二話「ギルド登録」
町の中を歩く。
外にはそれ程高くはないが壁があった。
所謂城壁というものだろう。
そのせいで外からは分からなかったが思ったより人が多い。
地面は灰色の石畳で舗装もされていて、店らしき建物には看板がぶら下がって一目で何の店か分かるようになっている。
まぁどの看板が何の店か分からないんだけど。
ん、あのフラスコの中に液体が入ったようなマークは道具屋っぽいな。
違うかもしれんが。
客寄せが激しいわけではないが、あちこちで世間話らしき会話がされていて活気がある町だ。
おっと。
キョロキョロしながら歩いていると黒いローブを着ている人とぶつかりそうになった。
危ない危ない。
余所見をしてはダメだな。
結局門番さんとは三十分程話し込み、色々と教えて貰うことが出来た。
門番さん達は基本的に魔物が現れる事を警戒して立っている。でも暇な事も多いんだとか。
犯罪とかどうなの? と聞いたら、現在では犯罪率は極めて低いとのこと。
百年単位で過去を遡れば種族間戦争もあったようだが、今は魔物がウヨウヨいるのに人々で争ってる場合じゃねぇだとか。
平和……ではないようだが人々の仲が良いのはいいことだ。
ちなみに記憶喪失の設定は一瞬で信じてもらえた。
変な設定付けずに世間知らずで通せばよかったかもしれないとちょっと後悔。
この国の名前はエスト。
この町は首都イストというらしい。
似た名前で少しややこしい。
そして馬車だのなんだのと薄々感じてはいたが、ここは地球じゃない。
あまりにも普通に話していて気付くのが遅れたが日本語も通じている。
日本語の通じる異世界……という事だ。
あれこれ聞いてる途中で鐘の音がした。
昼を合図する「昼の鐘」と言うらしい。まんまだった。
朝と夕方にも鳴るらしく、それぞれ「朝の鐘」「夜の鐘」と呼ばれてるらしい。
生活の合図になってるんだとか。
年、月、日の概念もある事が分かっているが、今が何月の何日か聞くのを忘れてしまった。
一日は二十四時間、一ヶ月は三十日って所は覚えやすくて助かった。
ただ、三十一日の月が存在しないという違いもあったが。
門番さん曰く「ここは人族が治めている国だ。一番多いのも人族だ」とのこと。
驚いてつい「人族ってなんじゃそら。他に何族があるんだよ」と素で返してしまった。
門番さんは丁寧に種族の事を教えてくれた。
ほんと凄くいい人だった。
この世界には大きく分けて四つの種族から成り立っている。
人族、エルフ、ドワーフ、獣人族が居るらしい。
獣人族は先程からそれっぽいのとすれ違っているからアレがそうなのだろう。
獣耳と尻尾がついている。
見る限り耳と尻尾で何の獣人か判断出来るみたいだ。
人族は全種族の中で一番人口が多くて凄い!
エルフは魔法がたくさん使えて凄い!
ドワーフは強い武器や防具作れて凄い!
獣人族は力が強かったりぴょんぴょん跳んだり凄い!
