十三話「家」
翌日、朝早くに商店を訪れた。
コゼットも一緒だ。
ここは不動産のようなものだ。
ゲームだとメニュー画面からポチッとクリックすれば拠点が買えたんだが、こっちではそうはいかない。
しかもこちらでは月々の費用がかかる。
借りるんだから当たり前なんだが、買えば未来永劫に渡って拠点が使えたゲームと少しだけ比べてしまう。
まぁそこまで不満を感じる訳ではないので結局借りるんだけど。
店の人にあの家の特徴を伝える。
すると中を見ておくかを聞かれた。
俺としてはどっちでもいいな。
外は普通だったけど、中はボロボロでした……なんて事はないだろうし。
ないよな?
「一応中の様子も見ておくか?」
ちょっと心配になったのでコゼットにも振ってみる。
「んーとんーと、そうですね。せっかくですし見ておきましょう」
「ではご案内しますので私に付いて来て下さい」
そうだな。
やはり確認は大事だ。うん。
受付の人に案内されてあの家へとやってきた。
以前来た時より少し草が伸びてるな。
教会出身の草引き名人が何とかしてくれる事を祈ろう。
玄関を開けて入る。
ボロボロなんて事はなかった。
一安心だ。
一通り見て回ったが、大した事ない広さのためかすぐに終わった。
台所、トイレ、風呂の設備もあったし問題らしい点は見つからない。
物置用の部屋もある。
寝室はちょっと狭いがまぁ二人なら十分寝られるだろう。
「いかがでしょうか? 手入れはしておりますので状態も悪くないかと」
確かに。
汚れている場所もひび割れた壁なんかもない。
家の事なんてよく分からんが普通に住めるのなら構わない。
「ふむ。コゼット、問題なさそうだと思うがここでいいか?」
「はいっ! お店も近いので買出しにも便利そうです!」
買出しの事とかは考えて無かったな。
その辺りは一通り家事が出来るコゼットに任せるか。
既に洗濯は任せてるんだけど。
決して面倒くさいからじゃあない。
信頼ゆえに……だ。
こうして俺の拠点は確保された。
やっぱり気分が違うね。気分が。
家を借りたはいいが、中は当然ながら物がない。
幸い魔力で動く冷蔵庫や風呂、照明はあった。
多少の家具や細々としたものは必要だが、出費は抑えられそうだ。
そんな俺達は現在食器を買いに来ている。
「ユウイチさん、コレどうですか?」
「いいんじゃないか?」
コゼットがペアのマグカップを見せてくる。
いかにも女の子が好きそうな可愛らしいデザインだ。
ちなみにこの「いいんじゃないか?」は既に十回以上言っている。
あれこれと見せに来てくれるのはいいが、食器に拘りはないので勝手に好きな物を選んでいいと言ったら、「ちゃんと選んでください!」と謎のお叱りを受けた。
きっと家が出来て浮かれているのだろう。
気持ちは分かるぞ。
俺も初めて自分の部屋が出来た時は嬉しかったもんだ。
一通りの食器を揃えたら次は家具を買う為に別の店へとやってきた。
ここではベッドを買うらしい。
家はあんまり広くないし布団敷けばいいじゃんと思ったが、そういえばこっちではそういった文化がないのかもしれない。
安い宿ですら質は悪いがベッドがあった。
護衛依頼中は馬車の中で毛布敷いていたが、床で寝たのはそれくらいだな。
「ユウイチさんユウイチさん、どんなの買いますか?」
「ん? あー、そうだな。どうしようかな」
見ても良し悪しなんて分からんしな。
コゼットはあちこち見ながらうんうん悩んでいる。
「あっ! ユウイチさんこれ特価価格みたいですよ!」
「へぇ。こっちもそんなのあるんだな」
まぁ安いのはありがたい。
節約出来るに越した事は無いからな。
武具屋でもそんなのあればいいのに。
あ、いやでも安い武器とかすぐ壊れそうで怖いか。
「これ、ちょっとおっきいですね」
「んーそうだな。ダブルじゃないか?」
「だぶる?」
「二人用のベッドだ。夫婦とかよく使ってるイメージだな」
「ふっ、夫婦ですか……」
流石に恥ずかしそうだな。
