マヤと行く! 12
平岩部長といえば、今思うと昼間の出来事は確かに不可解だった。その事をわたしは、並んで歩きながらエフェメラさんに話した。
「そうか、部長が二人に学校から逃げるように言ったのか」
「ええ、そんな事をすればますます立場が悪くなる可能性が高いというのに。もっとも、マヤは自分で犯人というか宇宙人を捕えるつもりみたいだったから、疑問に思っていなかったみたいね」
エフェメラさんは、わたしの言葉に疑問を持ったようで、眉をひそめながら一つ尋ねてきた。
「そういう和美さんは、どうしてすぐに疑問に思わなかったんだ?」
「え? ええと……。ちょっと落ち着いて考えられなかったからかな」
マヤと一緒に何かしてみたいという気持ちが先に立ったからだなんて、わたしは何か気恥ずかしくて言えなかった。
「それに、普通の女子高生は、推理なんて小説かマンガを読むときしかしないわよ」
「和美さんは、推理小説を読むのか?」
「まあ、たまにね」
最後に呼んだのは、受験なんてまだ先だった中二の頃だった。内容も、大体は覚えていたわたしは、何となくエフェメラさんにプロットを話し出した。
「わたしが読んだのは、殺人とかじゃなくて人間消失物のミステリーだったわ。白い壁に囲まれた病室のベッドの上で、女性が目覚めるの。乗っていた電車の事故で、ずっと意識が無かったのよね。目覚めてすぐに、彼女は部屋にいた女医に尋ねたのよ。一緒に乗っていた娘はどうしたのかって。でも、女医は娘なんていないって言うのよ。それで話は、本当に娘は存在していたのか、女医は娘を隠しているのかって謎を推理するのよ」
「ああ、それなら知っている」
その言葉に、わたしはびっくりした。
「ええっ! エフェメラさんも読むの?」
エフェメラさんが人間じゃないという事より、その小説は発行部数も少ない上に表題作ではない短編で、電子化もしていないから、マニアの間でも幻の傑作として知る人ぞ知る作品だったからだ。
わたしとエフェメラさんとの間に、マヤが割って入った。
「あれって、確か女性が寝ていたのは四半世紀もの間で、女医の正体こそが成長した娘だったのよね。女性は現実を受け入れられなかった為に、会話が噛みあわなかったというのが真相だった」
そう、確かにその作品だ。まさか、マヤまで読んでいたとは思わなかった。
「和美さん、その小説なら学校の図書館にもあったぞ。和美さんは読んでいないだろうが、六月の図書委員会の委員会便りに紹介されていた」
「あら、そうだったの?」
真相なんて、案外こんなものである。先輩が殺された事件も、これ位簡単ならいいんだけど。
「ねえ、あの家じゃないの?」
話し込んでいるうちに到着したみたいで、先頭を歩いていたマヤが立ち止って斜め上を指差した。
「ああ、そこが部長の家だ」
エフェメラさんは冷静なままだったが、わたしは口を半開きにしてマヤが指した方角を見上げていた。
平岩部長の家は、三階建ての西洋風の屋敷だった。赤い屋根やツタのからまる象牙色の壁は、昼間だったらさぞ見栄えが良かっただろう。屋敷を囲む塀は高く、内側が見えないレンガ造りなので、道路からは二階より上しか見えなかった。
「こんな大きい家に一人暮らしをしているの?」
マヤとは違う意味で、部長も常識はずれだった。
「私も、実際に見るのは初めてだ」
塀の前でピョンピョン跳ねながら、マヤは目を輝かせていた。
「つまり部長の正体は、宇宙人かもしれないのね」
どうしてそんな結論に至るのか、わたしにはさっぱり理解出来なかった。
エフェメラさんは、髪の下からフライデイを一体飛ばした。まだ敷地内には入らずに、塀の上から慎重に庭を見下ろす。
「表側は、隠れる場所が少ないな」
タブレットPCの画面には、広い芝生が映っていた。確かに、ボールペン程度の大きさのフライデイならともかく、わたし達が部長に見つからずに庭を横切るのは不可能に思えた。
「屋敷の裏側は、林になっているな」
フライデイからの情報を元に、エフェメラさんがタブレットPCに地図を描いた。
