マヤになる! 8
マヤに怪奇現象を見せられたせいで、本格的な美術部の活動は午後からになってしまった。マヤに詰め寄っていた三年生も、マヤが体育館の絵をちゃんと画いていたと知ってからは特に文句は言わなかった。
途中から部室に入ったので、マヤが何をしでかしたのか判っていない先生には、部長が手品みたいな物だと言って誤魔化していた。
先生が来たので、遅ればせながら自己紹介をする事になった。
「一年A組の八尾和美です。今日は体験入部に来ました。よろしくお願いします」
部長は平岩奈緒美と名乗った。長い髪をツーテールにしていて、赤いゴム紐らしきもので止めていた。前髪がやけに長くて、どんな目をしているのかよく判らなかった。
二人の三年生はともに副部長で朝島耀子と玉川明子いう名前だった。二人とも短髪だが、朝島先輩はボサボサした七三分けで玉川先輩は前髪が富士山みたいに綺麗に流れていた。
唯一の二年生は颯爽貴笑という。雪のように白い長髪と肌をしていて、赤い瞳が神秘的な印象を与えていた。目立つ外見だから今までも見覚えが無いわけでもないが、こうして直接会うのは初めてだった。
来年は唯一の三年生だから、部員を集める責任が一番重いのは彼女という事になる。
お昼の準備をしていないわたしはもう帰ろうかと思ったが、エフェメラさんがサンドイッチを半分分けてくれたので、お言葉に甘えて母さんに連絡してから部室にとどまった。
一応わたしは先輩達と一緒にエフェメラさんの坐像をスケッチしていたが、中の上程度の美術の成績のまんまのデッサンになった。
正式な部員になるつもりはないが、マヤが絵を画く所はまた見たかった。マヤみたいに部員でもないのに堂々と居座って絵を画く神経は無いので、もうしばらく様子見してみたいと部長に頼んで、体験入部を延長して貰った。
「ただいまー」
わたしが玄関に入ると、既に晩御飯の準備は出来ていた。着替えもせずに制服のままさっさと夕食を済ますと、わたしは二階に駆け上がった。勿論、マヤのコスプレを今すぐにでもしたくて、気がはやっていたのだ。
部屋に入るなり、わたしはカバンの中のものをぶちまけた。カバンの底から、あのイヤリングが入った小箱が転がり落ちた。拾い上げた小箱を机に置くと、今度は制服を引き剥がすような勢いで脱ぎ始める。
制服を脱ぎ捨ててタンスを開こうとしたその時、制服のポケットから落ちたケータイが床に落ちたショックで開いた。
「あっ」
あんなに急いでいたわたしが、落ちたケータイを見て動きを止めた。ケータイの画面には、マヤのバストアップが写っていた。あの時撮影したままになっていたのだ。
ケータイを拾い上げると、わたしは画面を間違えてけさないように慎重に保存した。それからどうしようか少し迷ったが、マヤの写真を待ち受けに設定した。
正面からマヤの姿を堂々と『盗み撮り』する。そんな矛盾した事が両立できたのは、エフェメラさんの御蔭だ。この事だけは、わたしは彼女に感謝している。
マヤの笑顔を見て満足したわたしは、ケータイを閉じて着替えを続けた。
昨晩遅くにコスプレ衣装を仕立て終えたわたしは、じっくりとコスプレを楽しむ為にすぐに着るのを我慢していた。今日は、マヤについてもっと良く知る機会があったから帰るのが遅くなってしまった。
タンスに一晩眠っていた手作りのブラウスを取り出すと、下着姿のわたしはそれをすぐに着ないで鏡の前で自分の胸に押し付けた。
「はあぁ」
マヤの服がついにわたしの物になった。それも、わたし自身の手造りで。その喜びを実感して、わたしは熱気でのぼせたような溜息をあげた。
ブラウスを羽織ると袖を腕を通して、袖口のボタンをはめた。わざわざ自分のサイズを測って型紙からあつらえた服は、すべるようにわたしの両腕を受け入れた。
続いて、本物と同じデザインのブラウスのボタンに手を掛ける。ファッション誌に全身像と一緒に胸元のアップが載っていたのは、幸運だった。近所の手芸店を何件かハシゴし
て、それでも見つからずに古着屋まで回って同じボタンを使っている服を見つけたわたしは、ボタンだけの為に一着買ったのだ。
ブラウスを着たんだから、勿論スカートもはく。一見するとブラウスよりも仕立てるのが楽に見えるが、一作目はウエストと裾が平行な輪にならなかった。これも型紙から計算して作ったのにだ。ファスナーをつけた分のたわみのせいだとすぐに判ったが、わたしはそこだけ直さずに全部作り直した。
靴と靴下だけは、アウトレットでも入手出来た。靴は、玄関にしまってある。
タンスの小さい引き出しから取り出した、自分で白いリボンを染めて作った朱色のリボンを首に巻くと、高揚感が増してきた。ついに、あれをつける時が来たのだ。
思えば、これを拾ったのが全ての始まりだった。いや、廃棄物でも本当は勝手に持ち帰ってはいけないから、これは立派な盗品だ。そこの所は正直に認めよう。
机の上の青い小箱からイヤリングを取り出すと、わたしは鏡を見ながら右の耳たぶに金具を挟んだ。あの、デパートのトイレでのマヤの仕草が、わたしの脳裏で再現された。コスプレといのは服装だけ真似るのではなく、動作も含まれるのだとつくづく思う。
最後に、白い厚紙の箱から帽子を取り出して被ると、ついにマヤのコスプレは完成した。
「ふふ、ふふふふ」
自然と、わたしの口から笑みがこぼれた。タンスの鏡を前にして、フィギュアスケートのようにわたしはクルクル回った。
「あはははは」
微笑から笑顔へと変わったわたしは、帽子を手で押さえながらベッドに倒れこんだ。
「はははっはっは」
ベッドの上で笑いながら、わたしは全身を激しく波打たせた。この喜びは、体全体を使っても表現しきれない。
跳ね上がるように立ち上がると、何度もわたしは鏡の前で自分のコスプレを確認した。
「わたしは、ついにマヤになったのね」
ケータイを取り出して待ち受けを見ると、画面の中のマヤも笑っていた。
ベッドの上に座ると、わたしは肩をすくめて自分で自分を抱きしめた。そのまま上半身を寝かせると、全身が小刻みに震えた。帽子がどこかに飛んでしまった事にも気付かない程、わたしの意識は腕に掴まれた二の腕に集中していた。
「ああ、もっと。もっと抱きしめてよ」
ケータイを開いて、わたしはマヤに話しかけた。
「マヤッ! マヤッ! マヤッ!」
そのままゴロゴロと転がったわたしは、ベッドから転落してしまった。床に頭をしたたかぶつけたが、満足感が上回って痛みなんて気にしてなかった。
「はあふ、はあはあ」
床に仰向けになったまま白い天井を見上げながら、わたしは荒くなった息を整えた。
ベッドに手をついて立ち上がると、戸が開いたままのタンスに掛けられたワンピースが目に入った。
そうだ、今夜はこのワンピースを着て寝よう。それが、わたしのコスプレ記念日にふさわしい締めくくり方だ。




