表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マヤにしてっ!  作者: 白沢 雄
30/44

マヤと行く! 15

 部長は、何とさる大財閥のお嬢様で、本当ならこの屋敷すら箱庭に見える程の豪邸で暮らしている筈だったのだ。それが、この屋敷で一人暮らしをしているのは、勿論この目が無い顔のせいだった。

 世間体を気にした実家の人達は、義務教育の年齢のうちは病気だという事にして家から出さず、籍だけ置いていた中学を卒業すると同時に生前相続という名目で、実際は不良物件だった不動産を外観だけは見栄えがするようにリフォームして押しつけて実家から追い出したのだ。平岩という姓も、母の旧姓なのだそうだ。

 生活費は仕送りされるし、学校も実家のコネで進学出来たので不自由は無かったが、親に捨てられたという思いは頭から離れなかった。

 そんな彼女は、ここに一人で住む事になった初日から荒れた生活を送っていた。屋敷の家具を置物の銃をショットガンとして使えるように改造して撃ち抜いたり、廊下にある絵画を陶磁器に満たした灯油で燃やしたりした後、親と交わした契約書の穴を利用して自分で壊した品々の修理費を実家に請求して欝憤を晴らすのが、春休みの日課だった。この屋敷にある高価な品々が壊すために並べてあったのかと思うと、何か呆れてしまう。

 春休みの最後の日、部長は一階の物置を壊すつもりだった。リフォームをした時に業者が手抜きでもしたのか、この部屋だけは古いままだった。ほこりが積もっているのは勿論、蜘蛛の巣が張っている上に床にも大きい穴が開いていた。こんな手抜きを見落とすなんて、実家も相当いい加減な管理をしていたのだろう。

 自分が実家からどんな扱いを受けているか改めて思い知った部長は、甲冑が握っていたハルバードを持ち出して、床の穴を更に広げようとした。怒りに任せてハルバードを振り下ろすと、古くなった物置の床は底が抜けるように一面がまるまる砕けた。

「きゃあっ!」

 床下には、巨大な空洞があった。そう、今わたし達がいるこの地下室があったのだ。どうしてこんな地下室があったのか知らないが、部長は地上に出る為に地下を調べて回った。部長は目が無いとはいえ光は必要だったが、物置にあった懐中電灯が落ちていたので何とか壁の位置は判った。

 一階の物置へ続く階段に到着するまでに部長が発見したのは、異国の言葉で書いてある古い文献と理科室のような実験道具の数々だった。懐中電灯程度の明かりでは字もよく判らないが、文献には挿絵が有ったので人体に関する学術書である事は見て判った。部長は、文献の一部を解読する為に持ち帰った。

 部長が文献を解読しようと思ったのは、言うまでもなく普通の顔を手に入れられるか研究したかったからだ。実家の財閥でも、部長の顔を治す為の試みは少なからず行われていたが、目が無いのに見えている不思議さが原因で実現しなかった。

 文献の解読は容易だった。いや、不思議な事に部長には文字が読めたのだ。それは、エピクリマ大陸の言葉で書かれていた。文献の正体は、ホムンクルスの作り方や、意識を移し替える手段について書かれた研究レポートだった。

 もしかしたら、自分そっくりだが目があるホムンクルスを作って、それに意識を移し替えれば普通の生活が出来るのではないかと、部長は考えた。

 このレポートに希望を見出した部長は、昼は学校に通いながら夜はホムンクルスの研究をする生活を入学式の日から続けていた。研究に必要な予算は、屋敷にあった美術品や工芸品を勝手に売って工面した。

 黒い手を助手として使うようになり、その為の機械で出来た黒い体を用意してからは人間サイズの水槽が使えるようになって研究は飛躍的に進んだ。

 しかし、研究は容易には進展しなかった。文献の中から比較的簡単に再現出来そうな手だけの黒いホムンクルスはすぐに実現したが、より人間に近づけようとすると肉の塊みたいな失敗作になってしまうのだ。

 失敗の原因が一つしか考えられなかった部長は、ためしにクラスメートの髪の毛を拾ってホムンクルスを造ってみた。その結果は、部長にとって絶望的なものだった。今まで失敗続きだったのがウソのように、人間の姿を再現出来たのだ。