と、門番さんは凄い凄い言ってたが種族ごとに特徴があるようだった。
種族の話で一番興味を引いたのはやっぱりエルフの説明で出たアレだろう。
魔法。
かつて人々の中二心をくすぐり黒歴史を生み出すとされた災厄。
魔法。
それでもやっぱり皆大好き不思議現象。
聞けば人族でも魔法が使える者がいるらしい。
人族だと十人に一人の割合らしいが、是非使いたい。
メラ○ーマとかバギ○ロスとかすげー使いたい。
あぁ、地球に帰る頃にはきっと仕事もクビになってるだろうから就職活動して、特技を聞いてくる面接官対策にイオナ○ンでもいいな。
訳も分からずこんな場所に居るんだ、心躍る事もなければやってられない。
ただ魔法が使えるかどうかは一度エルフに体内の魔力を調べてもらわないといけないとのこと。
この町にもエルフはいて、冒険者ならどの種族もなれるしお金もないなら冒険者ギルドに行ってみてはどうかと言われた。
登録は無料。
無一文の身としてこれはありがたい。
冒険者ギルドについての説明は向こうでしてもらえるらしく道を教えて貰ってこうして歩いている。
教えて貰った通りに歩いて行くと、盾の形をした看板が目に入る。
盾の中に剣と杖が交差しているマークが入っている。
アレか。
周りの木造住宅もそこそこ大きいと思っていたが、ギルドはその二倍はあるんじゃないかと思える大きさだ。
ドアを開け中に入ると壁に沿ってテーブルと六人分の椅子があり、中央には大きな掲示板、人が居てよく見えないが奥にあるのが受付のカウンターなのだろう。
しばらく見ているといつの間にか横にいた人物に話しかけられる。
「すまんがどいでくれるか?」
「おっと、こりゃ失礼」
邪魔だったようだ。
入り口に突っ立っていても仕方が無い。
まずは冒険者登録だ。
掲示板をちらりと見ながら奥に進む。
受付に座っているお姉さんの所に行くと向こうから声をかけてくれた。
「ギルドへようこそ。どういったご用件ですか?」
「えっと、登録をお願いします」
「分かりました。ではこちらの用紙に記入をお願いします。」
なになに。
氏名・年齢・種族を記入するだけか。
たった三項目でいいのか。
ここの文字は日本語なのか。
都合が良くてよろしい。
さっと書いて用紙を渡す。
「ではお預かりします」
ふむ、どうしたらいいのだろう。
時間かかるのならウロウロしてみるか?
と、思ったらお姉さんがなにやら後ろの機械らしきものに用紙を入れる。
おぉ、反対側からカードが出てきた。
アレは噂に名高いギルドカードってやつか。
「どうぞ。これがギルドカードになります。魔力を通して下さい」
「魔力を……通す?」
まさかここで困るとは。
魔力通すってどうしたらいいんだ?
仕方がないので手に力を込めてみる。
……あ。
身体の内側から何かが移動しているのを感じる。
手に持っているギルドカードも光った。
さっきまで無かったのに青い色でFの文字が表示されている。
これが魔力を通すって感覚か。
「これでいいんですかね?」
「はい。それがギルドカードになります。ギルドの説明は必要ですか?」
「お願いします」
何も分からんからな。
これはしっかり聞いておこう。
「最初にランクですが、下からFEDCBASとなります。登録した今の段階では一番下のFランクになっていると思います。次に依頼ですが、これは自分と同じか自分より下のランクの依頼しか受けられません」
ふむふむ。
前にやっていたゲームと似たようなもんだな。
覚えるのが楽そうでよい。
頷きながら先を促す。
「依頼を達成するとポイントが貯まります。規定数まで貯まると昇格試験が受けられるようになります」
試験か……。
前にやってたゲームとかだと確か試験管役の先輩冒険者と戦闘だったな。
「昇格試験は自分より上のランクの冒険者と戦ってもらい、戦闘能力が次のランクにふさわしいかを見極めます」
あれ? まんまその通り?
