天の川大喧嘩
こんにちは、蒼峰峻哉です。
今回は七夕企画と言う事で、七夕にちなんだ短編を書かせていただきました。
まぁコメディーですね。
真面目になんて書けませんでした。
何故か織姫と彦星が壮絶な戦いを繰り広げていますが、気にしないでください。
宜しければ目を通していただけると幸いです。
太陽が沈み、夜がやってくる。星々の輝く暗黒の時間。それは今日も変わらずやってくる――――いや、それは少し違うかもしれない。
今日は七月七日。七夕だ。今日に限り、夜空は最高の輝きを見せるだろう。夜空を横切る光の帯、天の川がその姿をあらわにするのだ。
人々が天の川に思いを馳せる中、遥か彼方、その天の川では一人の男と一人の女が一年振りの再開を果たしていた。
それは古くから伝わる、姫と若者の再開の物語。
「……一年振りの再開ですね。織姫」
「えぇ……。待ち遠しかったわ、彦星」
広大な大きさを誇る星の大河、天の川。そこに突如として巨大な橋がかかった。その橋の両側から二人の人影が近付き、橋の中央で二人は邂逅する。
男の名は彦星。天の川の岸で天の牛を飼っている若者。
女の名は織姫。天の川のそばに住む天帝の娘で、織物を作る仕事をしている。
二人は所謂夫婦。だが彼等は天の川を挟んで離れ離れに暮らし、一年に一度しか会う事は許されていない。それには深い理由があるのだ。
「いよいよか……」
「二人の雰囲気的に今年も間違いないだろう。良くもまぁ飽きないもんだ」
いつの間にか橋の周りに人が集まってきていた。これから始まるとある物を見るために集まってきたのだ。このとある物とは何か。それは見ていればすぐに分かる。
「うらああああああッ!!」
「おおおおおおおおッ!!」
突如、二人が怒号をあげたかと思うと、彦星と織姫は大きく振りかぶり拳を顔面目掛けて振り下ろした。お互いの顔面に突き刺さった拳は、骨と骨がぶつかり合う鈍い音を立てる。
「ぐっ……! 更に一撃が重たくなりましたね」
「そういうあなたは軽くなったんじゃない?」
「言ってくれる……!」
再び二人の拳が交差する。これも先ほどと同じように二人の顔に直撃する。
「始まったなぁ……。七夕名物痴話喧嘩」
彦星と織姫の怒号と打撃音が響く中、野次馬の一人が呟いた。彼等のこの戦いは、七夕の名物なのだ。
この二人が夫婦でありながら離れ離れで暮らす理由。それが今目の前で行われているこの殴り合いなのだ。互いに好き合っているのは間違いない筈なのだが、何分この二人、あまりにも相性が悪いのである。
織姫は天帝の一人娘として大事に育てられた少女だ。親の過保護な教育の結果、彼女は仕事熱心ではあるが我儘で高飛車な性格になってしまった。そんな娘に頭を抱えた天帝は、ある事を考えた。
――結婚したら丸くなるんじゃね?
そう考えた天帝は娘に相応しい男を探し、ある日一人の青年を見つけた。それが彦星である。
彦星は非常に真面目な性格であり、人間性も優れていた。彼なら娘を何とか出来ると思った天帝は、早速二人を対面させてみたところ、二人共すぐにお互いの事を気に入り、夫婦になるまでさほど時間はかからなかった。その間、肝心の織姫の横暴さは天帝の思惑通り息を潜め、全ては上手く行ったかのように思えた。
問題が発生したのは、二人が結ばれてから少ししたある日の事だった。それはもう何度目になるのか分からない、二人の本気の喧嘩の始まりだった。
彦星は天帝が考えていたよりも真面目過ぎた。結婚した事により徐々に露見した織姫の性格を、彦星は許せなかったのだ。
最初はただの口論だったが、織姫が思わず手を出したところから彼等に火がついてしまった。一人は神の娘、一人は気性の荒い天の牛を飼うために鍛えた若者。なまじ腕っ節が強かったために、その喧嘩は更に勢いを増し、今度はそれが問題になってしまった。
再度頭を悩ませることになった天帝。そこで彼は新たな対策を取った。二人を天の川を挟んで離れ離れに暮らさせる事にしたのだ。だが全く会えないのはどうかと思った天帝は、一年に一度、七月七日にのみ二人が会う事を許した。そこで仲直りしてくれればそれで良し、もしダメなら思う存分やらせてまた来年。そんなこんなでもう随分と長い事、喧嘩を続けている訳だが……。
「まだその性格は治ってなかったんですか!」
「あなたもその小煩い性格は健在ね!」
……今年もこんな有様である。
「――――ッ!!」
ここで彦星が新たな動きを見せた。視線や表情は一切動かさず、踵で織姫の足を潰しにかかったのだ。
「っとお!」
すんでのところでこれに気付いた織姫は、足を引きそれを確実に躱した。
「次ッ!」
