マヤになる! 9
一夜明けて、今日からは通常授業が始まる。
教室に入ると、マヤは既に来ていた。昨日のように、大きな包みを持って。昨日の絵は美術部に置きっぱなしの筈だから、もう二枚目のキャンバスを持って来たのだろう。
そうすると、マヤは今日も美術部に来るという事だ。わたしも、美術部に顔を出してみよう。
「Hyvaa huomenta!」
「Hyvaa huomenta!」
昨日のようにマヤと挨拶を交わしたエフェメラさんが、また母国語で何か話しかけている。マヤがキャンバスをエフェメラさんの席の後ろに立て掛けたので、どうやら後ろの人の邪魔になるとか注意していたのだろう。
そうすると、昨日の二人の会話も美術部についての話をしていただけに思えてきた。二人が共有している秘密を他人に知られたくないとかいった理由でなく、マヤが自分と同じ言葉を話せるのが楽しいから使っているだけなのだろう。
それでも、わたしは二人の会話に入れない事が歯がゆかった。
昼休みになり、わたしは母さんが手作りした弁当をカバンから取り出した。カバンの奥には、今もイヤリングが隠してある。わたしにとっては、もうこれはお守りみたいな意味も兼ねていた。何を願っているというわけでもないが。
エフェメラさんのお昼は、昨日と同じ手作りのサンドイッチだった。実は一学期の間もいつもそれだった。何の特徴も無いポリ製の容器に入れているのが、美術部員の愛用品とは思えない。
人気者のエフェメラさんは、お昼を一緒にいただきたいクラスメート達に誘われるが、今日は先約があると言って断っていた。その女生徒達の中で滝畑小春さんが一番ガッカリしているように見えたのは、一年で生唯一のラクロス部のレギュラーになる位体格が大きいからだろうか。
エフェメラさんに断られた滝畑さんは、わたし達と同じ列の一番前にある自分の席に戻って行った。
「八尾さん、私達も行くぞ」
席を立ったエフェメラさんが、私の手を引いて立ち上がらせた。
「え? 行くって?」
一瞬何の事だか判らなかったが、青いビニール袋を手にしたマヤが教室から出て行くのが見えた。どうやら、昨日のことをマヤに聞くつもりのようだ。
「あ、あの、ちょっと待って」
わたしは手に弁当を持ったまま、イヤリングの入ったカバンを慌てて抱え込んだ。今日は教室を出る授業が無いので、小箱をロッカーに隠したりとかしていなかったのだ。
元々目立つ存在のエフェメラさんの背後でこの格好は、恥かしい位目立った。それでもマヤに関係がある事なので、わたしはエフェメラさんに付き合った。
そう言えば、わたしはマヤを昼休み中に見かけた事は無かった。どこか一人になれる場所を学校内で見付けたのだろうか。
わたし達に尾行されているのを気付いてないのか、マヤは旧校舎の裏に回った。あそこにあるのはゴミ捨て場なのに、マヤはそこで昼食を取るつもりなのだろうか。
マヤに続いてゴミ捨て場に回ったわたしは、唖然とした。マヤの行動は、完全にわたしの予想の斜め上を行っていたのだ。
今では使われなくなった筈のゴミ捨て場の焼却炉から、白い煙が出ていた。そして、焼却炉の中からマヤは火箸でアルミホイルにくるまれた何かを取り出したのだ。どうやら、焼却炉をオーブン代わりにしていたようだ。
廃棄された机の上にランチョンマットを広げたマヤは、ビニール袋から取り出した弁当箱とアルミホイルの包みを並べて置いた。
「その弁当は、中々手が込んでいるな。マヤの手作りか?」
唖然としているわたしをよそに、エフェメラさんがマヤに話しかけた。
「ええそうよ。もしかして、一緒に食べたかったの?」
こんな場所で声を掛けられたのを、マヤは少しも以外に思っていなかった。それどころか彼女は、尾行されていた事に気付いていたのに全然怒っていなかった。
もしかして、デパートでマヤを尾けていた事にも気付いているの? そうだとしたら、マヤはわたしをどう思っているのだろう? マヤに聞きたくても、尾行に気付いていないなら聞かない方がいいので、迷ってしまう。
「ほら、どうすんの?」
