二十四話「大森林②」
「…………眠い」
背後でアティナがボソッと喋る。
俺も眠いデース。
キミネムリスギデース。
昨夜は交代しながら寝た。
交代といっても三分の二はアティナが寝ていたような気がする。
その上、三回ほど魔物に襲撃されたせいか、寝た気があまりしない。
体は重いし頭はボーッとする。
「あー……朝飯食って、出発するぞ……」
このままダラダラしたいのは山々だが、そうもいかない。
のそのそとした動きで食事の支度を始める。
支度って程じゃないか。
焚き火で干し肉温めるだけだし。
「…………美味しくない」
「贅沢言うなよ……」
むっちゃむっちゃと干し肉を食べながら文句を言われる。
昨日も言われたが、温めただけの俺に言わないで欲しい。
俺はアティナが選ばなかった硬いパンを食べている。
「今日中に手に入れたい。少し急ぐぞ」
「……うん」
予定では今日の昼から夕方に掛けて大樹の雫を手に入れられる。
来る前に調べた書物には、この大森林は大きく三つの層に分けられると書いてあった
浅い層、中間の層、深い層、この三つだ。
浅い層ではDランクからCランクの魔物が。
中間の層ではCランクからBランクの魔物が。
深い層ではBランク以上の魔物が。
そういった感じで住み分けられているらしい。
そして自分の大まかな現在地もそれで判断がつく。
俺達はCランクの魔物まで見た。
浅い層か中間の層に居るという事だ。
感覚的にはまだ浅い層だが。
昨日はDランクの魔物が多かったしな。
この辺りは経験を積めば次第に正確に予測出来るのだろう。
まぁ、今回きりで次来る予定はないけど。
大樹の雫は定期的に湧くポイントが変化する。
まぁ、場所が変われど中間の層以降で発見する事が出来るとの事。
夕方までに見つけるのを目標としよう。
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ザッザッ、と二人の足音のみが聞こえる。
何時間歩いただろうか。
昼飯を食べた時以外は歩きっぱなし戦いっぱなしだ。
昨日と同じく危険が無ければアティナが先を歩く。
少しは慣れたのか俺も躓くことなく後を付いていけている。
魔物にも少し変化が訪れたように思える。
今はほとんどCランクの魔物しか遭遇していない。
奥に進んでいる、という事なのだろう。
多分な。
ふと前を見るとアティナが立ち止まっていた。
真っ直ぐ前を向いたまま真剣な表情をしている。
俺もその横に並ぶ。
「ようやく、か」
少し遠いが確かにそれはあった。
調べた通り水が湧き出ている。
あれが大樹の雫かどうかは一度ビンで採取すればいい。
ビンの中の水が発光すればビンゴだ。
だが、問題もあった。
水だけでなく、魔物もそこにいる。
資料で仕入れただけの知識だが、ドルドスという魔物だろう。
黒と橙の体毛、筋骨隆々の体。
シルエットだけで説明するならゴリラだな。
しかし参ったな。
あれBランクだったはずだ。
一体ならまだしも三体いやがる。
「……ねぇ」
ずっとだんまりだったアティナが口を開く。
「……隙を作るから大樹の雫を」
ふむ。
悪くない作戦だ。
片方が突っ込み片方が採取。
シンプルかつ効果的だろう。
「ダメだ」
アティナは魔法使いだ。
一撃を受ければ確実にそのままお陀仏してしまう。
あ、防御魔法もあるから大丈夫かもしれんな。
いやいや、それでも危険だろう。
「もう少し待とう。離れてくれるかもしれん」
「……」
渋々、といった感じだが何とか抑えてくれた。
流石に突っ込んだら危険だと分かったのだろう。
「…………ねぇ」
「なんだ?」
「……まだ?」
まだです。
と言いたいが、もう三十分もお預けだ。
ドルドスは一体も離れる事なく湧き水のそばを陣取っている。
仕方ない、か。
青い瞳に睨まれるのも怖い。
「よし、アティナ。よく聞け」
「……うん」
「最初に俺が突っ込む、その隙に採取よろしく」
「……さっきのと逆」
そうだね。
道具も人もないし作戦とか考えられません。
「これは決定だ。嫌なら待て」
「……分かった、それでいい」
了承も取れたので採取用のビンを渡す。
「いいか? 採ったら教えろ。逃げるぞ」
「……分かった」
「それじゃ行ってくる!」
先に飛び出す。
限界突破も忘れずに。
「こっちだゴリラども!」
適当な場所に一撃ずつ入れて距離を取る。
「ゴアアァァァァァ!!」
狙い通り俺に向かってくる。
アティナには目で合図をし、採取に向かってもらう。
さて、この湧き水がハズレだったら泣けるな。
「……とった!」
ひたすら逃げに徹していると、横からそんな声が聞こえた。
チラリと横目で見ると、水がほのかに光っている。
当たりだ。
「よし、逃げるぞ!」
俺は限界突破の出力をあげて。
アティナは風属性魔法のソニックムーヴを使って。
一目散に逃げた。
相手の動きはそこそこの速さだった。
しかし少しずつ引き離し、今では姿も見えない。
「撒いたか?」
「……分からない」
木の陰に隠れながらひそひそと話す。
ゲームだったらモンスターの行動範囲から出てしまえばタゲ外れるんだけどなぁ。
現実ではそうはいかないだろう。
「……これで」
アティナは手に入れた大樹の雫を大事そうに抱えている。
光は数分で失われるとあったが、確かに今ではただの水にしか見えない。
これでお母さんを助けられるのだ。
嬉しいだろう。
表情はいつも通りだが満足そうだ。
しかし薄暗くなってきたな。
ただでさえ光が遮られてるのに。
早く帰ってゴロゴロする為にとっとと森を出てしまわないとな。
「……待ってて、おかあさ――」
唐突だった。
足音も聞こえなかった。気配も感じられなかった。
それは、急に俺に視界に入った。
幸いだったのは、すぐ身体が動いてくれた事か。
「アティナッ!」
腕を掴んで思いっきり引っ張る。
急に引っ張ったからかよろめいてから尻餅をついたのが見えた。
その次の瞬間。
「あぐっ……」
ドルドスの太い腕で殴られて吹き飛んだ。
何本かの木にぶち当たる。
油断が原因か?
