十四話「エルフの冒険者」
家を借りてからは割と平穏な日々が続いた。
今まで通り俺はソロで犬とカエルを倒す日々だ。
邪教徒のアジトに関しては成功報酬という形らしい。
なので冒険者は様々な場所の依頼を受けて、そのついでに探しているらしい。
掲示板を見たが、あまり人気のない所にアジトを作ると周辺魔物だらけになって全員死亡、なんて事になるのでそこまで遠い場所じゃないだろうというのがギルドの予想らしい。
俺ならゲームの知識でアジトの場所を突き止められるんじゃないかと思ったりもしたが、ゲームでは移動呪文が掛けられた魔法道具を使ってダンジョン前まで移動していたので覚えていない。
変化があるとすれば、今までは昼になったら一度中央都市に戻っていたが、帰らずにそのまま狩りをする日が出てきたことだ。
そういった日は料理担当であるコゼットが作った弁当を食べている。
同じ寝室で寝るのも二、三日経てば慣れたようで、今や当然といった感じでコゼットは最初から俺を枕にしている。
気温の高い日は暑苦しいが、普段家の事を頑張ってくれているんだ。
このくらいは目を瞑ろう。
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今日もいつもと変わらず雑木林にやってきた。
コゼット作の弁当も持って来ている。
宿暮らしの時はだいたい宿泊に付いてる食事や外食だったりしたが、こうして作って貰うのはやはりいい。
人生の大半を実家で暮らしていたからか生活感があると落ち着く。
少し歩くとさっそく一匹目が出てきた。
最近は相手の動きに付いていけるようになったのでこっちから打って出る。
最初は軽く、接触のほんの少し手前で一気に加速する。
緩急を付け相手の反応を一瞬遅らせる。
そしてその一瞬で相手に一撃を入れる。
すっかり慣れたものでものの十数秒で一匹を仕留める事ができた。
ふと、頭の中に一つの言葉が浮かび上がった。
――ファイアブラスト――
この感覚は魔法習得のあれだ。
どうも今のでレベルアップしたらしい。
直線上に存在している敵を攻撃する魔法……というのが分かった。
この名前は以前魔法書を見た時に覚えている。
中級魔法だ。
さっそく……と思ったが、ここで使うのは危険だな。
命の危険もないのに火事は起こしたくない。
それからしばらくウロウロしながら狩りを続けていると、エルフの冒険者を見かけた。
以前この雑木林で少しだけ話した人物だ。
相変わらずフードのお陰で顔が見えない。
なんにせよ軽く声は掛けておくか。
こういう挨拶から繋がりが出来る訳だし。
「よぉ! お久しぶりー」
相手はこっちを向いたが、首をかしげている。
あれは忘れている。
間違いなく。
「前にここの雑木林で魔法について二、三質問したんだけど忘れたか?」
そう言うと何かに気付いたかのように手をポンと叩き、こちらへとやってきた。
「……久しぶり」
「この前はありがとうな。お陰で今日やっと中級魔法覚えられたよ」
「……そう」
相変わらず口数が少ないな。
まぁちゃんと会話出来るから問題はないんだが。
「そろそろ昼時だし、一緒に飯食わないか?」
「……持ってきてない」
「それなら俺の弁当一緒に食おうぜ」
コゼットさんが大量に作ってくれてるからな。
一人だとちょっと多いんだよ。
腹一杯になるとしばらく動けなくなるし。
「……なら、貰う」
そう言うと今まで被っていたフードを取った。
まず、髪の毛に目がいった。
ショートカットで綺麗な水色の髪をしている。
瞳の色は青。眠たげな目をしているがこれがデフォなのだろうか。
それにエルフ特有の長い耳。
背は百六十手前くらいか?
コゼットよりは少し高いだろう。
今まで気付かなかったが適度な膨らみが胸の部分に存在した。
「そういえば自己紹介してなかったな。俺の事は優一と呼んでくれ」
「……アティナ・ニエメラ」
簡単に自己紹介をしたが、年齢は十六歳とのこと。
コゼットより二つ年上か。
若く見えて実は高齢……なんて事はなかった。
魔法は風、土共に中級まで使えるらしい。
二種類の魔法が使えるってのは非常に羨ましかった。
こんな所で狩りをしているから俺と同じか上のランクかと思ったが、どうやらEランクの冒険者らしい。
Eランクならもっと弱い魔物か、もしくは雑用の依頼をする事が多いはず。
無口だし、人付き合いが苦手なんだろうか。
他愛の無い会話をしつつ弁当を広げていると、少し離れた位置にシルバーウルフがやってきた。
明らかにこっちに気付いているな。
アティナがスッと立ち上がる。
「ここは俺が行くから食ってていいぞ」
「……じゃあ任せる」
あっさりと引き下がったアティナはさっそく弁当に手を付けている。
俺も早く片付けてしまおう。
こっちに来られても困るので最初から全力で駆けて行く。
一撃、二撃目共にわざと大きく剣を振る。
両方回避されたが、近寄られはせずに済んだのでよしとする。
しばらくお見合いしていたが、こちらが隙を見せると襲い掛かってきたのでカウンター気味に一撃を入れ倒す。
ふぅ。
ちょっと手間取ってしまったな。
でもまぁあっちで戦ったら弁当に被害がいくし、しょうがないか。
さて、飯を食おう。
「ふぅ。お待た……は?」
無かった。
何が?
