甘えん坊と鈍感男
“キヨミ・スクウェア”という建物があるのをご存知だろうか。
題して総合型商業施設。
服飾系は勿論のこと食品販売、ドラッグストア、ホームセンター、ゲーセンやボウリング、映画館や占い、果ては武器屋に至るまで、総勢五十以上もの店舗を集中させた巨大モールだ。
そのコンセプトは“極限までの集客率!”。
商売根性丸出しである。
が、その結果もたらされた利便性は地元民のハートを捕えた。
ここに来れば大抵の物は何でも揃うと有名になり、この不景気でもウハウハという噂で持ちきりになるほどである。
「さて、探すか」
今日も今日とて大混雑の中で、伊達一護は一つ気合を入れ直した。
朗らかな顔立ちの青年である。だがその眼差しには闘志が見え隠れし、適当な長さで切った黒髪にもどことなく気合が漲っていた。
スマートで端整な容姿ゆえに普段から人目を引く一護だったが、その並々ならぬ気合ともう一つの理由で、今日はさらに目立っている。
「……で、何で俺はここにいんだよ」
もう一つの理由――それは隣の男にあった。
鍛え上げた筋肉を持つ人並み外れた体躯。黄金の短髪と皮肉げに釣りあがった目つきが与える攻撃的な印象は、どう転んでも良いものではない。
しかも昼前に突然連れ出されたのが気に食わないのか、幼馴染にして親友――月都鷹は絶賛不機嫌中だった。
「仕方ないだろ」
とはいえ、それで怯むような付き合い方はしていない。
一護は腕を組んで頷くと、いかにも仕方ないという態度を演出した。
「相談相手が欲しかったんだよ。お前以外には頼めない」
「あ? 何か買うのかよ?」
「ああ。もうすぐ雪音の誕生日だろ。それでな」
「……おい、一護。ボケたのか?」
「違う」
予想通りの物言いは即座に否定。
だがまぁ鷹のリアクションも解らないではない。
幼馴染には長い時間で作られたローカルルールが幾つかあるが、誕生日プレゼントはその一つなのだ。
「何が違ぇんだよ。“幼馴染で個別のプレゼントはNG”――満場一致で決めただろーが。毎回プレゼントしてたら金かかってしょーがねぇって」
そう、確かにそういうルールはある。
一年に四人分、単純計算で三ヶ月に一回必ずプレゼントが発生するのだ。金の問題もあるが、それだけプレゼントしていればネタも尽きる――というわけで、今では誕生会の諸費用折半が暗黙の了解となっている。
忘れたわけではない。
忘れたわけではないが、抜け道も確かに存在していた。
「幼馴染はな。家族としてプレゼントする分は禁止されてない」
「……屁理屈だな、おい」
「でも理屈だ。それに今回は入学祝も兼ねるつもりだし、特別だ特別」
「……で、何で俺が付き合わされんだ?」
言っても無駄だと悟ったか、鷹が嘆息する。
やはり深く頷いて、一護は深遠なる理由を口にした。
「風見に訊けば食い物系になるのは目に見えてるし、葵に頼めば御礼だなんだってあいつ用の出費が増える。ぶっちゃけ金に余裕が無い」
「……で、俺か。一応考えちゃいるんだな」
「当たり前だろ」
「じゃ、改めて言うけどよ。俺がいる意味がまったくねぇ。お前の選ぶプレゼントで雪音ちゃんが喜ばねぇわけねぇんだし」
「例えそうだとしても、どうせなら一番喜んで欲しいしな。なるべく良い物送りたいじゃん?」
「無限に何を掛けてもそれ以上にゃなんねぇよ……」
疲れたようにため息をつく鷹。
何気に凄いことを言っているが、流石に雪音も何を送っても大喜びってわけじゃないと思うぞ。多分。
「そんなわけで諦めて付き合え、鷹。ドリンクバーくらいはおごるから」
「……このシスコンが。よりによって俺に頼むかね、普通」
悪態はつきながらも、一応は納得してくれたらしい。
なんだかんだと付き合いの良い友人に感謝しながら、一護は目的地へ向かう。
「何買うのか決めちゃいんのか?」
