外伝 - 続・問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その37
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
戦乙女。
北欧神話に登場する勇敢なる乙女の名を、雪音は思い出していた。舞うように美しく、だが刃のように鋭く立ち回るユネの姿は、そう呼ぶに相応しい。
「雪音、やるぞ!」
その背後に控えるはオーディーンのはずだが、“日陰の軍神”はどちらかといえばロキだなぁ――などと場違いなことを考えつつ、しかし兄の声に雪音は遅滞なく応えた。
「うん! 受け取って、お兄ちゃん!」
加護系技能が発動し、二人の全身へ力が満ちる。
一護と繋がる感覚に心も体も高揚させながら、雪音もまたユネへと突撃した。
「えっ!?」
後衛術者が直接、襲い掛かってくるとは思わなかったのだろう。
ユネは一瞬だけ戸惑ったものの、すぐ冷静になって剣を振るった。お手本のような美しい太刀筋は、まず一護を牽制し、返す刃で雪音を斬り伏せる意図を明確に伝えてきたが――生憎とこちらのギアは既に最高潮。
「!?」
ユネの予想を遥かに超えた速度で一護が駆け抜け、雪音も必殺の一太刀をなんとかいなす。
「マスター!?」
ヒビキへの接敵を許したユネの意識が、こちらから外れ――。
「やあああああああああああっ!?」
「っ!?」
次の瞬間、彼女は派手に宙を舞った。
完全に油断していたのだろう。
迫る雪音に振るわれた刃は、明らかに精彩を欠いていた――間一髪で懐に潜り込み、彼女の力を利用して遠くまで投げ飛ばす。
EGFの技能ではなかった。
これは現実世界で、一護と共に学んだ技術。鷹をして合気は免許皆伝と言わしめた雪音の、いわば隠し球である。
(とった……!)
その間に、ヒビキは必殺の間合いに捉えられていた。
遠近あらゆる距離で戦える一護が、最も得意とする間合い。一時的にせよユネの守護が外れた今、双剣がヒビキを屠るため繰り出された。
「っ!?」
だが『ファーレンハイトの炎剣』が、甲高い音を奏でる。
凄まじい攻撃速度で振るわれた剣は、辛うじて受け止められていた。
「あれ?」
ただし――受け止めたのは一護。
反応すら出来ないはずだったヒビキが、いつの間にか斬撃を繰り出したのだ。万全の攻撃態勢に入っていた一護が、防御を選択せざるを得ないほどのスピードで。
(は、速過ぎる……!?)
想定はしていたが、実際に目の当たりにした衝撃は予想以上。
ヒビキが一護よりも速く攻撃する――それ自体が“ありえない”奇跡を前に、雪音の脳髄が反射的に思考へ沈む。
一護のAGIを10とすれば、ヒビキは精々2か3。比べるのもばかばかしい圧倒的な開きだ。さらに一護の『明星弐連』は双剣カテゴリ、全武具カテゴリでも攻撃速度で1,2を争う。長剣カテゴリである『ファーレンハイトの炎剣』に振り負けるはずがない。
「おかしいな!」
「く、お!? ちっ!」
だが実際にヒビキは速度において一護を圧倒していた。
攻撃は速過ぎて、既に不可視の域に達している。勘と経験でなんとか一護は凌いでいたが、引き離そうにも振り切れず、圧倒的な苦戦を強いられていた。
『雪音!/うん!』
ならば援護するのが己の役目。
一護とアイコンタクトだけで意志の疎通を果たした雪音は、風魔術『大空壁』を発動する。
逆巻く突風が壁となってヒビキを塞き止めるのと、死角から迫るユネを一護が跳ね返したのはまさに同時だった。
「っ!」
決定機を失った両者は共に跳躍、仕切り直しのため再びペアで対峙する。
「その反応」
沈黙は僅かに一瞬。
青いオーラを撒き散らすヒビキが、苦笑しながら呟いた。
「隠してきたつもりだったけど、知ってたみたいだね?」
「……まぁな。『ギガントマウンテン』の時、違和感があったから調べた。あんな技能を取るような物好きがいるなんて思わなかったから、仮説でしかなかったけど」
「あー、まぁ普通は取らないよねぇ。でも僕は例外。最初っからこの“三分間の福音”のために、スキルを調整して来たんだし」
『三分間の福音』。