 自分の体は、その組成から他人と全然違う。その事実を知ってから、研究の目的が様変わりした。そう、別人をコピーしたホムンクルスに自分の意識を移し替え、その人とすり替わって生活しようと望んだのだ。

 勿論、入れ替わる相手は誰でもいいわけではない。どんなに外見が似ていても、家族までは騙せないという事は判っていた。だから、入れ替わるなら一人暮らしをしている人が良かった。生徒達の中から密かに候補を捜すと、朝島先輩が条件に合っていると判り、彼女と同じ美術部に入ったのだ。

 そして、他にも独り暮らしの生徒を見つける度に彼女は美術部に勧誘した。だから颯爽先輩やエフェメラさんが美術部に入ったのだ。しかし、颯爽先輩髪の毛からホムンクルスを作ろうとすると何故か猛獣みたいな姿になってしまい、人間でないエフェメラさんに至っては全くホムンクルスが出来なかった。結局、朝島先輩しかホムンクルスは成功しなかったのだ。

 そこで先輩は、一人暮らしの生徒を部員以外からも捜し始めた。マヤも一人暮らしなのを知ったが、生理的に受け付けないので滝畑さんに目をつけた。彼女には家族はいたが、他県から入学する為にアパートで一人暮らしをしていたのだ。

 滝畑さんの場合は久しぶりに再会した家族を誤魔化せる程度の情報が必要と考えた部長は、自作の薬を寝ている彼女に吸わせて身体データーを取ったり夢遊病のような状態の彼女に故郷の出来事を聞きだしたりしていた。

 どうも、その薬の副作用で滝畑さんまで美術部の窓に映った景色が見えたらしい。

 それからずっと、部長は朝島先輩を観察しながらホムンクルスの研究を続けていた。しかし、炭素で構成されている黒い手と違って人間と同じ素材のホムンクルスは構成が安定せず、水槽から出すと数時間で崩れ落ちて泡となってしまうのだ。最初のうちは一時間ももたなかったから進歩はしているのだが、入れ替わった姿で一生を過ごすには到底及ばなかった。

 研究が一気に進展したのは、新学期初日の夜の事だった。マヤに見せられた馬のいない馬車の動きを思い出しながらホムンクルスの文献を見直した時、一瞬だけ文章をつい逆に読んだのがきっかけだった。文献に見落としていた個所があった事に気付いたのだ。

 早速その個所を研究に取り入れると、ホムンクルスは一気に三日も長持ちしたのだ。更に簡単な改良をすると、今度は一週間も持った。

 研究をしている一方で、進展のきっかけを作ったマヤの存在も部長は気にしていた。実は、エピクリマの祭壇の絵は、文献の冒頭にも描かれていたのだ。彼女は笑顔の裏で何を考えていて何を見抜いているのか、自分の研究を知っていて手助けしたのだろうか? 考えれば考える程、部長はマヤの事が怖くなってしまった。

 実は部長も、滝畑さんが怪奇現象を見ていた事に気が付いていた。だから自分で直接手を下したくなかった部長は、自分以外にあれを見た人がどういう変化をしたのかを確かめるのを兼ねて滝畑さんを巻き込もうと企んだのだ。わたしとエフェメラさんはマヤと親しく、颯爽先輩は学校を休んでいたので、他にいなかったという事もある。意識を移す技術の応用で滝畑さんの心を誘導してけしかけ、それが失敗した後はほとぼりが冷めるまで大人しくして次の機会をうかがう事にしたのだ。

 ホムンクルスの研究が順調に進んだ部長は、昨日ついに自分の意識をホムンクルスに一時的に移す実験を行ったのだ。実験は思いのほか上手くいき、試しに庭まで出て歩いてみた程だった。しかし、突然部長の意識は元の体に戻ってしまった。

 地下室で目を覚ました部長は、慌てて庭まで戻った。しかし、ホムンクルスは既に庭の外に出た後だった。屋敷の塀に電気を流すなりの仕掛けをしていなかった事を後悔したが、全ては後の祭りだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