マヤが好き! 4
放課後になり、わたし達は部室にやって来た。
「そういえば、部長は変わったのよね」
ホームルームの直後に、ミツル先生が教えてくれた。
あの日から、平岩部長は失踪しているし、朝島先輩もまだ休んでいる。三年生は玉川先輩だけなので、昨日から彼女が臨時の部長に就任していた。
部長が部員を拉致監禁したなんて学校創設以来はじめての不祥事なので、廃部になるんじゃないかと心配したが、ミツル先生の尽力によってなんとか部は残った。
エフェメラさんがドアを開けると、新部長と颯爽先輩が椅子に座ってくつろいでいた。絵を画く気など全くない感じで、呆けた顔で天井を見上げていた。何も事情を知らない新部長とずっと休んでいた颯爽先輩は、昨日から大変だったのだろう。
「大分お疲れのようだな」
それだけ言うと、部室に足を踏み入れる事もなくエフェメラさんはドアを閉めた。
今日は、部活が無くなった。ゼミも無いので、夜までの予定が無くなった。エフェメラさんは、何か調べものがあると言って先に下校した。
これから何をしようか悩んでいると、マヤに誘われた。
「用事がないんなら、あたしの家に来ない?」
ゼミがあったとしても、迷わずわたしはサボッただろう。初めてマヤの家に行くとなって、わたしの心は全く勢いが衰える事無く弾み続けた。
マヤの家を見て、わたしは唖然とした。
「前部長の屋敷程ではないけど……」
そこは、レンガ造りの洋館だった。しかも、門扉が自動で開いている。女の子が屋敷に一人暮らしするなんてケースが、身近に二人もいるとは思わなかった。
「そういえば、マヤって金遣いが荒かったわよね」
高価なイヤリングを惜しげも無く片方捨てた上、もう片方を落としても別に気にしていないマヤの生活態度を支えるのは、生半可な財源ではかなわない。だけどマヤは、両親が他界している。実家がお金を持っている前部長とは、事情が違う。マヤは家庭の事情が事情なので、どこにそんなお金があるのか聞きにくい。
「ほらほら、早く入りましょう」
背後からマヤに背中を押されて、わたしはマヤの家の門をくぐった。春だったらさぞ見事だったろうと思われる緑色の桜並木をくぐって、これまた自動で扉が開く玄関に入った。
「いらっしゃい、和美」
わたしの前に回ったマヤは、手を引いて二階へと赤いじゅうたんの敷いてある階段を駆け上った。
「あ、ちょっとマヤ」
転ばないように足元に精神を集中させて、わたしは階段を駆け上がる。
階段を上ってすぐ目の前にある重たそうな木製の扉を開けると、そこは書斎だった。いや、ベッドがあるから寝室なのだろう。シャンデリアを模した蛍光灯や彫刻が施された窓枠がある、いかにも洋風の屋敷と言った内装には似つかわしくないピンク色のベッドは、マヤの趣味だろう。
「紅茶にコーヒー、ココアもコーラもあるわよ」
わたしがミルクティーを頼むと、マヤはわたしを部屋の中央にあるテーブルに座らせて部屋から出て行った。手持無沙汰になったわたしは、テーブルに置いてあるFRマガジンを手に取った。
「これには、エピクリマ大陸の記事は無いのね」
巻頭グラビアは、CDプレイヤーにそっくりなUFOと白猫みたいな頭をした宇宙人が描かれていた。何か、颯爽先輩を連想させる宇宙人だ。
「お待たせー!」
ティーセットをワゴンに乗せて、マヤが戻って来た。
「お菓子は、レアチーズケーキでいいかしら。水気のない菓子でもいいなら、とうきびのウエハースもあるわよ」
マヤの淹れた紅茶や用意したお菓子は、とても上品な味がした。部屋の雰囲気と相まって、まるで今のわたしが遠く西の国にいるかのよう錯覚する程だ。本棚やテーブルの雑誌を気にしなければ、だけど。
わたしが来るのは急に決まったのだから、このお菓子はマヤが普段から食べているのだろう。どこの店買ったのか気になって添えてある紙ナプキンを見てみると、桜吹雪の模様が描かれているだけで店の名前は無かった。
「ん? 桜?」
つまりこのナプキンは、春物という事だ。残暑が厳しいとはいえ、九月なら秋にふさわしい模様のナプキンを用意する筈だ。お店のお菓子だったら。
「このお菓子は、もしかしてマヤの手作り?」
「うん、昨夜材料を買って作って、今朝から冷蔵庫で冷やしたんだ」
昨夜って、ミツル先生と別れた後に家にも帰らず、すぐに買い物をしていたという事じゃない。職人並みの洋菓子の腕前よりも、その神経の方に驚かされた。
「ほら和美、これ見て」
マヤが、宝石箱のような小箱を取り出した。その箱にわたしは、見覚えがあった。少し横に広いが、前にマヤが買ったイヤリングが入っていた小箱にそっくりだ。
「もしかして、これもイヤリング?」
マヤはうなずくと、小箱を開いた。中に入っていたのは、新しいイヤリングだった。前にマヤが買ったのと違って、銀色の棒の代わりにハート形の宝石がついていた。無色透明でありながら蛍光灯の光だけでここまで煌めく宝石は、本物のダイヤモンドに違いない。この大きさだと、並の女子高生の小遣いで買える値段じゃないだろう。まあ、住んでる家からして並じゃないんだけど。
「ほら、ちょっと耳を貸して」
言うなりマヤは、わたしの左耳を引っ張った。
「痛っ」
「ほら、じっとしてて」
わたしの耳を、マヤがいじりだした。
「あれ、この感触?」
耳にイヤリングをつける感触は、三日ぶりだった。
「これ見て、和美」
マヤが鏡を取り出して、わたしに見せた。わたしの耳には、思った通りハートのダイヤが輝いていた。
「ほら、これでお揃いでしょ」
マヤも、もう一つのイヤリングを左耳につけていた。
「もう片方は、和美がずっともってて」
何とマヤは、惜しげも無く高価なイヤリングを片方くれた。簡単にゴミ箱に捨てた時と比べればまだましとはいえ、やっぱり恐縮してしまう。
「でも、わたしが持ってて、無くしたりしたら困るし」
「別に、また用意すればいいだけよ。これはうちにはいくらでもあるし」
「いくらでもって?」
「あら、言ってなかった? あたし、通販の仕事をしてんのよ。誕生カットのダイヤの」
ええっ! あれってマヤが販売していたの?
