マヤが好き! 6
やっと状況を理解したわたしは、怒りで血が上っていた。わたしの目の前で、マヤが見ず知らずの他人に可愛がられたのだ。それはまるで、自分が大切にしていた宝物を奪われたような不快感だった。
「絶対に許さない! マヤから離れなさいっ!」
マヤに買って貰ったハサミだけは、紙袋ではなく制服のポケットに入っていた。包装紙を破りながら、わたしは少女に向かって突進していた。
「許さないですって! その言葉、そっくり返すわよ!」
少女が抱きしめていたマヤを突き飛ばした瞬間、目の前が真っ白になった。何が起こったのか判らないうちに、こんどは激しく横から突き飛ばされた。
「うわっ」
瓦礫の上を転がったわたしは、そのまま壁に激突した。
「な、何なのよ」
地面に突っ伏したわたしが顔を上げると、目の前の光景に唖然とした。
エフェメラさんの右肩が、大きく裂けていたのだ。二十センチ程ある裂け目からは、銀色の機械が火花を散らしていた。エフェメラさんが、わたしを突き飛ばして身代わりになったのだ。
「やはり彼女に時間を与えるべきでは無かったな」
地面に膝をついたエフェメラさんは、うつぶせに倒れた。
「邪魔されたか、だけど次はどうかな」
少女がわたしに向けて、広げた右手を突き出した。すると右手の前に粒状の光が大量に出現して、一か所に収束した。集まった光は、皿のように平らな円盤になった。
「こいつを喰らえばいい!」
少女の右手から離れた円盤は、立ち上がったわたしの顔の右横スレスレを通過して壁に突き刺さった。円盤が光の粉になって消滅すると、壁にはエフェメラさんの肩と同じ裂け目が残された。いや、同じ裂け目をもう一つ知っている。
「ホムンクルスの死体の写真と同じ裂け目……」
エフェメラさんがいう通り、彼女が犯人だったのだ。しかも彼女は、マヤのように特殊な力を持っていた。
「こないだは、無関係の乱入者を切ってしまったけど、また別人を切ってしまったわね」
エフェメラさんを見下ろしながら、少女はさらりと酷いことを口にした。彼女が本当に殺すつもりだったのは、路地裏におびき出されたわたしだったのだ。
しかし、殺されそうになった事よりも重大なのは、次に彼女がわたしに向かって言った言葉だった。
「マヤと別れるのは、あんたの方よ! だって、私こそが双子の巫女の生まれ変わりなんだからっ!」
「なんですって!?」
その言葉は、わたしにとって衝撃的だった。絶対に、そんな事は信じたく無かった。
「そんなの嘘よっ! 巫女の生まれ変わりは、わたしなんだからっ!」
そんなわたしの叫びを、目の前の少女は嘲笑った。
「あはははっ。巫女の生まれ変わりですって? そういうたわ言は、何か超能力を使えるようになってから言いなさい」
「うっ」
少女の言葉が、わたしの胸に突き刺さった。確かにわたしには、マヤや少女のような特殊な力は無い。
「それに、わたしとマヤを見なさいよ。こんなにそっくりなのよ。あなたと私、一体どっちが双子に見えるかしら?」
そう言って少女は、紫色のメガネを取り出した。メガネをかけた少女は、ますますマヤに似てきた。それを見せられると、わたしは弱い。マヤを抱きしめている少女の姿は、何も知らない人が見たら双子の姉妹が戯れているようにしか見えない。それでもわたしは、マヤとの繋がりを信じたかった。
そうだ、わたしにはそのマヤとの絆がちゃんとあった。
「でも、でもわたしは、前世の夢を見てるわ! 絶対にわたしの前世は、エピクリマ大陸の巫女よっ! マヤだって、そう言っている!」
あの、祭壇の夢こそ私とマヤが確認し合った前世の記憶だ。お互いに見た夢が同じだった証拠に、マヤはスケッチブックに巫女の衣装を画いていた。
しかし少女は、メガネを外しながらわたしの必死の思いを鼻で笑った。
「ふん、どうせエピクリマ大陸っていってもほんの一部分だけでしょ。私なんか、大陸の社会や文化まで見ているのよ。私が夢の内容を雑誌に投稿しているの、知らないの?」
「雑誌? まさか、FRマガジンの事を言ってるの?」
どうして、今まで気付かなかったんだろう? 雑誌の記事だって誰かが書いているのだから、その人もエピクリマ大陸の夢をみている筈だって。
「そうか、あんたも読んでいたのね。編集部が面白おかしくアレンジしているけど、あの記事は私の夢が元になっているのよ」
少女の言葉を聞いて、今まで黙っていたマヤの目が輝いた。
「あの記事を書いたのはあなただったのね! あたしも会いたかった!」
何のためらいもなく、マヤは少女の首に手を回した。
「あの記事は隅々まで読んでるわ。最後の名前も覚えてる。巌上4奈っていうんでしょ」
「いや、あれは千の奈だからチナって読むのよ。編集部経由で届いた手紙でも、4になってたわよね」
