マヤが好き! 10
わたしは、ベッドの上で目が覚めた。
「ここは?」
上半身だけ起こして周りを見回すと、エフェメラさんがベッドのすぐ隣で丸椅子に座っていた。どうやらここは、エフェメラさんの寝室のようだった。食事のように人間のふりをする必要から、ベッドも使うのだろうか。
「どうやら、体に戻ったようだな」
エフェメラさんの第一声は、不思議な言い回しだった。助かったとか息を吹き返したとか、普通は言わないか。
「そうだ。わたしは、マヤと……。マヤはどうなったの!?」
ベッドから立ち上ろうとしたわたしの肩を、エフェメラさんは両手で押さえた。
「落ち着け、まずは何があったのかを聞くんだ」
「彼女の言う通りよ」
壁際の勉強机の前の椅子に、見覚えのある女性が腰かけていた。机には、わたし達が買い物した紙バッグが置いてある。
「平岩……さん?」
何故、平岩前部長がいるのだろう? 服装も、最後にお別れした日のままだったし。
「彼女をここに招いたのは、私だ」
「私が、貴女を助けたのよ。エフェメラさんに頼まれてね」
どうやらエフェメラさんは、あの後も平岩さんの消息を掴んでいたようだ。もしかしたら、ここでかくまっていたのだろうか。
「人体から意識を離したり移し替えたりする能力を私が研究していたのは、覚えているわね。その力で、貴女の命を体に留めさせていたのよ。もっとも、人間に使うのは初めてだったから、どんな副作用があってもおかしくないけど」
その副作用について、わたしには心当たりがあった。
「もしかして、マヤやチナの過去を夢で見たのって、副作用のせいなの?」
わたしが尋ねると、平岩さんは楽しそうに笑った。
「それは面白いわね。そうか、三人の中で力が一番弱いから、体から離れた意識が二人の強力な精神波の波長に合わさせられて、同調したのよ。もしそうなら、客観的な視点でマヤ達の夢を見る事になる筈だけど、どうだった?」
平岩さんの言った通りなので、わたしは首を縦に振った。
「だけど、最後に見たエピクリマ大陸の夢は、わたしの前世だったわ」
「それは、体に意識がちゃんと定着した反動ね。良かったじゃない。順番が逆になったけど、次はエフェメラさんの話す番ね」
平岩さんに促されて、エフェメラさんが何があったのかを話し出した。
「和美さんは自覚していなかったが、チナとの戦いで君の特殊能力が目覚めたのだ」
あの時は我を失っていたので深く考えていなかったけど、言われてみれば奇妙な事がいくつもあった。突然エフェメラさんの腕をすりぬけたり、チナの攻撃が消滅したり。いや、前にもおかしな事があった。屋上から飛び降りても無事だったし、煙突の中を落ちても汚れなかった。
「でも、どういう力なの? それぞれの出来事に、共通点が見当たらないんだけど」
「共通点なら、あるだろう。和美さん自身だ」
「ええっ?」
わたしが? エフェメラさんの言っている事が、にわかには信じられなかった。
「正確に言えば、和美さんの体を媒体にした空間干渉だ。酸素が取り込めないと大変だから、君の主観で都合の悪いものだけ自分という空間に取り込まない能力だろう」
つまり、何事も無ければ何も起きない能力というわけだ。つい最近までのわたしには必要のない力だったから、目覚めるわけがない。
「しかし、たとえ有害だったとしても君の主観では絶対に拒否しない存在があった。勿論、マヤと彼女に関する全てだ。だからマヤの力が暴走しても、和美さんは抵抗しなかった。タイミングが悪い事に、チナもマヤの暴走を止めようとして力を使った。結果として、マヤの力の一部を取り込んだままチナの力を跳ね返し、チナは和美さんに力を拒まれながらマヤの力を封じようとした。つまり、三すくみが成立してしまったのだ。バランスの悪い三すくみは、三人の中心で力を暴走させてしまった」
それで、わたしは暴走する力に吹き飛ばされてしまったのか。エフェメラさんが助けてくれなかったら、わたしの力では耐えきれない強力なパワーに潰されていただろう。
「体の傷は大した事は無かったが、力の直撃で精神が体から離れそうになっていた」
だから、エフェメラさんがわたしをここまで運んで、平岩さんに治療して貰ったのか。おおよその事情は判ったが、大事な事をまだ聞いてない。
「それで、マヤはどうなったの?」
エフェメラさんは、静かに首を横に振った。
「残念ながら、霧が晴れた時にはマヤはいなくなっていた」
きっと、チナが連れて行ったのね。
「でも、チナにとっては前世からの大事な人だから、マヤは酷いことはされないわよね」
わたしの言葉を聞いて、エフェメラさんが神妙な顔つきになった。
「そうか、知ってしまったか」
