外伝 - 続・問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その5
葵は確信していた。
このイベントで、『キズナ』随一の戦果を挙げるのは自分だろうと。
(まぁ、相性の問題なんだけどにゃー)
葵の基本クラスは『弓兵』。遠距離攻撃職の代表格だ。
一対一は苦手だが、バトルロイヤルのようなバーリトゥード方式では狙撃に徹することで、その脅威は格段に向上する。しかも葵は面白そうな技能を片っ端から獲っているため、剣も使うし罠も設置するし、商売も出来るし魔法も修めていた。
いわばオールラウンダー。
こういった戦場においては完璧なる戦闘芸術品といっていい。何それかっこいい流石葵ちゃん(自画自賛。
まぁ色々な職種に手を出しすぎた結果、どの分野もスペシャリストとは言えない技能構成になってしまったのはご愛嬌――。
「っと!?」
くだらないことを考えていたら、不意打ちを受けた。
草むらから繰り出された巨大な鉄塊の攻撃を、葵は跳躍で回避する。
背の高い草の中に姿を隠していたのは、Lv150の『剛剣士』だった。
潜んでいたのは妥当な判断だろう。
今のEGFでLv150程度では、精々中の上。マトモに蹴散らしながら進むのはリスクが高い、というがまず不可能である。
「喰らえっ!」
それがわざわざ姿を見せたのは、確実にこちらを仕留めるためだった。
『剛剣士』が身長ほどもある戦斧を振り翳す。咄嗟の跳躍で葵の体勢は大幅に崩れ、マトモに回避できない――とでも、思ったか?
「なぁ!?」
驚愕の悲鳴は、相手からだった。
何事もなかったかのように葵は渾身の一打を避けている。
空中で崩れた体勢など、持ち前のバランス感覚と『アクロバット』の低級技能で即時修正。そして相手が空振った時には、超至近距離から放たれた矢がもう急所を撃ち抜いていた。
「ぎゃあああああ!?」
「バイバ~イ♪」
いくら前衛職でも、ノーガードのクリティカル判定はそうそう耐えられない。
迂闊な『剛剣士』はあっさりと沈んだ。葵はといえば、今の悲鳴で新しい手合いが出てきても面倒なのですぐさま駆け出している。
(さーて、もうちょい狩りながらみんなを探すかにゃ)
“狩り”とはいっても、基本はヒットアンドエスケープだ。
プレイヤーを見つけたら、とりあえず遠距離狙撃して逃げる。
バトル中だったら二人まとめて撃てるので最高。
葵の攻撃がダメ押しになって二人とも墜とせたら超最高。
『全員、聞こえるか!』
などとゲスいことを考えていたら、『通信石』から一護の声が響いた。
『通信石』での受信はいつでも出来るが、発信する場合はアイテムウィンドウを開かなければならない。葵的にそれは面倒くさいので、とりあえずは一護の話を聞くだけにしておく。
『良い知らせと悪い知らせが一つずつ。良い知らせは『風見鶏』と同盟を結んだ。今はユネちゃんと一緒にいる』
申告通り、良い知らせとやらは中々の朗報だった。
だがそれだけに、切迫した一護の声が気にかかる。考えたくもないが、悪い知らせとやらは同盟を越えるほどのトラブルなのでは――。
『……悪い知らせは……レイが漆黒に突っかかった。絶賛バトル中らしい』
「うわ」
と思ったら、やっぱりそうだった。
一護の言葉に、葵も思わず声を漏らす。同盟を結んだ直後に構成員へ戦いを挑むこと自体が本末転倒だが、それに加えて相手が悪過ぎた。
(あの中二病とか……ちみっ子も面倒なことしてくれるょ)
漆黒とは、性格も戦闘力も何一つマトモな部分などない男である。
遠くから見て笑うくらいでちょうどいいのであって、自分から近づく、あるいは戦いを挑むなど愚の骨頂だ。まぁ鷹とレイ二人は例外なのだろうが。
『レイは雪山フィールドだ。全員、全速力でレイを援護。同盟を伝えて戦いを止めろ!』
心底嫌だったが、一護の指示とあれば仕方がない。
『フリーラン』のスキルから『疾走法:ガゼル型』を実行。
ステータスのAGIが向上し、代わりにATK全般が落ちる――持久戦用の補助スキルなのだが、今回のように長距離を走り抜ける場合も重宝する技能だった。
(まったく、世話のかかる!)
先ほどまでとは比べ物にならないスピードで、葵は大地を駆け抜ける。
レイの居場所は雪山フィールド。草原から移動するにはまず転送ポイントを見つける必要があるが、地道に足で探すしかないのだ。『機動弓兵』の異名を持つ葵は『キズナ』随一の探索能力を持つが、それでも間に合うかどうか――。
「仕方ないなぁ、もうっ!」
完全なる独り言と共にスキルを連続発動。
『探知』技能による簡易レーダーと『信仰の心得』による低レベルの直感スキル、さらには標準装備・乙女の勘を併用する。特に最後――乙女もとい、野生の獣じみた勘は強烈で、信じられぬほどの早さで葵は雪山フィールドに到達し、そして対峙する二人を発見した。
(――――いたっ!)
