とある冬の日
投稿順=時系列ではないのでご注意ください。基本、1話完結です。感想等あれば小躍りして喜びますので、よろしくお願いします。
「寒い」
伊達一護はそうぼやいた。
穏やかそうな眼差しと爽やかな口元、鼻筋の通った端正な顔立ち。街中を歩いていれば、何人かの女性は振り返る――そんな青年である。
「寒いぞ」
だが、それもちゃんとした格好をしていればの話。
二人羽織のように頭から布団を纏い、顔しか出ていない状態では別の意味で人目を惹くことになるだろう。無論、悪い意味で。
「なんだこの寒さは……尋常じゃないぞ……」
とはいえ、一護にそんなことを気にする余裕はなかった。
布団を被ってがたがた震えながら、ひたすらに“寒い”と繰り返す。
「誰だよ。今年は暖冬とか言ってたバカは……殴ってやる。それか責任取れ……」
今日は一日寝ているはずだったのだが、寒すぎて起きてしまった。好き勝手言いたくなるのも無理はない(と思う)。
「……ダメだ。このままじゃ死ぬ」
一念発起。限界を悟って一護は立ち上がった。
巻きつけた布団はそのままに、ずるずると布団を引き摺りながら移動する。
通報ものの不審者だが家の中だし、小うるさい親父も出かけているのだ。構わないだろう。
「うぅ……廊下はさらに寒いな……」
足の裏が冷たかったが、目的のためには仕方なかった。すり足の要領で摩擦熱を期待しながら歩き、一階へと降りていく。
(さて、いればいいんだけど……)
時間は十時少し前。
ひょっとしたら出かけているかと懸念したが、幸いそれは杞憂だった。
「~♪」
リビングを覗き込み、探していた少女を見つけ、一護は安堵する。
セミロングの茶髪にくりくりした大きな瞳。肌は赤ちゃんのように白く綺麗で、目鼻は奇跡的といっていいバランスで並んでいる――つまりはどこからどう見ても完璧な美少女が、リビングで洗濯物を片付けていた。
鼻歌交じりでも作業は手早い。
ベテラン主婦もかくやという手並みだった。
(もう洗濯まで済ませたのか……相変わらず働き者だな)
この少女は伊達雪音――何を隠そう、一護の妹である。グータラな兄貴とは比べるのもおこがましいほど優秀な妹だ。
「雪音」
「んぅ? はーい」
作業が終わったのを見計らって声をかけると、雪音はすぐに反応した。ファンクラブの連中が見たら卒倒ものの笑顔で振り返り、一護の格好を見てさらに可愛らしく破顔する。
「あはは。お兄ちゃん、凄い格好だね」
「寒いんだよ……お前はよくそんな格好でいられるな」
今日の雪音の服装は淡い水色のセーターに、チェック柄のミニスカート、そして紺のニーソックスだ。ニーソックスを履いているとはいえスカートから覗く白い素肌も眩しい、男からすれば信じられない格好である。
本人も自覚はあるのだろう。彼女は少しだけ苦笑した。
「んぅ……ちょっとだけ寒いけど、お洒落は我慢することだから。大丈夫だよ」
「自分の家で我慢も何もなかろうに……誰が見てるわけでもないし」
「お兄ちゃんが見てるもん」
「俺かい」
「俺です」
えへへ、と笑う雪音。
何が嬉しいのか、妹君は大層ご機嫌だった。
「それでお兄ちゃん。私に用事? 朝ごはんなら出来てるけど……」
「ああ、そうだったそうだった。飯も後で食うけど、それより先にコタツ出したいんだよ。どこ仕舞ったか覚えてないか?」
「おこた?」
「そそ。前に鷹にもらったろ? 妙にでかいやつ」
「あ、うん。それならこっちだよ」
悪友の名前で見当がついたらしい。
雪音は一護の手を取ると、そのままトコトコ歩き出した。
(……嬉しそうだからいいけど、手繋ぐ必要はないよなぁ)
当人に見えないよう苦笑して、なすがまま一護は雪音の後へ続く。可愛い妹が甘えてくるなら、受け止めてやるのが良い兄貴の条件だろう。
「おこたは、えっと……確かここだよ」
手を繋いだまましばらく歩いて、二人は和室に入った。
ここは一応客間なのだが、人の訪ねてこない伊達家にとっては無用の長物、完全に物置と化している。
「……物が増えたな」
「そうだね。使わなくなったのって大体、ここに入れちゃうし……」
几帳面な雪音が整理しているので荒れ放題というわけではないが、それでも結構な量のダンボールや衣類ケースが積みあがっていた。これは年末の大掃除が大変そうである。
「こいつらは今度売りに行くとして、こたつはどこだ?」
「うん、押入れにあるよ。ほら」
「おお」
雪音が押入れからこたつ机を引っ張り出した。
よくやった、これで安心快適暖冬ライフが過ごせる――。
「……って、あれ? お布団がない……?」
「は? 奥の方じゃないのか?」
「う、ううん……見える範囲にはないみたい……」
「なんと」
画竜点睛を欠くにもほどがある。
布団が無いコタツなんて壁の無い家も同然じゃないか。
「……だ、大丈夫っ。きっと見つけるから!」
雪音はしばらく首をかしげていたが、一護の落胆が伝わったらしい。
慌てた様子で押入れの中へ四つんばいで潜り込むと、ごそごそ本格的な捜索を始めた。
(って、おい。スカートでっ!)