踏み出した右足の勢いを利用し、彦星は拳を突き出す。その拳が狙っていたのはーーーー。
「痛っ……!!」
インパクトの直前に親指を突き出した彦星は、そのまま織姫の目に親指をねじ込み殴り抜けた。織姫は右目から血を流して彦星を睨みつける。
「相変わらず性格の割にえげつない事してくるわね! わたしが神の娘じゃなかったらこんな程度じゃ済んでないのよ!」
「あなただから遠慮なく出来るんですよ。それにあなたも僕と変わらないでしょうが!」
「隙ありッ!」
話している最中に、織姫の鋭い左フックが彦星のこめかみに放たれる。それをウィービングで躱した彦星だったが、腕を引き戻す勢いでフックから派生したエルボーが彦星を捉える。
「くうッ……! 言ったそばから……」
「わたしのは戦術よ!」
彦星のスネを執拗に狙いながら織姫は言った。ギャラリー的には織姫も彦星も変わらず卑怯なのだが。
対する彦星も負けじと後頭部を狙って攻撃を繰り出す。ここまで反則技や卑怯な手を使う喧嘩も、なかなかお目にかかれないだろう。どちらも譲らぬ泥仕合だ。
「ほんと、毎年懲りずに良くやるもんだ……」
「何度見ても汚い戦い方するなぁ。特に彦星さん」
「これを痴話喧嘩と呼んでいる辺り、俺達も感覚が麻痺してるんだろうな……」
今でこそ慣れた事だが、最初に二人の喧嘩を見た時は皆ドン引きしていた。特に彦星のそれは、もはや人を殺す事に特化した独自の格闘術と呼んでも良いレベルまで磨き上げられた反則技の数々だった。それを受けても平喘としている織姫も織姫だが……。
「ふッ!!」
裏拳、ヘッドバッド、喉を狙った手刀。それぞれが織姫に直撃する。圧倒的な体術を持つ彦星の攻撃は、神の娘である織姫にも容易に躱す事は出来ない。
「いったいわねぇ!」
だがそれを物ともしない織姫。神の娘としての頑丈さに彼女の持つ恐るべき治癒能力も加わり、受けた傷は即座に治っていく。彦星がいくら攻撃しても決定打にはならず、織姫がいくら頑丈でもそれだけでは彦星は倒せない。毎年彼等の喧嘩は引き分けで終わるのだ。
彦星の猛攻はまだ続く。今度は急所を的確に殴りながら、後頭部を執拗に狙い始めた。常人ならここまでの戦いの中でもう何度も彦星に殺されているだろう。だがしかし、織姫は痛そうな顔をしてはいるものの、ほとんどダメージは通っていない。彦星は思わず舌打ちをする。
「今年こそはわたしが勝つから!」
フェイントを織り交ぜタイミングをずらした鋭いハイキックが、彦星の頭を捉える。直撃を食らった彦星だったが、怯む事はなくその脚を掴み、それを引き寄せた。当然織姫は前のめりに倒れ込む。そこに合わせた彦星の膝が、織姫の鼻頭に叩き込まれる。
お互い痛み分けの形となり、二人は一度距離を置いた。だが休まる事なく、彦星がもう一度距離を詰めに来る。
「そう来ると思ってたわ!」
それを読んでいた織姫は、彦星と同じように地を蹴り拳を構えた。
「はああああああああッ!!」
「せああああああああッ!!」
二人の拳が同時に交差する。
「はぁっ……はぁっ……」
「ふっー……。……今年も決着はつきませんでしたね」
二時間後。ぶっ続けで喧嘩を続けていた二人は、その手を止め橋の真ん中に座り込んでいた。先ほどまで彼等を見守っていた野次馬達も、今は誰もいなくなった。
「もう何度目ですかね……。この橋の上で、こうして二人っきりで話すのは」
「……さぁ? もう数えるのも止めるくらい長い間、こんな何の特にもならない事を続けてるのだけは確かね」
どこか寂しそうに言った織姫は自嘲気味に笑った。
それから数秒、二人の間を沈黙が流れる。
最初に沈黙を破ったのは彦星だった。
「そろそろ、良い頃合いなのかもしれませんね」
「……何の事?」
「……そろそろ、前のように一緒に暮らしても良い頃合いなんではないかと思ったんです」
それを聞いた織姫は目を丸くして驚いた。頭の固い彦星が白黒はっきりついていない段階で、こんな事を言ってくる事が信じられなかったのだ。
「何で、そんな事……? まだわたしの性格の事とか、許した訳じゃないんでしょ?」
戸惑いながら尋ねる織姫。彦星は何やら照れ臭そうに頬を掻きながらも、織姫の目を見て言う。
「どんなに喧嘩しても、僕はあなたの事を愛していますから。……今はちょっと行き過ぎてますけど、あなたと喧嘩をするのも楽しいですし。と言うか、あなたとならば何をやっていても楽しいんです」
「なっ、ちょっ、急に何を言い出すの……」
みるみる内に顔を真っ赤にする織姫。まるで熟れた林檎のように赤くなってしまった。気の強い性格の彼女だが、恋愛沙汰に関してはかなり恥ずかしがり屋なのだ。対する彦星は割と積極的な性格。こういった面でも真逆な二人だ。
