マヤが好き! 3
昼休みになって、わたし達は校長室のソファーに並んでいた。
始業前に謝ると約束してたマヤは、物を濡らしたり壊したりした事についてだけはちゃんと謝ってくれた。周囲を騒がせた事については、騒ぐ必要も無いのに勝手に周囲が騒いでいただけとマヤは思っている節があるので謝らなかった。
それでも謝る事は謝ったので、今回は停学とはならずに厳重注意のみとなった。マヤが何を書くのか判ったもんじゃないので、反省文とかが無くて良かった。きっと、ミツル先生もマヤの作文を読みたくなかったからだろう。
校長室の件は終わったといえば終わったので、わたし達は屋上の入口の前に来ていた。ドアのカギは修理されたみたいで、マヤが揺らしても開かなかったのだ。
「あたし、ピッキングが得意なんだけど……」
「今日は、ダメッ!」
問題起こしたばかりなのにそんな真似をしたら、今度こそ停学になりかねない。非常階段もあるのだが、そっちにも行かせられない。だから、エフェメラさんと二人で、ここでいいと主張した。幸いにも入口の横にあるはめ殺しのガラス窓からは青空が見えるので、ここは別に暗くは無かった。
今年の残暑はまだまだ厳しかったが、わたしはなんとか我慢してマヤたちと一緒にお弁当を食べていた。エフェメラさんの弁当も今日は御飯だったので、三人でおかずのとりかえっこをしながら話しを弾ませていた。今のわたし達をはたから見れば、微笑ましい昼休みの一コマに思えなくもないだろう。話している内容は、当然エピクリマ大陸なんだけど。
「確かに私を作ったのは、宇宙の破壊魔王だ」
「ええ!? エフェメラさんは、宇宙から来たの?」
「いや、私は地球の秘密基地で作られたのだ。破壊魔王がどこの星からやって来たのかさえ、私は判らない」
FRマガジンの記事は本当だった。そうするとわたしとマヤは、前世ではエフェメラさんの敵だったという事になる。
「それじゃあ、黒い手と戦った事があるの? それにしては、屋上での戦った時は詳しく知らなかったようだけど?」
エフェメラさんの塩鮭と自分の一口ハンバーグを交換しながら、マヤが尋ねた。
「わたしはレイ=デイ達の中では最後に作られたからな。私が作られた頃には、とっくに大陸が沈みかけてたんだ。あまりというか、全く戦わなかった」
そうすると、黒い手と戦ったレイ=デイは別にいるのか。
「それじゃあ、他のレイ=デイ達もこの世界のどこかにいるの?」
わたしが尋ねると、エフェメラさんは窓から空を見上げた。何か、遠い昔の何かを思い出しているみたいだ。
「それが、皆目見当もつかない。役目が終わった私は、二度と目覚める事のない眠りについた筈だった。それなのに、わたしは今までに突然誰もいない格納庫で目覚めたのだ。破壊魔王はどこに行ったのかとか、どうして私だけ目覚めるのかなどは最初は判らなかったが、何度も眠りについては目覚める事を繰り返しているうちに少しずつ判ってきた。わたしはの役目は、まだ終わっていなかったのだと」
まだ役目があるというのが、わたしは気になった。
「それって、まだ戦うっていう事なの? その、エピクリマ大陸の巫女達と」
もしそうなら、エフェメラさんはわたし達の敵という事になる。しかしエフェメラさんは、首を横に振った。
「いや、エピクリマ大陸はもうないし、破壊魔王も宇宙に帰ったのかいなくなったから戦う理由はない。だから和美さんとも、わたしは戦わない。何か役目があると思った私は、格納庫から出て時間の許す限り外の世界で活動し、眠りにつきそうになったら格納庫に戻るようになったのだ」
それで、今は女子高生になっているのか。留学生と言う名目なのは、戸籍の管理の甘い国でそこの国民になってから日本に来たからなのだろう。
