マヤが好き! 5
繁華街までショッピングに来たわたしは、まずは古本屋に行こうとマヤの手を引いた。
「何? FRマガジンのバックナンバーでも探すの?」
勿論、違う。
「これから探すのは、コスプレ関係の本よ。参考になる本が、きっとあるから」
双子の巫女の服は、現代人から見ても派手ではあるが極端に変ではない。派手ではあるが、街中で着て歩いても注目されないと思う。だから、似たような服の型紙も、探せばきっと見つかるだろう。
以前来た店とは別の支店だが、レイアウトは殆ど同じだった。ファッション関係の棚を見つけたわたしは、型紙が載っていそうな雑誌を物色した。
「見て見てーっ。回収騒ぎになった筈のバックナンバーが、こんな所にあったわ」
「店員の耳に入ったら、売ってくれなくなるわよ」
わたしに注意されて、マヤは口をつぐんだ。
「それじゃあ、この本なんてどう?」
わたしの目の前の棚から雑誌を一冊、マヤは何気なく手に取って広げた。わたしが見せられたのは、まさに探していたものだった。
使えそうな型紙が手に入ったので、服作りを簡略にさせられる目処がついた。本屋次後は、必要な品々を買い揃える為に街中を歩き回った。わたしは裁縫の道具が家にあったが、マヤは布地と一緒に二人分の道具まで買ってくれた。それも、プロの仕立て屋が使いそうな高級品を。
買い物の後に和風ファミレスで夕食を済ませたわたし達が、マヤの家まで戻ろうかという時だった。突然マヤが空を見上げてキョロキョロしだした。
「どうしたの? UFOでも見つけた?」
「フライデイよ」
マヤが、そう言いながら指先を空に向けて左右に振った。しかし、わたしが指の向いている方角に目を凝らしてもフライデイの姿が判らない。
「でも、フライデイがいるなら、エフェメラさんもどこかにいるのよね?」
そういえば彼女は、調べものがあるって言っていた。フライデイをどの位遠くから遠隔操作が出来るのかも判らないのに、わたしは周囲を見回してエフェメラさんの姿を捜した。
「あっ」
わたしは見つけた。エフェメラさんではなく、マヤに似ていたあの少女を。メガネこそかけていなかったが、わたしの見間違いでは絶対にない。服装も、初めて出会ったあの日のままだったし。少女は、何かに追いかけられているかのように、人込みをかき分けて必死に走っていた。
「マヤ、あっちよ」
買い物袋を三袋まとめて片手に持ったわたしは、もう片方の手でマヤの腕を掴んだ。
「何なのよ、和美?」
「いたのよ、マヤ。あの人が!」
わたしの説明不足のせいで、マヤは首をかしげるだけだった。それでもわたしについて来てくれるってことは、わたしを信じてくれているのだろう。
あの少女は、路地裏に入って行った。わたし達も、今回は見失わないようにと後に続く。
「そっち行くなら、ほらこれ」
マヤが、何か取り出した。何故かマヤは、ペンライトを持っていたのだ。しかも、二本。きっと、宇宙人か何かにいつ会う事になってもいいように色々小道具を隠し持っているのだろう。
「サンキュー」
マヤから一本ペンライトを分けてもらうと、足元を照らしながら路地に入って行った。マヤも、わたしの後ろから前方を照らしていた。この前は少女を見失ってしまったが、
今日はマヤと一緒だ。きっと追いつけるだろう。
「それにしても、フライデイが飛んでいるっていうのが気になるわね」
エフェメラさんの調べ物に、何か関係あるのだろうか。わたしの周りで起きている事の全部が一つに繋がっているような気がしたら、何故か見えない牢屋に閉じ込められているような息苦しさを感じた。
「一体、誰がいたのよ?」
「前に言ったでしょ? マヤそっくりな人がいたのよ」
それを聞いて、案の定マヤの顔が笑顔になった。
「そうか、今度こそ宇宙人が化けているのね!」
いや、只のコスプレだと思うよ。でも、マヤがはしゃぐのも無理はない。結局、部長は外見が変わっているだけで宇宙人ではなかったし、エフェメラさんも宇宙人が作ったけど地球生まれだった。
「マヤは、前に宇宙人に会ったんでしょ? そんなに嬉しいの?」
「うん、去年のハイキングで出会ったのよ。あたしの弁当とお菓子を奪って消えたから、あんまり話せなかったけど」
「え、そ、そうなの?」
サルみたいな宇宙人っていうか、それってサルよね。たまにエピクリマ大陸みたいに妄言じゃない事も混じっているから、完全に否定はしないけど。
「宇宙人なら宇宙人って、早く言ってよね」
別に宇宙人だとは、わたしは思ってなかったけど。気が急いているマヤは、狭い路地なのに壁に体をこすりつけながら無理やりわたしを追い抜いた。頭上に紙袋を持ち上げて、わたしもマヤが少しでも通り易くしようとした。わたし達が今着ているのは半袖のセーラー服だったので、壁とこすれた二の腕がヒリヒリした。宇宙人に夢中なマヤは、特に気にしていないようだ。
「あ、待ってよ」
暗い路地を駆けて行ったマヤのペンライトを見失わないように、足元に注意しながらわたしも先を急いだ。手にしている紙袋が、壁とこすれて今にも破れそうな音をたてる。
それにしてもマヤはたまに十字路をまがったりしているが、何を根拠にして道を選んでいるのだろうか?
