二十六話「家に帰ろう」
ルヘル村を出発し、俺とアティナは馬車に揺られていた。
森が多く、見通しが悪い。
おまけに魔物もぽつぽつと現れる。
そんな訳で今回は護衛をする代わりにタダで乗せて貰っている。
ギブアンドテイクというやつだ。
大森林では最後の最後に逃げるという一手を選んだ。
結果としては大樹の雫を手に入れられたが、戦闘のみを見れば負けだろう。
五体満足なのは嬉しいが、やはり悔しいという気持ちはある。
アティナもある程度の鬱憤は溜まっているのだろう。
こんな状態の人間の前に、大した強さでもない魔物がひょっこり現れる。
するとどうなるだろう。
「ボッグスポット」
泥に足を取られ。
「エアスラッシュ」
風の刃に切り刻まれ。
「ウインドプレス」
見えない衝撃によって地面に叩きつけられ。
「ストーンバレット」
先の尖った土の塊に頭を潰される。
こうなるのだ。
「……ただいま」
「はいおつかれさん」
一方的な戦いをしてきて満足そうな顔をしているアティナ。
いや、表情はいつも通りだった。
満足してるのかは分からんわ。
「次は俺な」
「……うん」
余程でない限り、交代で戦うようにした。
特に意味はないが、元々ソロ同士だし。
連携にしたって所詮は二人。
今の俺ならそこまで難しい事じゃない。
しばらく進むとまた魔物が出てきた。
二体か。
だがここらの魔物はあまり強くない。
まぁでもせっかくなので調整の練習も兼ねて限界突破を使用する。
今となってはすっかり慣れたものだが、それでも使わなかったら腕が鈍りそうだ。
難なく一体目を切り裂いた直後、言葉が脳内に現れる。
久々な感覚だ。
「フレイムチェーン」
手を魔物に向けてそう言うと、掌から炎の鎖が現れ、相手を捕縛した。
叫び声を上げながら抜け出そうとしているのか、激しくもがいている。
だが、何重にも巻きついた炎の鎖はそれをものともしない。
魔物の位置は以前捕らえた場所のまま固定されている。
炎の鎖を操り相手の動きに制限を掛ける。
魔法を習得した瞬間に理解したのはここまでだ。
使用して更に判明したのは操作出来る、という事。
ただし、追加の魔力が必要みたいだ。
一歩も動かない状態で剣を突き出す。
そして鎖を操作。
炎の鎖は魔物を捕らえたままこっちにやってきた。
魔力を込めれば精密かつ迅速に動く。
鎖は魔物の抗いを無視し、突き出した剣に魔物を叩き付けた。
「なんじゃこれ、便利すぎ……」
魔物が光となって消えたと同時に呟く。
割と魔力を消費してしまったが、これなら納得出来る。
「なぁなぁアティナ」
「……なに?」
馬車に戻りアティナに声を掛ける。
「フレイムチェーンっての覚えたんだけど、これって中級?」
「……うん」
やっぱりか。
魔力消費量もファイアブラストと大差なかったからな。
ま、何はともあれ便利な魔法をゲット出来たのは嬉しい。
数日経ち、中央都市も近づいてきた。
ここまで戻れば魔物も少ない。
もう半日は馬車の中で何もせず過ごしている。
それはそうと、最近アティナに変化があった。
俺への態度が変わっているのだ。
確信を持てたので何故なのか本人に聞こうと思う。
「なぁアティナ」
「……なに?」
いつも通りのやり取りから会話を始める。
「最近さ、飯の時に俺の分を横取りしなくなったな。なんでだ?」
こないだまでは食い意地の張った誰かさんが俺の飯を攫っていくという事件が多発していた。
犯人はハッキリしていたが、被害者の発言は周りに聞き入れられず、なされるがままだった模様。
自宅ではちょっと調味料を取りに席を立ったら料理が減っていた。
そして次第に席を立とうが立たまいが減っていくようになった。
大森林へと向かう道中では、俺が自分で炙った干し肉を食べようとしたら、俺の手を掴んで自分の口に持っていった。
その数々の非道な犯行がここ最近綺麗さっぱり無くなったのだ。
犯罪率百パーセントからゼロパーセントだ。
「……手伝ってくれたから、対等」
「たい……とう? あっ!」
つまり今までは下に見られてたのか。
食い意地の張った年下のわがままなぞ可愛いものだと見逃してたが、下に見られていたのはちょっとショック。
そういえば魔法の事をあれこれ聞いたりしたしな。
割と頻繁に。
一時期は特訓にも付き合ってもらった。
割と頻繁に。
逆に俺は何をしてあげたっけか。
料理は全てコゼットが作った。
食材に関しても一人前以上は持って来ていたのかもしれない。
よく知らんが。
という事は、確実にしたって言えば場所の提供くらいか。
なるほど。
アティナルールでいえば俺は今まで借りがあったって事だろう。