今日の格好で四つんばいはまずい。
ただでさえ眩しかったふとももの露出がさらに上がり、もっと際どい部分まで見えてしまっていた。妹とはいえアイドル顔負けの美少女、男の本能が反射的に視線を向けてしまう。
(…………ピンク。いかんいかん! 何を考えてる、俺)
しっかり確認してしまってから、一護は慌てて顔を背けた。
年頃の娘さんがスカートで四つんばいになるんじゃありません。
「えーっと……お?」
赤くなった頬を誤魔化すように上を見上げ――。
「……雪音、あったぞ」
「んぅ? どこ? お兄ちゃん」
「あそこだ」
あっさりと目的の物を見つけてしまい、一護は苦笑した。
雪音が下段を探すなら、自分は上程度の考えだったのだが、本当に見つかるとは。押入れの二段目部分を丸ごと占拠しているあれこそは、捜し求めていた財宝に違いない(誇張あり)。
「あ、ほんとだ……」
這い出てきた雪音と並び、布団を見上げる。
見つかったことは手放しで喜べる事実でも、別の問題が出てきてしまった。
「高いな」
「……うん、高いね」
即ち、目標の高さである。
具体的な数値でいうのなら二メートルとちょっと。無論、一護の頭よりもかなり高い。
手を伸ばせば触ることは出来るだろうが、取れるかといわれれば微妙だった。
「落とすか。布団だけだし」
「あ、危ないよ」
「大丈夫だろ。よいしょっと……!」
掛け声と共に布団を引っ張る。
結構な力を込めているのだが、落ちてくる気配は一向になかった。どこかに引っかかってしまっているのだろう。
「……むぅ。下からじゃよく見えないな。脚立ってあったっけ?」
「え、えっと……あるにはあるけど……」
「けど?」
「この前、葵ちゃんが振り回して壊れちゃった……」
「…………何してくれてんだ、あいつは……」
破天荒な幼馴染に一護は嘆息した。あのアホは相変わらず間が悪い。
……とりあえず脳内で殴っておこう。
妹分の躾は兄貴の大切な役目である。
「しかしそうすると、どうすっかなぁ。何かアイデアないか?」
「椅子とか使えばって思うけど……お父さん怒るよね?」
「間違いなくな」
伊達家の大黒柱は、家を傷つけられることを極端に嫌う。
どうしようもない理由があるならともかく、寒いからコタツを出した――程度では鉄拳制裁されるのがオチだ。
「困ったな。俺の布団を踏み台にしても大した高さにならんし……もどかしい」
「……うーん。高さ高さ……あ」
「お? 何かあったか?」
何やら閃いた声。兄貴の物よりも何段階か上の頭脳が、良い策を思いついてくれた――と思ったのだが。
「か、肩車はどう……かな?」
想像の遥か斜め上でした。
「……いや、まずいだろ」
とはいえ提案は提案。
一瞬だけ脳内で検討してみるものの、やはり結果はNGだった。
「まずい……かな?」
「まずいな。っていうかお前、自分でも気づいてるだろ。スカートで肩車されたらどうなるかってことくらい」
「うう……」
顔が赤いぜマイシスター。
非力な雪音が一護を持ち上げられるはずもなく、肩車となれば上になるのは雪音だろう。だがその場合、生のふとももが一護の顔を挟むのだ。なんていうかもう倫理コードとか色々引っかかりそうな図である。
正直色々惜しくはあったが、一護は兄貴としてぐっと耐えた。
「それなら肩を踏み台にしてくれた方がマシだ」
