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マヤにしてっ!  作者: 白沢 雄
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マヤと行く! 14

 マヤに袖を引っ張られたので振り返ると、マヤが天井を見上げていた。

「上?」

 わたしも見上げると、天井がどんどん遠ざかっていくのが見えた。

「もしかして、この床が下がっているの?」

「どうやら、そうみたいだな。床下がサーチ出来ないので、何か地下室があるとは思っていたが、こんな秘密があったとはな」

 まさか、先輩をこの部屋におびき寄せる囮にしていたというの? こっちには助けなきゃいけない理由があるから、まんまと引っかかってしまったという事だ。その事にはマヤも気付いたらしく、見上げたまま肩をワナワナと震わせていた。

「何て事なのっ! これってつまり、あたし達が煙突から入った意味が無いって事じゃないの!」

「そんなの、何を今さら言ってるのよ!」

 わたしマヤにが突っ込んでいると、床が一瞬だけ大きく揺れた。どうやら部屋の降下が止まったみたいだ。

「ねえ、エフェメラさんはあそこまでジャンプ出来ないの?」

 わたしが頭上十メートル以上も離れてしまった窓を指すと、エフェメラさんは首を横に振った。

「私だけなら不可能ではないが、三人も運べない」

 やはりエフェメラさんには、自分だけ逃げようという発想は無かった。

「それに、あの窓こそ一番危険だろう。ここから逃げ出す者には、部長は用はないだろうからな。朝島先輩が、ベッドで震えているだけで逃げなかったのが、むしろ良かったのだろう」

 自動ドアにでもなっているのか、部屋の扉が突然開いた。その向こうには、赤い廊下が敷かれた絨毯は勿論なかった。その変わりにあったのは、暗い灰色の石のブロックを積み上げた壁がむき出しになった地下室だった。そして、そこに立っていたのはわたし達がさっきまで探していた女性だった。

「部長?」

 ついに部長が、わたし達の目の前に出現したのだ。始めて見る私服の部長は、白いローブに白いマントを羽織っていて、まるで医者の白衣のようだった。相変わらず前髪が長くて、目が隠れてどんな表情をしてるのかは判らなかった。

「私の研究室にようこそ、と言うべきかしらね。まとめて三人も来るのは予想外だったけど」

 エフェメラさんがすかさずフライデイを飛ばしたが、見えない壁があるのか扉の付近で停止してしまった。部長が、口元をにやりと吊り上げた。

「成る程、これが古代文明の超科学というやつね。初めて見るわ。でも、それに対抗する手段が無いなんて思わないでね」

 不敵に笑う部長を見て、マヤが嬉々として駆け寄ろうとした。

「そうか、あなたもエピクリマ大陸の技術を研究しているのね!」

 しかし、空中で静止しているフライデイと同様に、マヤも入口の所で金縛りにかかったかのように動きを止めてしまった。

「そう、確かに私の科学はエピクリマ文明の再現から出発したわ。今は私の夢を叶える為に、一つの研究に集中しているけどね」

 部長が得意げに話している間も、マヤは見えない力に全身を縛られているというのに、必死に前に進もうとしていた。

「あ、あなたが研究しているのって、ホムンクルスよね。それともクローンかしら?」

 マヤの一言で、部長は声を出さないまま口だけを大きく開けて驚いていた。マヤは、更に言葉を続けた。

「昨晩殺された先輩は、貴方の技術で作られた複製品でしょ? 黒い手や機械で出来た黒い体も、研究の過程で生まれた副産物じゃないの?」

 何時の間にかマヤが手にしていたペットボトルから、マヤが水を吹き出させた。ペットボトルから流れ出た水の帯が、マヤの周囲を包むように何重にも取り囲んだ。

「あなたがやろうとしているのは、人間の、いや人体の製造でしょ?」

 マヤの体が少しずつ動き出し、自由を取り戻しつつあった。既に先輩の表情からは、余裕の色が失せていた。懐からテレビのリモコンのような機械を取り出した部長は、慌てて赤いボタンを何度も押した。

「うぐっ」

 マヤの動きが、再び止まった。どうやら、見えない壁の出力をリモコンで強めたみたいだ。一安心したからか、部長が溜息を一つついた。

「そう、確かに私は人体を生み出そうと研究していたわ。私には、新しい体が必要だったのよ」

 部長が後ろを振り返ってリモコンを向けると、そこに積み上げられていた石の壁が中央から開いて左右にスライドした。石の壁の向こうには、円筒形の水槽が何列も並んでいた。ほとんどの水槽の中には得体のしれない肉の塊がプカプカ浮いていたが、中には見覚えのある人が全裸で眠っている水槽もいくつかあった。

「朝島先輩に滝畑さん? まさか、あれがホムンクルスなの?」

 だとすると、昨日殺されたのもホムンクルスだというの?

