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マヤにしてっ!  作者: 白沢 雄
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マヤが好き! 7

 壁伝いに歩いていたチナが、マヤに背後から抱き着いた。

「落ち着いて、マヤ。いつだって私はマヤの味方よ」

「チナ……」

 マヤの背中にチナが頬を摺り寄せると、マヤは次第に落ち着きを取り戻した。

「思い出してよ、マヤ。私にはマヤしかいないのよ! 私とマヤは、あんなに愛し合ったというのに忘れたのっ?」

 愛し合った? チナの言っている事は、わたしにとって一番の衝撃だった。

「一体、いつ愛しあったっていうの? だって二人は今ここで出会ったばかりじゃ……」

 いや、チナが言っている過去は、前世の出来事だろう。でも、愛し合ったとはどういう意味なの? エピクリマの巫女だと、チナは言っていたのに。

 そもそも、わたしこそがエピクリマの巫女だ。巫女は、わたしとマヤだけで充分だ……。おかしい……。何かが変だ。

「変じゃない、わたしは何かを間違えている……」

 わたしは、今朝の夢を思い出した。夢の中の少女は、愛を手に入れると言っていた。そして少女は、わたしに背を向けた。

「そうか、背中よ!」

 わたしは、夢の中で自分の背を見た事が無い。なのに、どうしてマヤは自分の背をスケッチブックに描いているの? もっと早く気付いていい事を、わたしは無意識に避けていたように思う。

 マヤとわたし、そしてチナの三人がいて、巫女の座は二つだけ。だからわたしはチナが巫女でないと言い、チナはわたしが巫女でないと言った。だけど、まだ可能性がもう一つだけあった。

「まさか、巫女でないのは……」

 夢の中の少女は、誰を愛していたの? それは、あそこにもう一人いたという意味ではなかったの? 一体どこに?

「何をやっている!」

 そんな事を考えている間、わたしは呆然としていたのだろう。突然、エフェメラさんが抱き着いてわたしを引っ張った。

「うわっ!」

 わたしの目の前で、新しい水柱が立った。いや、水にしては熱い。地面から吹き出していたのは、熱湯だ。他の水柱も、何時の間にか熱くなっていた。周囲はあっという間に、もうもうとした湯気に包まれた。

 湯気の壁の向こうでは、マヤとチナの影が寄り添っていた。

「ねえ、チナ。あたしの前世は、エピクリマの巫女じゃなかったのね」

「そう、巫女ではないわ。だって貴方は、巫女を手に入れた存在なんだから。私こそ、貴方の本当のパートナーよ。だから、そんなに悲しまないで」

 チナがマヤに囁いた言葉は真実かもしれないが、私は認めたくなかった。

「ここは、私達のいるべき世界じゃない。だから、あの頃に戻りましょう。二人が愛し合った、あの思い出の日々を復活させるのよ」

 チナがマヤを誘っている。このままでは、マヤが連れ去られてしまう!

「行かないで! マヤッ!」

 わたしは、マヤに向かって必死に叫んだ。本当は今すぐにでも駆け寄りたかったが、エフェメラさんの腕はわたしをしっかりと抱えて、今度こそ逃すまいとしていた。

「離して! 離してよっ!」

 二人の腕力には、どうしようもない程の開きがあったが、わたしはそれでも必死で振りほどこうとした。

 スルリ、と表現したほうがいいだろうか? 気が付くとわたしは、エフェメラさんの腕をすり抜けて駆け出していた。しかも、湯気が透き通ったかのようにマヤの姿もはっきりと見えた。

「え?」

 どうしてこんな事になっているのか、自分でもよく判らない。しかし、わたしが足を止める事は無かった。

「マヤーッ!」

 絶対に、マヤを取り戻す。その思いだけが、わたしの全身を支配していた。

「危ない! 和美!」

 もうわたしには、後ろからのエフェメラさんの言葉も耳に入らなかった。それどころか、前方からチナが攻撃する態勢になっているのも目に入らなかった。

 マヤしか見ていないわたしは、光の円盤がすぐそばに来ている事さえも視界に入っていなかった。わたしがやっと気付いた時には、もう手遅れな程に光の円盤は顔面に迫っていた。しかし、円盤はわたしに当たる前に粉々に砕け、輝く粉雪のようにわたしの顔に降り注いだ。

「うわ!」

 別に熱かったり痛かったりはしなかったが、眩しさに視界を遮られたわたしはマヤを見失ってしまった。それでも、わたしはまだ走っていた。

「今度こそ!」

 チナが、わたしをまた攻撃しようとしていた。マヤもそっちにいるので、わたしはあえてチナに向かって疾走する。

「うわああああっ!」

 一体どうしたのか、マヤの雄叫びが聞こえてきた。まるで、何かヒステリーを起こしているみたいだ。マヤの事が心配で心配で、わたしは必死になって叫んだ。チナも、マヤに向かって叫んでいた。

「マヤッ!」

「マヤッ!」

「あああぁぁんっ!」

 わたし達三人の叫びが、不協和音となって空き地の中でコダマした。

 さっきまで扱った周囲が、嘘のように寒くなった。冷気につつまれたわたしは、自分の身体に雪か霜のようなものがまとわりつくのを感じていた。

 そうだ、どうして気付かなかったのだろう。水を自在に操れるなら、水蒸気に変えるのと逆に氷に変える事も出来るのだと。そしてマヤは、何故か今までそれをしなかった事を。

「なんてことだっ!」

 わたしが最後に聞いたのは、エフェメラさんの狼狽だった。

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