はたらくお兄さま! 中編
喫茶“マーブル”。
その店がどこにあるのか一護は知らなかった。小中高と全て地元、商店街付近の地理にはそれなりに自信があったのだが、存外この街も広いらしい。
「……こんなところに店があったのか」
偉大な新発見に、一護は藤岡隊長バリのハスキーボイス(自称)で呟いた。
シックな二階建ての木造建築。ログハウスを思わせる外観は落ち着いた重厚感を放ち、往年の名店のような雰囲気を纏っている。全体的に小奇麗な印象で、成る程、同年代の女子に人気なのも頷けた。
「さて、そんじゃいよいよだな」
そんなわけで、バイト当日である。
やはり緊張気味の妹を引き連れ(ただし案内したのは雪音)、一護は天見の知り合いの店へ到着していた。
「今何時だ?」
「九時五十分。ちょっと早いかな?」
「いや、入っちゃおう。十時開始ってなら、いい時間だし」
流石に緊張していたが、ここで躊躇しても仕方ない。
「こんにちはー! 天見さんの紹介で来ましたー!」
「こ、こんにちは」
妹に案内してもらったという引け目も手伝い、一護は積極的に扉を開けた――のと同時、思わず唸ってしまう。
(……へぇ。中も綺麗だな)
意外なほど広い店内は、外観に負けず劣らず落ち着いた内装だった。椅子もテーブルも全て同じ木目で統一され、どこか中世のヨーロッパを思わせる。照明は必要最低限だったが、大きめの窓から入る光が内装を照らし、温かな雰囲気を構築していた。
デートによし、おしゃべりによし、でもバカ騒ぎは勘弁な――そんな風情である。
「……しかし反応がないな。まさか留守か?」
「でも、お店開いてたよ? 奥の方とかなんじゃないかな?」
「それもそうか。そんじゃもう一回――すいませーん! バイトの者ですけどー!」
これでも反応がなければ奥まで歩いていこうと思ったが、結果的にそれは杞憂だった。
「は~い。今行くの~」
奥から聞こえてくる声――些か甲高い可愛らしい声音が、伊達兄妹の耳朶を打つ。
「探しに行く手間が省けたな」
「えへへ、そうだね」
ほっと息をつきながら、入り口で待つこと数秒。
「いや~、ごめんね~」
ご丁寧にぱたぱたと足音を響かせて、ついに“彼女”が姿を現した。
「え?」
「ふに?」
「一護くんと雪音ちゃんで合ってるの?」
「え? あ、はい。そう、ですけど……?」
「うわぁ~。助かったぁ……来てくれてありがとうなの。しかも美男美女、流石は天見ちゃん。目利きは確かなの」
「………………えーと」
まくしたてられて、一護も雪音も言葉が出ない。
話している内容からすると、彼女はお店の人なのだろうが――本当にそうなのか、一護としては甚だ疑問だった。
(子供……だよな?)
こちらの胸までしかない小柄な体躯。ふっくらと丸みを帯びた顔の輪郭は、大きな瞳と小さな唇が配置されている。キラキラ輝く黄金の髪の毛はなんとツインテール、リアルで見るのは初めての髪型だ。
どう見ても子供です。本当にありがとうございました。
「あーっと……その、お店の子?」
「子?」
くりんと首を傾げられ、あまつさえ左右を見回される。
「いやいやいや、この場で君以外に子供はいないだろ……」
「……あー、天見ちゃんから何も聞いてないのね。やっぱり悪戯っ子なの」
ようやく、こちらの疑念が伝わったのか。
彼女はやれやれと、子供らしからぬ表情で苦笑して――直後、特大の爆弾をぶっ込んだ。
「長谷川菜乃なの。天見ちゃんの永遠のライバルにして、運命の大親友。あと一応、この喫茶店のオーナーもやってるの」
「「…………えええええええええええええええ!?」」
きっかり一秒。
まったく同じタイミングで驚愕の声を漏らした兄妹に、彼女――菜乃は悪戯っぽく微笑む。
「あは。仲良いの♪」
「い、いや、ちょっと待って。いや、待ってくださいお願いします」
若干頭痛がしてきた。原因は天見。一護の頭の片隅でチェンソー振り回している(幻影)。
(えーっと……つまり、彼女=長谷川菜乃=店長=子供の方程式が成り立つから……)
黙考より数秒。
真理に至った一護はそうか、と深く頷いた。
「――成る程。つまり流行の子供店長か」
「天見ちゃんと同い年だよ?」
「マジで!?」
「す、すごい……」
その驚きたるや、口から魂飛び出しそうなほどである(一護談)。
いや、確かに赤樹学園にも年下にしか見えない先輩もいるけど――この人は度を越していた。少なくとも年上には見えない。絶対見えない。こんなの絶対おかしいよ!
