マヤになる! 4
次の日の朝、わたしは改めて母さんに謝罪して仲直りをした。
昨日から一睡もしていなさそうな母さんは、わたしが勉強疲れか何かでヒステリーを起こしたのだろうとか、自分なりに納得出来る理由を頭の中で描いていたみたいで、今日は勉強を休みなさいと力なく笑いながら言った。
わたしも、行きたい所があったので、お言葉に甘えて外出することにした。
タンスのイヤリングをどうしようか迷ったけど、小箱もあるので今日はポシェットに入れて持っていくことにした。
バスの中でのマヤの言葉から察すると、マヤの行動範囲は都庁前を中心にしてブクロからジュクハラまでという事にある。環状線の西側でも特に賑やかな地域だ。
それでも、かなり広い範囲を探す事になる。的を絞るとしたら、あのデパートの中から探してみるのが良さそうだ。
わたしが探すのは、マヤ本人ではない。マヤの着ていた服だ。マヤが満足していたコーディネートで、わたしもイヤリングを付けてみたかったのだ。
マヤと同じ服を着た所で、わたし自身に似合うわけじゃないのは、判っていた。それでも、一度は着てみないとわたしの気がすまない。そこまでやって似合わないというのであれば、諦めも付くというものだ。
わざわざ貴金属店に直接出向いたという事は、マヤはネット通販よりも実物を見て買うタイプと思えた。そうなると、足で探した方が見つけられる可能性が高いようにわたしには思えた。
いつもは参考書程度しか買わないが、自分用のクレジットカードは持っている。本屋の会員券を兼ねているので上限金額は低く設定されていたが、今日はこれだけが頼りだ。
しかし、デパートの中だけでブティックは十軒を越えていた。ショッピングの経験が無いわたしの見込みは、甘すぎたのだ。今日一日だけでは、新宿すら全部は回れないだろう。
しかも、大変な事をわたしは見落としていた。店頭に展示されている服は、既に秋物ばかりだった。そう、八月は確かに暑いが、暦の上では秋に入っていたのだ。
自分の愚かさを呪いながらも、諦めきれずにデパートの中をうろついていると見覚えのあるワンピースが目に入った。
我慢出来ずにショーウインドーまで駆け寄ると、確かにそれはマヤがバスの中で着ていたものと同じ服だった。
イヤリングを買っていた時とは別物だったが、それでもわたしはそれがどうしても欲しくなった。目を凝らして、わたしは必死で値札を凝視した。
「な、なんて事なの……」
値札には季節が過ぎたせいか割引のシールが貼られていたが、それでもカードの上限ギリギリの価格だった。値引きの交渉なんて、要領が判らないし話術も巧みではないわたしに出来るわけがない。他の服は、諦めるしかない。
しかし、それでもわたしは交渉しなければいけなくなった。店内を見回すと、天井から若草色の帽子が吊り下げられていたのだ。この帽子も季節から考えて、今を逃すと絶対に手に入らなくなる。
マヤはきっと、迷わず定価で買ったんだろうなと思いながら、意を決したわたしは店へと入って行った。
生まれてはじめての値引き交渉は、なんとか上手くいった。まあ、店の方もそろそろ在庫をさばきたいと思っていたのだろうが。
試着したまま着て帰ろうかとも思ったけど、結局ワンピースを紙バッグに入れてもらってわたしは店を出た。帽子も、洋菓子店がデコレーションケーキを入れるようなデザインの箱に入れてもらった。
もうカードは使えないので、午前中で買い物が終ってしまったわたしは、あの時マヤが着ていた服を探す為に古本屋に立ち寄った。本屋のファッション雑誌では、秋物ばかりか冬物の記事まで載っている状態だったので、夏物はここで探すしかないのだ。それに、古本だったら財布の小銭だけで買える可能性もあった。
全国展開しているこの古本屋は、このあたりだけでも何軒も支店があるので、ハシゴしやすかった。店内をうろついて夏物の服が載っているバックナンバーを探していると、ファッション雑誌の棚に違う雑誌が紛れていた。
単に探すのに邪魔だと思ってそれを引き抜いたわたしは、その雑誌をそのまま小脇に抱えて目当てのファッション誌を広げた。
一時間ほど立ち読みしていたわたしは、マヤが着ていたあの服も高価だという事実を再確認しただけだった。しかも、バーゲンセールやアウトレットへ流したりする見込みの薄い店で売られていた事も判った。
諦めてファッション誌を棚に戻すと、小脇に抱えていた雑誌が床に落ちてしまった。この雑誌の事を忘れてしまう位、わたしは夢中でマヤの服を探していたのだ。
本を拾い上げた時、わたしは表紙のモデルに違和感を受けた。着ていた服が、セーラー服だったのだ。
「これ? ファッション誌じゃないの?」
不思議に思って広げると、すぐに謎はとけた。わたしの悩みに対する答えを見つけたわたしは、その雑誌とファッション誌を抱えてレジに向かった。
わたしが家に帰った頃には、もう夕方になっていた。
自分の部屋に戻ったわたしは、早速ワンピースに着替えるとイヤリングをポシェットから取り出した。室内なのに、帽子も被らずにはいられない。
鏡の前に立って自分の姿を見たわたしは、もう昨日のような惨めな気持ちはカケラも無い笑顔でいられた。わたしが本当は何をしたくて何になりたかったのかが判って、もう迷う必要は無くなったからだ。
それを教えてくれたのは、一冊の雑誌だった。わたしはさっきまで環状線を何周もしながら、夢中になってそれを読んでいたのだ。
それは、コスプレを扱う雑誌だった。表紙の女の子がセーラー服だったのも、アニメのヒロインが通っている学校の制服を再現したコスチュームだったからだ。
わたしはアニメを見ないしゲームもやらないので、誰が何のキャラクターのコスプレをしているかなんて全く判らない。それでもわたしには一つだけ、判った事があった。似てるとか似てないとか、そういうのは構わないんだと。なぜなら、モデルの女の子の中には明らかに男性キャラクターのコスプレをしている人もいたからだ。
まるで、コスプレしている少女達がわたしに「別にマヤになれなくてもいいんだよ」と、教えてくれているみたいだった。
そうだ、マヤみたいになろうとか、マヤになるとか、そんな理由じゃなかったんだ。わたしは只、今のつまらない自分から変身したかったんだ。
そして、その切っ掛けを与えてくれたのは、マヤだった。マヤと同じ服を着たり、マヤと同じイヤリングをつける事で、わたしは別人になれるのだ。
コスプレしている間だけ、わたしの願いは叶えられる。そんな束の間の夢をわたしは見つづけたかった。
この雑誌のモデル達も、わたしと同じ願望を持っているのだろうか? それとも、わたしには想像もつかない、別の理由があるのだろうか。
更に読み進めると、服を自作している読者の体験談が載っていた。どうやら、自作やオーダーメイドがコスプレでは普通のようだった。アニメに出る服なんて、実在しないのだから、当然といえるが。
実在しないから手に入らない。だから自作する。
今来ているワンピースみたいに、わざわざ実物を買う必要は無かったのだ。わたしは、オシャレではなくコスプレをしたいのだ。だったら、本物のブランドにこだわる必要はない。ニセモノを買うのは犯罪だが、本物に似せた服を自作するのならいいたせろう。
わたしは、マヤがイヤリングを買った時に来ていた服を、自作してみたくなった。家庭科の成績はそんなに悪くないので、家にあるミシンを使えば何とかなるだろう。
今まで何の趣味も持たなかったわたしは、こうしてコスプレに目覚めたのだった。