マヤと目が合ったわたしは一瞬だけ迷ったが、首だけは自分でも判らないうちに縦に振っていた。まるで、頭よりも先に体が正直に反応したみたいだ。わたしは、意を決した。
「は、はい! 一緒にお昼を食べましょう!!」
つい大声になってしまったわたしを、マヤはニコニコしながら手招きした。
「こんなメンテナンスされていない焼却炉を使って、火事になっても知らないぞ」
「大丈夫よ。火は使っていないから」
エフェメラさんの注意されても、マヤは明らかに無茶な事を言い張っている。
「成る程。あれは煙ではなくてスチームか」
それなのにエフェメラさんまで、奇妙な事を言って椅子の準備を始めた。たとえ蒸気でも、火を起こす必要はあるでしょううに。どうしようかと思ったけど、わたしだけ何もしないのも気が引けるので、マヤと並べるための机の準備をした。
ゴミ捨て場といっても、ここにあるのは粗大ゴミばかりだった。生ゴミは、むしろ清掃車が回収出来るように入り口近くの駐車場のそばに集められていた。だから、食事の邪魔になるような臭いは、別になかった。
三人だけの昼食は、互いにオカズを交換しあったりして結構楽しかった。足の曲がった椅子だけは、不安定で気を抜けないのがつらかったけど。
マヤが焼却炉で作っていたのは、若鶏とハーブのアルミホイル蒸しだった。でも、弁当箱のおかずは何故かエビ天だった。どうやら、全部マヤの手作りらしい。
ハムサンドとレタスサラダとはいえ、エフェメラさんも自分の手作りだったし。
マヤは、わたしのオカズの焼き魚を美味しいといってくれたが、母さんが作ってくれた弁当なので複雑な気分だ。わたしも、弁当を自分で用意したいと母さんに相談しよう。
そろそろ昼休みも終ろうという頃になって、やっとエフェメラさんが本題を切り出した。
「昨日の部室の窓ガラスに映った、あれは一体何なのだ?」
「あれは、宇宙人の仕業よ」
何故かマヤが最初から用意していた、三個一パックのプリンを配りながら簡単に答えた。
「う、宇宙人?」
「宇宙人」
わたしのオウム返しを、マヤは更にそっくり返した。
確かにあれは、まともな現象ではなかった。だからといって宇宙人というのはにわかには信じがたい。いや、ガラスに映ったものは、見る人によって違う景色になるはずだった。マヤには、宇宙人に見えたのかもしれない。
「あ、あのね、ガラスに映ったものがわたしにはクジラに見えて、エフェメラさんは船が見えたっていうの。マヤには何が見えたの? 宇宙人なの?」
わたしの質問に、マヤは首を振った。
「和美達は、まだ一度しか見ていないから判らないのね。あれは多分、宇宙人達の本かDVDといった記憶媒体の情報が漏れているのよ。だから、見えたページ数が違えば同じ本でも違う挿絵が見えるのは当たり前でしょ」
人によって違うのが見えた理由については、マヤの言い分も少しは理にかなっているように思えた。単に検証する手段がないから、何とも言えないだけに過ぎないけど。
でも、宇宙人というのは、どうなんだろう? いや、マヤはUFOを見ているんだった。合宿での出来事を、わたしは思い出した。
UFOを見た事があるのなら、宇宙人だって見ていてもおかしくない。
「それじゃあ、マヤは見た事があるのよね。その、宇宙人を」
あのキャンプファイアーに憧れながら飛び込むことの出来なかった自分を思い出すと、どうしてもUFOについてまで聞く事がためらわれた。
わたしの質問に、マヤは昨日の時のような眩しい笑顔で答えた。
「ええ、勿論よ」
やっぱりマヤは、UFOだけでなく宇宙人も見ていたのか。マヤは宇宙人がいると思っているから、目に見えた怪奇現象は全部宇宙人だと思えてしまうのだ。
エフェメラさんも、マヤから聞き出すのはやめたらしく、次の質問に移った。
「それなら、どうしてあれが見える人と見えないひとがいるんだ?」
その質問に対するマヤの答えは、さらに驚くべきものだった。
「れが見える人には、共通点があるのよ」
「共通点? それは一体何なのだ?」