これでパーティーが五人までとか言い出したらあのゲームと同じ仕様だな。
「次にパーティーですが、自身を含めた最大五人で組む事が出来ます」
「えっ? なんだって!」
「えっ? 何かおかしな所がありましたか?」
「あっ……。いえ、何でもありません。すみません続けて下さい」
しまった。
ちょっとだけ気が動転してしまった。
あ、お姉さんがちょっと不思議そうに首をかしげてる。
「はぁ。では続けますね。パーティーですが、メンバー間のランク差は一つまでとなります。ランクは高い人に合わせられますのでBランクとCランクの組み合わせのパーティーですとBランクの依頼まで受ける事が出来ます」
ふむ。
パーティーか。
ひとまずはソロだな。
パーティー組むとかは追々考えよう。
「依頼を受けたりパーティーを組むとギルドカードに情報が表示されるので活用して下さいね。ギルドカードを紛失した場合はこちらでいつでも再発行出来ますが、手数料が千ペルとなりますのでご了承下さい」
……ペルだと。
これは決定と言ってもいいんじゃないだろうか。
記憶に間違いがなければ同じ通貨単位だ。
「最後に犯罪を犯すとギルド登録が自動的に抹消され、度を超えるとギルドがお尋ね者として討伐依頼を出す事もあるのでそうならないように気をつけて下さい。以上がギルドの基本的な事となります。まずはあちらにある簡単な依頼を受けてみることをオススメします」
犯罪か。
そういえばそんなのもあったな。
随分前にゲーム辞めてるから忘れていた。
さて、初心者用の依頼を見に行くか。
「ありがとうございます。さっそく依頼を選んできますね」
掲示板の前に行くとランク別に依頼が分けられている。
Fランクは……っとあったあった。
確かに端っこにFランクの依頼が集められている。
どれどれ。
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ランク F
依頼内容:薬草の採取
場所:指定無し
報酬:1000ペル
依頼主:メルギーヌ
一言:体力回復薬が十個作れる分の薬草を集めて欲しい
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薬草集めね。
何かそれっぽいわ。
初心者っぽい。
=================
ランク F
依頼内容:町の清掃
場所:イスト
報酬:750ペル
依頼主:冒険者ギルド
一言:ゴミ袋を三つ渡すので全部一杯にして下さい
=================
ゴミ袋一つで二百五十ペルか。
多いのか少ないのか分からんな。
そう言えば食事や宿泊ってどのくらい必要なんだろうか。
ちょっとばかりお腹ぺこりーだ。
他の依頼も見てみるがどれも雑用って感じだ。
ひとまず薬草集めでもしてみるか。
依頼書を掲示板から外し受付へ持っていく。
「これ受けます」
「薬草の採取ですね。ギルドカードを提示して下さい」
お姉さんがギルドカードと依頼書を後ろの機械に通す。
と、思ったら二つ共出てきた。
「ギルドカードをお返しします。薬草は町の周りにありますからそれ程苦労はしないと思います。頑張って下さい」
「どうも。行ってきます」
ギルドカードを受け取り出口へと向かう。
おっ。
さっきまで空白だった場所に依頼内容、依頼状況、残り時間が表示されている。
依頼内容は先程の依頼書そのまま【薬草の採取】の文字が。
依頼状況は【0/10】と数字が浮かんでいる。
残り時間は……んー、【--:--】となってるがこれは制限時間がとくに設けられてないという事か。
町の外へと歩いていると飯屋らしきものを発見した。
店の入り口に看板が立っているので覗いてみる。
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~本日の日替わりランチ~ 500ペル
・野菜スープ
・パン
・鳥の唐揚げ
・デザート
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……期待してたのと違う。
もっとさぁ、こう……あるじゃん?