「アクセにしようかと思ってる。雪音、そういうのあんまつけてないし」
「ああ。そういや見掛けねぇな。髪留めくらいか?」
「アレも何年か前にあげたやつなんだけど、未だにつけてるんだよなぁ……流石にデザインも古くなっちゃってるから、別のつければいいと思うんだけど」
「……そんくらい思い当たれよ。アホ」
「ん?」
「なんでもねぇ。そして死ね」
「いきなり!?」
「ハ」
ズカズカと先行する鷹は、見るまでもなく不機嫌だ。
どれくらい不機嫌かというと、不穏な空気を感じ取った人々が道を譲るくらい。蛇行しないと歩けない混雑の中、あいつの周囲だけぽっかりと空間が空いている。
ちなみに一護はちゃっかりスリップストリーム。いや、楽だわこれ。
「って鷹。どこ行くんだよ?」
「ああ? 決まってんだろ。雪音ちゃんへのプレゼント買いにだよ」
そのまま数分ほども歩いただろうか。
鷹が連れてきたのは、元々一護が来ようと考えていたアクセサリーショップだった。豊富な品揃えとリーズナブルな価格で若者を虜にする人気店であり、雪音のお気に入りでもある。
流石は幼馴染。互いの嗜好もバッチリだ。
「うお。思ったより混んでるな」
「関係ねぇよ」
ほぼ女性一色の店内に一護は気後れしかけたが、鷹は平然と歩を進める。
ネックレス、ブレスレット、リング、チョーカー、ストラップ――それら定番を軒並みスルーして鷹が足を止めたのは、半分予想していた一角だった。
「……髪留めか」
「ああ。とっとと選べ。これ以外は絶対認めねぇからな」
「いや、まぁ髪留めも候補入ってたからいいんだけど……そこまでの殺気出すなよ」
「出してねぇよ」
いや出てる。
珍しい男性客に近づいてきた店員が怯えて引き返すくらいには出てる。
まぁ鷹といればこの程度は慣れっこだ。髪留めも候補に入っていたという話も嘘ではない。相談相手がこれがいいと言うのなら、それもいいだろう。
「……えーと」
というわけで真面目に検討を始めた一護だったが、いざ選ぶとなると難しい。
(今のはシンプルだから凝った奴の方がいいか……でも、あんまりゴテゴテしてるのもなぁ。素材が極上だから引き立てる程度で……いや、でもそうすると今と似たようなのに……」
そもそも“髪留め”と一口に言っても、形状に色、装飾など千差万別だ。雪音は大半のアクセサリーが似合うが、それでも合う合わないはあるし、どうせ贈り物をするのであれば一番似合うものを送ってやりたい。
(やべぇ。凄い悩むぞ、これ)
数百点にも上るアクセサリーを総ざらいするしかないのか――と半分覚悟を決めた一護だったが、どうやら神様が気を利かせてくれたらしい。
「ん?」
手前の数十点を選別して目を向けた先に、それはあった。
ほのかな桜色に色づく小さな花が、二つ寄り添った髪飾り――モチーフはプリムラだろうか。まるで仲のいい兄妹のような姿が微笑ましい。
「お……」
手に取ると、細かい部分まで良く作りこんであるように見えた。
周りと比較すれば豪華さ、派手さはないものの、それは即ち余計なものが一切ないということである。
(問題は……似合うかだが)
ファーストインプレッションは文句なしだが、それが一番大事。
というわけで、レッツ想像タイム。
『雪音、これ。誕生日プレゼントだ』
一護が袋を出すと、まず雪音は驚くだろう。
『え? で、でも……貰えないよ。みんなに悪いし……』
そしてきっと遠慮する。でも物欲しそうな視線は正直で、髪留めに釘付けだ。
『悪いわけないだろ。誕生日なんだから……ほら』
『ふにっ!?』
今回はプレゼントだ。少し甘やかして、一護が古い髪留めを外してやろう。そうして逃げ場をなくしてから、新しいのをつけてやればいい。
『……おいおい。下向くなよ。似合ってるところ見たいんだから』