「こえー。アンチエイジングこえー……」
「そ、そういうのじゃないと思うよ? お兄ちゃん……」
「はいはい、お姉さんの秘密はまた今度なの」
いい加減焦れたのか、菜乃がぱんぱんと手を叩いた。
「改めて、ようこそ喫茶マーブルへ。今日はよろしくなの」
「よろしくお願いします」
「……お願いします」
まだ色々と言いたいことはあったが、とりあえず一護は棚上げすることに決める。
一日だけとはいえ、今日の自分はアルバイターなのだ。今までのは菜乃が本気で店長だったら些か失礼すぎる物言いだった。うん、失礼なのは心の中だけにしよう。
「今日二人にお願いしたいのは、フロア係とコックさんなの。料理はどっちが得意?」
「いつもは私が作ってますけど……」
「我が家の三ツ星シェフです」
「おお。それは期待が持てるの。ちなみにこれが今日のメニュー。作れないの、ある?」
「えっと……ちょっと見せてください」
菜乃からメモを受け取った雪音の目が、料理人のそれになる。
丸っこい字で書かれた内容は、パーティー用――天見から聞いた団体予約相手の品々だろう。結構な品数みたいだったが、その分、見たこともないような料理名はなかった。
「……うん、これなら」
そうなれば、伊達家の名コックが対応できないはずもない。
「大丈夫です。お店本来の味にはならないと思いますけど、作れます」
「おお!? やったの!」
快諾した雪音に万歳する子供店長。アカン、やっぱり小学生にしか見えない。
「じゃあ早速、雪音ちゃんは料理に取り掛かって欲しいの。一護くんは私と一緒に会場のセッティングをして、その後にお手伝い」
「はい」
「お料理は下ごしらえまででいいですか? 今から最後まで作っちゃうと、冷めちゃいますけど……」
「うん。それでお願いするの」
「解りました」
さて、それじゃバイト開始と行きますか――。
◆◇◆◇◆
“会場のセッティング”といえば仰々しいが、つまりは机・椅子の準備である。
聞けば団体予約は、なんと三十人が予定されているらしい――大口過ぎるほど大口のお客様だった。店としては有難いのだろうが、通常のレイアウトで対応できる範囲ではない。とりあえず椅子は一階にある分だけでは完全に足りず、二階、さらには倉庫からも引っ張り出してくる必要があった。
「っしょっと……これで全部かな?」
額に浮いた汗を軽くぬぐう。
一個一個は軽くても、数が数。ありったけの椅子達を運び入れた頃には、早くも疲労感が腕にのしかかっていた。
「てんちょー。これ、どう並べますー?」
「五脚くらいをまとめて欲しいのー。小グループで分かれてもらう予定だからー。あと店長じゃなくて菜乃さんって呼んでほしいのー」
「あーい。努力しまーす」
返事をしながら椅子を並べていく。五脚ひとまとめ――ということは予備も踏まえ、全部で七グループだ。
(……机が一階で足りてて良かった)
もし足りなかったら、二階から一人で下ろさなくてはならないところである。やってやれない作業ではなくても、全力で遠慮したい。
「……これでよし。ついでに拭いとくか」
倉庫に入れてたのは流石にちょっと汚れていたので、拭き掃除開始。
一つ一つ濡れ雑巾でわしゃわしゃ拭いていると、ひょっこり菜乃が姿を見せた。
「おお! お願いしようと思って来たら、もうやってくれてるの♪」
「お。ちょうどよかったっすね」
「うんうん。一護くんは出来る子なの。雪音ちゃんも学生とは思えない手際だし、超大型新人なの~♪」
「一日バイトですけどね」
水を差すのも悪いかと思ったが、呟きながら苦笑する。
「雪音はともかく、俺は買いかぶりですよ。そんな大層なことしてるわけじゃないし」