なんでマヤは、名前に算用数字が入っていると思うのかな。確かに字体が変わっていて読みづらい記事だったけど、そんな読み間違えはマヤしかしない。それはそうと、どうしてマヤの名前を知ってたのかと思ったら、手紙を出していたのか。
「そっか、チナっていうのね。よろしくね」
既にマヤは、場の空気を完全に壊して自分のペースで進めていた。
「あなたがエピクリマ大陸の夢を見たのって、いつから? ね、ね。教えてよ」
マヤにはもう、チナしか見えていなかった。
「初めて夢を見たのは、もう二年半も前の事よ。私は、ずっとマヤを待っていた」
わたしの目の前で、二人は抱きしめ合っていた。その光景に、わたしは今朝みた夢を思い出して血の気が失せた。
「まさか、わたしを捨てるというの?」
わたしが呆然としていると、突然マヤが頭を押さえてうずくまった。
「ひゃあ!」
何か頭痛でもしているのかと思ったら、エフェメラさんがわたしの前に立った。応急処置をする機能があるらしく、制服の裂け目から見える肩の傷には銀色の膜みたいな物で覆われていた。
マヤの周りを、フライデイが飛び回っている。どうやらマヤが頭を押さえているのは、エフェメラさんの仕業だった。出力を下げたフライデイのビームで、マヤは頭皮を焦がされたみたいだ。
「何をやっているんだマヤ!」
エフェメラさんは、本気で怒っているみたいだった。
「和美さんが必要なんじゃないのか? 離れられないんじゃないのか? 友達をほったらかしにして自分だけで盛り上がってるんじゃない!」
頭に手を当てたまま、マヤは立ち上がって振り向いた。
「そ、そうよね。和美も、あたし達と同じエピクリマ大陸の双子の巫女だもんね。和美もこっちに来なさいよ」
にっこり笑って、マヤはこっちに向かって手を振った。
双子なのに三人いる事を疑問に思わない所は、マヤとはいえ非常識が過ぎるような気がした。あのチナも、さっきとはうって変ってムキになった表情でマヤの手を引いた。
「同じなんかじゃない! あいつじゃマヤの友達に何て絶対なれない! だって本当のマヤを受け入れられるわけがない!」
本当のマヤ? チナは何を言いたいのだろうか?
「中学の時にマヤは、人を殺した事があるのよ。それも、自分の力を使ってね」
チナの言葉は、すぐに理解できなかった。だけど、わたしは思い出した。理由があれば人を殺せると、マヤは言っていたのを。あの言葉は、本当だったんだ。
「それでもマヤを好きでいられるのは、私だけよ。あんたのせこい価値観では、マヤを受け入れられないわよ」
チナは、勝ち誇ったような顔でマヤを横から抱きしめて自分の頬をマヤの横顔に近づけた。だけど、そんな事実もわたしには無意味だ。
「嫌いになんかならない! マヤは、理由がなければ人殺しはしないんだから! 理由があって人を殺したんでしょ、マヤ?」
わたしに尋ねられて、マヤは首を傾げた。
「ああ、そうだった。先生が、お父さんを殺した犯人だったのよ。それで、あたしは先生を許せなくって、湖に沈めたわ。そう、あたしが初めて水を操れたのよ。前に言わなかったっけ」
言わなかった? そうだ、確かにマヤはファミレスで断片的に過去を話していた。マヤにとっては、あれで全て話した事になってたんだ。先生とかいう犯人は、初耳だけど。
「ええ、確かにそんな事を言っていた。わたしが、マヤの言葉の意味に気付いていれば良かったんだと思う。いや、そんな事じゃなくて、わたしはマヤが何をしても、それでもマヤが好きなんだって。それだけは判って!」
「うん、判ってるわよ」
本当に判ってるのかどうかは兎に角、わたしはその言葉に安堵した。
「そんなの、見せかけよ! 本当のあんたは、マヤと私の間には絶対に立ち入れないんだからね! 私とマヤが結ばれるのは、前世から決まってる運命なんだから!」
それでもチナは、マヤとの関係を頑固に主張していた。
「わたしだって、マヤと一緒に祭壇に上っている夢なら見たわよ! 夢の中のマヤに手を握られた感触を、わたしは忘れない!」
わたしの叫びに、マヤは首をかしげて眉をひそめた。
「あれ? そうだったっけ?」
まさか、マヤが夢の内容を否定するとは思わなかった。わたしは、マヤの予想外の反応に動転しながらも、更に言葉を続けた。
「マヤだって、夢を見たんじゃないの。あの、スケッチブックそのままの格好のマヤと並んで歩いているわたしを」
「うん、確かに二人は並んでいたわ。前世の姿の和美とあたしがあの祭壇にいるのを、あたしも夢に見たわ」
やっとマヤも、夢の内容を認めてくれた。だからわたしは、もっと詳しく話せばマヤははっきりと理解する筈だと思った。
「ほら、マヤだって覚えている筈よ。わたしと手を取り合って、天井の裂け目を見上げていたのを」