「それじゃあ、エピクリマ大陸はどうやって沈んだの?」
マヤは、エフェメラさんに自分の興味のある事しか質問しなかった。
「魔王との戦いで大陸は幾度となく危機にさらされ続けていたが、最後のトドメは巨大な氷山だった。破壊魔王が、自身の力で人工的に大陸の頭上に氷の塊を発生させたのだ」
エフェメラさんの言葉に、マヤが目を輝かせた。
「あたしの夢の通りね! やっぱりあたし達は、エピクリマ大陸の巫女の生まれ変わりだったのよ!」
そう言って、わたしの手を取ってマヤが微笑んだ。窓からの日差しが丁度いい角度にあたって、いやそんなんじゃなくマヤ自身の魅力が輝いて、マヤの笑顔が眩しく見えた。
「そうね、わたしも嬉しいわ」
ちゃんとわたしの返事を聞いていたのか判らないまま、マヤは今度はエフェメラさんの手を取っていた。
「こんなすぐ近くに、エピクリマ大陸沈没の当事者がいるのに気付かなかったなんて、今まで勿体無い事してたわ。ねえ、やっぱりここに来たのは体育館の屋上を見たかったからなの?」
マヤの質問に、エフェメラさんは首を横に振った。
「私とマヤが出会ったのは、偶然だ。もうトータルで何百年もこの世界を渡り歩いたのだから、エピクリマ大陸の関係者に出会う事もあるだろう。それが今だったという事だ」
成る程。いくら世界が広いと言っても、人間が集団で生活している場所はかなり限定される。沢山の人が住んでいる大都市になれば、範囲は更に狭くなる。偶然の発生する可能性は、それなりにあるだろう。わたし達の転生する確率とか、エフェメラさんの活動している確率なんて判らないから、具体的な可能性までは判らないけど。
わたしは、二人の間に入ってマヤの手をエフェメラさんの手から離させた。
「しかも、部長までエピクリマの技術に関わってたのは、意外ですよね。それも全部、偶然と呼んでいいんですか?」
部長と聞いて、エフェメラさんは首を傾げた。
「あれは、マヤの見せた映像がきっかけで事態が進んだからな。颯爽先輩の件といい、マヤ自身が意識せずに確率を上げた所がある。偶然といえば偶然だろう」
そういえば、全ての始まりだったあの映像は何だったのだろう?
「あの怪奇現象は、マヤの言った通り、本当に宇宙人の仕業なの? 宇宙人に作られたエフェメラさんなら、何か知っていたんじゃないの?」
エフェメラさんは、わたしに尋ねられて首を横に振った。
「私にも、あれは判らない。生まれてから一度眠らされるまでに一週間も無かったから、教わってない事の方が多いのだ。そもそも宇宙人の仕業だとして、私を作った宇宙人と同じとも限らない」
エフェメラさんにも、判らない事があった。唯一の手がかりだったので、情報が得られないのは残念だった。
「ねえ、和美」
マヤが、わたしの首に腕を回して来た。そういえば、前にも同じ事があった。
「判らない事で、和美に何の不都合があるの?」
「え?」
マヤの囁きで、わたしは気が付いた。確かにわたしは、エピクリマ大陸の存在を知らなくても生きていける。
「わたしは、自分の力の正体を知りたかったのが、出発点だった。和美は、一体何を知りたいの?」
わたしが知りたい物……。そんなのは決まっている。あのクジラの正体なんかじゃない。
「マヤ、やっぱりわたしは……」
「うんまーい! この甘さは、砂糖じゃないわね。和美の卵焼きって好きよ」
マヤは、わたしの返事を聞いていなかった。
「もう、マヤッたら」
だけど、いつも通りのマヤを見ていると、不安な気持ちもどこかへ消えてしまい、夢の話をするのも忘れてしまう。わたしを不安にさせたり安心させたり、そんなマヤに振り回されるのが気持ちよかった。