「そんなことないの。的確にニーズを見抜く眼力は大事。私の好感度もうなぎのぼりなの……あ、でもラブラブイベントは発生しないのよ?」
「へー。それはざんねんだー」
「……予想以上の棒読みにお姉さんがっかりなの」
くだらないことをしゃべりながら、しかし菜乃の手は止まらなかった。一護が並べたテーブルの上に彩り鮮やかなテーブルクロスを次々と掛けてゆく。
「……これが匠の技。なんということでしょう」
「Before Afterなの。ふふ♪」
元がシックな店だけに合わないのではないかと懸念したが――飾り付けを続けることにより落ち着いた中の賑やかさ、モノトーンの中の温かな光、例えるならハロウィンパーティーのような不思議な華やかさが形成された。
「変われば変わるもんですね。パーティー会場っぽく見えてきました。あとはグラスとかですか?」
「んー。それも必要だけど……その前に、一護くんはお料理出来るの?」
「へ? 何をいきなり?」
「いいから。どうなの?」
「手伝い程度なら。ウチじゃ雪音が作ってくれるもんで、ほとんど出番ないですけどね」
「ほうほう。それじゃお米を洗剤でといたり、キャベツを塩とビネガーだけで味付けしたり、空鍋をかき回したりはないの?」
「バカにしてんのかアンタ」
あと空鍋関係ねぇだろ。あの子、普通に料理出来るし。
「よし。それじゃ一護くんに指示! 雪音ちゃんの手伝いをしてくるのー」
「……えーと、店長。何故でしょうか」
「いやぁ、流石に1人きりで30人前作るのは可哀想なの。こっちは大分余裕出来てるし、それなら一護くんのヘルプ当て込んだ方がいいかなって。あと菜乃さんって呼んでなの」
「…………なるほど」
まぁ確かに作る量が量だ。
雪音だからと心配はしてなかったが、冷静に考えれば結構な負担である。ここは菜乃の言葉に甘えて、多少なりとも手伝うべきだろう。
「解りました。それじゃ厨房向かいます」
「うん、頼んだの。しっかりケアしてあげて――あ、ちょっと待つの」
「はい?」
菜乃の言葉に、歩き出しかけていた足を止める。
彼女はにんまりと――葵のような――あまり気持ちの良くない笑顔を浮かべていた。
「キッチン行く前に、ちょっと先に来るの」
「へ?」
◆◇◆◇◆
そうして五分後。
「……あの人もなんだかなー」
ようやく解放された一護は、ぐったりと肩を落としてキッチンへ向かっていた。レイアウト変更だけでなく、菜乃に弄ばれたせいで疲労は一気に臨界点である。
(あーもう、余計な時間食っちまった)
さっさと可愛い妹を見て癒されたい。
バイトが始まってから――雪音と別作業になってから、なんだかんだ一時間近くが経過していた。忙しなく往復していた菜乃はともかく、一護がキッチンを訪れるのは初めてである。
さて、どんな塩梅かと思いきや――。
「……おぉ」
中を覗き込んだ一護は、思わず感嘆のため息を漏らした。
キッチンのあちらこちらに幾つもの品が並んでいる。大皿に盛られたサンドイッチやサラダ、大鍋で煮込まれているスープやカレー、あちこちに置かれた完成間近の惣菜類――。
「えっと、次は……」
そして、それら料理の創造主として君臨する自慢の妹。
素人とは思えない手際で作業する後姿は、流石といわざるを得なかった。あと家のものとは違うエプロンが超似合っててやばい。
「雪音~」
「ふに? はーい♪」
ともかく、これなら間に合いそうだ。
猫の手程度とはいえ、もう一人が手伝えば余裕かつ確実に準備万端整えられるだろう――重大な使命を持って来臨した兄へ向けて、雪音は嬉しそうに振り返り。
「ふみゃあああああああああああ!!!!???」
どんがらがっしゃーんっっっ!!!!!