「あたしも和美も六月生まれだから、ハートでお揃いね」
いつの間に、マヤはわたしの誕生日を調べたのだろう? もしかするとこれは、誕生日が過ぎているわたしにサプライズパーティの変わりにくれたのだろうか。
金銭感覚というよりも、根本的な価値観でわたし達には大きなズレがある。それでも、わたし達は友達をやっていけると信じたい。
「それじゃあ、マヤといる時は必ずつけているわね。普段は、大事にしまっているから」
「うん、和美の好きでいいよ」
マヤは、わたしに提案を笑ってうなずいた。そして、切り替えが早いというか、単にあきっぽいというか、すぐに次の話題に移った。
「ねえ、和美って洋裁の心得があるのよね。あたしのコスプレする程なんだから」
マヤにコスプレの話題を振られて、わたしはドキリとした。マヤはその事を気にしていないみたいだったのに、どうして今になってその話をするのだろうか。
「今度は二人で、お揃いの服を着て見ない? あたし達の手作りで」
マヤとペアルック! マヤの提案を聞いて、わたしの胸が高鳴った。マヤと同じドレスを着て街に繰りす姿を想像するだけで、天にも昇る気分だ。マヤとだったら、どんな服がいいだろう? ゴスロリ? それとも宮廷の舞踏会で着るようなのとか。
「和美、和美ってば!」
マヤに肩を揺すられて、正気に戻った。空想というか妄想というか、一体何分間ひたっていたのだろう。
「もう、聞いているの? 和美」
マヤがすねるので、わたしは必死になって首を何度も縦に振った。
「も、勿論よ。二人でドレスを着るのよね」
「ああ? ドレスッて何よ? まあ、あの服もドレスと言うのかな?」
どうやら、大事なことを聞き漏らしていたみたいだ。マヤは呆れたような顔で、本棚からスケッチブックを取り出した。
「ほら、これを再現するのよ!」
マヤが広げたページには、見覚えのある服が書いてあった。そうだ、いつも夢で見ていたあのローブみたいな巫女の服だ。
「二人でこの格好をして、体育館の屋根に登るのよ」
マヤが目指しているのは、あの夢の再現だった。わたしは、そのマヤと一緒にいられれば幸せだった。目的は違っても、やりたい事が同じならわたしは構わない。
スケッチブックを手渡されたわたしは、ページをめくって様々な角度から画かれた服に目を凝らした。よく見ると、服には二種類あった。夢の中でマヤが来ている服とわたしが来ている服には、微妙な違いがあったのだ。
「襟の赤い縁取りが、わたしの服は腰帯から下は白くなるのね」
赤い腰帯も、マヤのは朱色がかっていて結び目からの余り布が長い。わたしと違って、マヤは夢の様子を良く観察していた。
特に大きく違っていたのが、背中の文様だった。マヤの背中には、三角形から三日月のような角が生えた青い文様で、わたしの背中には縦長の楕円にお椀を伏せたようなコブがついている。やはりマヤも、見えているだけで意味までは判らないのだろう。スケッチブックには、注釈や説明が一切無かった。
「ん、んん?」
一瞬だけ、眩暈がした。何か、大事な事を考えていたような気がするのに、それをわたし自身が拒絶しているような、矛盾した感覚が目の前に湧き出た霞のように視界を遮るのだ。
「和美ったら、また変になってるわよ」
再びマヤに肩を揺すられて、正気に戻った。
「あれ? 今、何を考えてたっけ?」
そうだ、マヤと揃いの服を作る話をしていたんだ。わたしは、一通り目を通したスケッチブックをマヤに返した。
「これけだけ資料があれば、型紙におこせそうね」
ただ、襟のあたりは和服のような合わせ方になっているので、洋服しか作っていないわたしには布の構成がよく判らない。何か、参考になりそうな本があるといいけど。
「ねえ、マヤ。この家には裁縫に関する本はないの?」
一応聞いてみたが、やっぱりそんな本は家庭科の教科書くらいしか無かった。
「必要なものは、これから買い揃えればいいわよ。さ、善は急げよ」
気の早いマヤは、今から二人で買い物に行こうと誘った。マヤと買い物に行くのが嬉しくてしょうがないわたしが断る筈もなく、早速ケータイで帰りが遅くなる事を母さんに伝えた。




