カンビョオーネ! 2
それから暫らく経って、一護は台所にいた。
『で、そのまま看病か?』
「ああ」
片手に包丁、もう片手には食材。
首と頭で携帯を器用に挟みつつ、絶賛料理中である。
「そんなわけで今日は休む。文句あるか?」
『ねぇよ。雪音ちゃんが体調崩しちゃ仕方ねぇだろ』
「相変わらず雪音には甘いな」
『お前にだけは言われたくねぇ』
「事実だろ。で、葵らは?」
『朝っぱらから、みのの旦那をキレさせるくれぇにはうるさかったな。お前から連絡しろよ』
「嫌に決まってんだろ……っと、そろそろ煮えたか」
『あん?』
「お姫様のお昼ご飯。久々だから悪戦苦闘中だ」
思わず苦笑が漏れた。
始める前はきちっと整理されていた台所が、今や散らかり放題の荒れ放題。使う必要のない器具や調味料がそこかしこに放置されているのはともかく、包丁を扱う手つきが、我ながら危なっかしくて仕方ない。
『まだ食ってねぇのかよ? 俺ぁさっきファミレスで食ったぜ』
「なんでだよ。外出て食う時間ないだろ。普通」
『そりゃ途中でフケたしな。つか、電話出てる時点で察しろ』
解ってるよ。自主休校中だってことくらい。
「そんなわけで学校は頼んだ。見舞いに来るようなら大人しくするよう言っといてくれ」
『あいよ。適当に顔出して言っとくわ』
「頼んだ」
『おう。ンじゃ雪音ちゃんによろしくな』
そこで電話は切れた。欠伸をして屋上から立ち去る親友の姿まで幻視し、一護はほっと息をつく。唐突な葵の押しかけ看病が心配だったが、鷹に任せれば一安心だ。
「っと。そろそろかな?」
蒸した鍋からいい匂いが漏れてきていた。
じっくりことこと弱火でゆっくり――これが最大の決め手(自称)である。あとは目分量で味付けを調整して、一護特製昼ご飯の完成だ。
(気に入ってくれりゃいいけどなぁ)
もちろん味見はした。
一護の主観で言えばそれなりに出来た味、とりあえず不味くはない。むしろ美味い部類に入るとは思うが――この料理は雪音のために作ったもの、判断するのは彼女であって自分ではない。
「……うん、とりあえず持ってこう」
とはいえ悩んでいても埒が明かないわけで。
ここまできたら度胸勝負、器にしっかり盛り付けて、一護は台所を出た。裁判に臨む被告人のような神妙な面持ちでお姫様の待つ二階へ。
「入るぞー」
「はーい」
挨拶もそこそこに部屋の中へ入ると、妹の視線がこちらへ向く。寝起きでとろんとした目はご愛嬌だが、顔色はどことなく朝より良さそうだった。
「ほら。ちょっと遅いけど昼飯作ってきたぞ」
「ご、ごめんねお兄ちゃん……」
「それは飯を作らせたことか? それとも寝てる間中、俺の手を握って放さなかったことか?」
「両方です……」
恥ずかしくなったのか、布団の中へ隠れながら雪音が答える。
朝の顛末の後、やはり体調が芳しくなかったのか、彼女はすぐに寝てしまった。だが寝る前に繋いでやった手は意識がなくなった後も放されることなく、そのまま12時を回ってしまった次第である。
流石に昼飯を作ってやらなければいけなかったし、色々限界だったので結果的には一護が起こしたわけだが――。
「甘え根性ここに極まれりって感じだったな、うん」
「あうぅ……」
「まぁいいさ。病人の時くらいは甘えて――いや、普段から結構甘えてるか」
「…………(すごすご」
「布団の中へ逃げるんじゃありません」
「だって……お兄ちゃんがいじめるから……」
「冗談だよ、悪かった。飯が冷めるから出て来いって」
「……いぢめない?」
「いじめないいじめない」
半兵衛(信奈Ver)かお前は。
「ほら、ご所望の卵粥だぞ」
「わ~♪(ぱちぱちぱちぱち」
持ってきた器を差し出すと、雪音が歓声をあげた。
ついでに拍手までしてくれたわけだが、その中身は言葉通りに卵粥――我が妹君の熱弁した一護の得意料理(仮)である。
「ただし味は保証しないぞ。なんせ久々だしな」
「大丈夫だよ。匂いだけでも美味しそうだもん♪」
「生姜の匂いしかしねぇけどな」
「久々だぁ……えへ~♪」
うん、全然まったくこれっぽっちも聞いてませんね?