「そう、昨日の夜にホムンクルスが一体ここから逃げ出したわ。慌てて捕まえようとしたけど、私は間違えて本物の朝島さんを捕えてしまったの。まさか、ホムンクルスの逃げ出したすぐ近くで本物が夜遊びしているなんて思わなかったから」

 なるほど、それで先輩がここにいたのか。

「改めて本物を捕まえようと思ったら、ホムンクルスが殺されて大変な騒ぎになっていたわ。お蔭で、本物を解放するタイミングを逸してしまったわ」

 すると、殺人犯は別にいたのか。だけど、ホムンクルスの場合も殺人っていうのかしら?

「その上、今日になって銀墨さんが殺人の容疑が掛けられているじゃないの。しかも、銀墨さんが自分から騒ぎを大きくしているし、嫌になっちゃうわ」

 それに関しては、わたしも部長と同意見だ。困った事に、わたしも共犯だけど。

「私としては、このまま被疑者に失踪して貰うのが一番だった。二人を泳がせれば、きっと真犯人を探しに動くって予想していたから」

 いや、マヤには真犯人を探す気が有ったかどうかも怪しいんだけど。事件に首を突っ込んだのは、本当に宇宙人の為だし。

「計算外だったのは、エフェメラさんがあそこまで深入りした事よ。一人暮らしだからって理由だけで彼女を美術部にスカウトしたのは、失敗だったわね」

 やっぱり部長は、一人暮らしの生徒を意図して集めていたのか。それがホムンクルスと関係があるというなら、考えられるのは一つだ。

「ホムンスルスを、本物の生徒とすり替えるつもりだったんですね。そんな事をして、何の意味があるんですか?」

 わたしが尋ねると、部長は先輩のホムンクルスが入った水槽にもたれ掛かりながら笑った。

「うふふふ。あなたは、今までの自分の生活を捨てたいと思った事はある? 私はいつも思っていたわ。誰でもいいから、今の自分と入れ替わりたいって。心を持たないホムンクルスに自分の精神を移し替えて、他の人と入れ替わるのが私の目的だったの」

 それで、入れ替わった本物はどうなるのか? そんなのは考えるまでも無かった。朝島先輩が生かされていたのは、単に騒ぎが大きくなりすぎて今は殺すのが得策でないというだけの事だった。

「部長、あなたは間違ったことをしようとしているわ」

「なんとでも言いなさい。どうせわたしの気持ちなんて、誰にも判らないんだから。助け何て来ないこの地下室で、みんな消えてしまうといいのよ」

 突然、足首を何かに掴まれて、わたしは床に倒れこんだ。見ると、黒い手がわたしの足首を掴んでいた。

「この黒い手は、やっぱり部長の仕業だったんですね!」

「ええ、そうよ。銀墨さんは、私の研究の役に立ったわ。でも、だからこそ最大の障害になる恐れもあったのよ」

 だから滝畑さんの、エフェメラさんに対する気持ちを利用したのか。部長の自分勝手な行いで、どれだけの人が傷ついたか。

「わたしは、あなたを絶対に許さない!」

 わたしに睨まれても、部長は平然としていた。

「許さないなら、どうだっていうの? 今のあなたには何の力もないでしょ? 銀墨さんも動けないし……。エフェメラさんは何処なの!?」

 ずっとわたしに向かって得意げに話していた部長は、今頃になって見落としていた事に気付いたようだった。しかし、もう遅い。エフェメラさんなら、一人だけなら窓まで飛び上れるし、どんな罠も自分の身だけなら守り切れる。部長が地下に降りる為の階段かエレベーターが、きっと一階のどこかにある筈だ。

「くっ。迷ってる時間は無いわね」

 部長は、後ろを向けて走り出した。本当に迷わない所が、潔い。しかし、部長の目の前には素早く動く人影が立ちはだかっていた。勿論、その人影はエフェメラさんだった。

「捕まえて!」

 部長のホームなだけあって、黒い手が一度に十本近くも出現してエフェメラさんにまとわりついた。しかし、そんな事はとっくに予想済みだった。

「フライデイッ!」

 一度に数本の銀色の棒が出現し、まるで指揮者のタクトのように優雅に宙を舞う。エフェメラさんを捕えていた筈の黒い手達は、次々に煙を吹き出して朽ち果てていく。

「喰らいなさい!」

 黒いマントの下から、部長がショットガンを取り出した。しかし、銃口が火を噴く前に、自由になったエフェメラさんが、部長に突進してショットガンを掴んだ。エフェメラさんが部長の手をひっぱたくと、上を向いた銃口から見当違いの方向に銃弾が発射された。

「とどめだっ!」

 ショットガンをひったくったエフェメラさんは、顔面に強烈なパンチを一発ぶちかました。吹き飛ばされた部長は、床の上をゴムまりのように跳ねながら転がって、マヤの足元で大の字になって動かなくなった。