若い親と小さな子でも使ってるし、そっち言えば良かったか。
「あー、ベッド二つ買っていいぞ?」
「えっ……でもこれ安いですし。ユ、ユウイチさんはわたしと一緒に寝るのは……その、嫌ですか?」
別に嫌ではない。
護衛依頼の最中はずっと一緒に寝てたからな。
俺が夜の見張りの時は別だが。
だいたい俺を枕にしてたのを忘れたとは言わせない。
「嫌じゃないぞ。護衛依頼の時と似たようなもんだろ?」
「そ、そうなんですけど……。じゃあ、こ、これにしましょう!」
という訳で無事特価価格の家具も購入出来た。
荷物は当然持ち運べないので店の人に運んでもらう。
店の人の案内もあるし、ここで一旦俺達も家に戻る事にする。
昼時になったので昼飯を済ませ、他にも細々とした物を購入した。
財布が軽くなったが、明日からまた頑張ればいい。
買い物袋を手にぶら下げてコゼットと歩いていると、前方から見た事ある人物達がこちらに向かって歩いてきた。
「よぉ! 久しぶりだな」
「コンラッドか。久しぶり。皆も元気だったか?」
一緒に中央都市まで旅をしたコンラッドのパーティだ。
大して時間は経っていないが、やたら久しぶりに思える。
こっちで別れてから姿を見る事が無かったからてっきり別の町に行ってるのかと思っていた。
「まだこっちに居たんだな」
「そうだよー。私達は頑張って依頼をこなしてたんだよー」
「そうそうー。一昨日Cランクにもなったんだよー」
俺の問いに答えたのは獣人族の姉妹。
えーっと、シンディとエドナだったか。
どっちが姉でどっちが妹かは完全に忘れてしまったが。
しかしCランクか。
元々俺より冒険者生活は長かったようだが。
流石というべきだな。
「凄いじゃないか。おめでとう」
「あぁ、ありがとう。そっちは何をしてたんだ?」
そう聞いてきたのはカーティス。
ブラッドオーク戦で気絶しなかった頼もしい男。
他の三人は割と喋るから口数が少なく思えるが、決して無口ではない。
一緒に見張りをしていた時なんかはむしろよく喋っていた。
「今日は家を借りてね。必要な物を買ってたんだ」
「えっ! 見に行きたいー!」
「行っていいー?」
獣人姉妹がやたら食いついてきた。
上げても問題ないし、いいだろう。
「来るか? 最低限の物しか買ってないから見栄えはあんまり良くないぞ?」
コンラッド達を家に招き入れるとあちこちを興味ありげに見ていた。
獣人族の二人に至っては「部屋見てもいい?」の質問にイエスで答えると即座に部屋に入って行った。
「悪いな。あいつら好き勝手動いてて」
「いや、どうせ大したものはないからな。気にしないでいいよ。
しかし他人の家ってのは珍しいのか?」
「冒険者に限っては珍しいな。怪我等の理由から他の仕事に就く時か、歳食って腰を落ち着ける時が多いと思うぞ」
なるほど。
なら若いのに冒険者をやってて家を借りてる俺は珍しいのか。
「お茶が入りましたよ。どうぞ」
「おっと、ありがとよ。コゼットちゃんは気が利くなぁ」
「そうだろうそうだろう」
何もしてない俺が威張ってみる。
忘れずにコゼットの頭も撫でておく。
コゼットを隣に座らせ、皆でお茶を飲んで一息つく。
「あ、そう言えばコンラッドに聞きたかったんだけどさ、普段どんな依頼受けてるんだ? こっち来てから基本討伐依頼を受けてんだけど、ほとんど人と会わないんだ」
「俺達が受けてるのは場所は遠いが報酬のいい採取依頼や、後はお前と同じ討伐依頼だな。ユウイチはどこの討伐依頼をやってる?」
「雑木林でシルバーウルフ狩ったりその先にある沼でフロッグナイト狩ったりだな」
それ以外になるとちょっと遠くなるしな。
もっぱら犬と両生類を狩り続けている。
「あーあの辺りか。あんまり人気はないが、ソロでやってる奴らは居るんじゃないか?」
「ソロでやる奴しか居ないのか?」
「ちょっと前なら違ったんだろうがな。最近だと邪神教のアジトを見つけるのに低ランクから高ランクまでそっちやってるだろうよ」
邪神教?