何度目かの角を曲がった時、マヤの歩みが遅くなった。マヤに追いついたわたしは、何があるのかとマヤの肩越しに先を見た。ペンライトに照らされた先では路地が開けて、瓦礫が敷き詰められた空き地になっていた。ペンライト程度では全てを照らしきれないので、空き地の広さも形も判らない。
その空き地にいるのは、見覚えのある二人の少女だった。大人の背丈程もある一際大きな瓦礫の頂上からエフェメラさんが無表情で見下ろしているのは、あのマヤに似た少女だ。傷だらけで服も所々が破れている少女は、怯えた顔でエフェメラさんを見上げていた。空き地のそこかしこをフライデイが飛び回っているので、恐らくエフェメラさんが彼女を傷つけたのだろう。
「本当に、全部関係あったのね」
予想というか漠然とした予感だった物が現実となった事が、わたしはかえって不安になった。わたしを囲っている見えない牢屋も、本当にあるのだろうか。
ペンライトの光を感じて、エフェメラさんがこっちを振り向いた。
「マヤか。まさか、こんな時に来るとはな。だが、会ってしまったなら仕方がない」
エフェメラさんが、憮然とした表情になった。対照的に、マヤの表情は花が開いたかのような笑顔になった。
「そうか、あれが宇宙人なのね」
マヤが、少女に向かって駆け出した。エフェメラさんのフライデイ達が、次々と彼女の後頭部の中へと戻って行った。
「折角、あと一息でとどめだったのにな」
エフェメラさんは、何気なくトンデモない事を口にした。本気で少女をエフェメラさんは殺すつもりだったのだ。
「一体、どうして殺そうなんて?」
わたしが問い詰めると、エフェメラさんは冷めた表情で少女を指差した。
「平岩前部長のホムンクルスを殺したのは、彼女だからだ」
「ええっ!?」
確かに、あの夜の出来事と部長の告白を組み合わせれば、その可能性はとても高いし意外ではない。しかし、彼女の事はマヤにしか言ってない。どうしてエフェメラさんが、彼女に辿り着けたのだろうか?
「それじゃあ、ヒューマンミューテレーションは、やっぱり宇宙人の仕業だったのね!」
マヤは、大喜びで少女の手を握った。本当に彼女が犯人なら、マヤが危ない。今のわたし達は、水を用意していないのだ。
「マヤ! あれはヒューマンミューテレーションじゃないわよ!」
「ええ? あ、そうかホムンクルスミューテレーションなのよね!」
やっぱりマヤは、判っていなかった。
「彼女と一緒にいたら、マヤまでおなかを切られるわよ!」
わたしが叫ぶと、少女はマヤに抱き着いた。
「マヤッ!」
わたしは、紙袋を投げ捨てて走り出した。エフェメラさんも、駆け出している。しかし、少女の次の行動は、わたしが予想だにしていないものだった。
「なーで、なでなでなで」
少女は、マヤを抱えて頭を撫で回したのだ。
「えっ?」
一瞬、何が起こったのか理解できず、わたしは足を止めてしまった。
「あらら?」
予想外だったのはマヤにとっても同じらしく、少女に抱えられたまま頭に手をあてて激しくまばたきをしている。
「うふふふ。だーい好き」
マヤの首に手を回した少女は、改めてマヤを抱きしめた。
「だから二人を、会わせたくなかったんだ」
歯ぎしりしているエフェメラさんは、彼女がマヤの事を好きだと初めから知っていたようだった。