「キュウ」

 エフェメラさんが、部長の落としたリモコンを拾ってマヤに向けた。見えない壁に阻まれていたマヤが、いきなり走り出して部長につまづいて転倒した。

「痛つつつ。あ、和美っ!」

 ようやくマヤが、黒い手たちに首を絞められているわたしと朝島先輩に気付いた。ペットボトルを何本も取り出すと、一気に水流を連射した。瞬く間に黒い手が水圧に引きちぎられて消滅した。

「げほ、げほ」

 むせてはいたが、朝島先輩はどうやら無事だった。わたしも、首が痛くて声が出ない。

「まだ逃げるつもりか!」

 地面を這っていた部長を見て、エフェメラさんが弾の無いショットガンを振り下ろした。

「ぐぎゃっ」

 奇妙な悲鳴をあげて、背中を叩かれた部長はのた打ち回った。

「やはり、生かしておくわけにはいかないな」

 部長の周りを、フライデイ達が取り囲んだ。一斉にレーザーが発射されれば、部長は四散する事だろう。

「ひいいいっ!」

 万策尽きた部長が、恐怖におののいた。しかしエフェメラさんは、容赦するつもりは一切無かった。エフェメラさんが部長を八つ裂きにしようとした瞬間、意外な事が起きた。

「殺しちゃダメ!」

 マヤが、部長の上に覆いかぶさってエフェメラさんの邪魔をしたのだ。まさかマヤが、部長を庇うとは思わなかった。

「そこをどくんだ、マヤッ!」

 エフェメラさんが、マヤの腕を掴んで部長から引き離そうとした。しかしマヤは、かたくなにエフェメラさんに抵抗する。

「殺しちゃいけないの! だって、これを見て!」

 マヤは、何かをエフェメラさんに見せたようだが、わたしの倒れている位置からはよく見えなかった。

「こ、これは」

 何を見せられたのか、エフェメラさんはうろたえていた。どうしても見たくなったわたしは、必死に立ち上がって歩き出した。

「あ、和美! これ見てこれ!」

 マヤが、部長に肩を貸しながら立ち上がった。ついさっきまで殺されかかったとは思えない程、マヤは満面の笑みを浮かべていた。そんなに嬉しい事って、一体何なのだろうか。

「ほら、凄いでしょ。これ」

 マヤは、部長の前髪をわたしの前でかき上げた。とんでもない物を見せられて、わたしは我が目を疑った。

「ま、まさか、そんな事って!」

 冷静なエフェメラさんがうろたえるのも、当然だった。だって部長には、予想だにしない秘密があったからだ。

「な、ないっ!」

 部長の顔には、何と目が無かったのだっ! 眉毛の下には肌色の皮膚があるだけで、目の他にはまつ毛もまぶたも無かった。無いのは目だけだから、のっぺらぼうともちがうのだろうが。

「これが、部長が他人と入れ替わりたかった理由だったんですね」

 マヤを突き飛ばした部長は、自分の顔を両手で隠しながら床にへたりこんだ。

「ああ、嫌。見ないでよお」

 目が無いから涙こそ流さないが、部長は泣いていた。きっと部長は、誰にも知られる事なく今までずっと泣いていたのだろう。異形の姿に生まれた秘密を、ひた隠しにして。

「ああ、なんて素敵なの!」

 そんな部長の悲嘆など知る由もなく、マヤはうっとりとした顔で部長の背中に抱き着いて頬ずりをした。

「やっぱり、あなたは宇宙人だったのね」

 やっぱりマヤは、何か勘違いしていた。でも、部長の秘密を見抜いたのは、その見当違いな観察眼だった。ならばその勘違いも、無意味ではないのだろう。

「ああ、こんなに近くに宇宙人がいたなんて」

「みんな私をそう言うのよ! 宇宙人だ化け物だって! 私だって、みんなと同じ姿に生まれたかったわよっ!」

 わたしを殺そうとした人だったのに、何となく部長が気の毒に思えてきた。マヤの部長に対する態度を見ていたら、わたしの中にある憎しみの気持ちが薄まったみたいだ。

 不思議な事だが、目が無いのに部長は物体の存在は勿論、色彩も認識できるようだった。まあ、人並みに感じ取れないと美術部の部長は務まらないだろうけど。

 部長が振りほどこうとしても、マヤはしがみついて離さない。わたしは、マヤが他の女性に執着しているのは理由に関係なく放って置けなかった。

「もう、マヤッたら」

 マヤが満足するまで離さないのなら、満足させればいい。わたしは、部長の前にしゃがみこんで尋ねてみた。

「黒い手やホムンクルスっていうのは、本当にエピクリマ大陸の技術なんですか? 一体、その技術がどうして部長の手にあるんですか?」

 わたしの質問の意図を理解したのか、部長は自分の身の上からぽつりぽつりと話し始めた。

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