納得出来たような、そうでないような。
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中央都市へと戻って来る頃、すっかり辺りは真っ暗になっていた。
夕方辺りに野宿をするか悩んだが、急げば今日中には帰れるという言葉に頷き少しばかり頑張った。
頑張りの九割は馬車を動かしている商人だが。
旅行から地元に帰ってきた感覚になる。
やはり拠点があるというのはいいな。
落ち着く。
ぐっと背伸びをする。
固まった筋肉がほぐれる感覚と共に、パキパキと骨が鳴った。
あぁ、疲れがちょっと取れた気がする。
「んじゃ、ギルドで清算して解散とするか」
「……うん」
忘れる事はないだろうが、最初の護衛と討伐分の清算をしておく。
大森林で戦ったBランクの魔物ドルドスは記録されていない。
深手は負わせて逃げたが、結局死にはしなかったんだろう。
まぁこれは仕方ない。
ギルドを出てアティナと別れる。
今回は赤字になるかと思ったが、意外とそうでもなかった。
収入のウェイトとしては大森林での戦闘が大きい。
雑魚をたくさん倒したからな。
他にも最初に運よく護衛依頼を受けられた事。
フォルク村では素材が豊富に採れるのか回復薬が少し安かった事。
ルヘル村ではアドルフさんの援助により宿代、食事代、帰りの食料代が節約出来た事。
帰り道では商人が食料を分けてくれた事。
この辺りが節約に一役買っているのだろう。
家に到着し、ドアを開ける。
「あ、おかえりー」
猫耳の獣人族が立っていた。
「ユウイチおひさー」
更に横からヒョイと猫耳の獣人族が出てきた。
増えた。
「シンディにエドナか。何やってんだ?」
コンラッドパーティーのメンバーだ。
遊びに来てたのか?
「いやー最近どっか行ってたんでしょ? コゼットちゃんが寂しいかと思って遊びに来てたんだよー」
「なるほどなるほど。それは助かった。ありがとう」
知り合いがみてくれていたというのは有難いな。
一人ってのは退屈だろうし。
「あれ? 誰か来たんで……あっ! ユウイチさん!」
薄い金髪をした少女が出てきて、驚いたような声をあげた。
トタタっと駆けて来たかと思うと俺に向かって飛び込んで来る。
「久しぶりだなコゼット。ただいま」
「おかえりなさい!」
ちゃんと受け止めてやり、いつものように頭を撫でる。
これも懐かしい感じがする。
すっかり習慣づいていたという事なんだろうな。
「……スンスン。うん、ユウイチさんの匂いだけですね」
人の匂いを嗅ぐコゼット。
ちょっと難しい顔をしたかと思えばすぐに笑顔に切り替わった。
獣人族の習性でも移ったのか?
最後に戦ったゴブリンの匂いはしていないだろうか。
いや、離れた場所から魔法で倒したからしないか。
しないよな?
「そういや晩飯はあるか? 人数分しかないなら外で食べてくるけど」
「大丈夫ですよ! たくさん作ってますから」
一緒に食べましょう、と言いながら俺を食卓へと連れて行く。
久しぶりの我が家での食事は満足出来る時間だった。
「ふぅー」
食事をして腹も落ち着いたので風呂へ入った。
湯船に浸かるのも久々だ。
風呂はいい。
本当は毎日入りたいんだが、旅をするとそうもいかんからなぁ。
安宿だと風呂がなかったりするから水浴びだし。
「ユウイチさん。お背中流しましょうか?」
カラカラと控えめに扉を開けて入ってきたのはコゼットだった。
体にはタオルを巻いているが、恥ずかしそうにしている。
ちなみにスタイルも控えめだ。
口には出さないが。
「いや、もう洗ったんだけど」
「えぇぇっ! あぁ……洗い物はやっぱり後にするべきでした……」
がっくりと肩を落とす。
風呂に入ってからもう十五分は経ってるからな。
「まぁそうガッカリするな。俺が頭洗ってやるよ」
コゼットを座らせ、後ろからわしゃわしゃと頭を洗ってやる。
シンディとエドナは帰ったらしい。
今度改めて礼をしないとな。
「ユウイチさん。これからは家に居てくれるんですか?」
「んー? あぁ、そうだな。今の所は出かける予定はないぞ」
帰ってきたばっかりだしな。
あちこち行くのも嫌いじゃないが、少しは休みたい。
「じゃあじゃあ、明日は一緒にお出掛けしませんか?」
「いいぞ。あちこちぶらぶらするか」
「はいっ!」
それからは一緒に湯船に浸かってまったりと話した。
寝る時にもひっしとしがみついてきた。
寂しい思いをさせてしまったのだろう。
すっかり洗練された手つきでぽんぽんと頭を撫でていると俺も眠くなってきた。
普段よりちょっと早いが疲れてるし寝てしまうか。
その日は久しぶりに熟睡出来た気がする。




