マヤと行く! 7
嬉々として足を拾っているマヤを眺めながら、わたしは納得出来ない事を考察した。
「だけど、黒い手は確かにロボットではなかったわよね」
要するに、腕以外の部分がロボットだったという事になる。壁か地面からしか出てこれない黒い手にとって、体は何処からでも出現できる動く壁だったという事だ。一々武器を地面に置いてから出現して、武器を持つ必要がある面倒さも、ロボットに背負わせれば武器の方から来てくれる。
そこまで考えて、重大な事にわたしは気が付いた。
「マヤ! 黒い腕は、まだ生きているわ!」
わたしが言い終わるよりも先に、黒い手がマヤの足元から出現して足首を掴んだ。
「うわっ!」
黒い手は、壁の上までマヤごと登って行った。マヤも女の子だから大して重くないとはいえ、あんなに黒い手が怪力だとは思わなかった。マヤは両手を振り回すが、向かいの壁までは僅かに足らなかった。ビルの七八階あたりの高さで、黒い手はマヤを放り投げた。
「ひゃ!」
小さい悲鳴をあげて、マヤは落下して来た。
「マヤッ!」
わたしはカートを捨てると、マヤの真下に向かって全力疾走した。別にマヤをキャッチ出来るとは思っていないが、マヤを見捨てるなんて選択肢はわたしには全く無かった。
突然わたしはドンと突き飛ばされ、地面に転倒した。尻餅をついたまま見上げると、女性と思われる人影が宙を舞っていた。いや、路地の左右の壁を次々と蹴って、素早く斜め方向に跳び上がり続けていたのだ。
「あれはっ!?」
空中でマヤをキャッチしてお姫様抱っこすると、再び壁を蹴り続けて華麗に地面に着地した人影の正体は、わたしもよく知っていた。
「エ、エフェメラさん?」
間一髪でマヤを助けたのは、エフェメラさんだったのだ。
「エフェメラ! あいつを倒すのは、今しかないわよ!」
マヤが上を指すと、サバイバルナイフが刺さった黒い手が壁に潜って逃げ出そうとしていた。マヤは、放り投げられた瞬間にナイフを投げていたのだ。黒い手の主も、マヤがここまで執念深いとは思っていなかったろう。
しかし、果物ナイフの時とは違って、今度はナイフごと壁に潜ろうとしていた。このまま逃げられたら、今度はいつどこから襲ってくるか判らなくなる。
「私に任せたまえ。フライデイ!」
その言葉を合図に、エフェメラさんの長髪の下から何か奇妙な物が出現した。見た所それは、長さは十五センチ程度のシャーペン並みの太さの銀色の円筒形の物体だった。恐らくフライデイというのは、その物体の名前だろう。
それが数本、まるで小鳥のように宙を舞って、黒い手に向かって行ったのだ。しかもそれの先端が輝くと、黒い手が煙を出してのた打ち回った。
間違いない、その物体はレーザーか何かを発射していた。レーザーに何度も貫かれた黒い手は、さっきの左手のように。煙を吹いて消滅した。
頭に落ちて来た灰を手で払いながら、マヤは足元に落ちて来たサバイバルナイフを拾い上げた。
「このナイフ、サバイバルナイフぽく加工してあるけど、元はクリスナイフだったみたいね。ほら、何か文様がうっすらと残っている」
エフェメラさんが、ペンライトを取り出してナイフを照らした。わたしも、二人の後ろからナイフの刀身を見てみた。すると、確かに波線にも筆記体にも見える模様が浮かんでいた。刀身の一部はレーザーで焼かれたので、全体的な模様は想像も出来ない常態だったが。
「きっと、このナイフだったら黒い手が握ったままでも地面に潜れる筈だったのね」
それで、さっきは黒い手が壁に潜れたのか。これで、壁に潜れた理由は判った。
「ハンドメイドの可能性が高いから、入手ルートは知りようが無いわね」
そう言いながら、マヤはナイフを自分の服の下にしまった。
エフェメラさんの髪から出て来たフライデイとかいう物体は、いつの間にか見えなくなっていた。どうやら、また髪の中に収納されたのだろう。
マヤが、エフェメラさんの肩に手を回した。
「よく来てくれたって言うべきかしら。今まであたし達をつけていたんでしょ?」
「正確には、町中をこいつで探し回っていたんだ。間に合って良かった」
エフェメラさんの髪の毛から、またフライデイが一体出現してわたし達の前で浮いたまま停止した。どういう仕組みで浮いているんだろう? まさか、反重力とかいうんじゃないでしょうね。
いや、それよりも大事なのは、あれがわたし達を見張っていたという事だ。つまり、フライデイには目というかカメラがあるという事になる。
「ひょっとして、キャンバスを黒い手が破ったのを撮影したのは、タブレットPCではなくてこっちじゃないの?」
「ああ。確かにそうだが、どうして判った?」
「だって、机に入っていたなら、タブレットPCのカメラは下か上を向いているはずよ。机の前に立て掛けてあったキャンバスは、撮影できない。今まで何かおかしいとは思っていたけど、そういう事だったのね」
だが、それはそれで気になる事があった。
「だったら、屋上で襲われた時にこれを使えば、もっと早く解決したんじゃないの?」
わたしに睨まれて、エフェメラさんは困った顔をした。
「確かに、すぐにフライデイを使えば、マヤが髪を切られなかったかもしれない。しかし、私にも事情があったんだ。出来れば、そこは察して欲しい」