それはEGFでも四つしか存在しない九元技能――名実共に最強無敵を冠された絶対秘法。それがヒビキ、“日陰の軍神”とまで称される男の隠し球だった。
「あの山も貴方の仕業ですね?」
確信を持って、雪音も呟く。
『三分間の福音』――その効果はステータスの限界到達だ。魔術系ステータスを強化して地形操作をすれば百メートル級の変化も可能だし、AGIへ作用させれば一護とて軽く上回る。
「うん、まぁそうだね」
今までのように韜晦すると思いきや、ヒビキはあっさりと認めた。
素直に認めた驚きが、雪音の体を僅かに強張らせる。
「!?」
その言葉さえも罠だった。
来ると直感した時にはもう遅い。硬直した一瞬の隙、もはや躱せぬ距離に炎の刃が迫っている――。
「……この速度でも見切るかぁ」
「可愛い妹に手を出させるかっての」
だが同時に、世界一安心する背中が視界を埋めていた。
雪音が反応できなかった刃を、一護が不敵な笑みで受け止めたのである。
「みんなの影に隠れがちだけど、やっぱり君も大概だよね。一護君」
「買いかぶりだ。見ろ、この冷や汗。手加減してくれていいんだぞ?」
「こっちも必死だからさ。そういうわけにもいかないかな……!」
極限の鋼同士が奏でる音楽は、かつてないほど高回転。
天翔ける紅蓮の軌跡を、白黒の双輪が弾き飛ばす。雪音どころかユネですら迂闊に入り込めない剣戟の応酬は、EGFの中にあってさえ、人外の様相を呈していた。
ヒビキの『三分間の福音』は、システム上限までステータスを強化する。
それは圧倒的な力だ。
鷹や漆黒クラスの超人ならともかく、一護の腕では踏み潰されて終いだろう。
『雪音、バフをもっと頼む!』
『う、うん!』
故に、一護は雪音との協力プレイで対抗していた。
最速で発動する技能は『烈火の加護』、『守護天使の慈悲』、『ホーリーチェーン』、『パラサイト・ノヴァ』――多重発動された無数のバフ技能が一護のSTRを、AGIを、HPを強化する。
「相変わらず酷いチートだね!」
「今のお前には言われたくない!」
ヒビキが揶揄するほど、効果は覿面だった。
トップクラスの術者たる雪音の全力――それだけでも強力だが、『連なる絆のペアリング』を持つ二人は、更なる加護を受けている。
それこそが“ステータス効果の共有化”。
例えば一護が1%のSTR UP、雪音が1%のVIT UP状態にあるとすれば――二人はSTRもVITも1%ずつバフ効果を獲得するのだ。
重ね掛けするほど強力な権能を利用することで、一護はヒビキに追いすがる。
そうして雪音も、また――。
「お兄ちゃんの邪魔はさせません」
ユネの前に立ち塞がった。
ステータスUPを果たした一護を脅威と認め、ヒビキとの挟み撃ちを狙う彼女を牽制するために。
「雪音さん……後衛が前衛に勝負を挑むんですか?」
「はい。いくらお兄ちゃんでも二対一じゃ勝ち目はありませんから」
「……一対一なら別だと?」
「そう聞こえませんでしたか? あなたも含め、一対一なら私達に分があります」
無論、虚勢だ。
『ペアリング』を使っても勝負出来るレベルに引き上げるのが精一杯。
今のヒビキに分があるプレイヤーなど存在しないし、ユネにしたって雪音よりあらゆる部分で上だろう――チート状態であることを差し引いても、二・八で分が悪い。
「かかってくるならご自由に。私も全力で抵抗します」
だが、それでも雪音は挑発をやめなかった。
針のような鋭い闘気に晒されながら、だが決して気圧されることなく『カレイドスコープ』を構える。
「……解りました。では、行きます」
その気迫をどう取ったのか。
真っ直ぐにユネは雪音へ向き直った。
「……」
彼女の持つ『ヒュペリオンソード』が紅蓮を反射して揺れる。
敵対した相手を恐怖へ陥れる至高の剣を見て、雪音の闘志はむしろ激しく燃えていた――思い出を売り払った兄の覚悟が脳裏へ蘇り、己もまた奮起する。
「「っ!」」
共に譲れぬ相手が在る。
溢れんばかりの想いを乗せて、二人の少女が激突した。
速いもので本シリーズも6年目へ突入しました。
今しばらくお付き合いただけますと幸いです。