「えぇ!? だ、だめだよ! お兄ちゃんを踏んだりできないもん!」
「肩車は良くて踏み台はダメなのか……」
謎の基準である。恥ずかしさなら完全に肩車の方が上だろうに。
「で、でもお兄ちゃん……そうしないと取れないよ?」
「悪魔の囁きをするな。いつからそんな悪い子になった」
「私は、その、えっと……気にしない、よ?」
「俺が気にする。というか、お前も少しは気にしなさい……しっかし、見えてるのに取れないのは歯がゆいな」
「……かたぐるま」
「やらん」
「む~」
頑なに拒否していたら、可愛い妹が拗ねてしまった。
まぁ雪音の場合、拗ねただけなら一時間くらいで(構って欲しくて)音をあげるからいいんだけども。
……今はとりあえず放置しよう。
これ以上は押し問答になるし、どうなるにしろ、そろそろ結論はつけたい。
(しゃーない。思いっきり引っ張って無理なら諦めるか)
うん、決定。
結局最初に戻ってしまったが、男はやっぱり初志貫徹だ。
「……よし、やるか」
布団解除。分厚い防御がなくなったせいで寒気が身に沁みたが、この後待っているであろう極楽を想像して耐えた。
「寒っ!」
というのは嘘です。寒い寒いなんだこれ耐え切れないぞ!
だが、脱がなければ運動性能が足りないのも事実だった。
稼動限界が非常に短いのを察する。
さっさと引っ張り出して思いっきりあったまるしかない……!
「うおおおおおおおおお!」
寒さで思考停止したのか、若干暴走気味に一護は布団を引っ張った。
全力で。
呵責容赦なく。
全身の筋力をフル動員して、そりゃもう盛大に。
「お、お兄ちゃん?」
流石に心配になったのか、拗ねた雪音までもが声をかけてくる中――。
「うお!?」
がくん、と一護の体勢が崩れた。
理由は言うまでもない。引っ張る力に負けて、布団の突っかかりが外れたのだ。
「~~~!?」
「うにゃあ!?」
これでようやくあったまれる――なんて喜ぶ暇も無く、すっぽ抜けた布団が落ちてくる。
半分すっ転びかけていた一護が支えられるはずもなく、敵の空挺強襲は大成功を収めた。兄妹もろとも雪崩に巻き込まれ、圧力と重みで成す術なく倒れこむ。
「痛ててててて……」
拍子に頭を打ってしまったが、ここが和室で良かった。フローリングだったらタンコブ出来るレベル。
「っと、雪音、大丈夫か?」
「う、うん……なんとか……」
くぐもって聞き取りづらかったが、ちゃんとした返事に安堵する。倒れかけていた一護は頭まで布団を被らずに済んだが、立っていた雪音は全身巻き込まれたのだろう。
「悪かったな」
「んーん。大丈夫だから……ぷはっ」
セリフと共に雪音の頭がひょっこり出てくる。
「お?」
「う?」
そこは鼻先、十センチも離れていない距離で。
雪音の愛らしい顔が視界いっぱいに広がり、一護は思わず面食らってしまった。
「……えへへ♪ 近いね、お兄ちゃん♪」
「……ああ。近いな」
天使の微笑とは――まさにこういう表情のことを指すのだろう。
ひたすら嬉しそうに笑う雪音へ、一護は苦笑しか返せなかった。至近距離でこの笑顔は色々キツイ。
俺の妹がこんなに可愛すぎて愛さえあれば関係ないよね(錯乱中)。
(……まぁ、何はともあれ)
コタツ用の布団も取れたし。
「♪」
雪音の機嫌も直ったし。
(一応は万々歳……なのかなぁ。これは……?)
当然だが。
その質問に答えてくれる人は、誰もいなかった。