聞いた事もないような名前の料理とかさ。
まぁ受け付けないような物が出るよりはマシと思うか。
値段も五百ペルと今受けてる依頼終わらせれば食べられるしな。
頑張って薬草集めるか。
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これが薬草か。
町出る時に門番さんに話かけたお陰ですぐに見つける事が出来た。
根元から引き抜く。
左手に薬草。
そして右手にギルドカード。
「おぉ!」
ギルドカードに【1/10】って表示された。
予測は出来てたけどそれでもちょっと感動した。
ぽとっ。
薬草を手放すと表示が【0/10】になった。
ほほぉ。
所有してるかどうかちゃんと判別してるんだな。
どういう仕組みかは分からんが便利なのはいいことだ。
とっとと集めて帰ろう。
もう昼は過ぎてるしな。
ふと視線を上げると遠くに石の祭壇が見える。
何となく見覚えがあった気がしたけど、あれはゲーム開始時の場所か。
キャラクターは六体作成したからなぁ。
半分は倉庫用だったけど。
しかしまぁ記憶に引っかかっていたのも納得だ。
もやもやしてたけどようやくスッキリ。
あれこれ考えてる内に薬草が手にたくさん握られている。
ギルドカードを見ると依頼状況が【9/10】となっていた。
あと一つ。
近くにある薬草を引き抜く。
依頼状況が【10/10 達成】へと変わる。
よし、これで終わりだ。
早く戻って遅めの昼飯にしよう。
ギルドで報酬をもらうとギルドカードの端っこの方にあるゲージが下から上に少し貯まっていた。
これが上まで登れば昇格試験が受けられるらしい。
食事は一番最初に見つけた店で済ませた。
ゲームでは食事というシステムはなかったが、普通に調味料とか置いてた。
味も問題なくむしろおいしく頂けた。
違うとすれば調味料が入っていた小瓶の形くらいだろう。
そういえば薬草を手にした俺を見て門番さんが「もう終わったのか! 凄いな!」って言ってたがあの人「凄いな」が口癖なんだろうな。
いい人だけどキャラがちょっと濃いめだ。
さて、腹も膨れたしまた依頼を受けるか。
体力もまだまだ残ってるし稼げる内に稼いで生活に困らないようにしよう。
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あれからいくつか依頼を受けた俺は何とか宿を取る事が出来た。
ゲームの時は宿なんぞ無かったが、どうやら宿にはランクがあり設備に違いがあるらしい。
少々硬いベッドに腰を下ろしながら考える。
ここはどのくらい前だったかは忘れたが、以前プレイしていたMMORPGに割と似ている世界だ。
初期位置だった石の祭壇、ギルドのシステム、それと通貨単位が同じ。
”Trickster Online”
このゲームが元になっているとみていいだろう。
ストーリーは……んー。
ダメだ。思い出せない。
そういえばメインクエストですら会話文はクリック連打で飛ばして、ムービーはスキップさせて見ていない。
……詰んだ。早々に詰んだ。
何か……何か思い出せないだろうか。
考えろ。超考えろ。
フレンドとの思い出とか。
あっ。
いたいた。会話文もムービーもじっくり楽しむフレンドが。
『湖の主可哀想だよね』
そう。湖の主について話をした事があったはずだ。
主はフィールドボスで……えっと……そうそうフレンドと一緒にそのボスを乱獲していた時のリポップ待ちの間に聞いた話だ。
『湖の主はね、昔この湖を守る為に存在していた精霊だったんだよ。 でも何者かが精霊に悪の力を流し込んだんだ。始めは抵抗していた精霊だけど、徐々にその力に汚染されてしまったの』
『ふむ。拙者知らなかったでござる』
『俺も。会話飛ばしまくってたわ』
『……興味深い』
『私は知ってる! ちゃんとクエの説明読んだよー』
『僕はざっと読んだだけかな。詳しくは覚えてないや』
そうだ。
こんな会話をしていたはずだ。
『主の討伐依頼を出した人は先祖代々精霊と会話出来る能力を持つ一族でね、どうにかしようとしたんだ。世界樹の雫を精霊に与えたり、魔法使いを何人も雇って浄化の魔法を唱えさせてみたり。でもダメだった。悪の力に完全に染まる直前、精霊は最後にこう言ったそうだよ。
「私ヲ消滅サセロ」
その言葉を最後に優しかった精霊は破壊と殺戮を繰り返すだけの存在となってしまったんだって。依頼した人はそれを見て討伐に踏み切った……というのが湖の主討伐の物語だね』
『悲しい話でござるなぁ』
『長い。三行で』
『……敵は倒すのみ』
『そろそろリポップするかなー』
『よく細かい所まで覚えてるなぁ。ゲームを満喫してるねぇ』
この後六人でボスと戦って……あれ? 六人?
トリックスターオンラインは最大で五人パーティーだったはず。
んん? ……あぁ、おかしい訳だ。
この思い出は違うゲームだ。