『だ、だって……見せられないよ……その、今の私、すっごいにやけちゃってるから……』
『いいんだよ。にやけてくれて。プレゼント冥利に尽きるってもんだ。ほら、顔あげて』
『あ……』
頭を撫でてやると、恐る恐る雪音は顔をあげる。
思っていた以上にプレゼントは似合っていた。まるでオーダーメイドしたかのように、はにかむ雪音の可愛さを極限まで引き上げている。
『ん。よく似合ってるな。可愛いぞ、雪音』
『あ、ありが、とう……お兄ちゃん……♪』
最後には感極まった雪音が抱きついてきた。まるで髪飾りのように、二人の兄妹が寄り添いあって――。
「……決まったみてぇだな」
「はうあ!?」
親友の呆れた声に、ようやく一護は正気に返った。
危ない危ない。
想像の中だけでとろけてしまうところだった。
「そいつでいいのか?」
「あ、ああ……文句ない。ちなみにお前から見て、どうだ?」
「いいんじゃねぇのか? お前が選んだんだし、それ以上のはねぇだろ」
投げやりな感想を述べながら、鷹が携帯をポケットに戻す。
普段は携帯に触らない男も流石に手持ち無沙汰だったのだろう。選んでいる時間と想像(妄想ではない)している時間で結構待たせてしまったようだ。
「悪かったな、鷹。それじゃ買ってくるから、もうちょい待っててくれ。その後に飯でも行こう」
「ンじゃその間にトイレ行って来らぁ。戻って来なかったら先行っててくれ。サイゼだろ?」
「ああ。解った。それじゃまた後で」
「あいよ」
ひらひらと手を振って鷹が出て行く。
あいつにとっては退屈な時間だっただろうが、おかげでいい買い物が出来た。せめてもの侘びとして、昼飯は奢ってやろう。
◆◇◆◇◆
しかし一護の思惑は綺麗さっぱり外れた。
「……遅い。あの野郎、どこ行った」
無事に会計を済ませた一護は、大手チェーンのファミレスに入った――待ち時間もなく席に案内されたまでは良かったが、一向に鷹が来ない。
入店してから二十分が経過しようとしており、いくらなんでも遅すぎる。
「携帯も出ないし……むぅ」
今日に限っては電話を忘れてはいないはずだが、通話に出る気配は一向になかった。何度コールしても、虚しく留守番サービスに接続される。
(さては絡まれたか?)
鷹は同年代の不良達にとって顔役だ。自身の強さもさることながら、そういう連中を束ねて支配下に置いている。下克上を狙う奴らからは格好の標的だ。
(まぁ鷹なら大丈夫か)
とはいえ、あいつを心配するほど馬鹿ではない。
一護はある種の諦めと共にメニューへ視線を落とした。
来ない方が悪い。
いい加減腹も減ったし、何か食べてしまおう。
(今日はどうするかな……)
――とまぁ、すっかり油断していた一護の耳に届いたのは、思いがけない一言だった。
「……おに~いちゃん?」
「は?」
この世の誰よりも聞きなれたその声。
驚きと困惑を抑えきれないまま、反射的に顔を上げる。
「な……」
そこにあったのは、やはり世界一見慣れた美少女の顔だった。
極上の触り心地を持つ栗色の髪、穏やかさをたたえた大きな瞳、赤ん坊のように綺麗な白い肌――そして先ほど想像の中で存分に愛でたのと同じ、とろけるような笑顔。
紛うことなく、間違うことなく、これ以上ないほどに。
一護の妹、伊達雪音がそこにいた。
「なんでここに……?」
呆然と問いかける。
当然ながら今日の買い物はトップシークレット、雪音に伝わらないよう細心の注意を払った。付き合ってもらった鷹にさえ、出かける直前に声をかけて連れ出したレベル。いくら一護に関しては異常に勘の鋭い雪音でも、絶対にバレないはずだったのに。
「えっと……」
が、しかし。
あっさりと情報の出所は明かされた。
「お兄ちゃんがここにいるって、鷹さんが連絡くれたの。その、甘えるチャンスだって……」
(あの野郎~~~~~!)