ここまで五分、あるいは十分。
決着がついてもおかしくない時間は経っていたが、レイは未だ健在だった。
遠目から見てもボロボロであからさまに劣勢だったが、それでも漆黒を相手に削り殺されていないのは十二分に評価できる。
(って言っても、流石に厳しいなぁ……もう死に掛けじゃん)
レイのHPは既に2割を切っていた。次に一撃でもクリティカルが入れば、アウトになってもおかしくない数値である。
(さて、どうするかにゃー)
ギリギリ気づかれない場所までは近づいた。
だが迂闊な攻撃は命取りになりかねない。
二人が離れて対峙しているならばともかく、高速戦闘中――レイと連携しないまま横槍を入れたとしても、戦闘力に勝る漆黒を利する可能性が極めて高い。
戦況もまた、互角とは言い難かった。
果敢に攻めることでレイは食い下がっているが、漆黒には明らかな余裕がある。このままでは遠からず圧し負けるだろうが、あの負けず嫌いがそのまま倒れるとも思えなかった。
(……仕方ない。信じるょ、ちみっ子)
葛藤を抑え、葵はその場で愛弓を構えた。
いつでも発射できる体勢を整えつつ、修羅のぶつかり合いへと目を凝らす。幾つか攻め方のパターンを頭へ描き、レイが作り出すはずの隙を信じて。
「………………」
心地良い緊張感だ。
血が急激に冷えて、世界の色が失われていく感覚。
プレッシャーさえ己の力に変える天賦を以て、もとより鋭い葵の知覚がどんどん研ぎ澄まされていく。
「雄々オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
そうして、僅かに数瞬後。
致命的な劣勢を悟ったレイが、ついに吠えた。
吠えるのと同時。
あるいは早くに彼女の踏み込みは完了している。
それは幾度となく繰り返された神風特攻でありながら、今までとは決定的に違っていた。
レイの師にも匹敵するような、完璧な吶喊――蓄積し、爆発させたエネルギーの質が段違いに凄まじい。
「ぬっ!?」
今までの最高を一足飛びに超えた一撃は、百戦錬磨の想定を上回った。
迎撃に繰り出した刃は完全に間に合わず、初めて無防備な状態で懐へ入られ――渾身の右ストレートを顔面に食らう。
「っ!?」
「わぁっ!?」
もんどりうって吹き飛ぶ漆黒と、全てを出し切ったが故にそのまますっ転ぶレイ。
素人目には反撃開始という場面ではあるが、ここにレイの敗北が確定した。
一矢報いたのは見事。
しかし足りない。ヒットはしたが、それだけだ。最早レイの奇襲は通用せず、漆黒も先ほどのスピードを念頭に対処してくるだろう。HP残量が少ない現状、もう一度、間合いを詰めることは不可能といっていい。
そう。
この戦いが、一騎討ちであったのなら。
「疾ッ!!!」
葵の矢が唸りを上げる。
引き絞った時間の分だけ威力が増す弓術技能『チャージ・スナイプ』――限界近くまで練り上げた最強の一矢が、体勢を整えつつあった漆黒の胴体へ着弾した。
「ぐっ……!?」
(まだだょ!)
ここは威力よりも手数を重視する場面と判断。
『アンカーガトリング』の発動で装填時間を短縮し、連射速度を一気にトップギアまで持っていく。
「っ……!?」
まさに嫌がらせの極致だった。完全装備状態の漆黒には、葵の通常攻撃では大したダメージを与えられないが、着弾の衝撃による負荷は確実にプラスの効果をもたらしている。
「ええい、この底意地の悪さと精度、“山猫”かァ!」
半分以上キレた声音で、漆黒がスキルを発動。
初期動作中の無敵設定に護られた上級技能が衝撃に揺れることなく放たれ、隠れていた葵を目掛けて正確な剣閃を飛ばしてきた。
(やばっ!?)
斬り裂かれる前に『アンカーガトリング』を解除。
技能解除により移動禁止のデメリットが解かれた葵は、慌てて跳び退いた。咄嗟の動きだったため転がりそうになるも、驚異的なバランス感覚で持ち堪える。
倒れている暇などあるはずなかった。
何しろ漆黒が、猛然とこちらへ迫ってきている。長距離は『フリーラン』に長ける葵が上回るだろうが、近距離ではあちらの方がスピードに勝っていた。
追いつかれれば敗北は必至――。
「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃあ!」
ならば、三十六計逃げるに如かず。
自らを称して『機動弓兵』。その異名に決して劣らぬ勢いで、退避しながら矢を連射連射連射――!