「むしろ、庭を突っ切る方がましね」
マヤとエフェメラさんが、互いの目を合わせて肯いた。やはり、林の中は罠があると考えているのだろう。
「でも、表も裏も駄目なら、どこから入るの?」
わたしが質問すると、マヤは地図上の屋敷を指した。いや、屋敷の屋根には何かあった。
「え、煙突?」
わたしが驚いているのを尻目に、マヤはリュックサックからロープを取り出した。
「ほら、買っといて良かったでしょ?」
どうやら、煙突から侵入するというのは、マヤにとってはとっくに決定している事のようだ。しかし、問題が一つと言わずある。そのうちの一つを、マヤに聞いてみた。
「ねえ、マヤ。こっちにはソリもトナカイもないのよ。どうやって煙突までたどりつくのよ?」
わたしに背中を向けてロープの束をほどいていたマヤが、手を止めて振り向いた。
「そんなの、決まっているでしょ。その為のロープなんだから」
「でも、屋根に上らなきゃそのロープも掛けられないわよ」
そうだ、ロープを掛けるには屋根に上る必要があり、屋根に上るにはロープを掛ける必要がある。これでは、絶対にどちらも出来ない。
「大丈夫。ロープに屋根に上って貰うから」
一体何を言っているのかと思っていたら、マヤがペットボトルの水をロープにかけ始めた。そうか、マヤにはそういう手があったのか。
「さあ、行きなさい!」
ロープ自身がが重いのか、水の弾丸のような高速ではなく蛇が宙を進んでいるかのようにくねりながら屋根へと飛んで行った。ロープの蛇は屋根に到着すると、避雷針に複雑に巻き付いて自らを頑丈に結んだ。
「この塀は、電気か何かある?」
高い塀にどうしてもロープがぶつかってしまうので、マヤがエフェメラさんに尋ねた。エフェメラさんは、おもむろに宙に浮いているロープの端を掴んだ。
「大丈夫だ。電気は流れてないから、マヤが持ってもも問題は無い」
エフェメラさんからロープを受け取ったマヤは、電柱の地上一メートル辺りの所にロープの端を結んだ。
頑丈に張られているのを確認したマヤは、軽業師のようにロープに苦も無く飛び乗った。マヤみたいに身軽でないわたしは、手でぶら下がって進むしかない。そう思ってロープを握ろうとしたら、マヤがロープに乗ったまましゃがんでわたしに向かって手を差し出した。
「和美はあたしが運ぶから、掴まってね」
マヤの笑顔に促されるまま、わたしはマヤの手を掴んだ。すると、わたしの手を持ったままマヤはすっくと立ち上がった。
「きゃ!」
そのまま引き上げられる形で宙に浮いたわたしを、マヤは左手をわたしの腰に添えて軽々と持ち上げた。そして右手を離してわたしの背中に当てると、あっと言う間にお姫様だっこの体勢になってしまった。
「ほら、首に手を回さないと落ちるでしょ」
「え、ええ」
屋上で黒い手と戦った時にエフェメラさんの脇に抱えられた事があったが、こんな大胆な抱えられ方は生まれて初めてだった。マヤ自身は、別に何とも思っていないようだったが。
「体力はマヤよりあるから、わたしが和美さんを運ぼうか?」
「駄目っ!」
エフェメラさんの提案を、わたしは即座に大声を出して反対した。反射的に反応したので、今のは自分でもビックリしてしまう。エフェメラさんは善意で言っているのに、わたしは何を怒鳴っているのだ。
「あ、いや、えーと。エフェメラさんは、わたし達が屋根へ上っている間は、周囲を見張っていて下さい」
自分でも白々しいと思う言い訳をして、わたしはマヤの首に手を回した。
「うん、それが一番いいな」
エフェメラさんは何か判ったような事を言って、マヤを先に行かせた。
マヤの首に両手を回したわたしは、屋根に到着するまでに一分間しか無さそうなのが物足りなかった。
「うふふ。じゃあ、行くわよ和美」
マヤは、ロープの上とは思えない程軽快に飛び跳ねて屋根に向かって上って行った。エフェメラさんも、周囲に何体ものフライデイを旋回させながらロープの上を歩いていた。本来ならわたしの方が普通の筈なのに、今この場所では綱渡りを出来ない方が少数派というのは不思議な気分だ。




