やはり俺達の青春旅行は間違っている その6
「それでは、ごゆっくりお寛ぎ下さい」
「あいよ。ご苦労さん」
一礼して仲居さんが出て行く。旅行者一同の代表者として送り出した一護と鷹は、やれやれと苦笑しながら部屋の中へ戻った。
即ち旅館へと到着の巻、である。
「お菓子だ! わ~い♪」
「お、冷蔵庫はっけーん!」
「えっと、旅館の案内は……受付が100で、他が……」
「……見事にばらばらだな」
性格出まくってる。食い気に好奇心に心配性て。
「ま、ようやく気ぃ抜けるってこったろ。いいじゃねぇか、好き勝手やらせりゃ」
「それもそうか」
ふう、とため息をついて一護もまたソファーへ腰掛けた。きょろきょろと落ち着かないまま左右を見渡し、素直な感想を一つ。
「……しかし豪勢だ」
部屋は洋室と和室が連結されたタイプで、合わせて三十畳くらい。もちろん風呂とトイレは別で、洗面台も2面、さらにベランダまであった。街の主要部から外れているのがネックだが、洗練されたスタッフが運営する10階建ての大型旅館――間違いなく、これは普通よりも相当にお高いロケーションだろう。
「なぁ鷹」
まぁ一護としては、それよりもっと気になることがあるのだが。
「あん? くだらねぇことなら口にすんなよ?」
「あー、いや、違う。それはもう言わないけど……何で一部屋なんだ?」
そう。この旅行で予約されていたのは一部屋のみ。
十年以上の付き合いにより、普段はほとんど性別を気にしない幼馴染軍団ではあるけれど――それでも男二人の女三人だ。同じ旅館ではあっても、普通は部屋を分けて泊まるだろう。
が、訊かれた鷹は肩をすくめるだけだった。
「さぁな。言っただろ? 旅行プランは葵任せだってな。知りたきゃあいつに訊けよ」
「それもそうか……葵~?」
「え? だってそっちのが安いっしょ?」
「きょとんとするな。俺の方が非常識みたいだろうが」
「それに一緒の方が遊ぶのにも便利じゃん。それとも兄貴、今更あたし達に欲情とかしちゃうのかにゃー?」
「ぐ……お前、それは卑怯だろ」
YESと答えられるわけがないし、Noならそもそも問題にする必要などないわけで。
「お前の負けだな、一護。つか、家でも泊まってんだから本気で今更だろーが」
「旅行先は気分が違うんだよ」
思い切り負け惜しみを呟いて、一護はソファへ背中を預けた。ぐったりくつろいでいると、横合いから冷茶がそっと差し出される。
「サンキュな、雪音。よしよし」
「えへへ、どういたしまして。ふに~♪」
「……久々に見ても、やっぱ変わんねぇなぁ」
「あ、そっか。でっかいの久しぶりだもんねぇ。兄貴の甘えさせ癖」
「うんうん。私達は見慣れてるけどね~」
「うるせ。働き者を褒めるのは当たり前だ」
「ま、雪音ちゃんが働き者ってのは間違いねぇし、一護の言い分にも一理あらぁな。で、こっからどうする? まずメシか?」
「ご飯!?」
「みー。夕飯は19時からだから、まだ食べれないょ」
「(´・ω・`)」
「19時か」
観光が予想以上に面白かったせいで、チェックインは予定を大幅に超過した。夕飯まで30分程度では、一休みの時間は取れないようだ。
「ちなみにメニューは?」
「豪華バイキング。みーがいるんじゃ、そういう方がいいっしょ?」
「にゅひひ……バイキング、ごくり……ふひひひひひひひひ」
「か、風見ちゃん。落ち着いて、ね?」
「……まぁ確かに」
恐ろしい顔になりつつある大食い娘を見れば、葵の判断は大正解と思えた。コースだと量が足りないだろうし、風見が満足するまで追加注文なんてした日には支払いの桁が跳ね上がること請け合いである。
「……しかしゆっき。いつまでそれ、やってるのさ?」
「んぅ? それって?」
葵の指摘に雪音が首をかしげた。重心が変化したせいか、彼女と同じタイミングで膝の上の物体も僅かに傾く。
雪音が抱えるそれは地上最大の肉食獣。
白き毛並みを備え、獰猛なる意志と孤高の気位を併せ持つ、ずばりホッキョクグマ――。
