメか。


 ふぃーあっぶねー。

 ここはそうですかーって流すのが妥当か?


 あれ? そういえばこの町に来てから誰一人として黒髪を見ていない。

 多いのは明るい茶髪、もしくは金髪だ。


 変わったのといえば緑色の髪をした獣人族や薄いピンク色の髪の人族。

 薄紫色の髪をしたエルフの女の子も居たな。


 この世界では緑の髪は当たり前で、黒の髪は珍しいということか。

 くっ、緑髪やピンク髪を見て「ひゅーっ! めっずらしーぃ!」とか心の中で叫ぶ前に黒髪を一度も見てないという事実に気づくべきだった。


 でもこの町に居ないだけでどっかで黒髪の群れが集団行動してるかもしれない。

 このパターンだときっと黒髪居ないんだろうけど確認は取っておこう。


「あー、黒髪って珍しいのですかね?」

「私は以前各国の教会を渡り歩いて人手が足りてないか確認していたのですがね。その旅の間は誰一人として黒髪を持つ者は居なかったと記憶しています。ちなみにですが、黒目をした者も見た事がありません」

「えぇぇっ! み、見た事がない!? そ、そうなんですねー」


 やっぱり居ないのか。

 驚いた振りはしてみたもののわざとらしすぎたわこれ。


 まぁ何か悪い事をした訳でもこれからするつもりでもないしな。

 黒髪だろうがハゲだろうが問題はないはずだ。


 とっととこの話題終わらせていい加減活性化して貰おう。

 うむ。それがいい。



------



 あの後ちょっと強引に話を戻し活性化をして貰った。

 おいとましたかったんだが、魔法の練習もした方がいいと強く言われ実はまだ教会の敷地内に居る。


「お待たせしました。あちらの人形を的にして魔法の練習をしましょう」

「分かりました。お、あれか」


 言われた方を見ると木で作られた人形がある。


「ユウイチさんは火属性魔法の適正がありますので手のひらを人形に向けて<ファイアボール>と唱えて下さい」

「え? 火属性?」


 なにそれ。好きな属性選べないのか?


「えぇ、火属性です。あぁ言ってませんでしたね。これは失礼しました。

 魔法はエルフだと二属性。それ以外の種族だと一属性のみ扱う事が出来ます。

 属性はその人に合ったものが発現するようになっています」

「な……るほど。そうですか」

「魔法には初級、中級、上級があります。最初は初級魔法を覚えましょう」


 そんなシステムのゲームはやった事はない。


 が、この世界ではそうなんだろう。


 ゲームと微妙に違う点もあるよなこの世界。

 ファイアボールはゲームにもあったけど。


 しかしこの人わざと情報小出しにしてこっちの反応うかがってるのか当たり前の知識故に言い忘れてたのか分からん。


 いかんな。疑心暗鬼になりかけ……いや、なってるな。

 悪い人でもなさそうだし大丈夫。

 平常心平常心。


「分かりました。では早速やってみますね」


 ひとつ息を吐き右手を人形に向ける。


「ファイアボール!」


 言葉を発した直後。

 こぶし大の火の玉が出来上がった。


 と、思ったら瞬時に人の頭程の大きさになり人形に向かっていく。


 次の瞬間。

 大砲が鳴ったかと思うような腹に響く音と共に人形の上半身が吹き飛ぶ。


 吹き飛んだ上半身はパチパチと音を立てながら燃えて灰となった。

 下半身は当たった箇所が焦げている。


 おぉぉ……ファイアボールつよっ!

 これ基本のやつだよな?

 つよっ!


「おめでとうございます。これでユウイチさんは火属性初級の魔法使いですね」


 火属性初級。

 ほうほうそういう名乗りをするのか。


 我こそは火属性初級の魔法使い来宮優一。紅蓮の炎で焼き尽くしてくれるわ!


 的な感じね。おっけーおっけー。


「魔法は多少なら強弱や動きがつけられますし、腕が上がれば自然とより強い魔法が使えるようになっていきますので頑張って下さいね。

 しかしユウイチさんは筋がいい。あれだけの威力を持ったファイアボールなんてまるでエルフの使う魔法を見ているようでしたよ」


 おぉ! ベタ褒めじゃんか。

 気分がいいね。うん。


「色々と教えてくれてありがとうござい……ん?」


 ふと視線を感じてそちらを見ると、再び扉の隙間から金髪の少女がこちらを見ていた。


 えーっと、名前は何だったか。


「またコゼットですか。そんなに気になるならあの子もこちらに来ればいいのに」


 あぁそうそうコゼットコゼット。


 コゼットと呼ばれた少女は先程よりも目をキラキラとさせてこちらを見ている。


 じっと見ている。

 じーっと見ている。


 そして目が合う。


 これは逃げるパターンですわ。まだ友好度が足りないし。


「あ、あの、そっちに行っても……いいですか?」


 こっちに来たいらしい。


 しかし緊張してるのがよーく分かるな。

 声小さくなっていってるし。


 しかし勇気を出したその心意気や良し!


 と、偉そうな事を考えていると隣でアロイスさんが「おいで」と少女に手招きしていた。


 とてとてと近づいてくる少女。


 身長は百五十弱くらいか。

 ストンとした体形と合わせて小学生高学年と予想される。

 まったく、小学生は最高だ……げふんげふん。


 誰かのお古なのか着ているネズミ色の服は袖が長くて手の半分が隠れている。

 腰にギュッと紐を巻いてる辺り脛辺りまで伸びているスカートもサイズが合ってないのだろう。


「は、初めまして。コゼットです。コゼット・クルセル。十四歳です。」


 俯きながらもコゼットがそう告げる。


 ついさっき小学生とか言ってごめんね。


 中学三年生と同じ年代だったとは。


「初めまして。俺は来宮優一だ。おっと、名が優一だからそう呼んでくれ。」


 完璧なまでの爽やかな笑顔でそう告げる。


 するとコゼットが勢いよく顔を上げた。


 が、喋らない。

 何だというのだ。


「えっと……何か変だった?」


 自己紹介しかしてないし、失礼な事はしていないはずだ。


 しかしコゼットは「いえ……その……」ともじもじしていてよく分からない。


 そんなやり取りをしているとアロイスさんが話しかけてきた。


「ユウイチさん。魔法の練習は終わりですし良ければ教会で休んでいってください」


 どうしようかな。

 バレても謝れば良さそうな気はするが嘘ついてる状態だしなぁ。


 あ、昼から試験だったな。

 そろそろ鐘も鳴るだろうしどのみちこれ以上は無理か。


「いえ、昼からギルドに用事があるのでこの辺で失礼します」

「そうでしたか。残念ですが仕方ありませんね」

「今日は魔法を教えてくれてありがとうございました」

「いえいえ。今度ぜひ本を読みにいらして下さい。この子も喜びますし」


 本か。

 ここは黒髪の居ない世界。

 んで黒髪の登場人物が出てくる本。


 ちょっと気になるな。


「分かりました。時間が取れたら遊びにきます。コゼットもまたね」

「は……はい! また!」


 顔を上げて精一杯返事をしてくれるコゼット。

 うむ。いい子そうでよい。


 教会を出た俺は予定通りギルドへと歩を進める。


 一発合格出来るよう頑張ろう。


 そういえば、火の魔法を使った時に熱さを一切感じなかったな。

 気になる。すっごく気になる。


 ……が、俺は何も聞かない。


 なぜか?



 道具屋で学習したからだ。

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