マヤと行く! 8
颯爽先輩の家への移動中、わたしは前から不思議に思っていた事があったのでエフェメラさんに尋ねた。
「そういえば、ゼミの合宿なんて言葉を聞いて、少し考えてから理解していたよね?」
わたしの前を歩くエフェメラさんは、振り返りもせずにわたしの質問に答えた。
「ああ、そんな事もあったな。あれは、頭の中で言葉の意味を検索エンジンで調べたんだ。本当は私にはネットに接続する機能が無いから、通信機能を一時的に応用した。だからどうしても、人間の脳に匹敵するわたしの頭脳でもタイムラグが起きる」
疑問が解決して、わたしはすっきりした。
エフェメラさんが、足を止めて振り返った。
「さあ、ついたぞ。あのマンションだ」
エフェメラさんに案内されてやって来たのは、オレンジがかった茶色い色の壁をしたマンションの裏だった。
「ここの五階が、先輩の家だ」
エフェメラさんが指した窓には、灯りがついていた。留守ではないようだ。しかし、家族がいることも考えられる。
「そう言えば、颯爽先輩の家族って何人いるの?」
わたしの質問に、エフェメラさんは何故か首を横に振った。
「先輩には、家族はいない。保護者にあたる一家が近くに住んでいるが、部屋で暮らしているのは一人だ。欠席届も、保護者の家の息子が毎日届けている」
一人暮らしと聞いて、わたしは奇妙な共通点に気付いた。マンションの玄関まで歩きながら、わたしはエフェメラさんに聞いてみた。
「マヤも家族がいないし、エフェメラさんも人間じゃないから家族はいないんでしょ? まさか、美術部のほかの人達も家族がいなかったりするの?」
「そういえば、平岩部長や殺された朝島先輩にも家族はいない。先生の家族までは知らないが、確かに奇妙だな」
エフェメラさんは、首を傾げた。今のこの国で、こんなに家族がいない人が一つのクラブに集まるなんて、偶然にしては出来すぎている。
「ねえ、エフェメラさんは、どうして美術部に入ったの?」
わたしの問い掛けに、エフェメラさんは上を見上げて歩きながら答えた。
「部長が、入学式の直後に勧誘してきたんだ。他にもいくつものクラブに誘われていたが、まずは体験入部してみないかと言われてな」
どうやら、体験入部は部長の得意技らしい。でも、エフェメラさんはわたしみたいに押しに弱いとは思えないけど。
「玉川先輩をモデルにデッサンしていたら、部長が言ったんだ。白い部分はパルプで黒い部分は炭素だ。でも、絵を見た人はそれを玉川さんだと言うだろう。それは、あなたが紙と鉛筆に意味を持たせたからだ。それが画くという事だと。わたしにも人間みたいに絵が画けたんだと思うと、もっと絵を画きたくなったんだ、」
エフェメラさんが絵に興味を持つように、部長は見事に成功したのか。わたしが入部した経緯とはえらい違いだ。そんなことを話しているうちに、わたし達は玄関に到着した。この共通点が偶然かどうかは、今はどんなに考えても答えが出ないだろうし、気持ちを切り替えることにしよう。
マンションの入り口は、IDカードと暗証番号によって二重にロックされていた。
「ここのロックは、後から増設されたものだな。これなら、私が何とか出来る」
エフェメラさんが、カードスリットをいじろうとする。素手だけでどうやってロックを解除するのか、わたしは目を凝らして見守った。
「その必要はないわよ。エフェメラ」
自動ドアの前に立ったマヤが、ここに来る前に買い直したリュックからペットボトルを一本取り出した。
「この自動ドアは、内側は只の赤外線感知タイプよ。だったら、外側から赤外線を反応させるものを送り込めばいいだけじゃないの」
ペットボトルから、水が蒸気となって噴き出した。ほとんどの蒸気はガラスに当たって水滴に戻ったが、自動ドアの僅かな隙間から内側に潜り込んだ蒸気が赤外線センサーに反応した。
「一人でも中に入れば、後は自由に内側から自動ドアを開けられるわよ」
人差し指を顔の横で突き立てたマヤが、得意げに玄関に入って行った。感心しながら、わたしもマヤに続いた。
「待て、二人とも。これから先輩の部屋に行く前に、確かめたい事がある」
エフェメラさんの髪の下からフライデイが一機飛び出して、玄関の外からマンションのベランダ側に回った。
「覗き見する趣味は無いが、もし敵だとしたら、のこのこと部屋に入るわけにはいかないからな」
エフェメラさんが取り出したタブレットPCには、フライデイの撮影した景色が映っていた。いつもなら、エフェメラさんの頭の中に直接画像データーが送信されるのだろうが、わたしとマヤはそうはいかない。
「ええっ?」
映し出された景色に、わたしは驚いた。マヤ達は、よく平気でいられると思う。
部屋の中は嵐の後のように散らかっていて、壁や柱は傷だらけになっていたのだ。平行に何本も線が入っている壁の傷は、まるで野獣が爪を立てたかのようだった。
「急ぐぞ、マヤ」
マヤとエフェメラさんは、マンションの階段を駆け上った。敵の正体が判らないのにエレベーターに乗ると、最悪の場合は逃げ場が無いからなのは、わたしにも判った。
わたしが二人に続いて階段を登ろうとすると、エフェメラさんが振り返った。
「和美さん、ここから先は貴方が行くには危険すぎる。玄関で待ってるんだ」
「えっ!?」
エフェメラさんの言葉は、まるで突き放されたみたいに感じてわたしにはショックだった。確かにわたしには、エフェメラさんやマヤみたいな特別な力は備わっていなかった。それでもわたしは、二人の為に何かをしたかった。
マヤが、わたしの所まで階段を駆け下りて、わたしの手を掴み上げた。
「エフェメラ、和美も連れて行くわよ!」
「しかし、彼女には……」
わたしの手を引いて階段を駆け上ったマヤが、何か言おうとしたエフェメラさんの口元に人差し指を立てた。
「あたしには、和美が必要なの。離れるなんて、考えられない」
言葉を遮られて呆気に取られたエフェメラさんを尻目に、わたし達は階段を走り続けた。
「マヤ……」
今マヤが言った言葉は、わたしにはとても嬉しかった。本当に感動した。わたしは絶対、今の言葉を一生忘れないと誓える。
「判った。和美さんも連れて行こう。ただし、彼女はちゃんと守るんだぞ、マヤ」
そう言って目だけ笑うと、エフェメラさんもまた階段を上りだした。