「ぬいぐるみだょ。車からずっとじゃん」
「かわいいよね~」
――の、ぬいぐるみだった。
ふわふわとした絶妙の手触りとくりっとした黒目が可愛らしい。ずんぐりとした体型は安心感と共に確かな重量を伝え、短い手足もまたキュート。
言うまでもなく、一護が水族館でプレゼントした一品である。
「え? でも、葵ちゃんも持ってきたよね?」
「あー、うん。そりゃまぁ一応……でも抱きかかえてはいないょ?」
「なんで?」
「いや、なんでって……」
ズレた問答だった。
何で抱えているのか解らない葵と、何で抱えないのかが解らない雪音――そこに根本的な差異がある以上、永遠に平行線のわけだが。
(そりゃまあ、あれだけ喜んでくれれば本望だけどさ)
一護としてはどちらも援護出来なかった。
雪音が喜んでくれているのは解ったが、プレゼントした瞬間からひと時も離さないのは流石に気恥ずかしい。
出来うるならお兄ちゃんの微妙な心の機微を悟って欲しいところだが――。
「気持ちいいなー。えへ♪」
嬉し過ぎて若干、幼児化した妹には無理だろう。
「やっぱズルいょ。あたしにも何か買って、兄貴」
「お前はでっかいサメのぬいぐるみ、鷹に買ってもらっただろうが。公平だ公平」
「だってサメだょ!? 白くまはなんかこー、もふもふーでデフォルメされるとキュートだから女の子だなぁ、って感じするけど、サメだよ!? 不公平すぎない!?」
いや、ピッタリだと思うけど――とは言わない。ハイキックが飛んでくるから。
「ハ」
だが、葵を恐れぬ男がこの場には一人。
「お前が女の子ってタマかよ」
「にゃんだとー!」
鷹のからかいに獣が反応した。しなやかな肉体を存分に躍動させて跳躍、文字通り飛び掛ったのはこれまた言うまでもなく葵であり。
「ほいっと」
「うわぁ!?」
しかし獲物を捕らえる直前、盛大に宙返りするハメになった。畳にわけも解らず転がされ、目を白黒させている。
「え? 何々? どうやったの今!?」
「勢い使って転がしただけだ。ンな大したモンじゃねぇ」
「いや、今の空気投げとかそういう類だろ。こんなところで奥義級の技使うなよ」
「む~~~! こうなったらヤケだょ!」
だが、かしまし娘は止まらない。
けたたましく足音を鳴らして荷物へ駆け寄り、取り出したるはサメ――のぬいぐるみ。明らかに不必要なサングラスをかけ、ほほ(エラ)には十字傷があり、ヒレはタバコを持っている。やりたいことは解るが、あからさますぎるデフォルメがなんともいえないB級臭。
「ゆっき!」
「ふぇ?」
「しゃー!」
それを前面に押し出し、葵が宣戦布告。
声は威嚇のつもりだろう。しかし当のぬいぐるみは、口を無理やり引き伸ばされたせいでなんか面白いことになっていた。
「ありゃケンカ売ってんのか?」
「かな~? なんかヒレでボクシングしてるし~」
「なんちゅー雑な展開だ……」
「もーうるさいなー! 外野は黙っててょ!」
がー、とサメよりも遙かに激しく葵が吼える。
普段はその程度の咆哮で黙る幼馴染ではないが、今日はあえて黙った。ひとえに、葵の挑発を受けた雪音がどう動くか興味深かったからである。
「え、えっと……」
幼馴染の視線にたじろぎながら、彼女が出した結論は――。
「が、がおー?」
“がおー”だった。
精一杯伸ばされた短い手がなんともいえない愛おしさ。顔を隠すために持ち上げたぬいぐるみは悲しいかな、白さとのコントラストによって逆に桃色へ染まった頬をくっきりと浮かび上げてしまっている。
ばたん。
「わー!? 鷹ちゃんが倒れた~!?」
「なんでさ!?」
「た、立ちくらみしただけだ!」
慌てて取り繕う鷹は、間違いなく悶絶したのだろう。
だが気持ちは解る。
一護もノックアウト寸前だった――何しろ浮かんできた言葉が、“愛は地球を救う”である。意味不明な分、むしろ鷹よりタチが悪い。
「もーもーもー! なんだょもー!」
葵は吼えた。揃いも揃ってバカばかりの男連中に、そうせざるを得なかった。