夜の路地裏と学校の屋上では、確かにわけが違うだろう。他の生徒に見られても何とか誤魔化せそうなのは、精々ジャンプ力なのも判る。そういえば、ジャンプ力の秘密は聞いていなかった。それくらいなら、聞いても大丈夫だろう。
「それじゃあ、エフェメラさん。どうしてあなたは壁を駆け上ったり出来るの?」
わたしが尋ねると、エフェメラさんは真剣な顔つきでわたしの目を見た。
「これから見る事は、誰にも言わないと約束出来るか?」
「え、ええ。絶対に言わないわよ。マヤも言わないよね?」
マヤは、わたしとエフェメラさんに向かって頷いた。
「勿論よ。あたしは今まで、約束を破った事はないわ」
そもそも、マヤと約束した人なんて、今までいなかったけど。
「そうか、それなら私の秘密を二人にだけ見せてやろう。驚かないで見るんだ」
エフェメラさんはそう言うと、両手で長髪をたくし上げて後頭部をわたし達に見せた。
「な、何よこれ?」
そこには延髄が本来ある筈なのだが、三センチ四方の正方形の銀色の板がついていた。その板が上方向にスライドすると、その奥でには機械や電子機器があった。更に良く見ると、そこにはフライデイらしい物が半分だけ見えていた。どうやらフライデイは、ここから発射されるみたいだ。
それだけでなく、今度は後頭部の上半分だけがバスケットのフタが開くように回転しながらスライドした。長髪があるので判りにくいが、髪の隙間から何か銀色に輝く無機的な物体が見え隠れしていた。
つまり、エフェメラさんの頭の中は普通の人間とは明らかに違うのだ。
「エフェメラさんって、まさかロボットなの?」
頭が閉じて、銀色の板がスライドして元の場所に戻ると、エフェメラさんはこっちに向き直った。
「その通りだ。私の体は見ての通り機械で出来ている。故郷の写真なんかも、CGだ。それから、ロボットではなくレイ=デイと私の創造主は呼んでいた」
そんなエフェメラさんの告白を聞いて、予想通りマヤはまたも目を輝かせた。
「やっぱりエフェメラは只者じゃなかったのね。貴方の正体は、エピクリマ文明の超科学が生んだ人造人間だったのよ!」
マヤのはしゃぎっぷりを見ていると、わたしの方は逆に冷静になってきた。学園のアイドルが人間じゃなかったというのに、落ち着いて事実を受け入れられた。
マヤに突拍子も無い事を言われても冷静なまま、エフェメラさんは首を縦に振った。
「ああ、そうだな。私の誕生には、エピクリマ大陸の存在が深く関わっている」
「まあ、やっぱりそうだったのね!」
大喜びではしゃいでいるマヤに対して、わたしはエフェメラさんの言っている事がどこか不自然だと怪しんでいた。秘密にしてる事がまだあるのではないだろうか。なぜだか判らないが、そんな気がしたのだ。
「エピクリマ大陸は、やっぱり実在していたのよ。FRマガジンに発表しないと」
マヤは怪しい振り付けで踊りながら背後に回り、わたしの首に腕を回してきた。そして、耳元で小さく囁いた。
「ねえ和美。表があってこその裏よ。表も見ないで、その向こうにある裏が判った気になんてならないでよね」
一瞬、マヤが昨夜に見たそっくりさんのように妖しい顔つきをしたように見えた。そう思った次の瞬間には、マヤは再び踊っていた。マヤが何を言たかったのか、わたしには判らなかった。いや、本当にそんな意味深な事をマヤは言ったのだろうか? 数秒前の事なのに、自分の記憶に自信が無かった。
エフェメラさん見ると、足元に落ちていた黒い体の頭部だった残骸を拾い上げていた。
「こんな物を警察に見せて真犯人ですって言っても、信じないだろうな」
確かにエフェメラさんの言う通りなので、わたしは下を向いて思い悩んだ。あれだけ派手に学校で暴れたマヤとわたしは、無実を証明しないと殺人犯にされてしまう。
「別に大丈夫よ。犯人なんて、二人のどっちかなんだから。一人ずつ当たれば、一晩で片がつくでしょ」
マヤが、変な事を言い出した。一体、いつの間にマヤは犯人の候補を二人に絞ったのだろうか? いや、二人が誰なのか、わたしにも判る気がしてきた。
「それって、ええと……。そうかっ。あの窓に映った映像を見た人達ね。ここに三人いるから、後は部長達の二人という事ね」
滝畑さんも、それを見てから黒い手を出現させたのだから、確かにその可能性は高いといえた。
「さすが、飲み込みが早いわね。そうと決まれば、早速家庭訪問するわよ」
マヤの提案に、エフェメラさんも乗り気だった。
「二人の住所なら、私が知っている。颯爽先輩の家が、ここから一番近い」
颯爽先輩といえば、始業式の日に会ったきり、ずっと学校を休んでいた。
「もしかして、一連の事件と颯爽先輩の欠席って、何か関係あるの?」
「それを、あたし達で調べるんじゃない」
マヤは、とっくに乗り気になっていた。だけど、わたしは大事な事に気が付いた。これだけは、マヤに今言わなければいけないと思った。
「ちょっと待って、マヤ」
「どうしたの、和美?」
わたしは、地面に落ちているペットボトルやリュックの残骸を拾い上げた。
「自分達で出したゴミは、ちゃんと自分達で片付けないと」
マヤはキョトンとした顔でエフェメラさんと顔を見合わせたが、すぐににっこりと微笑んだ。
「うん、マヤの言う通りね。和美のそういう所は、あたし好きよ」
路地裏の掃除を終えてから、わたし達はあらためて颯爽先輩の家に向かった。