「見上げていた? 見上げて?」
マヤは、まだ何か悩んでいるいるようだった。一体、何にマヤは引っ掛かっているのだろう。
「どうしたのよ、マヤ。お互いに取り合った手の感触を、忘れたの?」
「え、それって……」
マヤが、こめかみを手で押さえて俯いた。エフェメラさんに焦がされたのは頭頂部だから、これはマヤ自身の頭痛だろう。
「あたしは、エピクリマの巫女よね。そうじゃなきゃ、いけないのよ」
マヤは何かに悩んでいたようだったが、わたしは話すのを止めなかった。
「そうよ、マヤはエピクリマの巫女よ。だって、巫女の服を完璧に再現していたじゃないの。わたしでは、あそこまで正確には出来ないわ」
「巫女の服?」
マヤは、何か不思議がっていた。
「もうやめなさい! あんたは黙ってればいいのよ!」
チナが、鋭い口調でわたしの言葉を遮ろうとした。
「和美さん、もうあいつは私が始末をするから、あなたは下がっていてくれないか」
それどころか、エフェメラさんまでが、わたしがマヤに話しかけようとするのをやめさせようとして前に進んだ。
「わたしの邪魔をしないでよ! わたしとマヤこそが、絶対に双子の巫女の生まれ変わりなんだから! だって、マヤの書いた絵と、夢に出たマヤの背中はおんなじだったんだから!」
「やめるんだ!」
突然、エフェメラさんがわたしに飛び掛かって、口を無理やり塞ごうとした。
「な、なにうぉ…」
エフェメラさんの手を振り払おうとするが、わたしの腕力ではエフェメラさんに敵わなかった。
「ここは私に任せて、和美さんはマヤを見守っているんだ」
口を塞がれたまま、わたしはマヤに目を向けた。エフェメラさんなら、フライデイのカメラで見ればいいんだろうけど、わたしはそうはいかない。
「背中を見る? 背中! 背中だって! あ、あたしは、背中を見ていた! それも二人ともっ! だ、誰なの? あたしの視点はっ!?」
頭を抱えながら、マヤは地面に倒れこんだ。
「お、落ち着いてマヤ」
チナが、マヤの腕を掴んで上半身を抱き起そうとした。
「いや! 違うなんて嫌よっ!」
マヤが、両腕を振り回してチナを突き飛ばした。
「きゃあっ!」
マヤは手加減しなかったみたいで、チナは勢いよく壁に叩きつけられた。頭を抱えたまま、マヤはうずくまって震えていた。
「いや、そんなの嫌よ! あたしは巫女の生まれ変わりなのよ! 先生を殺した力は、正義の力じゃないといけないのよ!」
「マヤ!」
エフェメラさんが、マヤの方を振り向いて叫んだ。
「何も気にするな! 今まで通りに、宇宙人とエピクリマ大陸の巫女の事だけ考えていればいいんだ!」
エフェメラさんは、何かを知っている。恐らく、わたし達が知らないうちにチナを殺そうとした理由と関係があるに違いない。エフェメラさんがマヤに気を取られている隙を見て、わたしは口を塞いでいる邪魔な手を振り払った。
「マヤ、聞いてよマヤ」
わたしは、チナみたいに突き飛ばされないように注意して、恐る恐るマヤに近づいた。
「一体どうしたのよ、マヤ? わたし達は友達でしょ。困ったことがあるならわたしに相談してよ」
わたしの言葉に、マヤは両腕で抱えられた頭だけを動かしてこっちを見た。
「和美……
わたしの名前をマヤが呟いたので、安心してわたしはマヤに歩み寄った。しかし、マヤの瞳は今までの彼女とは別人だった。その、暗いのに怪しく輝く目は、わたしの知っている誰とも違う、始めて見る目立った。
「いや、見覚えがある……。どうして、あの目が?」
それは、マヤに見せられたあの宙を飛ぶクジラの目を思い出させた。瞬間、わたしの頭が熱湯をかけられたかのような熱さと痛みにみまわれた。
「そうだ、わたしは、もっと、もっと昔に……」
おかしい。わたしは、頭を抱えながら思ってもいない言葉を口にしていた。一体わたしは、何を言っているんだ?
チナは、壁に手を付けてゆっくりと立ち上がると、マヤに向かって叫んだ。
「あんな奴の言う事なんて忘れて! 私だけが、マヤを判るんだから!」
マヤは今度はチナの方を向いた。胸に手を当てながら立ち上がったマヤは、わたしとチナを交互に見比べた。突然、マヤの肩が小刻みに震えた。
「そうか、そういう事だったのね。二人ともあたしを馬鹿にしてっ!」
マヤが何を言っているのか、わたしには理解出来なかった。それでもわたしは、マヤに向かって手を伸ばしながら近寄った。
「マヤ、わたしの話を聞いて!」
だけどマヤは、わたしに向かって手を伸ばさなかった。両手で胸を抑えたまま、マヤは頭上に向かって吠えた。
「うわああああっ!」
マヤの叫びに共鳴するかのように、地面が揺れた。敷き詰められた瓦礫がぶつかり合って不快な合奏を奏でる。地下の水道管にまで影響が出たのか、地面から次第に水が湧き出始めた。