いや、最低限の警戒はしていた。
単純に奴らの行動がこちらを上回る行動を取ったのだ。
「げほ……」
あー痛ぇ。
咄嗟すぎて限界突破使ってないのがまた痛い。
アティナは、あぁ無事だ。
良かった。
これで二人共ダメージ受けてたらシャレにならん。
「アティナ! 動けるか?」
「…………え、あ、うん」
強襲されて動揺してるのか。
顔に驚愕って書いてあるぞ。
「魔法使って逃げろ。俺もすぐ追いつく」
こうしている間にも更に二体追加された。
場所は違えど振り出しに戻ったな。
これはどうにも逃げられないっぽい。
湧き水ポイントからは結構離れてるはずだ。
なのに三体共に追いつかれた。
こりゃイベントバトルの匂いがするぜ。
「ふぅ……っ!」
ため息を吐いた瞬間に飛び掛られた。
体を捻って躱し、通り過ぎる瞬間に蹴り飛ばした。
通常のままじゃダメージを与えられないらしい。
ただ体勢を崩したに終わる。
ゴブリンならアレで大ダメージなのに。
短期決戦を目指して一時的に限界突破の出力を上げる。
とはいえ終わっても動けるようにギリギリの調整はするが。
「ハァッ!」
体を低くして斬りこむ。
斬りつけた後は回し蹴りを頭に叩き込み寝転んでもらう。
置き土産にフレイムピラーを残し次へ。
二体目は待ち構えており太い腕で殴りかかってきた。
思いの外素早い連打だったが、時に回避し時に受け流す。
身体能力と共に動体視力も判断速度も上がってるんだ。
このくらいならいなせる。
背中を取り上段からの振り下ろしで大きな傷を負わせる。
最後の一体はアティナの方へ向かっていた。
今出せる全速力で追う。
「サンダーオーブ」
追っていると、アティナが魔法を唱えたのが聞こえた。
あれは……。
風魔法だったか。
そしてドルドスがある地点を通過した瞬間。
バチッ!
細いが目が眩むような電撃が襲い掛かった。
「ガガ……ァァァァアアア!」
ドルドスが足を止めデカイ声で叫ぶ。
動きが止まる。
俺はすぐさま追いつき足を貫いておく。
「このまま逃げるぞ!」
「……うん!」
イベントバトル?
くそ喰らえだ。
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「今度……こそ、撒いた……か?」
「……はぁ……たぶ、ん」
俺もアティナも目に見えて疲れている。
少し休憩だ。
体を動かすが、どこを動かしても少し震えてしまう。
動けはするが戦闘じゃ役に立たないだろう。
もう限界です、とアイコンタクトを送る。
あ、こっち見てないや。
さっきの魔物とは戦っても勝てたような気もする。
が、きっと体力と魔力がスッカラカンになった事だろう。
Bランク三体は卑怯だわ。
こっちはCランクとEランクだぞ。
「ほら、水だ」
「……ありがとう」
水を飲んで喉を潤す。
あぁ、ぬるい。
だが、美味い。
「…………ごめん」
ごめん?
何か失敗でもしてたのだろうか。
思い当たるフシがない。
「……気付けなかった」
俺が黙っていると続けてそう言った。
あぁ、奇襲を受けた事か。
「俺も気付けなかったからな。おあいこだろ」
「……いつもなら気付けた。でも、浮かれてた」
俺は警戒してたけど気付けなかったぞ。
あぁいや、余計な事を考えていたかもしれん。
より悪いな。
黙っておこう。
「なに、二人共無事なんだ。それでいいじゃんか」
「…………昨日も、態度、悪かった」
今度はなんだ? 昨日?
あー俺がトロトロしてたり野営地探す時はちょっとご機嫌ナナメだったか。
「それも気にしてない。アティナはお母さんの為に必死だったんだろ? それくらいは理解してるさ。もどきとは言え俺達はパーティーだ。もっと信頼してくれ」
コゼットと違ってどうすればいいのか分からんな。
でも、
「……そっか。ありがとう」
笑ってくれたからよしとしよう。
アティナのはにかんだ笑顔なんて初めて見たかもしれない。
笑った顔自体今まで見てなかった気がする。
スマホがあれば間違いなく写メってた。
こっそりと音消しアプリで。
それからの帰り道では必死だった。
俺の体力が既に尽きかけていたからだ。
ゴリラ・ゴリラ・ゴリラでかなり消耗していたらしい。
行きでは余裕だった相手に苦戦したりしたが、アティナがフォローしてくれた。
「……大丈夫?」と声を掛けてもくれた。
普段の四倍は優しさを感じた。
気遣いし、される。
いいものだ。
パーティーを組んでいたらこういった感じなのだろうか。
ともあれ、俺達は無事に大樹の雫を手に入れて戻る事が出来た。