凄い音を立てて崩れ落ちた。近場にあった完成品、あるいはこれから美味しく調理されるはずの素材も幾らか巻き込んで地面へ散らばる。
「ちょ、おま!?」
大事な商品も心配だったが、なによりも尋常の様子じゃない雪音に慌てた。どちらかといえばオットリとした性格の彼女があれだけのオーバーリアクション、しかも尻餅をついた今でさえ、両手で顔を覆っている。
「どうした!?」
「お、お、お、お、お、お、お、お兄ちゃん!?」
「え? あ、なに?」
「な、ななななななななななな何してるの!!!」
「……いや、何って……料理の手伝いに」
「違うの!!!」
「え? いや、違わないけど?」
「い、いいから! 出てって、お兄ちゃん!」
「え? え? え?」
「いいから!」
よくねぇ。
何もよくねぇ。
「ちょ、ちょっと待て! 何がなにやら解らんぞ! ちゃんと説明を――」
「いいからぁ! お願い、お願いだからっ!」
「ちょ、おま、待てって!」
問答の間に立ち上がっていた雪音が、ぐいぐいと一護の背中を押した。意外なほど力強い抵抗に遭い、キッチンから追い出されてしまう。
「……………………………………なんなんだ」
本当に心の底から一護は呟いた。それなりに長いお兄ちゃん人生の中で、あれほど拒絶されたことなどない。“出てけ”と言われたことさえ初めてだった。
……そうだよ。傷ついてるよコンチクショウ!
「……あれ? なにしてるの?」
やさぐれ始めた一護を見越したように、カウンターの向こうから菜乃が姿を見せる。
「キッチン、入らないの?」
「……いやウチの子に出てけって言われたですよ、ナノえもん……」
「もう~。しょうがないなぁ~一護くんは~」
やっぱこの人、ノリがいいな。もうちょっとノブヨっぽい声だったらパーフェクトです。
「で、どうかしたの?」
「いやそれがサッパリ……手伝おうと思ってキッチンに入ったら悲鳴あげて倒れて。そっから追い出されちゃったんです」
「へぅ? 仲悪くなっちゃったの?」
「……俺が聞きたいですよぅ」
「あー、はい。うんうん。わかったの。私が聞いてくるから泣かないのー」
名誉のために言っておくが、泣いてはいない。
だがそれに近しい顔はしていたのだろう。一護を気遣った菜乃はてってこてーと小走りでキッチンに入り、“なんかすごいことになってるの!?”と絶叫した。面白いなあの人。
だが、その後の声は聞こえない。
判決を待つ被告ってこんな気持ちなのか。ドラマじゃ絶対に伝わらない緊張感だよなぁ……あ、念のため弁護士は無敗の堺先生でお願いします。
「……う~ん。やれやれなの」
現実逃避を始めてしばし、判決を見届けた菜乃が現れた。
驚いたような、困ったような、それでいてどこか楽しんでいるような――微妙な表情でブツブツ呟いている。
「その発想はなかったの……天見ちゃんから聞いてたけど、本気で本気なんて……うーん。面白いけど恐ろしいのよ」
「……あのー、菜乃さん? ウチの妹はなんて?」
「あ、うん。一護くんがカッコ良すぎて直視できないって」
「………………………………はい?」
「まぁ解らないでもないの。我ながらベスト・コーディネートだし♪」
いや、そのりくつはおかしい。
確かに今の一護は珍しい格好をしている。喫茶店の正装(多分嘘だが)――と言われて着替えさせられた黒のタキシード、あるいは燕尾服とでも称せばいいだろう。
珍しいとはいえ、それは常識の範囲内。あのブラコン妹は何をトチ狂ったのだろうか……。
「……ちょっと話してきます」
「うん、そうして欲しいの。このままじゃ仕事にならないの」
「急ぎます!」
正直、嫌われてなくて心底ほっとしたが、それはそれこれはこれ。
準備を整えるためにも、早急に雪音をなんとかしなくては――微笑を顔に張り付かせ、一護は再びキッチンへと歩を進めた。