(まぁ喜んでくれるなら嬉しいけどさ)
妹の珍しい表情に一護の顔も綻んだ。
雪音はどちらかといえばしっかり者、特に外では完全無欠の優等生である。家の中では甘えん坊な面が多々あるものの、流石にこれほど子供っぽい姿は稀だった。
「ほい、レンゲ。熱いから気をつけろよ?」
「ふに?」
「いや、“ふに”じゃなくて……レンゲだよレンゲ。流石に箸じゃ食べれないだろ?」
「……あ~」
「…………何の真似ですかね、雪音ちゃん?」
「あ~♪」
「……………………食べさせろと?」
「あ♪」
口を開けたまま、器用に頷く雪音。
子供っぽいと思っていたら、まさかの一足飛びで幼児退行である。つまりロリ雪音。諸君、あえて言うまでもないけど、ウチの妹は子供の頃から可愛いぞ(兄バカ。
「……まぁ今更照れもないけどな。ほれ。あ~ん」
「あ~♪ ……んぅ~♪」
うわぁい、凄い笑顔だ。
グルメレポーターなど及びもつかない。料理を食べて至高の笑顔――といえば真っ先に風見が思い浮かぶが、それにすら匹敵しそうな表情だった。
「あ~」
「しかもナチュラルにお代わり要求するし……」
「あ”~」
「解った解った。そんな不満げな声出すなっつの……あ~ん」
「あぅ♪(はふはふ」
「熱かったか?」
「んーん(ふるふる」
「そか。それは良かった」
ついでに言えば、食欲も戻ってきたみたいで良かった。
一護ごときのお粥じゃ栄養満点とはいかなくても、朝のように果物をちょっとだけ、というよりはかなりマシである。
「次々いくぞ。あ~ん」
「あ♪」
それが自分の料理を食べて――となれば尚更だ。
親鳥の如く、一護は慈愛を以てひな鳥へエサを運ぶ。レンゲを口元に運ぶ度、彼女は小さな口を目一杯開け、嬉しそうに微笑みながら頬張っていた。
(これが世話する快楽……!)
雪音が一護の世話を焼きたがるのも解らんでもない。
全幅の信頼を寄せる相手を、好き放題に甘やかす――それは甘える側とは違う、与える側にのみ許された愉悦だ。看病してるだけで愉悦部入れそうな件について。
しかしまぁ、それもわずかな間のみ。
当たり前だが、物事には最後があるわけで。
「ほい、ラスト。あ~ん」
「あ~……ん♪」
名残惜しそうにしながら、しかし雪音が最後の一口を完食する。
器一杯に盛り付けたはずの卵粥は見事に空、綺麗になくなっていた。ひょっとしたらいつもより食べたかもしれない、そのくらいの食べっぷりである。
「美味かったか?」
「うんっ。すっっっっっっっごく、けほ、美味しかったよ♪」
「無理してむせるなよ……」
「だ、だって美味しかったんだもん……」
「強調し過ぎだ。恥ずかしいだろうが」
しかし言葉通り、満足はしてくれたらしい。食べ終わった雪音はここ最近でも一番の上機嫌だった。
「美味しかったなぁ……えへへ。食べ過ぎちゃったよ」
「何よりだ。作った甲斐がある――さて、俺も食うか」
「ふぇ?」
胸が満たされようと、食欲はきっちり別枠。
ごそごそと一護が取り出したるは、何を隠そう日本古来の伝統料理だった。
丸いフォルムに白と黒のコントラスト、見た目からでは想像できない味のビックリ箱――。
「おにぎり?」
「おう。お前のお粥を作った時、一緒に煮てた肉を詰めたんだ。これは美味いぞ(確信」
「そ……それだけ?」
「なん……だと……? そ、そりゃお前に比べれば料理と呼べないレベルかもしれないけど……美味いんだぞ? うん、きっと美味い。美味いに決まってる(´・ω・`)」
「あ!? ち、違うの! おにぎりが悪いとか、そういうのじゃなくて……お兄ちゃんのお昼ご飯がそれだけなのかなって……」
「あ、ああ、そういう意味か……いきなり毒吐かれたと思った」
俺の方が精神的ダメージでダウンするところだったぞ。
「まぁそうだな。大きいの作ったから量だけはあるし、凝ったもの作るようなつもりも腕もないし。お手軽ランチだ」
「で、でも栄養のバランスが……」
「一食くらい大丈夫だろ。幼馴染で外食する時とかあるじゃん?」
「ああいう時は後のお料理で調整してるから……」
「ダニィ!?」
知らぬ間にカロリーコントロールされてたの!?