コゼットに作ってもらった弁当が。
いや、正確には弁当の容器はある。
中身が無いのだ。
「……けぷっ。……おかわり」
「全部食ったのか?」
満足げに頷くアティナ。
しかもお疲れ様とかおかえりじゃなくておかわりかよ。
図々しい奴だな。
しかしあの量をこの短い間に食べたのか。
元の世界だとテレビに出れる勢いだろう。
「……食べていいって言った」
「うん。言った。言ったな」
全部食っていいとは言ってないけどな。
一緒に食べようぜって言ったんだ。
まぁそれだけコゼットの料理が美味かったという事か。
大人の対応で許してやろう。
「まぁいいか。美味かったんならなによりだ」
「……これ、ユウイチが作ったの?」
米粒一つ残ってない綺麗になった容器を指しながら聞いてくるアティナ。
「俺は料理出来んからな。作ったのは同居人だよ」
「……そう」
腹が減った状態で戦い続けたくないので弁当を仕舞い帰る準備をする。
「さて、俺はもう帰るぞ。帰って昼飯にする」
「……私も行く」
あ、付いて来る気だ。
おかわりとか言ってたのスルーしたのに諦めてねぇ。
どうする?
飯くらい食わせてやるか?
うーむ。
……まぁ、悪い奴ではなさそうだしいいか。
「俺の家に飯食いに来るって事……だよな?」
「…………ダメ?」
「いや、いいけど同居人が許してくれたらな。ダメだったら諦めてくれ」
「……分かった」
アティナと二人で中央都市へと向かう。
道中でワームの群れを見かけたので試しにファイアブラストを使ってみた。
掌から直線上に炎が放出された。
ビームを連想してもらえればいいだろう。
魔力を込めれば威力の増減が可能だったが、曲げたりは出来ないようだった。
追跡型に出来るかなと思ったけど残念ながらそう甘くはないらしい。
初級魔法だと一、二発じゃ全然疲れないのに、中級になると一発で少し疲れが実感出来た。
数発連続で使用してもまだまだ戦えるくらいではあるが、初級と比べて確かに魔力の消費は大きい。
ほとんど魔物も出ない所まで帰ってくると、アティナにも魔法を見せて貰った。
考える素振りなく「……いいよ」と言ったので基本はいい奴なんだろう。
弁当は勝手に全部食ったけど。
最初は風魔法の初級であるエアスラッシュ、ウインドプレスを見せて貰った。
エアスラッシュは切断、ウインドプレスは衝撃と言えば分かりやすいだろうか。
前者は木を切り倒す事は出来なくても、枝を落とすくらいは軽々出来て、後者はゴブリンが嘔吐しながら十メートルくらい吹っ飛ぶくらいの威力だった。
次は土属性の初級魔法であるストーンバレットとストーンスキンだ。
ストーンバレットは岩の塊を作り、相手に当てる。
単純だが魔力を込めれば先端を尖った形に出来るし、速度もかなり出るようだ。
ストーンスキンは攻撃魔法ではなく補助魔法だった。
細かな砂を操り体に纏わせていた。
相手からのダメージを減少させると言っていたが、殴る訳にもいかないので見ただけだ。
中級も見せて欲しかったが、残念ながら中央都市のすぐそばまで帰ってきたのでまた今度という事になった。
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家に到着した。
いい加減空腹もキツイので中に入る。
「ただいま。コゼット居るか?」
ぱたぱたと足音が聞こえる。
出掛けてはいなかったようで一安心だ。
「あれ? ユウイチさ……ん? あの、隣の女性は誰ですか?」
後半声が低くなってる。
あぁ、依頼もこなさず遊びまわってると思われているのか。
大丈夫。短い時間ながらもちゃんと稼ぎましたよ。
「――という訳でだな、つまりコゼットの弁当の味を占めたらしく懐かれたんだ」
「懐かれたって……犬や猫じゃないんですから」
しっかりと説明し、何とか誤解は解けた。
声もいつも通りとなり怒りゲージは散ったようで安心した。
「えっと、自己紹介が遅れましたね。初めまして、わたしはコゼット・クルセルです」
「……アティナ・ニエメラ」
「コゼット、悪いけど飯頼めるか?」
「あっ、はい。すぐ作りますね」
ふぅ。
これでやっと昼飯だな。
そんな事を考えていると袖をくいくいと引っ張られた。
アティナだ。
「なんだ?」
「……私の分も」
分かってるよ。
念入りな奴だな。
「コゼット、二人分頼む」
「はい、分かりました」
弁当を食ったはずなのに俺と同じ量を食べたアティナは「……またくる」と言って帰っていった。
そして次の日の朝。
控えめながらもドアを叩く音が聞こえた。
開けるとそこに居た。
誰が?
アティナだよ。