「ええ、チナが前世で愛し合った相手は、宇宙から来た破壊魔王。そして、マヤの前世だったのね」
「ああ。永遠の命を持っている筈の破壊魔王が、人間に転生していたとはな。きっと、人間になりたい位にエピクリマの巫女が好きになったのだろう」
エフェメラさんは、わたしの話にうなずいた。わたしは、更に話しを続けた。
「だけどマヤは、夢に出てくるチナの前世を自分だと思い込んだ。人を殺したばかりのマヤは、自分の力にポジティブな意味を求めていたから、そう思い込みたかったのよ」
そうだ、だからマヤは双子の巫女の姿を夢に見て知っていた。それは、巫女自身の夢では有り得なかったのに、わたしは気付かなかった。いや、マヤに合わせたくて、無意識に事実から目をそらしたのだ。
「チナは、マヤの顔を見て破壊魔王が自分の姿を真似て転生した事を知った。破壊魔王には性別なんて小さい事だったけど、チナはマヤに片思いし続ける羽目になった」
だからチナは、マヤを見守りつつ名乗り出る頃合いをうかがっていた。
「和美さんの推測通りだろう。しかし、チナには予想外の事が起きた。もう一人の双子の巫女の生まれ変わりまでマヤに接近した事だ」
そのままでは、マヤが自分の前世に気付く危険があった。だからチナは、わたしを殺して双子の巫女の頭数を合わせようとした。FRマガジンを愛読するようになって、宇宙人やUFOにも興味を持ったマヤがヒューマンミューテレーションと思い込むように、腹を裂いて内臓をとり出したりまでして。
「エフェメラさんも、双子の巫女の頭数を合わせるもう一つの手段として、チナを殺そうとしたんですね。エフェメラさんがそこまでするのは、マヤが破壊魔王の生まれ変わりだからですか?」
するとマヤは、エフェメラのお母さんになるのだろうか?
「いや、確かに与えられた役目は、転生したマヤを見守る事だろう。しかし、今のマヤは前世を間違って認識していて、破壊魔王とは別人だ。昨日も言った通り、クラスメートになったのも偶然に過ぎない。私は、マヤは何も知らない方がいいと判断しただけだ」
だからエフェメラさんは、マヤにも真実を黙っていたり混乱させるだけの情報を与えたりしていたのか。
最後にはその為にチナを迷わず殺そうとしたエフェメラさんも、やはり他の人達と価値観が違っていた。そこはマヤに似たのだろうか?
「だけど、マヤは本当の前世を知ってしまった。チナにとっては、前世の恋人が帰って来たという事よね。これも、運命なのかしら」
今まで黙っていた平岩さんが、わたしに向かって鼻で笑った。
「ははん、運命ですって? そんなもんのせいにすれば、考える必要もなくて楽よね」
平岩さんは、手段はともかく自分の不遇に常に立ち向かっていた。そんな彼女の言葉には、人生経験の重みがあった。
「和美さん、運命とは結果論の別の言い方に過ぎない。今、何もしなければそれが結果になってしまう。認めたくない運命なら、何かをするしかない」
何をすべきかは、わたしが考えるべきだ。そして、もう決まっている。
「エフェメラさんは、昨日って言ってましたよね。今は何時ですか?」
エフェメラさんは、ベッドに手をついてわたしの前に身を乗り出すと、ベッドの横にあるカーテンに手を伸ばして思い切り広げた。窓から見えたのは、紺色の夜空だった。今の季節なら、まだ七時程度だろう。
「今ならまだ、間に合います。行きましょう」
思い切りベッドから飛び上ったわたしだったが、足がふらついてしまいエフェメラさんの肩を借りてやっと踏みとどまった。
「あ、ありがとう」
エフェメラさんから手を離すと、もう一度ゆっくりとわたしは歩きだした。
「私が手を貸すのは、ここまでよ」
平岩さんは、わたしと入れ替わりにベッドに潜りこんだ。わたしを救う為に、昨夜から寝ていなかったのだろう。目がないから、起きているか寝ているか判らないけど。 チナは、いかなる手段を用いてマヤを自分のものにするかなんて、知らない。しかし、行くべき場所は判っている。そこしかない。
「エフェメラさん、あなたもチナも前世のマヤを知っているけど、今のマヤを一番知っているのは、わたしよ。マヤは、自分の好きな事にはトコトン一途で、自分勝手なようでも友達思いで、それでいてちょっぴり照れ屋な所もあるんです」
「照れ屋?」
「ええ。マヤって、自分らしくない事を言っていると思うと、口調が突然変わって冷たい感じになっちゃうんです。あれって、照れ隠しなんですよね。まあ、彼女が照れる基準は今もさっぱりわからないんだけど。そんなマヤが、わたしは大好きなのよ
無意識にさわっていたわたしの左耳には、ハートのイヤリングが下がっていた。