「そ、そうか……でもまぁ大丈夫だろ。うん。いけるいける」
「う~……あ! じゃあ私が何か作るよ――」
「兄チョップ(微弱」
「へぷっ!」
かいしんのいちげき。
微弱とはいえ、雪音からなんか面白い声が出る程度には衝撃があった。涙目で見上げる妹をジト目で見返しながら、兄としてはため息をつくしかない。
「お前はアホか。そもそも何で俺が料理したと思ってる」
「あ、あう……」
「なんでだろ~な~?」
「……わ、私が風邪を引いたからです……」
「うん、そうだな。じゃあ例えば俺が風邪引いたら、雪音はどうしてて欲しい?」
「ね、寝てて欲しいです……」
「そうだなぁ。でも俺は健康体、風邪引いてるのはお前だからなぁ……で、病人はどうするんだっけ?」
「……え、えっと」
「どうするんだっけかなぁ~?」
「……………………お、お兄ちゃんのお食事作ります」
「なんでやねん!」
思わず一護はツッこんだ。折角回りくどい伝え方したのに、そこを譲らなかったらまったく意味がない。
「ほ、ほら。私はもう治っていくだけだけど、お兄ちゃんは体調悪くなっちゃうかもだし……体調管理をした方が……いいよ?」
「なんだその理論。未来より今を見ろよ……というか、相変わらず変なトコだけ頑固な……」
「変なトコじゃないもん。お兄ちゃんのことだもん」
「いや、だもんじゃなくて。それが変な部分だっつーに」
「……(むすっ」
とはいえ、こうなった雪音は中々厄介だ。
誰に似たのか、この華奢な妹は意固地に近いレベルの頑固者である。ましてや今は罪悪感も手伝っているだろうから、下手をすると拗ねる可能性すらあった。
(しゃーない……強制的に黙らすか)
あまりやりたくないが、雪音の体調を考えれば致し方ない。
「雪音」
「ふにゃ!?」
解りやすくそっぽを向いた顔を両手で掴んだ。痛くないよう細心の注意を払いつつ、強制的に顔の向きを転換させる。
「お、お、お、お、お、お、おにい、ちゃん?」
「雪音」
「は、はい!」
「そのままな?」
「え、ええええええ!?」
そうして、一護は端正な顔を正面から覗き込んだ。鼻と鼻がくっつきそうな距離――まつげの本数すら数えられそうな至近にて、雪音と目を合わせる。
「じ~」
「……へ、へう」
「じ~~」
「…………あ、あの……」
「じ~~~~」
「………………あぅ……」
「じ~~~~~~~~」
「……………………ふにゃあ」
しばらく待っていると、ぼふんと湯気が出た。
蒸気の元は我が妹。恥ずかしがり屋が一護の視線攻撃に耐え切れず、熱暴走したのである。
「熱も上がったみたいだし、寝ろ寝ろ」
「う、うぅ……ずるいよお兄ちゃん……」
「計画通り(なんのことやら解らんな」
「本音と建前が逆だよぉ……」
「はっはっは。ゆっくり寝ろ」
「……でも」
「寝ろ。いいな?」
「……………………は~い」
「ん。よろしい」
バカバカしい理由でも熱が上がったのは事実――立ち上がれなくなった雪音を、一護は勝者の笑みで寝かしつけた。
……ようやくこれで飯が食える。