「あれが見える人達はね、みんな南の海に沈んだエピクリマ大陸の人間の生まれ変わりなのよ」
「はあ?」
マヤの突飛過ぎる発想に、わたしは困惑した。それでも、エフェメラさんはまだ冷静さを保って最後の質問をした。
「どうして、そうだと判るのだ?」
エフェメラさんが尋ねると、マヤは一冊の雑誌を取り出した。
「これを読めば判るわ」
その雑誌の表紙には『FRマガジン』と赤字で大きく書かれていた。その雑誌は、わたしも名前だけは知っていた。
正式には『フューチャーレボリューションマガジン』というその雑誌は、宇宙人や幽霊を扱う、オカルト雑誌だったのだ。
「デザートを急いで食べよう。そうしないと、五時間目に間に合わなくなる」
質問できる事は全部質問したエフェメラさんは、もう気持ちを切り替えていた。マヤも、一瞬前までの事を忘れたかのように、プリンを空の弁当箱に落としている。わたしも、二人に習ってプリンを手に取った。
教室に戻ると、そこは事件の現場だった。
マヤの持って来たキャンバスが、破られていたのだ。
「なんて、酷い……」
確かにマヤはクラスになじんでいなかったが、こんな事をされる程嫌われている訳ではなかったはずだ。
昼休みの間も、教室は完全な無人にはならない。昼食や世間話とかで、十人前後は必ずいた筈だ。エフェメラさんも、目撃者がいないかクラスメートに尋ねて回っている。
むしろ冷静だったのは、マヤの方だった。
「全く、どうしてこんな事が出来るのかしら」
マヤは、そう言ってキャンバスの穴を覗き込んだ。
「このキャンバス、裏側から穴を空けられてるわ」
確かに、マヤの言う通りだった。キャンバスの穴の縁のギザギザは、全部こっちに向かってそっていた。わざわざ裏返してからキャンバスを突き破り、また元通りに戻すような面倒な事を犯人がするとは思えなかった。
聞き込みを終えたエフェメラさんが、マヤに頭を下げた。
「誰も、犯人を見ていないそうだ。放課後まで私が預かると言ったのに、すまない」
「エフェメラのせいじゃないわよ。それに、何も画いてないキャンバスで良かったし」
それを聞いて、わたしはある事に気が付いた。
「そうか、そういう事よ」
「ん、どうしたの? 和美?」
「もしかすると、間違えたんじゃないの?」
間違えたと聞いて、マヤにも判ったみたいだ。
「つまり、あたしの絵が部室にあると知らないで、こっちの新品を破ったって事?」
わたし達の推理を聞いて、エフェメラさんも納得したように頷いた。
「なるほど。画きかけの絵を破った方が、精神的ダメージがより大きいからな」
エフェメラさんも、わたし達と同じ結論に達したみたいだ。すると、今度は部室の絵が危ない。
騒ぎを聞きつけたのか、数学の教科担任と一緒にミツル先生も教室に駆けつけた。
「ああっ。なんて酷い事をするの」
ミツル先生は、珍しく血相を変えてマヤに駆け寄って抱き締めた。ここまで過剰な反応をするとは、周囲の生徒達も驚いている。
「銀墨さん、大丈夫? 悩み事があったら、いつでも先生に相談しなさいね」
「落ち着いて下さい、先生。あたしは大丈夫だから、安心して下さい」
むしろマヤの方が、落ち着いて先生をなだめていたのがおかしい。
「今度キャンバスを持って来る時は、先生にあずけるのよ」
そう先生が言うので、大事な事を思い出した。
「先生、きっと犯人は美術部にあるマヤの絵も狙うんじゃないかと思うんです。部室も確かめてくれませんか?」
わたしに頼まれて、先生はこっを振り向いて頷いた。
「ええ、そうね。それなら、いい方法があるわ」
先生はマヤに向き直すと、両手を取って握った。
「実は、部員達が夏休みに画いた絵を絵画展に出品する事になっているの。銀墨さんの絵も、一緒に出品するといいわ」
確かに、展覧会の会場なら警備も厳重だろう。具体的な対策を立てるまでの時間は、充分に稼げる。マヤも先生の提案に反対しなかったので、ミツル先生はすぐに絵を見てくると言って教室を去って行った。
残った数学の先生が生徒達を席に座らせて、ようやく授業が始まった。