裏切り者を胸中で呪う。
いくら待たせたとはいえ当事者を呼ぶなどというルール違反、一発レッドカード相当だ!
「そ、それでお兄ちゃん。鷹さんがね、今日はいくら甘えても怒らないって言ってたんだけど……ほんと?」
(あ・の・や・ろ・う~~~~~!!!)
なんてことを。
この超絶甘えん坊がリミッターを外せば、まず間違いなく死人が出る。死因は胸焼け、もしくは嫉妬の炎。最有力候補はもちろん一護だ。
じゃあ甘えさせなければいい――と考えるのは素人である。
少しでも雪音を拒めば、鷹は幼馴染全員に今日の買い物をバラすつもりだろう。伊達に付き合いは長くない。
そうなれば色々と台無しだ。
サプライズ的にも。
財布の中身的にも。
(どういうつもりだあいつ……!?)
鷹の心理を読めず悶々としていると、一護の携帯が鳴った。こんな時に――と思ったが、その音はまさしく今話題の男専用の音である。
(この!)
電話ではなくメールだ。
勢いのままノータイムで開くと、そこには素っ気無い文面で一言だけ記されている。
“仲良く選びな。俺は帰る”
(どこで見てたああああああああああああ!?)
「ふえ!?」
雪音がびっくりするほど大げさに周囲を確認した一護だったが、戦犯は影も形もなかった。あれほどデカイ図体でも、気配を消した鷹は驚くほど見つけにくい。
(……くそ。逃がしたか)
そもそもメールを送ってきたということは、既に離れた後だろう。
「???」
「……気にするな」
首を傾げる雪音にそれだけ呟き、一護は天を仰いだ。
いつの間にかちょこんと対面に腰掛けていた妹は、とりあえず今の奇行を棚上げしてくれたらしい。にこにこと微笑みながら、こちらを見ている。
「……どうした?」
「ほんと?」
「……なにがだ?」
「いくら甘えても怒らないって……ほんとかな~って」
「あー……」
「じ~」
「…………ああ、ほんとだ」
「えへへ♪」
選択肢があったら教えて欲しかった。
仮にこれがゲームの世界でも、選択肢は出ないだろう。もしくは全部同じ内容のはずだ。
「今度鷹さんにお礼しないと♪」
「俺の復讐とどっちが速いかな……」
間違いなく返り討ちに遭うだろうが、とりあえず出会い頭に一発殴ろう。
「まぁいいや……良くないけど、こうなったら仕方ない。雪音。あのバカ、他に何か言ってたか?」
「他に? えっと……あ、そういえば」
「ん?」
「埋め合わせって言ってたけど……なんだろうね?」
「……なんだろうな」
鷹との会話を思い出せば、言葉の意味も何となく読み取れたかもしれないが――あっさりと一護は諦めた。
今更思い出してもどうしようもない。
それに、思い当たることでドツボにハマるような予感がした。
「折角だし、何か頼むか」
ならば今はこの時間を楽しもう。
鷹に対するせめてもの当て付けで――あいつの言う“埋め合わせ”とやらをするべきだ。
「どうせ鷹に奢るつもりだったし、俺が払うよ」
「ふぇ? いいよ。私が出すから。家計簿も今月は余裕あるし」
「だーめ。甘えるんだろ? なら素直に奢られなさい」
「……でも」
「でもじゃない。ほら、メニュー」
強引にメニューを押し付ける。
しばらく戸惑っていた雪音はしかし、やがて嬉しそうに微笑んでそれを受け取った。
「えへへ、お兄ちゃん優しい♪」
「いつもじゃないからな。解ってると思うけど」
「解ってるもん。私だって、いつもはおねだりしないでしょ?」
「……そうだな」
だからたまにプレゼントしてやろうって気になるのだが。
「で、何にする?」
「えーっと……あ。こ、これがいいな。二人で飲むカップル限定のジュース♪」
「いきなりかお前はあああああああ!!!」
酷く甘くて、だが心地よい。
仲良し兄妹のデートは、そんな一護の叫びから始まった。