「織姫、あなたはどうですか? 僕は毎日、あなたと喧嘩してその後笑う、そんな日々をまた送りたい」
「わ、わたしは……」
今までにない程真剣な瞳で織姫を見つめる彦星。織姫は顔を下に向け、髪を弄りながら黙り込んでしまった。
「このまま続けると言うなら、それも良いでしょう。ですが僕は、一年に一度しかあなたと会えない事も、何年もくだらない喧嘩を続けている事実も、もう嫌なんです」
黙ったまま彦星の言葉を、織姫は聞いていた。それから十数秒の沈黙の後、遂に織姫が口を開く。
「――――分かった。また、一緒に、暮らしましょう……」
真っ赤なまま言った織姫の答えに、彦星は安堵の色を顔に浮かばせる。性格上、織姫なら断りかねないと思っていたため嬉しさより安心が上回ったようだ。
「やーっと仲直りしたか! 全く、一体何年待った事か……」
どこからともなく現れた老人が大笑いしながら言った。この老人こそが織姫の父、天帝である。
「ご心配をおかけしました。まぁ、これからも心配はかけると思いますが」
「それで納得したなら好きにしろ。こんだけ長い間喧嘩を見せられてれば流石に慣れる。お前らが知ってるかは分からんが、今じゃお前らの喧嘩は痴話喧嘩とか呼ばれてるんだぞ」
豪快に笑い飛ばす天帝。老人とは思えない元気の良さだが、神なのだから当然の事か。
「それじゃあ織姫、帰りましょうか。僕等の家に」
「彦星、あなたの荷物とかはどうするの?」
「後で牛を使って持ってきますよ」
(早速いちゃつき始めたな……。やはりバカップルか)
天帝は思わず呆れ顔になる。喧嘩さえしてなければ二人は終始いちゃついてるようなバカップルなのだ。いや、あの喧嘩も二人のバカップルが成せる物だったのかもしれない。
「ところで織姫。僕がいない間、部屋の掃除はちゃんと自分でやっていたんですか?」
「うっ……。も、もちろんよ」
「……やってないんですね。また天帝様にやってもらってたんですね。本当に何も変わってませんねあなた」
「う、うるさいわね! その分だとあなたの融通が効かないところもそのままなんでしょうねー!」
「あなたが自由過ぎるだけでしょう! まさかそんな感じで仕事を放棄したりしてないでしょうね!」
「馬鹿な事言わないで! わたしがどれだけ真面目に仕事をしてるか知ってるでしょう!」
二人で並んで歩きながら、ぎゃあぎゃあと騒ぐ織姫と彦星。それを見守る天帝は思わずぽつりと呟いた。
「……やっぱり駄目かもしれん」
七夕の夜空に輝く天の川。そこでは今年まで二人の男と女が喧嘩を繰り返していた。しかしそれも今日までの話。これからの二人は、離れる事なく共に歩み続ける。
「頭来た! 許さないからね!」
「望むところですよ!」
……きっと、同じ事は繰り返さないはずだ。……多分。
もしも七夕に夜空を見上げた時、天の川の中に異様に光る星や突如として現れた流れ星など、何かおかしな事があったら、それは織姫と彦星が再び長い喧嘩をしている目印だ。
願わぬば、彼らがもう一度大喧嘩を始める事がないよう、皆で祈ろう。それと一緒に叶えて欲しい自分の願い事を添えれば、もしかすると天帝様が叶えてくれるかもしれない。
今日は七夕。織姫と彦星のための夜。一人の男と一人の女のための、夜。
いかがでしたでしょうか。
何だかだらだらと長くなってしまったような気もしますが、一応こう纏まりました。
なんか、僕ってこう言った季節物の短編を書くのがあまり得意じゃない気がします。
あんまり上手く書けなかったかもしれませんね。
とりあえず、彦星のえげつない戦闘スタイルが大好きです。
今回の短編の中で書いていて一番楽しかったです。
と言うか、今回の短編はこれを書く為だけに書いたようなものです。
今回の企画が持ち上がった時に真っ先に思いついたのが、織姫と彦星のバトルで、そこをメインに据えるには何かインパクトが必要だと思った結果の彦星です。
一応、彼等は地球の人間の何倍も生きて何倍も強い存在ですので、元々人間単位で見れば相当強いのですが、彦星は天の牛飼いとの事なのでかなり鍛えていると言う事になっています。
今回の短編設定では天の牛は気性がかなり荒い設定なので、鍛えていなければ危険だったと言う訳です。
さて、ここまで読んでくだささりありがとうございました。
ご指摘や感想等ありましたら遠慮なく書きこんで行ってください。
催促じゃありません。誘導でもないです。
最近連載陣になかなか手が回らないのですが、これで少し楽になったので頑張ります!
それでは皆さん、ありがとうございました!