なんか聞き覚えのあるフレーズだけど。
……ダメだ。分からん。
「なんだっけその邪神教って?」
「ギルドに掲示板に張り出されてるの見てないのか?」
「……最近は討伐依頼ばっかだから清算くらいしかギルドに顔出さないんだ」
「あぁなるほどな」
くそぅ。
ちょっと恥ずかしい。
この口ぶりだとほとんどの冒険者が知ってる事なんだろうな。
「邪神教ってのは最近あちこちで活動している犯罪者だな」
「あちこちで……ねぇ。その宗派の人数は多いのか?」
「数は分からん。が、伝説と言われる魔物を復活させようとしているらしい」
「伝説……?」
何か思い出せそうだ。
確かにゲームでもそんなモンスターが居たな。
というかだいたいのゲームでそんな扱いの敵は居るか。
「知らんのか? 災厄の魔物ディザストロだよ」
「あっ……!」
それ!
思い出した。
やたら強かったのを覚えてる。
初討伐までに何十回と死んだのも思い出した。
一度倒せばそこからは次第に死亡率も減っていったけど。
しかしここでその名前を聞くとは思わなかった。
ゲームだと各国をまわって色々とイベントクリアして終盤でようやく名前が出てくるはず……多分な。
だとすれば……。
この世界の誰かがイベント起こしまくってるって事だろうか。
アジトがうんぬんとかゲームだとメインクエストだろうし。
「ギルドで張り出されている依頼はアジトの捜索と邪教徒の捕獲だな」
「邪教徒って事は人間が相手か……」
「そうなるな。種族はどうもバラバラらしい。捕獲とはなっているが、殺してしまってもこちらに罪はないそうだ」
「マジかよ……。殺し合いはやりたくないなぁ」
「俺だってそうだ。でもやらないと被害が大きくなる可能性が高いからな」
まぁ、確かにそうだろうな。
こっちだとボスが同じ場所でいつまでも待っててくれるなんて事はないだろう。
放っておけばいずれ手遅れになる。
となると俺も参加した方がいいのか?
元の世界に帰る方法が見つかる前に人類滅亡とか勘弁だ。
それともさっさと手がかりを探してこの世界とはグッバイするか?
「そういう訳で今はどの依頼も少し危険度が増している。ユウイチも気をつけた方がいい」
今まで大人しくお茶を飲んでいたカーティスがアドバイスしてくれる。
「そうだな。魔物とやり合ってる横から邪教徒の人間にやられたくはないし」
そんな話をしていると、足音と共に獣人姉妹がやってきた。
「ねぇお腹すいたー」
「コゼットちゃんの料理久々に食べたいなー」
戻ってくるなりそれか。
と、思ったけどもう夕方になっている。
いつの間にか結構話し込んでたんだな。
「……すまんな。遠慮がなくて」
カーティスが謝罪してくれるが、コンラッドは「俺も腹減ったなぁ」とちらちらこっちを見ている。
そういえばこいつらは護衛中に食べたコゼットの料理を気に入ってたな。
「いや気にするな。コゼット、悪いけど晩飯頼めるか?」
「はいっ! 頑張って作りますね!」
コゼットの晩飯を食べつつ他愛のない話をした。
と言っても男性陣は武器や防具の話が中心で、女性陣はあの店の服やら小物やらと内容に差はあったが。
食べて飲んで話すとコンラッド達は宿へと帰っていった。
友達と遊んだ後のような感覚がする。
懐かしい感覚にちょっとしんみりしてしまいそうだ。
交代で風呂に入って、そろそろ寝るかとなりコゼットと寝室に入る。
「そ、そそれじゃ、寝ま、寝ましょうか」
一つのベッドで一緒に寝るってのはやはり恥ずかしいのか明らかに緊張している。
他の場所ならいざ知らず、寝室でそう意識されるとこっちまで恥ずかしくなってくる。
「あ、あぁ。き、今日は疲れたからな。きっとぐっすり寝れるぞ」
「そそ、そうですね!」
ベッドに潜り込みしばらくはお互い緊張した会話をしていたが、気付いたらコゼットが寝息をたてていた。
あちこち歩いて買い物したから疲れたのだろう。
それは俺も同じだったらしく次第に眠気が襲ってきた。
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翌朝、起きると体が重く感じた。
疲れが残っているのだろうか。
いや、それにしては不自然な気がする。
目を開けると、少し離れて眠ったはずなのにコゼットがすぐそばにいた。
というか俺を枕にしていた。
あぁ原因はこれか。
もうちょっと寝ててもいいが、後少しで朝の鐘も鳴るだろう。
「おはようコゼット。もう朝だぞ」
髪を整えてやりながら声を掛ける。
「んー……おはよ……ございます」
朝に若干弱いコゼットが半分寝ている状態で挨拶を返す。
それから完全に起きる十分程は頭を撫でて過ごした。
ふむ、こういう朝も悪くないな。